154話 艦長の独り言
「なー」
ぺちぺちと頬を叩く肉球の感触によって、俺は目を覚ました。
ぼんやりとした頭で目を薄っすらと開けると、どうやら木々の向こうから太陽がぬーっと姿を現した所らしい。夜が明けたみたいだな。
「ふわー」
「ふなー」
俺とクロに似ている猫は、タイミングよく同時に欠伸をし、ごしごしと目を擦る。
身体を起こそうとしたら、ぐらりと寝床が大きく揺れた。そこでようやくこの寝床が葉っぱと枝を重ね合わせただけの簡易ベッドだった事に気付く。しかも、木の上の大きな枝の上に作った即席の寝床である。
ここでようやく意識もスッキリしてきた。
そうだった。
夜間の移動は危険……というかバイザーの機能が無ければ夜は月の灯りしか無いほぼ真っ暗であり、右も左も前も後ろも分からんという状況だったのだ。
なので、日が暮れてからは野営をする事になりました。と言っても、火を起こす道具も食料も何もないから、ただ寝るしか出来なかったんだけどね。
とは言え、訳も分からん土地……しかもこちらは武器もスーツも機能を果たさないという状況で野営というのは危険極まりない。
どうするべきか……と悩んだ結果、最低限の自営として木の上で眠る事にしました。
木に登ったり飛んだりする魔獣なんて山ほどいるけど、地面の上で寝るよりは全然マシでしょうよ。それに、この時点で俺は歩き疲れており、襲われたならその時はその時だと開き直っていたのだ。
とは言え、普通に考えるならばこのまま寝ないで朝がくるのを待った方が良いんだろうなと思っていたし、そのつもりであった。
なんだけど……実際には熟睡できるほどに眠りこけてしまったのである。
当然、身体は怪我一つありません。
ううむ。昨日半日ほど歩いてちょっとした仮説を思いついたのであるが、この空に浮かぶ島には魔獣と呼ばれる存在が居ないのかもしれない。
実際にはあのフェニックスみたいなとんでもない魔獣が居るのだが、それ以外の小さなサイズの魔獣っていうのは未遭遇である。
とは言え、楽観視はせず警戒は続けていくとしましょう。
意気を新たにして俺は木の上よりそろりそろりと降りた。
スーツが機能していた頃と違って、この高さから降りたら怪我するからね。
それにしても……
俺は一晩お世話になった大きな木の幹を思わず見上げた。続いて、自分の手をぼんやりと眺めてみる。
この手で、この大きな起伏がある訳でも無い木を登ったのだ。小さい頃は運動が得意でもなく、握力も無くて木になんて登る事なんて出来なかったこの俺がだ。
スーツの恩恵も無く、よく登れたもんだと感心してしまうな。自分の事の癖に。
ともあれ、ありがとうございました。
一晩であるが俺の身守ってくれた木さんに向かって頭を下げる。
さて、旅……というかアルドラゴへの帰路への続きだ。
「さてと、東はあっちか……。確か、アルドラゴが落ちたのも東の方向だったと思うから、太陽に向かって歩けばいいのかな?」
誰に言う訳でもなく、とりあえず確認事項のように俺は独り言をつぶやく。
コンパスみたいな方角を確かめる道具も何もないから、頼れるのは太陽だけなのだ。
ちなみにであるが、この世界でも太陽は東から昇り、西に沈む。……最も、東西南北がしっかり定められている訳では無いみたいだけどね。だだ、太陽が昇るから東があっちとこっちが勝手に設定しているだけです。
森を抜け平野を抜け……とにかく広いこの島をひたすらに歩く歩く。
何せ、下の世界と違って道と呼べるものが何もない。指針と呼べるものはそれこそ太陽ぐらいなものなのだ。……本当に人間って居るのかしら。
そうして小一時間ほど歩いたころ、恐れていた事態が起こる。
ぐぅぅぅ
腹の虫が鳴いた。
丸一日何も食べてないものなぁ。最初に彷徨った森では、木の実らしきものも点在していたんす。
ただ……食べる勇気が俺には無かった。だって、俺の知識にある果物とこの世界の果物って見た目も味も違うんですもの。普通に食べると毒がある果物も多いらしく、知識のない俺には手を出せる代物ではなかった。
アルドラゴでは主に毒抜きされたものを食べていたものな。地球のバナナみたいな分かりやすい果物でもあれば、良かったんだけど……当然ながらそんなものは無い。
まぁ、最初の森で早々に小川を発見出来たから、渇きの方は解決出来たのだけれども。これは、クロっぽい猫のおかげです。この猫がみゃーみゃー鳴くから放してみたら、案内してくれました。いよいよ命の恩人になってきたな。
まぁ、空に浮かぶ島で、川が一体何処に流れているのかって疑問はあるんだけど、今は仲間との合流が第一ですので放置です。
あぁ、それにしても腹が減った。
とりあえず気を紛らわせるために、会話をする事に……。話し相手は猫だけだから、ほぼ独り言だけども。
何について話すか迷ったが、猫が知らない俺の仲間について話す事にした。
「一番新参なのはヴィオって人だ」
この人は最初敵として現れて、そこから仲間になった人だ。
うちのチームで言えば、見た目は一番大人というか、お姉さんである。まあ、お姉さんというよりは姉御という雰囲気だけども。
年上のお姉さんって包容力みたいなもんを持っていると思っていたが、この人はそういうキャラじゃなかったな。
この人の特性と言えば、吸血種である。
吸血鬼って言うと失礼にあたると思い、吸血種と呼んでいる。正確にはヤクトって種族らしいけども。
最も、うちの世界で言う一般的な吸血種と違って、血を吸われても眷属にならないし、太陽を浴びた所で灰にはならないが、どちらかと言えば夜の方が体調は良いらしい。銀に関してはまだ聞いてないが、ニンニクはただ好き嫌いとして苦手との事だ。
吸血種って事がばれると距離を置かれる事が多かったらしいが、俺が「いや、格好いいです」って言ったら嬉しがられた。
うちの世界の吸血鬼って言ったら最近はホラーテイストよりもスタイリッシュテイストの方が強いものなぁ。
ヴィオにも俺の知識にある映画アーカイブの中から、吸血鬼ものをチョイスして見せた所、大変興奮していた。なんか刀を振り回したくなったとか。
まだ深く踏み込んでいないので分からない事も多いけど、豪快で気持ちのいい人だ。うちのチームに居なかったしね、こういうタイプ。
「次は、フェイ。AI三姉弟の次女だ」
この子も最初は敵として現れたけど、本心ではなく嫌々従っているという感じだった。
だから、敵の縛りが解けて無事にこちらサイドに来れた時は本当にうれしそうだったし、こちらもホッとした。やはり、家族は仲良くあるべきだよな。
性格的には、ナマイキクール美少女といったところか。
俺の事を艦長と呼んでくれてはいるが、何故かうちのチームで一番俺に対する風当たりが強い。何か頼んだらちゃんと了承はしてくれるけどね。
後、やたらと解説好きでファイル作りとか細かい作業をするのが得意。多分、ジグソーパズルとかクロスワードとか好きなタイプだな。……最も、記憶能力と演算能力のおかげですぐにクリア出来て面白くなさそうだけど。
この子も過去の経緯から、まだ踏み込んだやり取りはしていないけど、心強い仲間の一人です。
「お次は、ゲイル」
イケメンエルフにして、エセ侍マニア……ついでに忍者も。そしてアルドラゴ内部では頼れる参謀キャラ……という扱いになっている。こうして羅列してみると、随分と属性盛っているな。
彼に関しては、頼りにしている半面戸惑いもある。
何か、主と呼ばれて結構時が立つのだが、そこまで忠誠を誓われる場面が果たしてあったのだろうか。咄嗟に命を助けたり、その後に問答とかもしたけれど、果たして何が彼の琴線に触れたのか……。
俺としては、若い男同士という事もあってか、普通に友達のようなやり取りが出来ればそれで良かったんだけど、それを通り越して家臣キャラになっちまったから戸惑いがあるのよね。下手したらジェイドやセージの方が友達っぽい関係だ。
これから友人ポジに戻れれば良いんだけどなぁ。
まぁ、彼はエルフという事で実年齢が幾つか不明ではある。エルフと言ったら不老ってイメージが強いから、本当は何百年生きているって可能性もあるんだよな。それはヴィオにも言えるけど、なんかどうも実年齢を尋ねる事は気後れしてしまう。
ともあれ、信頼できる仲間には違いない。特に射撃に関しては凄まじい信頼を置いている。俺が不得意な分野だけに特にね。
いつの間にかこの世界に来てから三番目に付き合いの長い人になってしまったな。
ゲイルはアルドラゴのAIじゃなくて生身の人間である。だから、せいぜい見限られないようにこちらも頑張るとしましょう。
「ルークについての説明もしなくちゃな」
AI三姉妹の末っ子。付き合いの浅い人間に対しては対人恐怖症が発症するが、俺達に対してはいつも元気なルークだ。
その対人恐怖症もルーベリーで学校に通ってからは少し回復出来た……ような気もする。はっきり検証してないので定かではないけども。
その存在を知った時はかなりビビったけども、心から信用出来る者が増えたと考えると、かなりホッとしたのも事実。いつまでも二人旅って訳にもいかなかったからな。
それに、ルークのおかげでハンター活動にも幅が出来た。
俺自身、ルークと一緒で姉が居てさらに末っ子だったので、コイツとはどうしても自分の過去を重ねてしまう。
趣味も合う事から、リアルに弟が居たらこんな感じなんだろうなというのがなんか嬉しい。実年齢的にはあっちの方が年上とか、深く考えたら駄目な部分もあるけども、とにかくチームのムードメーカーとしてなくてはならない存在だ。
「最後にアルカか……」
俺とはこの世界に来た時からの付き合い。
この世界に来た当初は頼りまくりで、アイツが居なかったら何度死んでいたか数えるのも大変だ。
まぁ、実は女性人格で、後に超美人の姿に実体化するとは思いもしなかったけどね。
喋る剣とか動物とか、そういう人外系の相棒というのは創作物においてかなり好みの部類ではあるのだが、その正体が女性っつうのは想定外だった。
と言っても困る訳じゃないんだけどね。誰だっておっさんよりは美女の方が良い訳だし。それに、最初に女の子だと思っていなかったせいか、実体化してからもかなり気安く接する事が出来ている。……もしこれが最初からあの外見だったとしたら、今みたいな関係性を築けたか疑問が残るぞ。
正体が何であれ、アルカが俺にとって最も信頼のおける相棒である事に間違いは無い。
そう、相棒なのだ。
変にドキッとする事が最近多いけど、あくまでアイツは信頼できる相棒であり、それ以上でもそれ以下でもなし!
うむ、以上!!
……でも、別れ際のアイツ……大丈夫かな?
他のクルーは魔力切れで済むけど、アルカの場合は肉体すら保てなくなっていたからな。
うわー、なんか心配になってきたなー。こりゃあ、早々に戻らないと不安だぞこのやろー。
とかなんとか語りつつ、数時間が経過した頃だと思われる。時計が無いから正確な所は不明だけども。
腹は相変わらず減っている。
俺と同じくこのクロっぽい猫も何も食べて無い筈なんだけど、文句も言わずになーなー鳴いている。いや、これが文句なのか?
それにしても、ここが暑くもなく寒くも無い土地で助かった。スーツの耐熱耐寒機能が働いていない為、気候がどっちかに偏っていたらきつかったな。
……いや、ここがすんげぇ高所って事は、本来ならばすげぇ寒い筈だ。実際、この浮遊島が隣接している巨大な山脈の頂上付近は雪に覆われている。
だというのに、このどちらかと言えば温暖よりの気候の原因は何なんだ。
そんな事をふと思っていた時だった……
東へ東へ歩いていた俺は、進行方向に森がある事を確認した。
「入らない方が良いよなぁ」
経験から言って、森林部は魔獣の巣である。
この地には魔獣は居ないのかもしれないが、何かしらのアクシデントが起こる可能性は高い。特に、スーツも武器もまともに動かない現状では、視界の開けない森の中というのは危険極まりない。
という事で、遠回りになるけども森は迂回する事にしました。
なんだけど……
「キャァァァァッ!!!」
森の方向から、甲高い叫び声が響く。
人……人の声だ。
この島にはやはり人が居る!
いや、その前にあれは悲鳴だ。という事は、その悲鳴の主は危機状態にあるという事だ。
……いやいやいやいや。
マズいだろう。今の俺は、一般人に多少毛が生えた程度の力しか無いんだぞ。それに、スーツの機能が全く働いていないから、相手の攻撃の直撃を受けたりしたら、そのまま死ねる。
いつもだったら急いで駆けつけるものだが、今回ばかりは堪えた方が良い。
……その筈なんだよ!!
だというのに、俺の足は勝手にその悲鳴の主の元へと駆けだしていた。
馬鹿だろう。
無謀だろう。
今の俺が助けに向かった所で、何が出来るっていうんだ。死体が一つ増えるだけだっていうの!!
でも―――
もしここでこの悲鳴を聞かなかった事にしたら、俺は絶対に後悔する。もし元の世界に戻れたとしても、ずっとこの悲鳴が頭から離れる事は無いだろう。
それに、このままでは仲間達に合わせる顔が無い。彼らの艦長だと、胸を張って言える訳が無い。
だから、俺は走った。