159話 ハイ・アーマードスーツ04&06
「変身!」
その言葉と共に左腕を大きく振り払う。
その動作の最中に腕輪より無色透明のスーツが飛び出し、ゲイルの肉体へと装着されていく。更にゲイルの左側面部に緑に光る魔法陣が出現。
その魔法陣はゆっくりと右側へ向けて動き出し、ゲイルの身体を潜り抜けていく。
魔法陣を潜り抜けた後、そこに立つのは全身を白と緑の装甲で包んだ騎士であった。
基本的なデザインはレイジのものと変わらないが、変化が大きいのは頭部である。
バイザーに映るのはレイジのモノアイと違って二つに光る細い眼……そしてその額には一本の角が生えていたのだ。
HAS-04<ユニコーン>
その名の通り、一角獣ユニコーンを意匠としたゲイルのハイ・アーマードスーツである。
当初はゲイルのイメージならば鳥系のイメージのデザインにしようかと思っていたのだが、鳥であればあの帝国の聖騎士と被るという事実を思い出し、弓と言えば射手座……射手座と言えばケンタウロス……ケンタウロスと言えば馬!
という事で、ゲイルのハイ・アーマードスーツの意匠は馬……ただの馬だとあまり強そうに感じないという事で、一角獣であるユニコーンとなった。
「ふむ……肉眼に頼れないというのは不安でござったが、これなら大丈夫でござるな」
自らの顔を覆っているマスクをコンコンと叩きながらゲイルはそんな言葉を口にした。
視界を肉眼で見るのと同等のレベルにする事!
それが、ゲイルの出した要求であった。
エルフというのはとにかく目が良い。現代日本の視力で表すならば、20.0とかそのレベルなのである。レイジが双眼鏡で見るのとほぼ変わらないというのだから凄まじい。
得意の弓を使う際も、実際の目で見て狙いをつけるというのは大事であるから、下手に視界に違和感が出来て、射撃の腕が落ちたら大問題なのである。
だから、今までゲイルはなるべくバイザーの方も常備していなかった。彼の場合、いざとなった時は肉眼の方が頼れると言う事なのだ。
とは言え、今現在は弓矢も無い事だから、そこまで不安になる事もない。何せ、アイテムボックスも使えないという状況であったから、使えない武装の類はほぼアルドラゴに置いてきたのである。
ハイ・アーマードスーツを纏った今ならば風王丸等の武装も使えるのだが、無いものは無い。ここは、忍者スタイルで乗り切ろうとゲイルは判断した。
両腕の籠手より鋭い刃が飛び出し、ゲイルはダッシュブーツを発動させて蛇人形が支配するこの戦場を縦横無尽に駆けた。
蛇人形の傍を駆け抜け、交差する一瞬の隙に刃を振るう。ゲイルとしては一瞬刃が触れたか触れないかくらいの感触だったのだが、蛇人形は真っ二つに分断され、そのまま魔素となって散っていく。
敵が脆いというのもあるが、凄まじいのはこのハイ・アーマードスーツの力か……。
実はゲイルは、元々アーマードスーツの機能をそれほど活用してい。武装が弓矢という事もあって、必要以上に筋力を増強させることも無かった。せいぜい、最初期の聖騎士との戦いや肉弾戦の必要がある時ぐらいしかパワーの増強をしていなかったりする。
普段使っていない分、ここまで圧倒的な力を発揮すると、本当に自分が強いのだと錯覚してしまうものだとゲイルは実感した。
……なるほど、時折自分本来の力では無いと言い聞かせているレイジの気持ちがなんとなく分かった気がする
「与えられた武器を使いこなすのも、本人の力量だと思うのでござるがな。ともあれ、あまり時間は掛けられない……」
もう既に20体程の蛇人形を斬り払ったが、まだ蛇はうじゃうじゃと存在している。
レイジのハイ・アーマードスーツと同様に、ゲイルのスーツも制限時間というものが存在している。正直、正確にあと何匹存在するか分からない状況下では、制限時間の方が先に尽きてしまう可能性が高い。
とは言え、得意の弓矢が無い以上は地道に斬っていくしか手段は無いのである。
「ならば、得物を大きくするでござるか」
ゲイルは軽く両腕を振るい、うぞうぞとこちらへ向かって迫る蛇人形の群れを睨み付ける。続いて、両腕を大きく前方へと突き出す。すると、籠手に取り付けられていた刃が外れ、射出されたのだ。
射出された刃は100メートルほどの距離を飛び、真っ直ぐに前方の二体の蛇人形を貫く。貫いた後には、その背後の木々へと突き刺さった。
現状のゲイルが持つ唯一の間合いの外からの攻撃方法……だが、これで取り付けられていた刃は手元から無くなってしまった。これから一体どうするというのだ?
……いや、射出された刃をよく見てみよう。
離れた場所に立つゲイルが大きく腕を振るうと、樹木に突き刺さった刃がまるで自ら意思を持つかのように木より離れ、それぞれ左右に分かれて飛んでいくではないか。
空中を飛び回る刃は、次々に蛇人形を切り裂いていく。まさかオートで動く性質でもあるのかと認識してしまうかもしれないが、それを操っているであろうゲイルの手元はせわしなく小刻みに動いている。
その秘密は、ゲイルの腕をよく見れば理解出来た。その腕からはワイヤー……いや細いチェーンのようなものが伸びており、空を飛び回る刃に繋がっているのだ。
先の忍者スタイル初披露の際には紹介しそびれた籠手の機能の一つ……鎖鎌である。忍者と言えば鎖鎌にござる!というゲイルのよく分からない理論から、籠手に実装される事になった機能だ。
一般的に知られている分銅のついた鎖鎌とは違って、鎌の方を飛ばすという戦闘方法ではあるが、当のゲイルはこの戦法をよく気に入っている。
戦場が林の中という事で大きく振り回す事は出来ず、一気に殲滅するという結果にはならなかったが、蛇人形の数は着実に減っていった。
このままいけば、スーツの着用時間内に殲滅は十分に可能……その筈だった。
残り20体程……となった所で、蛇人形たちが一か所へと集まりだしたのだ。
なんのつもりと警戒して様子を見ていたゲイルであったが、その目的に気づいて舌打ちした。
それは、ゲッコーの群れがレイジと戦った際にとられた戦法。
個体の数が一定数を切った場合、人形たちはこの行動を取るようにプログラムされていた。
その身を合わせ、構造を組み替え、一つの巨大な魔獣へと姿を変えるのだ。
最も、蛇人形の場合はその体格自体が小さい為、合体したところでさほど巨大なものにならない筈であった。だが、蛇人形達は付近にあった戦闘で切り倒された樹木や、石、岩等をその身体に取り込み、その身を本来の体積以上に肥大化させていく。
やがて合体は完了し、その身を複数の頭部を持つ大蛇へと変貌させた。
「まるでヒュドラ……いや、主の世界で言うところの八岐大蛇でござるか」
ゲイルは鎖鎌を飛ばして八岐大蛇に向かって攻撃を仕掛けた。
飛ばした刃はその身体に突き刺さる。だが、八岐大蛇を構成する身体は大きく、その身を貫通する事は無い。それに、さほどダメージを大きく与えているようにも見えなかった。
「ならば!」
二つの鎖鎌を八岐大蛇の複数頭部の一つへと巻きつけ、一気にその鎖を引き戻す。
高速で引き戻された鎖は、大蛇の頭部を見事に引きちぎった。とは言え、頭は頭でも複数あるうちの一つである。倒すには、これを後7回繰り返さなくては……。
◆◆◆
「変身!」
ヴィオはその音声ワードと共に大きく回し蹴りを放つ。
すると、その蹴りの軌道に合わせるように紫に光る魔法陣がヴィオの頭上に出現する。
トウッとヒーローばりにジャンプしてその魔法陣を潜り抜け、そのまま大地へと三点着地を決めた。あの片膝をついて着地する、別名ヒーロー着地である。
レイジの記憶ライブラリーにあった特撮ヒーロー作品を見て真似た変身プロセスであったが、見事なまでに様になっている。
残念なのは初披露の相手がゴリラみたいな人形である事と、観客が全くいないという事だ。
せっかく練習したのに、寂しい事この上ない。
『わ、私はちゃんと見ていますよー』
今はスーツの内側へ仕舞われているアルカより声が飛ぶ。
「そうだったねぇアルっち! さぁて、行くかい!」
ガチガチと両の拳を打ち慣らし、ヴィオは周囲のゴリラ型人形の群れを睨み付けた。
ヴィオのハイ・アーマードスーツはレイジやゲイルのものと違って、フォルムがやや大きい。肩、胸部、腕部分の装甲が分厚く、一見してパワータイプのスーツと認識できる。
色は上半身部分が紫の模様が入った白、下半身は黒と紫である。
また、その意匠は何処となく虎をイメージさせるものだった。
「おっしゃ! 溜まった鬱憤晴らすぞ!!」
仮面の奥で獰猛な笑みを浮かべたヴィオは、モチーフとなった虎の如く猛然とゴリラ人形へと接近する。
すると、ゴリラ人形はヴィオへ向かって拳を振り上げた。それに呼応するかのようにヴィオも拳を振るう。
パンチとパンチが空中で激突。
が、いくら他の人形に比べて装甲部が厚いといってもオリハルコンによってコーティングされたスーツに勝てる筈も無い。
ゴリラ人形は腕を肩口まで粉砕され、吹き飛んで行った。
「しゃあっ!!」
軽く腕を上げてパワー対決の勝利を誇るヴィオ。
続いて傍に居た別のゴリラ人形へと接近し、その頭部を鷲掴みする。その勢いのままにヴィオはゴリラ人形を引き倒し、ジリジリと大地を引きずって駆ける。引きずったままに先ほど吹き飛ばしたゴリラ人形へと接近し、頭部を掴んだままゴリラ人形を激突させる。
それでもヴィオは止まらず、二体のゴリラ人形を押し出し、その背後にあった大木へと打ち付けたのだ。その衝撃によってさしものゴリラ人形も二体同時に粉砕されて消えていく。
「グハハハ! 楽しいな楽しいな楽しいなぁぁっ!!」
およそ正義の味方の発言とは思えない心からの叫びと共に、ヴィオはまだまだ存在するゴリラ人形相手へと無双タイムへと突入した。
特にアイテムも使わずに殴る蹴るが彼女の主なスタイルであるから、スーツのエネルギー消費もそれほど多くは無い。
このまま時間内に全てのゴリラ人形を撃破するのも余裕……と思われていたが、罠というのはやはり存在する。
レイジ、ゲイルと同様に残りの人形の数が少なくなると、それぞれ合体して巨大な姿へと変貌した。
ならば、この最初から大柄なゴリラ人形はどうなるのか……
それが起こったのは、ヴィオが勢いのままに次のゴリラ人形へ向かって拳を振り上げた時であった。
拳がその身体に命中する直前、ゴリラ人形の身体が四つに分かれ、四方へと飛び散ったのだ。
「なぬ!?」
空を切った拳……唖然としたのは一瞬であったが、その一瞬が命取りとなった。
四つに分かれたゴリラ人形は、それぞれがまるで猿を連想させる小さな個体へと姿を変え、素早い動きでヴィオの身体へと組みついたのだ。
「な、なんだコイツ等!?」
『いけません、動きを阻害されます!』
頭部、両腕、背中へと組みつかれる。頭部は視界を遮られ、両腕は関節を封じられて腕の動きそのものを封じられる。更に背部へと組みついた猿は動こうとする向きとは逆に体重を掛けてくる為、まともに動く事すらままならない。
その隙に他のゴリラ人形が襲いかかろうとするが、そんな事で力負けするヴィオでもない。その体勢のままに拳を振るい、襲い掛かるゴリラを粉砕しようとしたが、これまた拳が当たる寸前に四つの猿に分離。更にヴィオの動きを封じるべく組みついてくるのだった。
なんとか振り払おうとするが、引きはがせばまた別の猿が組みついてきて、終わりが見えないのだ。
ヴィオのスーツはパワータイプの為、このような小型タイプの敵とは相性が悪い。
最も敵の猿たちもゴリラ状態の時と違って、さほどパワーがある訳では無い。放置しても深刻なダメージを受ける事は無いだろうが、このままではスーツ運用のタイムリミットが過ぎてしまう。
そうすれば、また振出しに戻ってしまう。
「ああくそ、しゃあねぇか!」
予想外の展開に舌打ちするヴィオであったが、このまま負けるわけにもいかない。
それに、パワータイプは小回りが利かないという弱点は分かり切っていた事だ。レイジやスミスが、そのあからさまな弱点を放置したままに実戦に投入する筈も無い。当然ながら、打開策は存在する。
ただ、ヴィオとしては初陣において披露するつもりはさらさらなかった。それだけが無念である。
また、本来ならば変身アイテムでもある足輪を操作しなくてはならないのだが、今は身動きがとりづらいので仕方なく音声入力だ。
「コード:0602……装甲展開!」
すると、上半身を覆っている装甲の隙間よりシューシューと空気のようなものが噴出し、一拍の間を置いて頭部、肩、胸部、背部、腕を覆っていた装甲の一部が弾け飛んだ。
装甲が勢いよく弾け飛んだことによって、ヴィオの身体にしがみ付く形になっていた猿人形達は同じく吹き飛び、ヴィオの身体もようやく解放される。
上半身の装甲が弾け飛んだ後、その場に立っていたヴィオのスーツのフォルムはまた別物になっていた。
今までのパワータイプよりもスラリとした形になっており、体型も女性のものであると見ただけで分かるようになっている。
装甲の色は紫一色であり、何より異彩を放つのはその頭部だ。それまでは虎を意匠としていた頭部であったが、全く違う姿となった今はその意匠は何処となく蛇を連想させるものになっている。
「おう猿ども、こっちとしてはまだまだ出し惜しみしたかった姿なんだ。見せた以上は遠慮なくぶちのめすから覚悟しろ」
『……別にさっきの姿の時も遠慮なくぶちのめしていた気もしますが……』
アルカのツッコミもむなしく、ヴィオは腰部に取り付けてあった二本のブラッディランスを手に取り、こちらを警戒して取り囲んでいる猿人形へ肉薄した。
そのスピードたるや、シグマの超加速とは行かないまでもほぼ一瞬で間合いを詰め、一体の猿人形は棍の先端部より飛び出した槍の穂先によって頭部を貫かれる。
これこそ、外見がただの棒であったブラッディランスの本領だ。普段は棍棒の形であるが、スイッチを入れる事で1メートル弱の短槍へ姿を変える。最も、ヴィオ本人はこの槍モードを余程必要に迫らなければ使おうとしないので、主に鈍器扱いされているのが悲しい所。
ともあれ、ヴィオは二本の短槍を駆使し、自身を取り囲む猿たちを貫いていくのだった。
さて、そろそろ説明しておこう。
HAS-06<キマイラ>
ヴィオに与えられたハイ・アーマードスーツ……その特性は、パワータイプとスピードタイプ……二つの姿を持っている事だ。
ちなみに、ヴィオのスーツの意匠は決定するまでに時間が掛かってしまった。得意な武装は槍だというのに好きなのは殴り合い。果たしてスーツはどちらに合わせるべきか……と悩まされたのである。
ヴィオの性格を吟味し、どうせなら両方仕込んじゃえというレイジの鶴の一声によって虎のパワータイプと蛇のスピードタイプ……両方の姿を取り入れる事となった。よって、スーツの名前も複数の頭部を持つ幻獣キマイラの名が与えられたのだ。
普段はゴツイ姿のパワータイプだが、装甲をパージする事によって身軽なスピードタイプに変わる……特撮要素の強いスーツとなったが、本人はかなり気に入ってくれた。
最後に付け加えておくと、キマイラと言えば虎ではなくライオンの頭部というイメージが強いが、ライオンが《レオ》に使用されているのでやむを得なく虎という事になっている。実に単純であるが、これもヴィオが気に入っているのでオッケーなのだ。
なんでハイ・アーマードスーツが使えるのかという謎は、次話説明します。
※追記:タイトル間違っていたので修正。