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153話 艦長捜索




 暗闇の中、ポツンと明かりが点灯するかのように、アルカはその意識を覚醒させた。


 人間でいうならば、眠りから目が覚めたというのだろうか……。

 元々、AIは眠りを必要としない。人間のように肉体的な疲労というものが無いのだから当たり前である。

 ただ、こうして実体化して肉体というものを感じるようになってから、知らぬうちに眠りにつく……という事が起こるようになった。

 人間のように夢を視る事は無いが、意識をシャットダウンして再び覚醒した後は気分がスッキリしているから不思議だ。


 が、今回の覚醒は気分がスッキリとは到底言えるものでは無かった。


 気分は晴れ渡った青空なんてものではなく、霧がかかったように前が見えない。また、身体を構成している水も、まるで濁った沼のようにどんよりとしている。……こちらはあくまで気分の問題であるが。

 

「……どうも、アルカ殿も目が覚めたようでござるな」


 ぐるりと視界を移動させると、自分と同等レベルのどんよりとした空気を纏った男……ゲイルがベッドの上からこちらを見据えていた。

 そこでようやくアルカはここが医務室で、自分は魔晶の姿の状態で室内の水槽に沈められているのだと気付く。


 何故に水槽!?

 と思ったものの、どうも仮の本体として使用している水の魔晶……その水のエネルギーが激減していたらしい。

 アルドラゴの進入角度を上げる為、内包していたほとんどの水を放出してしまったものな。ともあれ、いくらアルドラゴに常備されているウォーターサーバーの水であったとしても、その水に含まれている自然エネルギーを吸収し、僅かずつではあるがアルカの身体も回復しているようだ。

 だが、まだ実体化出来る程の力は回復していない。


『あれからどうなって……いえ、ケイは? ケイはどうなったのですか!?』

「落ち着くでござる。……そもそも、聞きたいのはむしろこちらの方でござる。ナイア殿に意識を奪われ、それから一体何があったのか……」

『あ……そうでしたね』


 意識を失ったのは、ゲイルの方が先であった事を思い出す。

 アルカは、ゲイルが倒れて以降の出来事をかいつまんで説明した。

 そうして最後まで聞くと、ゲイルの顔は目に見えて沈んで行った。


「ふむ、という事は主は……」

『はい。私の記憶では、最後に何があったのか……』


艦長マスターでしたら、現在行方不明です』


 ガラガラと医務室のドアを手動で開き、入って来たのはアルカの妹……フェイであった。


『行方不明って……どういう事ですかフェイ!?』

『い、今説明しますから、落ち着いてください姉さん』


 ばっしゃばっしゃと水槽の水の飛沫を上げて詰め寄るアルカを手で制し、持っていた紙製の地図を広げて見せた。


『これは、おおよその見当で描き記しました浮遊島サフォー王国の地図です。そして、現在のアルドラゴの墜落地点は、およそ此処になります』


 そう言って地図の中央部分を指で示す。


『つ、墜落?』

『はい墜落です。残念ですが、動力の切り替えは間に合いませんでした』

『このアルドラゴが……墜落……。い、いえ肝心なのはそこではありませんでしたね。続きをどうぞ!!』

『そして、艦長の落下地点ですが、恐らくはこの端の地点だと思われます』

『ら、落下……』

「という事は、主は……この訳も分からぬ土地にただ一人という事でござるか?」

『それならばまだ良いのですが……装備が魔力切れを起こしている可能性が高く、果たして五体満足でいるかどうか……』

「『な!!!』」


 ドゴゴーンと、まるで雷鳴でも轟いたかのような衝撃を二人は受けた。


『そ、早急に!! 早急に探しに行きましょう!!』

「そうでござる!! このような訳も分からぬ土地に主一人、しかも装備が役に立たないとなれば、主の身が危険に危険で危険にござる!!」

『お、お二人とも落ち着いてください! 今、我々の置かれている状況を説明しますから!! ……というか、なんであの人こんなに人気あるんですか』


 ぶつくさと言いながら、いそいそとこれまた手書きの紙のようなものを取り出すフェイ。


 まずは、アルドラゴが墜落する原因となった魔力エネルギーの過剰流出……。

 それはあのこの地に来て最初に遭遇した魔獣……フェニックスが犯人ではなく、この土地が原因らしい。


 なんでも、この島は周囲の魔力エネルギーを吸い取る事で空に浮かぶ力を保っているようだ。

 特に、成層圏近くの空は魔力濃度がやたらと濃いらしく、そのおかげもあってずっと空に浮かんでいられるらしい。

 最もこの辺は、アルドラゴのコンピューターが使えない為、推測でしかない。


 という事を、わざわざ図にして説明してくれた。分かりやすかったが、口で説明してもさほど問題は無かったんじゃないかとアルカは思うのだった。


 そして、最も問題となるアルドラゴの現在の状態についての説明に入った。

 そこに書かれていたのは、要約するとこうである。


・残エネルギー量……11パーセント。

・かろうじて飛行可能。

・ただし、武装は全く使えない。

・飛び出したとしても、あのフェニックスと遭遇した場合の危険性うんぬん……


 ……相変わらず、わざわざ書類にして説明するような事かと思わなくもない?

 それはともかくとして、一番気になったのは……


『という事はケイを探しに飛んで戻るというのは……』

『現状では難しいと言えざるを得ません』


 アルカの提案にフェイは首を横に振る。そこへゲイルから疑問の声が飛んだ。


「どうしてでござるか? 飛ぶ事が可能ならば、この程度の距離を戻る等難しくないのでは?」

『艦長がすぐに見つかって、例のフェニックスに遭遇しないという保証があるのでしたら、難しくはありませんね』

『それに、探知機の類は使えないのでしょう?』

『エネルギーを消費する系のアイテムは、ほぼ使えないと考えてくださって結構です』

『うああああ』


 アルカの水槽の水がばしゃばしゃと波打ち、まるで頭を抱えているような形となる。実に器用だ。


「だから、歩いて行くぞ」


 と言って医務室へと入って来たのは、我等がクルーの中で一番の新参者という事になっている紫髪の女性……ヴィオである。

 何故かその手には、ぐったりした野兎のような生物が抱えられていた。……どうも既に死んでいるようだ。


「あ、歩いて……でござるか?」

「おうよ。およそ100Kmはあるらしいが、何か問題あるか?」

「い、いや……行きたいのは山々なのでござるが……拙者の今の身体では……」

「馬鹿。生身であるアタシ等でしか行けないんだから、アンタを呼びに来たんだろーが」

「拙者を呼びに……?」


 ヴィオはつかつかとベッドに寝ているゲイルの元へと近寄ると、自身の人差し指を口に運ぶ。そのまま、その鋭い犬歯によってガリっと傷をつけた。

 続いて、突然の行動に唖然としているゲイルの口の中へ、その指を押し込んだのだ。


「に、にゃにを!!?」


 ゲイルが慌てふためくのも当然。

 他人の指を口の中に突っ込まれて、平然としていられる人間等居る筈もない。

 やがてスポンと指を引っこ抜いたヴィオは、その手でゲイルの口元をガシッと掴み上げた。

 ゲイルの口の中には、ヴィオの人差し指から流れ出た血液が残っている。


「いいから飲め」

「えー」

「飲めっつってんの!」

「………」


 怒鳴れたゲイルは明らかにしょんぼりとし、仕方なしにゴクリと口の中に押し込まれたヴィオの血液を飲み込む。

 他人の血を飲むなんて行為、流石のゲイルであっても生まれて初めてではないだろうか。


 この時のゲイルは「なんでこんな事を!」と憤慨していたのだが、よくよく考えればすぐにその行為の意図は理解出来た。

 ヴィオは、身体能力を強化するといった身体の内側に関する魔法のスペシャリストである。これは、人間としての肉体を持たないアルカやルークには理解しきれない魔法であり、アルドラゴのアイテムであればカバー出来るだろうとの判断から、研究すらしていなかった事柄だ。

 アルドラゴ墜落事件の際も、真っ先に自身の体内魔力を改造し、魔力が肉体の外へと流出しないように強化してみせた。

 今回もゲイルの身体に流し込まれた自身の魔力を利用して、同じように肉体の外へと魔力が逃げないように強化の魔法を施す。

 が、今まで流れ出た分の魔力が戻ってくるわけでもない。


 そこで……


 ずい……とばかりにゲイルの目の前へと野兎を突き出したのだった。


「つー事で、後は食って回復するしかねぇ。じゃあ、食え」


 やはり、持っていたのは食用の為だったか。

 それにしても、食糧はある程度備蓄している筈。なんでまた、野生らしき野兎を食わねばならんのか。


『それはですね、この土地の野生動物達は生まれながらにして魔力が肉体の外に逃げないような身体の作りが出来上がっているのですよ。これも、生態系の進化というものですかね。ですので、この島の野生動物には魔獣程ではないですが、魔力がたっぷり含まれています。これを体内に収めれば、魔力の回復も早まる事でしょう』


 と思っていたらフェイより補足が入った。

 既にヴィオは、この付近の野生動物を確保しており、それなりの魔力が回復出来たとの事。……実に野性的である。


 なるほど、理屈としては理に適っている。

 が、目の前に突き出された野兎を前にすると、さしものゲイルも顔が歪むのだった。


「……せめて、焼いてくださらんか」

「焼いたら、せっかくの魔力が薄くなる」

「ぐっ! さすがの拙者も野生動物を生で食した事はござらん……。いや、理屈では理解しているのでござる。主を助ける為にも、早急に魔力を回復せねばならんという事は……」


 手に取った野兎の肉と目の前のヴィオの顔を見比べ、激しく葛藤している。

 食べたら確かに魔力は回復するかもしれないが、それとは別に別の病気になるのではないかと思われる。特に、間違いなく腹は下すだろう。


「ならしょうがねぇ。魔力量は少なくなるが、こっちの木の実で回復するっていう手段も―――」

「そういうのは早く言ってほしいでござる!!」


 結果的に、野兎は焼く事で二人の腹の足しとなった。

 ゲイルは、魔力回復の為に木の実もたらふく食べた為、お腹がパンパンになってしまい、かなり苦しそうだ。

 一方のヴィオはと言えば、身体の作りが違うのか同じ量を食べた筈なのに平然としているようだ。……さすがである。


「つー事で、早速レージの捜索に入るぞ。行くのは生身であるアタシとそこの耳長だ」

「ゲイルでござる。……ところで、捜索隊に参加するしい事に不満はござらんが、長距離での捜索ならば、狼の姿になれるフェイ殿が適任だと思うのでござるが」

『残念ですが、私達AI組は艦を離れての行動は難しそうです』

「そうなのでござるか?」

『現在、ヴィオさんの魔法を解析して、アルドラゴの周囲をお二人と同じように魔力が奪われないようにバリアを展開しています。このバリアの範囲内でしたら自由に動けますが、範囲外に出るとまた以前と同じ状態になるでしょう。それに、アルドラゴも無防備の状態ですから、こちらの護衛も必要になります』


 なるほど、それならばこの人選にも納得できる。


「アタシ等の方も自由に動けるとは言え、装備の方はほとんど使えないと思った方が良いぞ。特にアンタの弓みたいな放出タイプの武器は、撃った瞬間に魔力を奪われる」

「風王丸は使えないという事でござるな……残念」


 アルドラゴも飛べなければ、移動用のビークルが全く使えない。本当に歩いて捜索に向かうしかなさそうだ。

 二人とも、その事自体に文句も問題も無い。……無いのではあるが、北海道レベルの島を歩いて捜索するとなると、果たして何日掛かるのか……。

 ますますレイジの安否が気にかかる。


「あぁ、そこはある程度近づけたら、アタシが分かるから安心しろい」


 そんな不安を口にしたら、ヴィオよりこんな力強い返事が返って来た。

 あぁ……最初は不安ではあったが、今回はヴィオが仲間に居て本当に良かった。自分達だけでこんな島に来ていたらと思うと、寒気すら感じる。


「こんな事もあろうかと、血をこっそり吸わせてもらったんだ! 一度血を吸った相手なら、近付けばその匂いで分かる!」

「………」


 ……いつ吸ったんだと問い質したくなった。まぁとりあえずおかけで助かっているのだから、今は追及しないでおこう。……今は。

 本当に彼女が真の意味での吸血鬼ではなくて良かった。


「一休みしてから活動開始してもいいが、どうする?」


 時刻は夜中……本来であるならば、二次災害を防ぐ為にも夜間での行動は控えた方が良いのではあるが、ゲイルは静かに首を振る。


「いや、拙者は夜目が効くので行動に支障はござらん。それに十分休んだ故、体調は何の問題も無いでござる」

「アタシもまあ、夜の方が身体の調子はいいかんな。よっし、じゃあ行くとしますか」


 アイテムボックスは使えないので持てる限りの荷物を担ぎ、二人はアルドラゴの後部ハッチの前に立つ。二人を見送る為に、フェイとルークも現れる。フェイの手には小さな水槽があり、その中には魔晶モードとなっているアルカの姿があった。


 ……艦長レイジを捜索する上で、この人選は確かに間違っていない。

 が、アルカはどうも落ち着かない……という気分を味わっていた。

 自分は今、魔力切れにプラスして魔晶の水エネルギーが枯渇しているのだ。それに、フェイの言う通りに魔法という力で実体化している自分達AI組では、この土地では全くと言っていい程役に立てないだろう。

 だから、仕方ない。

 ……仕方ないのだ。


 そんな中……


『……アル姉ちゃんも同行した方がいいと思うなぁ』

『ルーク!?』


 今まで黙っていたルークが、ポツリとそんな事を言いだした。


『だってさぁ、アルドラゴの中に引き籠っていても魔力も水エネルギーも回復しないでしょ? リーダー捜索の道中に泉とか湖とかあるかもしんないし、そこでなら回復手段とかもあるんじゃないかな?』


 反論しようと思っていたが、意外と筋が通っていた。

 確かに、水の魔晶のエネルギーを回復する為には、魔力も必要だが水のエネルギーも必要なのだ。アルドラゴの中の水と言えば、飲料用のウォーターサーバーの水しかない。

 また普段のように空気中の魔力を吸収してエネルギー補充という手段も使えないので、いつまで経っても回復はしないだろう。

 ルークの言うとおりに、ゲイルとヴィオの二人に着いていく事は、水エネルギーの回復にも繋がる。この島に居る限り魔力の回復は無理そうだが、少なくとも艦内に留まるよりはマシとも言える。

 だが……


『私が着いていった所で、役に立てる事なんてありませんよ……』


 実体化も出来ない。魔法も使えない。

 エネルギーが無いので、バイザーを通してのナビゲーターすら出来ない。

 正直、ただ居るだけのお荷物でしかない。


「アタシとしては、話し相手が増えるだけでもありがたいけどねぇ」

「……そうでござるな」


 二人は顔を見合わせて頷く。

 ゲイルとヴィオは、同じクルーというだけでまだまだ親しい仲とは言い難い。長い道中、二人だけでは会話も弾まない……いや、無理に会話する必要もないが、空気というのも大事だろう。


『……では、姉さんが決めてください』


 フェイが促した。


 宇宙戦艦アルドラゴの管理AIにして、暫定副艦長としては……行くべきでは無い。

 行った所で意味は無く、ただ足手まといになるだけだ。


 だが、チームアルドラゴの仲間として……彼に名を貰ったただのアルカとしては……


『……役に立てる事は無いかと思いますが、私も共に行かせてください』


 水槽の中、まるで頭を下げるかのようにアルカは懇願した。

 その返答を聞き、フェイ以外のクルー達は全員にんまりと笑みを浮かべたのだった。

 フェイは何処か拗ねたような顔つきではあるが、溜息と共に持っていたアルカ入りの水槽をヴィオへと渡す。


「んじゃ、よろしくなアルっち」

『アルっち? い、いいえ……どうかよろしくお願いします』


 三人となった捜索隊は、今度こそアルドラゴを後にした。




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