14話 オーバーリミット
※8/6 後半部分、投稿してしばらく経つと、悔やまれる部分が出て来たので、文章大幅に追加しました。
「アルカ!!」
俺は右手をラザムが持つアルカへ向け、グラビティグローブの引力を発生させる。
「おおっと!」
僅かに右手が引っ張られるのを感じたのか、ラザムはその場から飛び退き、こちらへ向かって挑発するかのようにアルカを掲げて見せる。
「物を弾いたり引き寄せたりする力を使えるようだな。だが、そいつにはどうも範囲があるみたいだ。だから、こうして距離を保てばそいつは使えない」
「くそっ!」
アルカから正確な範囲は聞いていなかったが、大体10メートル以内という所だ。
それにしても、このラザムという男は頭が良い。自分にとって未知の力であっても、即座に特性を見抜き、対応策を講じてくる。
今の手持ちの武器……トリプルブラストは駄目だ。アルカが奴の手にある以上、射撃の精度が落ちる上にアルカを捲き込む恐れがある。
くそ、仕方ない。
俺は意を決して、高周波カッターを取り出して構えた。
「剣も持っているとはな。だが、今まで使わなかったところをみると、剣技に自信は無い。……そうだな?」
あたり。
俺は悔しげにラザムを睨む事しか出来なかった。
「ふん。お前も運が悪かったな。こんな素人がご主人様でよ」
そう。
クジで言ったら俺は所詮ハズレだ。
喧嘩が得意な訳でもなく、頭が切れる訳でもない。
でも、アルカはそんな俺を守ると言ってくれた。決して裏切らないと言ってくれた。
お互い、こんな世界に放り出されて、会ったばかりの関係だけど……俺にとって大事な仲間だ。人間じゃないとかなんてどうでもいい、アイツは友達なんだ。
だから……絶対に助ける。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
雄叫びを上げ、剣を上段に構えながら突撃する。
無論、スーツの出力を上げてのダッシュだ。並の人間には躱せる筈もない。ラザム目掛けて、俺は剣を振り下ろした。
ラザムにはひょいと避けられたが。
「スピードもなかなか。だが、まっすぐ過ぎるわな」
振り下ろした体勢のままの俺目掛けて、ラザムは拳を振るう。
今度打ち据えられた、俺の頬だった。
「おぶっ!」
今まで感じた事のない衝撃。脳が揺れ、その場に思わず膝をついた。
「やはり、その服で覆ってない部分は防御出来ないようだな。しかも、殴られたのは初めてか?」
あぁ……やっぱりフルフェイスのヘルメット被っとけば良かったな。
ジンジンと痛みが頬から響く。思わず涙が出そうになったが、それをグッと堪えた。
まだだ。
正直言って勝てる可能性なんて微塵にも感じないけども、それでもせめて一糸ぐらいは報いてやる!
「ふん。……まぁ、こんな所か」
やや溜め息交じりにラザムは呟き、ゆっくりとこちらへ向かって歩みを進めた。
止めを刺す気か。
おう。来てみやがれ。
殺す事は無理でも、腕の一本くらいは奪ってやる。
片膝を着いたままの体勢である俺の手は、右足部分に取り付けられたアタッチメントに伸びていた。そこにあるのは、現時点での俺の切り札だ。
《レーザーナイフ》
ラザムの身体が射程に入った瞬間、俺はナイフを抜いて刃を振り払った。
「まだ悪あがきを―――って、ぐっ!!」
たかがナイフと思って、身体を僅かに反らして避けただけだったのが、奴の失策だった。
レーザーナイフは、レーザーによって刃そのものを伸ばす事が出来る。見た目は小さなナイフだが、その実態はトリプルブラストよりも高周波カッターよりも強力な武器だ。
伸びた刃は、ラザムの腹部を浅く切り裂いた。
傷は深くない。
予想外の一撃を受けたラザムは、咄嗟に飛び退いて距離を取ろうとする。
が、させない!
それよりも早くナイフをもう一度振り払い、ラザムの右の二の腕を切り裂く。腕を狙うには、アルカに近すぎる。
「ぬおっ!」
深く切り裂いた訳では無いが、ラザムが遂にアルカを手放した。
「アルカッ!!」
「やべっ!!」
二人は同時に宙を舞うゴーグルへと手を伸ばす。
が、先に掴んだのはラザムの方だった。
俺は、手が空を切った瞬間に愕然とする。そして――――――
グシャ
ラザムが掴んだゴーグルが砕けた。
もう一度言う。
ゴーグル……つまり、アルカが、砕けた。
「うわっやべぇ! 加減を間違えた!!」
ゴーグルは、掴んだ部分から二つに割れ、ボロボロとラザムの足元へと落ちる。
俺は、それを唖然とした表情で眺めている事しか出来なかった。
「ああ……すまん。ここまでやるつもりは無かったんだわ。俺としては、お前さんの力が見れればと思っていたん――――――」
俺の中の何かが切れた。
『アーマードスーツ……オーバーリミット』
機械音が脳裏に響く。
ボンッという音と共に、スーツに内臓されている人工筋肉が膨れ上がった。
そして、今まで青い光を放っていたスーツのラインが、赤く染まっていく。
「おいおいおい……コイツ、やばくないか?」
「うあああああっ!!!」
目の前が真っ赤に染まっていた。
思考が全て、怒りに満たされている。
許せない。
アルカをぶっ壊したコイツも、
それを見ている事しか出来なかった情けない自分も、
そもそも、こんな事態に巻き込まれた事も、
こんな訳の分からない世界へ放り出された事も、
とにかくあらゆる物が許せない。
ギロリと、目の前のラザムを睨みつける。
「だから悪かったっつうの。……って、今は聞く耳持たずってか!」
ラザム目がけて、拳を振るう。
振るった―――と思った次の瞬間には俺の身体は、少し離れた位置にあった大木の傍へと移動していた。どうやらラザムは避けたらしいが、拳はそのまま勢いを保ったまま、大木へと命中する。
拳が大木へぶつかった途端、その大木は一瞬にして粉々に砕け散った。
一体、どれほどの衝撃が加われば、このような現象が起きるというのか。一瞬にして10メートル程度の距離を移動した事もそうだが、どうもスーツの機能を限界まで引き出した俺のパワーは、とんでもない事になってるらしい。
「ふざけんな。あんなの食らったら、いくら俺でもただじゃすまねぇ」
ラザムがごちゃごちゃ言っているが、ちっとも耳に入らない。
それからも、何度も殴りかかろうとするが、その拳は命中する事は無かった。が、ラザムとしても余裕をもって避けている訳では無いのだろう。
その額には汗が流れ、瞳は俺の四肢を睨み付けてすぐさま動きに対応できるように精神を研ぎ澄ませている。
「おい。俺の声が届いているかどうか分からんが、そろそろ終わりにしないとお前の身体の方がいかれちまうぞ」
ラザムが、こちらの動きに注意しながら、こんな事を言った。
確かに、その言葉は正しいのだろう。
さっきから……いや、この力を使いだしてから、視界はぼやけている。身体も、なんだかふわふわしていて安定しない。まるで、高熱を出している時のような感覚だ。更には、骨もミシミシ言っているし、こうして殴り続けていると、こっちの骨の方が先に折れるんじゃないかと思う。
ラザムの言葉は理解できるし、このままアイツをボコボコにした所で、アルカが元に戻る訳もない。俺のやっている事は、無意味に等しい。
だが、止まれなかった。
止まり方が分からないと言った方が正しい。
頭の中はいまだにカッカと燃えていて、考えるよりも先に身体が動く。
下手したら、このまま死ぬまでこの状態なんじゃないだろうか……と、冷静に分析している俺が、ちょっと後ろから見ている。
本当に、なんでこんな事になっちまったんだか。
なぁ、アルカ。
お前は、一体どんな気持ちでこんな俺を見ているんだろうな。
『うひゃあ! なんでこんな事になっているんですか。スーツの出力が100%超えちゃってますよ! っていうか、この機能ってマニュアルにすら載ってないですよ。こんな裏ワザ一体いつ見つけたんですか!』
いや、裏ワザなんて知らねぇよ。
勝手になったんだから仕方ないだろう。
お前が壊されるのを見たら、なんか自然と……こう、ポーンって感じで。
『あぅぅ。こんな状態、私も初めてですんで、強制的に起動停止出来ないみたいです。加えて、今の貴方は頭が熱暴走している状態です。時間が経てば、暴走した脳も元に戻るのが常なのですが、今回はスーツが限界以上起動の影響で激しい熱を放出しています。どうも、その相乗効果で熱が収まらないようですね。どーしましょうか』
あぁ……そうなんだ。
それはいいんだけど、これって本当にどうしたらいいかね?
このままだと死ぬんじゃないかな。
『う~む。死にはしないと思いますが、相当危険な状態になると思いますね』
手足の骨折は勿論の事、問題は脳だろうな……。このふわふわした感覚は、脳が沸騰しかけているせいか。
……はぁ。
まいったな。
なんだかさっきからアルカの幻聴まで聞こえてきているし。
いよいよヤバいのかな?
……まぁ、アルカはもう居ないし、こんな星で一人で生きていてもって気にはなってきた。
未練は勿論あるし、そら父さんや母さん……姉ちゃん、爺ちゃん、ばあちゃんにも会いたいよ。でも、こんな事になって、もう色んな事が嫌になってきた。
なんで、俺にだけこんな事が起きるんだ。ちょっと前まで、ただ呑気に学校行って帰ってくるだけの毎日を送っていた平凡な高校生だよ? 交通事故とかに巻き込まれるのとは、レベルが違うよ。
そら、SFなメカとかファンタジーな世界に触れて、楽しいと思う気持ちはあったけどさ、全て割り切って楽しめるほど、以前の生活を捨てられないよ。
『ごめんなさい』
え?
『私には、過去がありませんし、人間の生活というものをよく知らないから、ケイの苦悩を理解してあげられませんでした。
そして私は、自らの機能停止を防ぐために、貴方という存在を利用しようとしました』
いや、それに関しては別にアルカを恨んじゃいないんだけどな。
こっちも生きていく為に仕方ないんだし。
『その結果、貴方はこうして死にかけている。貴方を死なせないと約束したのは、死ななければ構わないという意味ではありません』
う~ん。だから、別にアルカを恨んでないんだってば。
これもまぁ、自業自得みたいなもんだしな。
むしろ、アルカが居て助かったっていうか……。
まぁ、最初はそこまで信用もしてなかったけど、俺にとっちゃ、頼んなきゃ生きていけない訳だったしな。
今じゃ大事な友達だと思っているよ。
『……友達? 私とケイがですか? それは、人と人とがなるものではないのですか?』
いやいや地球人舐めんなよ。
こっちの文化にゃ、異星人から未来の機械だの様々な友達を作った人間が居るんだ。今更人工知能と友達になったところで、驚く奴がいるか。
『友達……私とケイが……友達……』
ん……どした?
『友達とは、困っている友達を見捨てませんよね?』
ん?
……まあ、困っている内容にもよるけど。
手を貸せる程度の事なら、迷いはしないかな。
『分かりました。でしたら、私はケイを助ける為に迷いません』
は?
『あれこれ理由を考えてみましたが、そもそも考える必要もなかったみたいです。私は、ケイを助けます。友達ですから!』
なんか、そう聞くと友達って言葉が魔法みたいだな。
『そうですね。今から、私は“魔法”を使います』
そうか魔法か。
夢の中とはいえ、アルカがそんな事言うとはな。
『本当は、実証も検証もしていなかったので、どうなるか分からなかったのですが、ぶっつけ本番でやらせてもらいます』
「!!」
突然、身体が何か冷たく柔らかいもので包まれたような気がした。
なんだか―――身体が冷えていくのを感じる。それでいて、何処か温かい。
身動きはとれない。だが、何故か居心地がよかった。
『大丈夫ですかケイ? 初めてなので加減が分からないのですが、痛くはありませんか?』
これがアルカの魔法というやつか?
ずっと此処に居たかったかのような安心感。
あぁ……俺は、どこかでこれを求めていたのかな?
昔、母さんに抱きしめてもらった時のような……そんな事を思い出した。
そう考えると、両手で優しく身体が包まれているような気がする。それでいて、なんだかむにゅっとする感触が顔の当たりに……これってなんだろう?
『む。私はケイの母親ではありませんよ。……この場合、光栄なのか失礼なのか、判断に迷いますね』
あぁ、アルカだったのか。
なんていうか、薄々思っていたけども、死ぬ前に見る夢だなこりゃ。
青い髪に、何故か半透明な手足をしたスタイルの良さそうな長身の美女。
アルカがそんな綺麗な女性の姿をして、俺を正面から抱きしめている。
……なんていうか、その……
悪くないかもな。
『え? ってケイ。今まで私を何だと思っていたのですか? ……ケイ?』
そのまま俺は意識を手放した。
やっとこさヒロインの姿が!?
ちゃんと出るのは、もうちょい後になりそうです。すいません。
アルカが今どうなっているかは、次話で……。
ちなみに、ケイ君はアルカの声そのものを聞いた事は無かったので、性別に関しては考えたことすらありませんでした。
本当はラザム氏の説明とか釈明しか入れるつもりだったんですけど、入りきらんかった。次話へ回します。
また、次話で彼らがこの世界に来る羽目になった理由も明らかに?