155話 翼族
「いやぁぁぁっ!!」
なんでなんでどうしてどうして!!??
どうしてこんなのがこの島に居るの!?
アタシのすぐ後ろを、なんだか訳の分からない奴が追いかけてきている。
真っ白い、細長い、手足はあるけど四足歩行、かろうじて目らしき物はあるけどやたらとのっぺりしている顔。
まさか……まさか、アレが話に聞く魔獣とかいう存在なの!?
そんなそんな……そんなもの、ただのお伽噺だ!
魔獣なんて存在はこの楽園には存在しないって、お母さんがさんざん言っていたじゃないの。おじいちゃん達がまだアタシ達が地上に住んでいた頃の話を聞かせてよく怖がらせるけども、それは昔の話だってアタシ達は知っている。
だから、この楽園には魔獣なんてものは存在しない!
じゃあ、アタシの後ろでカタカタ言いながら追ってきているアレは何なんだって話だけども、そんなの知った事じゃないわよ!!
もう、昨日からずっとおかしい事ばかり!
火の鳥様は怒っているし、すっごい地震はあるし、動物達もなんか怯えているし!
でも、今日はアタシの当番の日なんだから仕方ないじゃない。
聖なる泉まで、ちょっとの距離だし、大丈夫だと思っていたんだってば。
なのに……なのに、こんな目に遭うなんて……。
あぁ……もう疲れて来た。
もう飛べない。
アタシ食べられる。
ごめんなさい、お父さんお母さん。
運の悪いアタシを許してください。
「だあぁぁぁぁっ!!」
「はえ?」
何やらやたらと気合の入った叫び声が轟いた。
思わず振り返ると、真っ赤な外套を着込んだ不審な者が、アタシのすぐ背後に迫っていた魔獣(仮)を蹴り飛ばした所だった。
「え……誰?」
全身が赤で彩られた服を着込んでいるが、露出している肌だけがどことなく黄色っぽい。顔立ちはやたらと目が小さく、なんか平たい。
あと、大事な事に今気付いたのだけども、そいつの足は地に着いていた。
ひょっとして……と思ってその背を見ると、そこにアタシ達のような翼はない。
なんなの?
なんの冗談なの?
アタシの前に現れたのは……地上人でした。
◆◆◆
とりあえず蹴り飛ばしてみたけど、いつもみたいにどーんと飛んで行ったりしなかった。……これだけで結構落ち込むもんなんだな。
それにしても、なんだこの魔獣は!?
体格的には成人男性と変わらない感じだが、全身が真っ白で手足も胴体もやたら細長い。何か、質感的にプラスチックのパイプを繋ぎ合わせたみたいな身体だ。顔はあるけども、機械のサインランプみたいな目に、パカパカ開いて取ってつけたような口。……まるで、簡単に作り上げた人形のような造形だ。
本当に魔獣なのかどうか不明だが、四足歩行でカタカタ動くその姿は何処となくヤモリみたいだ。暫定の名前としては、ゲッコーとでも呼ぶか。
そして、チラリと視線を背後へと向ける。
襲われていたと思われる方であるが、すらりと長い手足にまるで子供のような小さな体躯。目がかなり大きいという印象を受けるが、十分美少女と呼べる範疇の金髪少女だ。
ただ、その足は地面に設置しておらず、ふわふわと宙に浮いている。そしてその背には、半透明に青く光る二対の翼らしきものがあった。
もしやと思うが、これが……この土地に住むと言われている翼族だというのか!?
見た目に関する情報が全く無かったから、勝手に天使みたいな翼の生えた人間か、獣族の例から人型になった鳥みたいな存在を想像していたんだけども、どちらかと言えば地球の伝説の存在である妖精みたいな外見だ。
「ち、地上人?」
翼族の少女と思われる存在が、怯えを感じさせる声で言う。
とりあえず怪しい者ではない事を締めそうかと思ったが、事態がそれどころでは無い。
渾身の力を込めて蹴り飛ばしたが、ゲッコーは僅かに転がっただけでダメージはちっとも無さそうだ。
攻撃を加えてきた俺を敵と認識したのか、カタカタと口を鳴らして威嚇してやがる。
うぉぉ、何かひっさしぶりに魔獣がおっそろしい。今までも怖くないと思わなかったと言えば嘘になるが、ここまで脅威に感じるのは最初にゴブリンと戦った時以来かもしれない。
それに、あの時と違って俺の傍にはアルカが居ない。
完全に一人ぼっちの戦いなんて、トレーニングとかを除いたら下手したら初めてじゃないのか?
いやいや、そもそも戦いになるかなんて分かんねぇ。
現実的な事を考えるならば、この翼族の女の子を抱えて逃げた方が生存確率は上がるんだぞ。
だってのに、俺はなんでまた戦おうとしているんだ。
「さっさと逃げろ!!」
未だに俺の背後で震えている様子の女の子に向かって叫ぶ。言葉が通じているかどうか不明だが、とりあえず最低限の事はしたぞ。
さぁて、後はコイツと俺がどこまで渡り合えるか……だ。
「だあぁぁぁっ!!」
片手剣モードのブレイズロングブレードを構え、俺はゲッコーに向けて突撃した。
パワーもスピードもいつもより全然下であるが、頭の中にインストールした戦闘技術だけは消えていない。加えて、映画スターの動きだけじゃなくて、この世界で出会った本物の達人たちの動きも盗ませてもらっている。それに、機能は失っているとしても、ブレイズブレードは立派な武器だ。これさえあれば、この程度の魔獣如きなんとか倒せるはず。
……この時まではそう思っていた。
キィン
「え?」
勢いと共に振り下ろした刃はゲッコーの胴体部へと食い込み、そのまま両断する筈だった。―――が、刃は僅かにゲッコーの体表部分に食い込んだだけで、それ以降進もうとしない。
そこで気づく。
いかに戦闘技術も武器があったとしても、元々の俺の力は所詮高校生レベルなのだ。
魔獣の身体は当然硬い。その身体を両断しようと思ったら、それ相応のパワーが必要となってくる。
つまり、スーツによってパワーを増強していない俺では、魔獣の身体を断つ事は不可能なのだ。
そうして剣を振り払った後で隙だらけの俺目がけて、ゲッコーは攻撃を開始した。
先端が杭のような形になっている腕を振るう。俺は咄嗟に避けようとするが、倒れかけた身体を踏ん張る事が精いっぱいだった。
その杭の腕が俺の腹部目がけて突き出され、俺の身体は衝撃と共に吹き飛ばされてしまった。
こ、攻撃を受けちまった!!
馬鹿野郎。今の俺の防御力は紙みたいなもんなんだぞ! ゴロゴロと地面を転がった俺は、恐る恐る杭を打たれた筈の腹部へと手を添える。
思っていたよりも痛くないけど、最初はそんなもんで後からすっげぇ痛みが来るもんなんだろうか……。
「あれ?」
が、腹部に傷らしきものは無かった。
慌てて添えた筈の手を確認してみるが、そこに血は無い。
そこでもう一度気づく。
確かにエネルギー切れでスーツも武器も機能は失っている。が、ブレイズブレードが普通の剣として使えるように、スーツ自体も防護服としての力は失っていなかったのだ。
筋力増強は出来ないが、衝撃吸収能力、防弾防刃能力はあくまでスーツの素材の問題だ。つまり、あの程度の攻撃で傷はつけられない。
よ、良かったー!!
マジで死んだと思ったもんね。
ホッとしたのも束の間、ゲッコーは即座に俺との距離を詰め、もう一度追撃を行った。
「うごっ!」
胸へと二度目の衝撃が伝わり、俺は無様に吹き飛ばされ、またも地面をゴロゴロと転がる結果となる。
残念だが、完全防御復活という訳では無い。確かに相手の攻撃はこちらのスーツを打ち破れない。だけども、その攻撃の衝撃は容赦なくこちらに襲ってくるのだ。防弾チョッキをしていたとしても、着弾の衝撃までは完全に殺せないでしょう? つまり、ドカンドカンと拳銃クラスの追撃が行われるのだ。これで、スーツの筋力増強機能が生きていれば、この衝撃にも耐えられたはずである。だが、現状はそんなものはなく、ただ攻撃を受けるたびに吹き飛ばされる結果となる。
吹き飛ばされる度に何度も地面をバウンドするのだ。衝撃吸収能力が生きているおかけで痛みは少ないんだが、頭が揺れるおかけで思考がまとまらない。
どうすんだマジで。
あっちの攻撃はなんとか凌げることが出来るが、こっちの攻撃も通用しないぞ。あれから何度か攻撃を加えてみたのだが、やはり敵の皮膚を薄く切り裂く事は出来るが、深く断ち切る事が出来ない。
これで相手がゴブリンとかオークとか体表が比較的柔らかい魔獣だったらなんとかなったかもだが、あのゲッコーの身体は想像以上に硬い。
まともに剣が通じない以上、こちらに打てる手というものが存在しない。
―――あ、あった。
俺は転がりながら、視界の端に一本の大剣を捉えた。
ブレイズグレートブレード。
今使っているブレイズロングブレードが日本刀サイズなら、グレートブレードは大剣サイズだ。今回の戦闘では使う事は無いと判断して、戦闘開始前に地面に突き刺しておいたのだった。
日本刀のように切れ味を高めたブレイズロングブレードではゲッコーの身体を断ち切れない。だが、西洋剣のように頑丈さと重さで叩き斬るタイプのあの武器ならば……。
俺はすぐさま立ち上がり、大地に突き刺さった大剣の元へと駆け寄った。
そして、さながら聖剣を抜く勇者のように……というのは言い過ぎで恥ずかしいが、とりあえずそのような雰囲気で俺はブレイズグレートブレードを引き抜いた。
「うおぉぉぉっ!!」
そして、引き抜いたままの勢いで背後に迫っていたゲッコーに向けて大剣を振り下ろす。
「ギギギ!」
振り下ろされた剣の圧力にビビったのか、ゲッコーは寸前で後ろに飛び退こうとした。が、それは間に合わず、グレートブレードの切っ先はゲッコーの左前脚部分を切り裂き、そのまま両断して見せたのだ。
よし、通じる!!
俺はニヤリと笑みを浮かべたが、次の問題点に気づいて舌打ちした。
グレートブレードは確かにゲッコーに対しダメージを与えられるし、上手く使えば倒せるだろう。
が、その破壊力に比例してか、重いのだ。
背負って歩く事自体もそれなりにきつかったが、それを普通の剣として振り回すと言うのは、高校生筋力に戻ってしまっている俺にとっては厳しすぎる。
とは言え、俺が勝てるとしたらこの剣に頼る他ない。
後は、どうやって当てるか……。
ダメージを受けた事もあってか、ゲッコーはこちらを遠巻きに警戒している。
俺も試しにグレートブレードを振り回してみるが、やはり重くてまともな剣術は披露できないな。
チラリと目だけで辺りを見回し、何か利用できるものが無いかどうかを探る。
とは言え、ここは細い木々が立ち並ぶ森の中……利用出来るものなんてそれこそ木しか……
「!!」
思いついた!
成功するかどうかは賭けだが、このまま膠着していたら確実に殺される。
俺はバックステップで後ろへ下がると、そのまま左右に大きくグレートブレードを振り回した。
振り回された大剣は、勢い余って俺の左右に乱立していた細い木をぶった斬る。一見、振り回した結果誤って斬ってしまった……みたいな感じだが、当然意味はあるのですよ。竹みたいなほっそい木だから、比較的簡単に斬れて助かった。
そんな感じでそれ以降も下がりながら伐採していった結果、おおざっぱであるが道らしきものが出来上がる。道と言ってもそれ以外の場所に伐採した木が倒れているから、比較的通りやすいというだけのものだ。
だが、これでゲッコーの動きは予測しやすくなった。
奴は基本的に四足歩行で動く。そのうちの一本を俺に斬られた為、動きにくい場所は選ばない筈。ならば、選択肢は俺が作り上げたおおざっぱな道を突き進むしかない。
そのまっすぐやってきた所を、俺がカウンターで仕留めてやる。
そう思ってグレートブレードを構えていたら……あのヤロウ、じりじりと後ろへと下がり始めたのだ。
おいおい、まさかこの期に及んで俺じゃくて、あの翼族の女の子にターゲットを変更するんじゃねぇだろうな!?
などと焦っていたら、ゲッコーは助走と共に一気にこちらへ向かって駆け出したのだった。杭のように尖った前脚を突出し、まるでロケットのように俺に向かって突進してきた。
奴の知能がどの程度なのかは不明だが、標的への進路が一直線になった事で、じわじわ追い詰めるよりも一気にケリを付ける方に切り替えたようだ。
またこの方法ならば、今までと動きのスピードが違う為、俺自身もカウンターのタイミングが掴みづらい。
確実に仕留められる方法を狙ってこの道に誘い込んだ訳だが、それが一転して不利になってしまった―――
―――訳では無い。
俺は、構えていたグレートブレードを即座に大地に突き立てると、その柄を足場にしてそのまま垂直にジャンプした。
俺のすぐ真下を、前脚を突き出した姿勢のゲッコーが通り過ぎようとしている。
よし、ドンピシャ!!
グレードブレードでのカウンターも狙ってはいたが、本命はこちらだ。
俺は、今まで背中に背負っていたブレイズロングブレードを取り出すと、刃を真下に構え、一気に急降下した。
全体重を掛けた刃の一撃は、ゲッコーの胴体部分を貫き大地へと縫い付けた。
手応えを十分に感じ取った俺は、即座にゲッコーの身体から離れ、最後の武器であるブレイズダガーを取り出して構えた。これで倒せなければ、コイツで仕留める必要がある。
ゲッコーはしばしの間ジタバタと暴れていたが、やがてゆっくりと動きを失い、そのまま魔力の粒子となって消えて行った。
……か、勝った。
途端、張っていた気は霧散し、一気に足の力が抜けてその場にへたり込んだ。
スーツの力を使用しない、純粋な自力のみで魔獣に勝った……。
「……やれば出来るんじゃねェか」
思わずそんな言葉が、俺の口から漏れていた。




