162話 翼族の集落
「ぬはっ!」
嫌な夢を視て、夜中に急に目が覚める……的な感覚で、俺は覚醒した。
髪の毛が妙に湿っていることから、相当寝汗もかいていたんだろうな。……いやいや、この感覚も随分と久しぶりだ。
仲間とはぐれてたった一人……思っていた以上のストレスが溜まっていたのだろうか。
「あれ……ここ何処?」
俺の身体は、何やら祭壇のような場所に寝かせられ、目の前にはたくさんの果物のようなものが置かれている。
……この光景、何かテレビとかで見た事あんぞ。
「これって生贄じゃね?」
うおお、俺はこれから何かの供物に捧げられんのか!?
ハッと後ろを振り返ると、四枚の翼が生えた天使みたいなオブジェが飾られているではないか。これは、崇拝する神様かなんかの像か!?
やべぇ、やべぇぞ。早い所逃げ出さないと……っていうか、そもそもここ何処なんだよ!
ええと思い出せ……意識を失う前、俺は何処に居た?
墜落するアルドラゴを必死で支えていた? いや、あれは昨日の話だ。
拾った黒猫と一緒に木の上で寝た? いやいや、あれはちょっと前の話だ。
そうやって記憶を辿っていると、何者かの気配を察知した。
「ナイト様!!」
「うごぉっ!」
慌ててその気配の方向へと視線を向けようとしたら、何やら声と共に砲弾のようなものが俺の胸へと飛び込んできたのだった。
スーツの衝撃吸収機能で痛みは無いが、衝撃は結構ある。
一体、なにものぞ……と思って下を向くと、何やらその人物はキラキラした瞳でこちらを見上げていた。
「お目覚めになったのですね! さあ、痛い所はありませんか? お腹は減っていませんか? 痒い所はありませんか?」
「……ああ、君はあの時の……」
思い出した。
この子は、あの時一応助けた扱いになっている翼族の子じゃないか。
そうだった。この子を助ける為、俺はハイ・アーマードスーツで戦ったのだ。で、そこで体力的に限界が来て意識を失った……。うん、その筈。
改めて、未だに俺にしがみ付いている少女へと目を向ける。
見た目が正しけりゃ、多分女の子。正直、小学生高学年って感じに見えるなオイ。
「キャッ、そんなにまじまじと見られるなんて、照れてしまいます」
う~ん……顔を赤らめて逸らす動作は可愛いけども、こちとらシリアスモードだから、そういうノリはちょっと困るんだけどな。
なんとなく助けてくれたんじゃないかという気はするが、とりあえず聞かなくてはならない事を聞かねば。
「悪いけど、ちょっと離れて。それと、聞きたい事があるんだけど、いいかな」
「なんでしょうか!」
やや強引に少女を引きはがす。子供に抱きつかれているという光景は、微笑ましいというよりも犯罪的な誤解をされかねないご時世だもんな。
少女はと言えば、これまたキラキラした瞳で俺の言葉を待っていた。……やりづらい。
「まず、ここは何処かな? それと、俺はなんでここに居るのかな?」
「ここは、私の暮らしている村です。ええと、名前はあったと思うんですけど、忘れました!」
「忘れた? 自分の村の名前を?」
「むぅ、だって名前を言う機会なんて無いんだもの。村って言ったら、この村だし」
ううむ、どうも子供みたいだから仕方ないのかな。俺も、小さい頃は自分の住んでいた町の名前とか意識していなかったし。
それとも、翼族には集落を分けるという認識が無いという可能性がある。
「っていう事は、他に集落とか無いのかな?」
「ううん、あるよ」
あんのかい! とりあえず心の中でツッコんだ。
というか、いつの間にか言葉づかいが随分とフランクな形に変わってねェか?
「でも、交流なんてした事ないし、あっちの村もどんな名前だったか忘れたなぁ」
「隣の村の名前とか、忘れる事あんのか」
「でもでも、この村の事は詳しいんだから! 一番飛ぶのが速いのがゲゲナで、遅いのがゴゴムでしょ。一番背が小さいのがレレルで、おっきいのがジャジャウ。そんでもって、一番可愛いのがあたし!!」
最後にバーンと無い胸を反らして宣言された。
駄目だこりゃ。
この子の知識はどうにも狭すぎる。ここは、もうちょい大人の人に尋ねるとしよう。まさかって事はないと思うけど、実はこの子が一番大人だったってオチないよね?
「リリム、騎士様に迷惑をかけてはいけませんよ」
そう言って現れたのは、俺が待望していた少女よりも年上っぽい雰囲気を持つ存在だった。
なんでぽいかと言えば、体格自体はさほど変わらないせいだ。
少女と同じ白いワンピースっぽい服装に、同じ髪の色、同じ瞳の色ではあるが、不思議と顔つきが大人びていると感じた。
「リリム、騎士様には私が説明しますから、貴方は下がってなさい」
「ええーやだー。ナイト様はあたしが連れて来たんだから、あたしが面倒みるのー!」
ペット感覚か!
ちょっとイラッとしたが、子供の言葉なので流そう。
女性はと言えば、聞き分けの子供を諭すように丁寧の説得するのだが、リリムという名前らしい少女はイヤイヤと首を振って聞こうとしない。
やがて、女性はホッと息を吐き、少女の顔をガシッと左右の掌で抑えるように掴みあげる。
「リリム……聞き分けの無い子はどうなるか……」
「!! わ、わかったよぉ」
リリムと呼ばれた少女は、コクコクと頷き、慌てて女性より離れる。口を膨らませながらもその言葉に従うようで、チラチラこっちを見ながら去って行った。
うむ、見ている俺もちょっとおっかなかった。
「ふぅ、騎士様にはご迷惑をおかけしました。あの子はまだ外の世界に関する知識が浅いものですから」
女性は俺に向かってペコリと頭を下げる。
良かった。この女性はそれなりに話が通じそうだ。
俺は心底ホッとして、改めて女性に向き直った。出来ればきちんと正座をしたいが、ややふらつくので片膝立ちで勘弁してもらおう。
「Aランクハンターチーム、アルドラゴリーダーのレイジです。この肩書が通用するかどうか不明ですが、この度は助けていただきありがとうございます」
俺がペコリと頭を下げると、女性はあらあらと目を見張る。
「まさか地上人の騎士様に頭を下げられるとは思いもしませんでした」
「あ、いえ……俺はただのハンターでして、騎士ではないのですが……」
「あらそうなのですか? リリムが、竜の騎士様が自分を助けてくれたのだと言っていましたが」
「あぁ、竜の騎士……ね」
ハイ・アーマードスーツのあの姿を見られたのならば、そう勘違いするのも当然か。それにしてもよりによって騎士か……。呼称そのものは格好良いんだが、別に誰かに仕えている訳でも無いから、その呼び名は正しくないな。
「申し遅れました。私は、シェシェル。そうですね……貴方に分かりやすく説明するならば、神官という立場になるのでしょうか」
「神官?」
「はい。翼族の神……オフィリル様に仕えております」
◆◆◆
一方、レイジと同様に翼族の住まう集落へと連行されたゲイルとヴィオの二人。
翼族の集落へと辿り着き、二人はその光景にまず驚いた。
立ち並ぶ建物が2階建て3階建ては当たり前。果てはビルのようなものもあり、自動ドアだって付いていたりする。
道路はアスファルトのようなものできちんと舗装されている。それに街灯みたいなものもあり、夜になればそれなりの明るさを確保できそうだ。
言うなれば、そこは先ほどの廃墟よりも更に発展した未来都市だったのである。
「主が見たら、なんと言うでござろう」
ガラス製の窓より外を眺めていたゲイルがポツリと呟く。コンコンとガラスを叩いているが、防弾式とは言わないまでも、それなりの強度がありそうだ。
ガラス製の窓は当然今までの都市にも普及されていたが、精度が違いすぎると感じた。
「残念ながら、この集落にゃあ来てないみたいだがな」
ソファの上にだらりと寝っころがった姿勢のヴィオが、バナナらしき果物を頬張りながら受け答えする。
そう、ヴィオはレイジの気配を近づけば察知できる。彼女がそう言うのだから、レイジはこの集落に来ていないと考えるべきだろう。
そこは残念ではあるが、想定していなかったわけでもない。今は、少しでも情報を仕入れる事が大事だ。
改めて窓の外を眺めるが、この都市にはどうにも違和感がある。
レイジの記憶で見た地球の都市とやらは、こことあまり変わらないレベルの文明であった。だが、その地球の都市とはどこか違う気がする。どこと問われればいまいち説明しづらいのは、ゲイルが実際に地球の景色を見ていないせいだろう。
これも、レイジが見れば何かはっきりとした事が言えるのだろうか?
「それにしても、この待遇は何なのでござろうな」
「VIPとも軟禁とも違う……随分と中途半端だな」
二人は、まるで会議室のような部屋に案内されていた。
扉には衛兵らしき者が槍を構えて立っており、こちらを逃がさないぞという意識が見られる。だというのに、室内にはやたらとふかふかしたソファや、豪華な果物やらが置かれている。
とりあえず、捕虜に対する待遇とは違うみたいだ。一体、自分達に何をさせようというのか……。
そう思っていると……
「失礼いたします」
現れたのは、翼族の男である。
ただ、やけに豪華な服を着ていて、顔つきもさっきまで会った事のある男衆に比べて堀が深いというか、歳をとっているように見受けられる。
それでも、それほど大きな差が無いような印象を受けるのは、この翼族という種族の特徴なのかもしれない。
「私は、この村の長をしているババスというもの。騎士様お二人には、ご不便をおかけして申し訳ありません」
村長……この都市の規模からして、その呼び名はあまり相応しくないような気がした。
また、それとは別に気になる単語が今の言葉に含まれていたような気もする。
「失礼、ババス殿。その、騎士……というのは、ひょっとして拙者達の事でござろうか?」
「当然にございます。鎧を纏い、伝説の魔獣どもを退治してみせたのは、御二方だというのは我等の同志が見ております」
「鎧……」
恐らくはハイ・アーマードスーツの事だと思われるが、自分達の事を騎士と呼ばれる事はどうも違和感がある。
「拙者的には侍の方が嬉しいのでござるが……」
「今はそういう問題じゃねぇだろ」
ごもっとも。
コホンと軽く咳払いをして、ゲイルは改めて村長を見据える。
「それで、拙者達としてはいい加減にここに連れてこられた理由というものを教えてほしいのでござるが」
「そうそう、いきなり槍を突き付けられてこの部屋に閉じ込められて、それで長い事放置だもんな。さぞかし大層な理由があんだろ! ああん!?」
ヴイオ本人はそれなりに満喫しているように見えたが、今は何も言うまいとゲイルは判断した。
怒鳴られた村長は恐縮した様子で縮こまり、ペコリペコリと必死に頭を下げる。
「し、失礼しました! 同志達が言葉足らずな上に大変なご迷惑を!!」
またも気になる単語が聞こえた。
同志? 部下や兵士ではないのかそこの呼称は?
「ですが是非とも……いえ、どうか騎士様達にお願いしたい事がございます!」
「お願い?」
不審者や侵入者として裁かれるとか、そういう訳では無さそうであるが、どうにも嫌な予感がする。
「伝説の魔獣を倒し、どうかこの村をお救い下さい!」
ガバッと村長は頭を下げる。
その様子を見て、ゲイルとヴィオは思わず顔を見合わせ、村長に気付かれないように溜息を吐いた。
それどころじゃない状況だというのに、またも厄介ごとに巻き込まれてしまったようだ。