164話 不死者と狂騎士
「あぁ~あ、くそ。乗り物使えねぇって不便だな……こりゃ」
それも、こんな重い服を着込んで……。
鬱蒼とした山道を歩きながら、ゴルディクス帝国の騎士……ブラットは愚痴をこぼしていた。
彼はかつて、聖騎士ルクスが騎士団長を務めていた騎士団において、副団長の地位にあった男である。
だが、エメルディア王国王都の戦いの失態の責任を取らされ、このような辺境の地の調査に送られるという事実上の左遷に遭っていたのだ。
それでも、物理的に首が飛ばなかっただけマシというレベルだろうとブラットは思う。
まぁ、首が飛んだだけでは自分は死なないが。不死者などと呼ばれているが、自分は決して不死身では無く、死ににくいだけ。殺そうと思えばきちんと死ぬのである。……方法は限られているけども。
事実、あのエメルディア王都での戦いにおいて、ブラットはあの謎のハンターレイジによって死ぬ寸前まで追い込まれた。
が、あのまま攻撃を加えられてそのまま死んだかと言われると、実は否だ。
ブラットの特性は身体の細胞変化。
髪の毛の先からつま先まで、身体のありとあらゆる場所を自在に変化させられる。見た目だけは人間の身体のなりをしているが、その気になれば何にでも変化する事が出来る。
脳や心臓は人間であれば無ければならないものだが、ブラットの場合は特別必要なものでは無い。だから、もし身体に風穴を開けられても、頭を輪切りにされたとしても、彼の命を奪う事は出来ないのだ。
とは言え、彼の身体もその身に流れる魔力によって構成されているものだ。
だから、この浮遊島の魔力を吸収するという特性にはめっぽう弱い。
なので仕方なく、帝国の技術開発局が作り上げた魔力吸収を抑える防護服を着込んでいるのだ。
とにかく、この服は重い。顔の部分はアクリルのような透明な物質で覆われ、肩口と背中に複雑な機械が仕込まれているらしく、見た目はずんぐりした首なし男だ。
これでは自分の特性を全く活かせない。
まぁ、それでもなんとかやりようはあるし、これを着ている限りはほぼ不死身なのだから問題ないと言えばない。
問題があるとすれば、自分と同じようにこの地へと送り込まれた他の帝国騎士達だろう。チラリと背後を振り返り、その様子を確認する。
重い装備と整備されてない山道に足を取られ、かなり疲労が溜まっている様子だ。
この土地へ来て、全く変化の無い者と言えば、自分達の上司であり、暫定的な騎士団長の立場となっている十聖者の一人……拳聖ブラウ……彼だけだろう。
拳聖ブラウ。
帝国に存在する十人の強者の一人。同じ十聖者でも、かつてブラットの上司だった聖騎士や、力のみで頭が弱い剣聖とははっきり言ってレベルの違う実力者だ。……正直言ってむちゃくちゃ強い。
「全く、貴様等はなっとらんな。魔力、機械とそんなもんに頼り切っているからそうなるんだ」
「そうは言っても、そんな事を言えるのはアンタだけですって」
「はなから出来んと諦めておるからだ。肉体は鍛えてこそだぞ」
「いや、普通の人間はただの拳で岩とか砕けませんから」
「十聖者には結構おるがな」
「普通の人間はって言ったでしょ。誰が化け物の巣窟と比べられますか」
「悲しいのぅ。化け物とは言ってくれるではないか、不死者」
「やめてください。拳握らないでください。多分、アンタは俺を殺せますから」
見た目は五十代半ば程度のいかついおっさん。
実年齢も見た目と変わらないと聞く。という事は、この場に居る帝国騎士の誰よりも年長者の筈。だというのに、ブラウは誰よりも元気であった。
最も、彼に自分達が着ているような防護服は無い。だが、だからと言って身軽そうに見える訳ではない。その背には、自分達騎士団ほぼ全員分の荷物が背負われているのだ。
自分の身体の倍以上の大きさの荷物を背負って歩く様子は、はっきりいって異常であり、初見であれば自分の目を疑う事必至である。
なんでこの地で彼だけがこんなにも元気なのか……それは当然ながら理由がある。
まぁそれを明かすのは時期早々という事で、まだ秘密としておこう。きっと近いうちに明かされる筈だ。
「ところで、ヤツの調子はどうだ?」
「あぁ、だいぶ安定してきたみたいですよ」
「全く……技術局とやらからは、殺すなと言われているから大人しくさせるのにも苦労したわい。それにしても、あれがあの自信家の小僧のなれの果てとはな……」
ブラットは背後を振り返り、荷車に縛り付けられながら運ばれる男の姿を眺めた。
あの男が荷車を占領しているから、ブラウはこうして全員分の荷物を自ら運んでいるのだ。
聖騎士ルクス。
そう呼ばれたのは、過去の話。今は聖騎士の称号は剥奪され、帝国技術開発局の実験体となり果てている。
エメルディアでの戦いにおいて、なんとか一命はとりとめたものの、そこで肉体を完全回復される事は無かった。
彼は、エメルディアにおいての全責任を取らされ、その身を実験台にされたのだ。……そこに本人の承諾は一切ない。
その結果、彼は自我を失い、ただの生物兵器と化した。
一応命令には従うが、ひとたび戦闘が始まると本人の力が尽きるまで戦闘を止めようとしないという欠点がある。目の前に敵が居なくなれば、その次の対象は味方の筈の自分達だ。先ほどの戦闘でその欠点が露呈し、こちらも少ないが被害が出た。
戦闘後には鎮静剤を撃ち込む必要があるが、それが可能なのが今はブラウしか居ないのだ。正直、彼が居なくてはこの仮設的な騎士団はすぐに瓦解する。
「はぁ、なんでまたこんな所に来ちまったんだか……」
「なんで来たのだ?」
「いや、選べる選択肢はそもそもなかったんだけどね」
冒頭でも説明した通り、自分は左遷させられてこんな土地に居る。
組織に属している以上、辞令に逆らって生きていける筈もない。それに、自分の身体のメンテナンスの為には帝国を離れる訳にはいかないのだ。
「ところで、俺って下っ端だから詳しい説明とか受けてないですけど、ブラウさんはこの土地に来た理由とか知っているんすか?」
そう尋ねると、ブラウは少し難しい顔をした。
ブラットは、この土地にはただ調査としか聞かされていない。何の調査なのか……具体的な事は何も聞かされていない。
副団長だった頃は、下っ端には知りえない事も知って優越感を感じていたが、こうして自分が下っ端の地位に落とされると笑えない事実である。
「最近発見された新種魔獣の調査。
この不可思議な島の生態系の調査。
長年地上に姿を現していない翼族の調査。
あの実験体のテスト運用……いくつかの話は聞いている。
……が、俺も正確な所は知らん」
「え? ブラウさんが知らない?」
「全てを把握しているのは、あの技術開発局の男だ。我は、建前上はこの騎士団の団長だが、実際はヤツの護衛に過ぎない」
「あぁ、あの……“アウラム”とか言う男ですか」
チラリと視線をかつて聖騎士ルクスであった筈の実験体の横に立つ男達へと向ける。
アウラムと名乗ったのはまだ十代半ばほどの小柄な男だ。その更に横に、長身の女かと見間違う程の美貌を持つ男が立っていた。確か、“アーク”と名乗っていた筈。
あんな者達が帝国に居た事すら気づかなかった。
それにしても、ブラウ程の実力者ならまだしも、あのような若造に使われるというのはなんとも面白くないものがある。
「あぁ、皆さんよろしいですかー」
そう思っていると、まるで見計らっていたようにアウラムがポンポンと手いて注目を集める。
「先ほど手に入れた地図と、その他もろもろの情報を統合しますと、ここから西と北にそれぞれ集落があるみたいですねー」
「集落だと? まさかまた村を潰すつもりか?」
ブラウがギロリと鋭い眼光でアウラムを睨み付ける。
「いえいえ、そんな事はしませんとも。それに昨日の事はあくまでもアクシデント! まさか、この狂騎士が制止も聞かずにあのまま暴れまわるなんて想定外の事ですから」
そう、ほんの一日前の事だ。
出現した人形のような魔獣を殲滅する為、テストと称して狂騎士と俗称を改められたルクスが投入された。
魔獣の群れはルクスによって淘汰されたが、そこでルクスは止まらず、近くにあった翼族の集落までも壊滅させてしまった。
ルクスはブラウが半殺しにする形で動きは止めたものの、数多くの翼族が失われてしまった。
そのポイントはブラットにとって特に思う事はない。何人かの翼族には逃げられたが、自分達のこの姿からしてまさかゴルディクス帝国の人間だとは思うまい。
それに、期せずして拠点を手に入れられたのは僥倖とも言えた。だから、その点はラッキーだと思っている。
「僕だって虐殺がしたい訳ではないですよ。でも、あれが帝国の仕業だってばれる訳にはいかないって事はブラウさんにも理解出来るでしょ?」
「むぅ……」
ブラウが思わず押し黙る。
彼は、帝国において高い地位を得ている者の中では珍しい部類の正しい価値観を持っている男だからな。ルクスが暴れた結果を見て、強く憤っていた。
が、それでも帝国に長く身を置いている者でもあるので、アウラムの言葉の意味も良く理解出来たみたいだ。
つまり、正しいだけでは強くあれない……そういう事だ。
「だから、あれはあくまで未知の魔獣の仕業によるものです。我々はそれを生け捕りにしたっていう事にしましょう。このまま狂騎士がトラブルの種になるようなら、そこで処分します。それなら良いでしょう」
「我としては、今すぐ処分したいがな」
「まぁ、そこはこれの調整には随分とお金がかかっていますから……」
アクリルガラスの向こうで、アウラムは苦笑して見せた。
なんとも心のこもっていない笑みだこと。コイツの内面は、自分と同じだとブラットは理解していた。コイツに興味があるのは、自分を面白くさせる事があるかないかだ。無辜の民がどれだけその犠牲になろうが、一切興味ないという素晴らしい感性。
まぁ、だからこそそんな人物の下につきたいとは思わないけども。
「せっかくだから、ここは部隊を二つに分けましょう。僕とブラウさんはこのまま北へ、ええとブラットさんでしたっけ。貴方はもう一つの部隊を率いて西に向かってください」
「ああん、なんで俺が?」
「だって、資料を見る限り貴方は騎士団の副団長だったんでしょ? それに……」
アウラムはつかつかとブラットへと近寄り、極小の声でこんな言葉を吐いた。
「その方がのびのびと出来るでしょう? いいですよ、好きにして……」
「てめぇ……」
何のことは無い。こちらが本性に気づいていたのと同様に、あちらもブラットの本性に気づいていたという事だ。
所詮は似た者同士という事だが、やはり面白いものではない。
まぁ、この男の指揮下から外れるという事実はこちらとしても嬉しい。確かに、のびのびとさせてもらおうか。……そう思っていたら……
「あぁ、一応アークを付けさせてもらいます。まぁ、一応は彼の言う事を聞いてくださいね」
「……すまんな」
アークと呼ばれた美丈夫がこちらへと近寄ってくる。
のびのびと言ったが、実質は監視付きって事みたいだ。余計に面白くない。
本当、なんだって自分はこんな所に……いや、そもそも自分は……いや、自分達はどうやってこの土地へとやって来たんだったか? そもそも、ここはどういう場所なんだ? 自分達はただ……翼族が隠れ住む場所だとしか聞かされていなかった筈だが―――
―――いや、どうでもいい事だな。今まで抱いていた疑問はあっという間に霧散し、ブラットはブラウより荷物を受け取りに行くのだった。
そして、周りに誰も居なくなった所でアウラムはほくそ笑む。
「さてさて、いよいよ因縁の敵との再会だねぇ……ケイ! エルフ君は宿敵との再会が待っているし、どうなるのかなぁ。面白くなるといいんだけどなぁ!」
ブラットは知る事は無かったが、彼が向かうのはレイジことケイが滞在している集落であり、これよりアウラムがブラウと狂騎士を引き連れて向かうのは、ゲイルとヴィオが滞在する集落であった。
因縁の邂逅が、彼らを待つ。
次回はきちんと再会後の主人公ヒロイン二人がメインですので、ご安心を……。
帝国サイドの話は冒頭でサラッと流すつもりが、気がついたら一話分書いてました。