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161話 偽りの森




『よもや、こまでの力を持っていたとは……』


 自らが生み出した人形兵隊の惨状とやや地形が変わってしまった周囲の様子を見て、アークは軽く溜め息を吐いた。


『随分と余裕そうですね。まだ何か隠し玉があると?』

『いえ、先程も言いましたが、私もやりたくてやっている仕事では無いので、この結果に対して思う所は何もありません。むしろ、ルーク様達が無事で何よりです』

『なんだよ、調子狂うなー。だったら素直にこっちに戻ればいいじゃん』

『そうしたいのは山々ですが、まず無理ですね。私の今の主はあくまでエギル様です。そう登録されている以上、その命に逆らう事は出来ません。それに……』


 言葉と共に、アークの顔から表情というものが抜け落ちていく。

 その事実にフェイは気付き、急ぎアーク目掛けて飛びかかるも、時すでに遅し……。


『以前の私同様、本体はあくまで別の場所……という事ですね』


 物言わぬ人形と化したアークの身体をその場に放り捨て―――ようとして手を止めた。


『どしたのー?』

『いえ、考えてみれば……魔法が使えない筈のこの土地で、どうやってあの人形を作りだしていたのでしょう』

『なるほど』


 能力としてはかなり近いものがある筈のルークは、思わず首を捻った。


 フェイの説明では、普通に魔法を使おうとすれば大地に魔力が吸われ、正式に発動する事はないとの事。

 だが、アークはいとも簡単に大地より人形を生み出し、その後も魔法としか思えない力で人形達を操って見せた。あれは、自分達のような科学式アイテムの力では有りえない力だ。

 ルークは試しに魔法を使ってみようとしたが、やはり魔力を放出しようとした途端に霧散する。


『この人形、手かがりがあるかどうか不明ですが、一度きちんと調査した方が良さそうです』

『大丈夫かな。リーダーが昔見た映画みたいに、人形が勝手に動き出して人殺しを始めるってなったら怖いよ』

『あぁ、あの映像が飛び飛びで記録されていたアレですか。まあ、きちんと電波を遮断し、隔離しておけば大丈夫でしょう』


 ちなみに、その映画とはレイジこと彰山慶次が幼い頃に見たハリウッド映画である。ホラー映画はあまり好きでは無い少年であったが、彼の母親がその手の映画が好きだった事もあり、昼間……彼が居間でゲームしているすぐ横でホラー映画鑑賞とかはよくあった事であった。

 特に、そのホラー映画は幼少期に見て、トラウマになった経緯がある。だから、一から全部見た事はない。怖いもの見たさでチラチラ見ていただけである。


 また、魔力問題とはまた別の疑問もある。

 アークが造り出した、あの人形軍団についてだ。


 確かに、アークのように土で人形を作りだす事はルークにも可能だ。むしろ、土の魔晶があればもっと精孝で巨大なものを作り出す事だって出来る。

 が、アークのように一気に数十体も……しかも、同時に動かすなんて芸当はルークには出来ない。

 元々の設計士アーキテクトとしての能力の賜物なのか、エギル含め帝国側から何かプラスアルファがあったのかは定かでは無いが、とんでもなく厄介な力である事は間違いない。


 それにしても……


『あの力があったら便利だよね』

『同感です。あれがあれば、今の私達に足りない、人員不足という問題を解消できます』


 そう、人員不足。

 エネルギー問題に続いてアルドラゴが抱える問題の一つなのだ。

 アルドラゴはただの宇宙船ではなく、戦艦である。普通に航行するだけならば今の人員でも十分可能であるが、その機能を十全に発揮するにはあまりにも乗組員の手が足りて無い。ゴッド・サンドウォーム戦や現状は、人格データのない補助AIによるサポートでなんとか代用していた訳であるが、あれ以上の強敵が出た場合は今の体制では厳しいものがある。


 が、この世界で乗組員を揃えるというのは厳しいし、レイジの方針としても受け入れられない。

 そこで、あの人形である。

 低コストで量産可能、簡単な動作ならば自律的に動作可能。あれを使う事が出来れば、問題は解決するのである。

 まぁ、あれほどの数は必要ないのであるが。


 それに……フェイには少し思うところがあった。


『ルーク、少々相談したい事があります』

『え、何? 重たい事?』

『いえ、そこまで重大な話では……。まぁ、最終的な判断は艦長マスターに委ねる事になると思いますが、この件が上手くいけばこの地で自由に動ける“味方”を増やす事が出来るかもしれません』


 話を聞いたルークは、大賛成でフェイのその提案を受け入れたのであった。

 それがどのような話なのかは、まだ秘密である。




◆◆◆




<Time Out>


 そのような機械音声がバイザーを通して脳内に響く。

 ハイ・アーマードスーツは自動的に解除され、スーツを覆っていたオリハルコンはその役目を終えたかのように、その場に小さな石となってポトリと落ちる。


「やれやれ……なんとかなったでござるな」


 輝きを失ったオリハルコンの石を拾いながら、ゲイルは戦いの爪痕を眺める。


 薙ぎ倒された木々、抉られた大地、立派な環境破壊と言えるだろう。

 周りを気にする余裕は無かったとはいえ、レイジ同様に心が痛む。


 ともあれ、これで文句なしに手持ちの武装が何もなくなってしまった。この状態で、どうやって艦長を探せばいいというのか……。戻るにしても、かなりの距離がある。

 ここは、少し先に進んでアルカ達と合流するべきだろう。

 そう判断し、戦闘中に落とした弓と、まだ使えそうな矢を数本手に取る。せいぜい無いよりはマシなレベルであるが、全く無いよりは良いに決まっている。



 それでも、またあの群れが現れたら終わりだなーとか思って歩いていたのだが、結果としてあれ以降敵が現れる事はなく、ゲイルはアルカ・ヴィオ組と合流できたのであった。


「おう、アンタも無事だったか。それは何より」


 ゲイルを見て軽く手を挙げるヴィオ。

 あちらも無事で何よりであるが、辺りの惨状はゲイルの所と大きく変わらない。つまり、こちらにも敵が現れたのだろう。


「分かれたのはミスでござったな。よもや、あんな敵が現れるとは……」

「全くだ。おかげで貴重な切り札が使用不可能になっちまった」


 二人は共に軽く息を吐き、辺りへチラチラと視線を向ける。


「ふむ……ところで……」

「あん?」

「周りの事については気付いているでござるか?」

「あぁ安心しろい。既に“逃がして”あるよ」

「……なら、大丈夫でござるか」

「あぁ、それにアタシも疲れたからな」


 そう言ってヴィオは軽く息を吐き、よっこらせとばかりに切株から腰を上げた。

 そしてゲイルと軽く目配せすると、それぞれの手を軽く掲げる。


「つー訳で、アタシらもう限界なんだわ。アンタ等とやり合うつもりは無いから安心していいぞ」

「話し合いには応じるつもりなので心配はござらんよ。こちらとしては平和的な解決を望むでござる」


 二人がそういうと、何やらゴソゴソと話し合うかのような声が聞こえ、その後に変化が起こった。


 周囲の景色にピキピキとまるでヒビのようなものが走り、広がっていく。

 やがて、パリンという音を立てて、ゲイルとヴィオの周りの景色は一変した。

 その光景に、流石の二人も目を見張ってしまう。


 言うなれば、そこは廃墟。

 まるで大きな災害でも起こったかのように、朽ち果てた都市の残骸……。

 その地の中に、二人は立っていた。


「はぁん、幻術系の魔法……いや、魔力の匂いがしねぇな。こりゃあ、アルっち達と同じ分野の力だ」

「つまり、魔法では無く科学の力という事でござるか」


 更に、二人を取り囲むようにして20人程の翼族の男達が先端の光る槍のようなものを向けていた。

 既にレイジの前に現れた翼族の少女と同様に成人男性の半分ほどの背丈であるが、その顔つきは子供では無く大人である。

 全員、二人を警戒しているのか顔をやや引きつらせ、額に汗を滲ませながらこちらに槍を向けていた。恐らく、二人の戦いを見ていた故の警戒なのだろう。


「ふぅん、これが翼族ってやつかい。確かに羽がある」

「イメージでは鳥の翼でござったが、これではまるで妖精のようでござるな」


 当の二人は、武器を持った集団に囲まれているという状態だというのに、呑気に囲む者達と周囲を観察している。


 彼らの存在に気づいたのは、戦いが終わった直後。敵は全て破壊した筈なのに、周囲にはまだ何者かの気配が残っている。

 てっきり、魔獣……というかあの人形達をけしかけた張本人なのかと思いきや、様子を窺っていても何も行動しようとしない。

 それに、はっきり言ってしまえばあの人形たち程に脅威を感じない。

 だとするならば、これはこの土地に住む者達なのではないか……そんな推理を立てたのである。

 相手がどういう存在かも分からないのに無闇に敵対するのはマズイと考えた為、とりあえず様子見をする事に決めたのだ。

 が、それをいつまでも継続する訳にも行かず、仲間と合流して見方が増えた時点で話を進めようという事になった。

 その結果がこれである。


 翼族は、こちらを警戒するのみでまだ行動に移そうとしない。なので、周囲の廃墟と化した街並みへも視線を向ける。見た範囲で言えば、つい先日まで滞在していたブローズ王国の街並みとはまた違う造りをしていた。

 建築の構造的にも遥かに進んだ技術であり、どちらかと言えばレイジの記憶にある現代日本のような街並みだ。


「是非とも主の意見を聞きたいところでござる」

「つーかよ、いい加減アタシ等をどうすんのか決めて欲しいんだが」


 ヴィオが苛々を堂々と表現して翼族の男達を威嚇している。

 最悪戦う事になるかもしれないが、それはまずないだろうとゲイルは思っている。先ほどの人形達との戦いを見ていたのだとしたら、まず手を出そうとは思わないだろう。

 本当はもうガス欠でハイ・アーマードスーツは使えないのだが、そんな事をこの者達が知っているとは思えない。

 だとするならば……


「……一緒に来てもらおう」


 奥の方でごにょごにょと何か相談していたようだが、やがて隊長格と思わしき年長の男がおずおずといった感じで二人に話しかける。

 二人は顔を見合わせ、頷いた。


 今の状況ではレイジと合流するという手段は難しいし、このままこうしていた所で事態が進展する訳でも無いのだ。

 ならば、少しでも情報を得る為に、翼族の集落とやらへ向かうのが最善であろう。

 それに、別の希望も生まれる。

 ここで翼族と遭遇出来たという事は、レイジ本人も遭遇している可能性が高い。このまま彼等に従って集落に辿り着けば、そこで合流する事も出来るかもしれないのだ。


 それに、何か会った時の保険はしっかりと残してある。

 後は、彼女に任せれば大丈夫だろう。




◆◆◆




 二人が翼族と思わしき者達に連行されていく様子を、アルカは廃墟の片隅で観ている事しか出来なかった。


 思う事はいくつもある。


 まず、先ほどまで戦っていた筈の森が、認識阻害を掛けられた都市だったとは……。

 言ってみれば、あれは広大なVR空間と言っていい。

 視覚、嗅覚、触覚の全てがあの空間を本物の森と捉えていた。アルカが本来の力を取り戻していれば気づけたかもしれないが、今の状態ではルークやフェイですらも判別が難しいだろう。

それほど今垣間見た科学力は凄まじい。細かな比較はできないが、アルドラゴのものと変わらないレベルである。


 そんなオーバーテクノロジーが何故この土地に存在するのか、翼族に連行されるゲイル達はどうなるのか、あの現れた魔獣と思わしき人形達は一体何であったのか、そしてレイジことアルドラゴ艦長……ケイはどうなったのか……。


 思うのみで、アルカは何も出来なかった。


 確かに、出発した頃に比べて魔力は回復した。

 魔晶のエネルギーとしている水に、ヴィオの血液を交わらせている為、魔力が土地に吸収される事はない。一時的ならば、実体を作り出して動く事も可能だろう。


 が、ここで二人を助け出すなんて事は出来ない。

 それにもし、あの人形達が今襲い掛かって来たとしたら、何も対処する事は出来ないだろう。

 加えて、このままケイを探しに行くなんて事も出来るとは思えない。


 ヴィオが咄嗟に自分の魔晶を戦闘中に放り投げて隠してくれたのはいいのだが、その結果がこれ。……ただ見ている事しか出来なかった。


『ゲイルさん……ヴィオさん……ケイ……』


 本当に自分が嫌になる。

 何のために、自分は此処に居るのか。

 役に立てることなんて何も無かった筈なのに、志願して彼らに同行を申し出た。

 ただの我儘わがままで同行したというのに、ただ居るだけ、見ているだけで何も出来なかった。


「ふにゃー」


 何が副艦長だ。

 何がケイの相棒だ。

 肝心な時に役立たずのAIに何の意味がある。


「ふなー」


 此処にこうしていても魔力は自然回復する事はない。

 だとするならば、今は少しでも水気のある場所まで移動するのが最善の道ではあるのだが、自らの無力に打ちのめされたアルカは、その場から一歩も動く事が出来なかった。

 その筈だったのだが―――


「なー!」

『ふぎゃ! な、何事ですか!?』


 耳元(魔晶モードなので耳は無いが)で突然怒声の如き音が轟き、アルカは慌てて周囲を見渡した。


『な!?』

「ふにゃぁ」


 自分の真後ろに存在していたのは、真っ黒い毛並をした猫と呼ばれる生物であった。

 そう、猫である。

 考えてみたら、猫のような姿をした獣族には会った事があるが、そのまんま小動物である猫と遭遇したのは、これが初めてであった。


『な、な、なんでしょうか? って、動物に話しかけてどうすんですか私は!』


 ケイの知識によれば、ペットとして飼っている猫に話しかける事は別に恥ずべき行動でもないらしい。だが、明確な知性を持たない小動物に言葉が通じる筈もない。そこは人間では無いアルカには理解しえない行動であると言えた。

 だが、この目の前の猫の瞳には、不思議と知性があるような輝きが見られる。

 ……いや、ただの錯覚だ。

 今の自分には猫なんかに構っている余裕はないのである。

 とにかく、今は動いて少しでも魔力の補充を―――


「はむ」

『あ―――』


 その猫―――レイジがクロっぽい猫と呼称する黒猫は、そのまま道に転がっていたアルカの意識が宿った魔晶を飲み込んでしまったのだった。

 やがて軽くゲップをした黒猫は澄ました顔で辺りを見回し……


「ふにゃあ」


 一鳴きした後に背中に漆黒の翼を出現させる。


 翼をはためかせ、謎の黒猫は空へと飛びあがり、やがて何処かへと去って行ったのであった。




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