149話 天空の国へ
『では、ケイ……いえ艦長、総員配置に着きました』
俺の隣の座席に腰かけるアルカより、その連絡が入る。
まぁ、人数も6人だから、改めて言われるまでもないんだけどね。
ともあれ、まだまだ慣れないので緊張する儀式な事には変わりない。それでも、形ってもんは必要なのです。
俺は目を閉じて一息つくと、やがて号令を出した。
「アルドラゴ―――発進!!」
『了解しました』
俺の号令に操舵席のフェイが応える。
そして、俺達の乗る赤き機械の竜……アルドラゴの巨体はその場に浮き上がり、天高く舞い上がっていく。
短い期間だったが、ブローズ王国ともこれでお別れだ。
自身の座席にあるサブモニターで遠ざかっていく田舎の小国に視線を向ける。
そんな俺の脳裏に、昨日の出来事が思い浮かぶ。
◇◇◇
翌日、ギルドマスターにアポを取った俺達は、再び執務室へと案内される。
そして、再び恐縮そうにしているギルドマスターの前に、でーんと分厚い書類の束を置いた。
「こ、こちらは?」
『新種の魔獣の生息範囲、および生態に関する調査報告書です』
俺の隣に立つアルカの言葉を聞き、唖然とギルドマスターは目の前に置かれた書類の束と対面側に座っている俺の顔を見比べていた。
いや、そんな顔されても書いたのは俺じゃねぇから。
あの大ムカデを含む虫型魔獣どもを殲滅した後、そーいや報告するって約束だった事を思い出し、ならば報告書を出さなきゃいけないなと、こちらを作成したのである。
まあ、書いたのはアルカとフェイなんだけどさ。
「これは……ありがとうございます。まるで、魔獣研究の専門家のようですね」
そこは、演算能力と事実のみを要約して表現できるAI組の力があってこそだな。
最も、かなりどーでもいい言葉が無駄に書き連ねられているので、印象としては偉い人が書いた論文とかそんな感じ。
当人としては『はぁ、分かりやすくしたつもりですが……』との事だが、俺からしたら分かりにくい事この上ない。こういうの読むと、ライトノベルってのは本当に読みやすいんだなと思っちまうな。
とは言え、ここに書き記されているのは、発見した魔獣の種類、生息範囲、発見した際の数、主な攻撃方法、脅威のレベル……程度なもので、肝心の空から降って来た卵の事は一切触れていない。
「それにしても、何故この新種の魔獣が異常繁殖したのか……」
「………」
頭を抱えるギルドマスターを前にして、俺は思わずこの目にした事を言いだしたくなった。
が、自制。
いくらギルドマスターであっても、個人に伝えた所で何も解決は出来ないし、無駄に不安を煽るだけだろう。
「ですが、これで対処法はなんとか検討出来そうです」
「まあ、それなりに実力のあるハンターならば、倒す事は難しくないでしょうね」
実際、一体一体の強さはそうでもない。同じ低級魔獣であるゴブリンらと違って装甲が硬いのが難点ではあるが、それもきちんと戦略を練れば問題ないだろう。
問題は、数がやたらと多い事だ。
低級魔獣であっても、10体を超えたら十分な脅威だ。それが、3桁となるとどうなるか……。
低ランクハンターの実力をよく知っている俺からすれば、地獄絵図しか思い浮かばないな。
「……それと、私としてはレイジ殿にはもっとハンターの教育を頼みたいのですが……」
「いえ、そろそろこの国から移動しようと思っているので、それはお断りします」
「そ、そうですか……」
俺の言葉に、ギルドマスターは見るからにガックリする。
こういうのを見ると心がすげぇ痛むんですけど、もう新人どもの面倒を見るのは御免です。
もっと歳とったら、そういうのも悪くないかなと思うかもしれないけど、今はとにかく精神的な負担がでかい。
「ですが、次は何処の国へ? ルーベリー方面に戻るのですか? それとも海を越えて帝国に?」
ギルドマスターの疑問も当然だ。このブローズ王国を越えて次の国へ移動するのならば、普通に考えれば方法は手段は二つ考えられる。
一つは陸路でルーベリー王国方面へ戻る事。
またもう一つはここから100キロ程離れた位置にある港町から海路を使って神聖ゴルディクス帝国へと渡る事。
が、俺達の目的地ははっきりしている。来た道を戻る事は考えていないし、帝国には色々と因縁があるが、まだ行くのは時期尚早だと思っている。
俺達の目的は樹の国へ向かう事なのだ。
その為には、ブローズ王国の先にそびえ立つ巨大な山脈を越える必要がある。最も、ここは人間がまともな手段で通過できる環境ではないし、渡る為の設備なんてものは無い。だから、そもそも行き先の選択肢に含まれていないのだ。
……あくまでこの世界の普通の人間にとってはの事だけど。
それに、俺達には山脈を越える前に寄る場所もあるのだ。
「ギルドマスターに一つお聞きしますが、この国の先にあるというサフォー王国について知っている事は何かありますか?」
すると、ギルドマスターは意外な事を聞かれたようにきょとんとした。
「サ、サフォー王国ですか……私はこの国の出身ですが、かの国の話題を耳にした事はほとんどありませんね。王国関係者ならば何か知っているかもしれませんが、私では……」
「では、翼族に会ったことも無い?」
「ええ、残念ですが」
やはり、得る情報は無いか。
天空の島サフォー王国は、他国との関わりを断ち切っているらしい。
つまり、ハンターギルドとも縁は無く、卵の件を彼等に伝えた所でどうにかなる問題とも思えない。それに、この件にサフォー王国が関わっているというのも俺達の推測に過ぎず、その根拠というのも卵の材質がサフォー王国原産の鉱石が使われているというものだ。……どうやって調べたのかとか、そういった事を説明するのはまず無理だろう。
「何故、そんな事を?」
「いえ、幻の国と呼ばれる場所ですから、行けるならば行ってみたいと思っただけです」
「ハハハ。私も近くにあると言うのなら、是非とも行ってみたいですよ。ですが、まず行く手段がありませんからね。所詮は夢物語です」
「夢物語……ですか」
まあ、空を飛ぶ手段が無ければ、そもそも行こうなんて思わないよね。
その後、あたりさわりのない会話をして、俺達はギルドを後にした。
俺達の次の目的地はサフォー王国……。
まずは俺達自身の目で真相を見極め、対処できる問題であるならば対処……国家間の問題となるならば、それ相応の対応という事にした。
はぁ、知らないで済めばそれでいい話だったんだけどさ、知ってしまった上にたまたま目的地が重なって、その問題を解決出来るかもしれないのならば、やるべきでしょう。
だって、善い事な訳だし。
それに、特に大きな事件や出会いがある訳でもなかったが、そこそこの付き合いや、お世話になった人もいる国だ。出来る事なら平穏無事に暮らしてほしい。
ああ、正義の味方ってのはめんどくせぇな。
◇◇◇
「あぁ……このままビューんと樹の国ってとこまで行けたら良いんだけどなぁ」
そんな事を回想していると、こんな言葉がつい口から出てしまった。
正義の味方としては甚だ問題ではあるが、これも本音の一部であるから仕方がない。人助けもしたいが、ぜんぶ放り出してさっさと帰りたいと願う気持ちもあるんだもの。
『ですが、今蓄えている魔力量では、到底樹の国まで辿り着けませんよ』
「そうなんだよなぁ」
アルカの言葉に俺はガックリと項垂れる。
サブモニターでは、どんどん機体が上昇してブローズ王国が遠ざかっていく様子が確認できる。
一応説明すると、現在のアルドラゴの飛行スピードは、およそ通常の旅客機並。これも、節エネの影響です。仮にも宇宙船ですもの、その気になればもっとスピードだって出ますが、その分魔力消費もでかいのです。
何せ、代替エネルギーとして使用しているこの魔力エネルギーというやつはとにかくすこぶる燃費が悪い。戦闘目的や長距離移動目的で動かすと、すぐにプスンと切れやがる。今回の移動においても、目的地に到着したら溜めていた分の半分は持っていかれるだろう。
……本当にこのペースだと帰れるのはいつになるんだろうな。
『まもなく、標高1万メートルに到達します』
大体、旅客機の飛行高度に到達したって訳か。
……だというのに、目の前の山の頂は確認できない。地球のエベレストよりもでかい山か~~。すげーな、異世界。
目の前にあるのは、人族の世界とそれ以外を隔てるという巨大な山脈……その最も巨大なグランドスタッフという名の山である。
とりあえず、俺達はこの山の頂上付近にあるというサフォー王国へ向けて舵を取っている。……本当に、空を飛ぶ手段が無ければどうやってあの国に行くんだ? というくらい高い場所にある。
何せ頂上付近は常に雲に覆われており、地上からではその姿は確認できないのだ。
さぁて、浮遊島といういかにもファンタジーな場所!
どんなものなのか、この目に焼き付けてやろうじゃないの。
そうこうしている間にアルドラゴは山を覆う分厚い雲に突入し、やがて突き抜けた。
そして、それは俺達の前に姿を現す。
「うわ……」
「これは……」
「こりゃすげぇ」
生身の人間組の口から、感嘆の息が漏れる。
メインモニターに、文字通り空に浮かぶ島……真下から見るとただの岩塊だけど、とにかくそれが出現した。
アルドラゴは上昇を続け、次第に浮遊島の全景が明らかとなっていく。
空飛ぶ島なんてものは、アニメとかゲームでしか見た事が無いが、とにかくそれが目の前に存在しているのだ。
思えば、地球の絶景と呼ばれる景色でさえ、きちんと目にした事が無いと言うのに、こんなにとんでもないものを17歳にして見てしまった。……今後の人生どうなんだろう。
島の端はほとんど岩山となっていて、その山々に囲まれるようにして森林や平野が確認できる。その更に奥地には普通の山とか川も確認できるから、入ってしまえば普通の島となんら変わりないように見える。
……川はどこに繋がっているんだろうとかそういう疑問はあるが、まぁ今はいいや。
『島の規模ですが……ええと、ケイの世界に北海道と呼ばれる場所がありましたよね』
「あぁ、あるね」
『およそ、その程度の大きさと推測されます』
……これが、この島についてアルカに聞いた時の会話。
最初はせいぜい離島ぐらいの大きさかと思っていたが、思っていた以上に大きかった浮遊島。
北海道レベルの島が空中に浮いてるって……実際にこの目で見た今となっても信じられねェ。いやまあ、一つの種族が国作っているんだからそんぐらいの規模も当然と言えば当然か。
『とは言え、ここからでは集落のようなものは確認出来ませんね』
「翼族ってのが居るんだよな」
翼族……この世界に古くから存在している7種族の一つであるが、最も数が少なく、最も力の弱い種族と言われているんだとか。
だから、誰も寄りつけないこんな空の上の島で、閉鎖的に暮らしているらしい。
そんな人見知りの集団の中に、いきなりこんな機械のドラゴンに乗って会いに行くほど、俺は非常識では無いぞ。物事には段階ってものがあるんだ。
「しょうがない。エネルギーの消費がでかいが、ステルスモードで島に最接近だ。降りられそうな場所に艦を降ろそう」
『了解です』
ステルスモード……地球ではただレーダーに映らなくする機能に過ぎないが、アルドラゴの技術ならば本当に物理的に見えなくすることだって出来るのだ。
岩山なんかに偽装するカモフラージュモードと違って、エネルギー消費も激しいんだけども、この場合は仕方がない。
何処に人目があるか分からんのだ。この地においては、より慎重に行動し―――
『艦長!! 突然島内部に敵性反応が出現しました!! 何かが接近してきます!!』
「なに!?」
突然のフェイの報告に、俺は正面のメインモニターを凝視する。
すると、モニターに映る岩山が突然ドゴォンという音を立てて爆発した。
最初は火山の爆発かと思った。
破裂した岩山の中から、何やら炎の塊のようなものが飛び出したからだ。
が、違う。
その炎の塊は一直線にこちらへと目標を定め、飛来したのだ。
「回避!」
『了解!!』
俺の言葉にフェイは大きく舵を取り、こちらへ飛んできたその炎の塊を避ける事に成功する。
あれはなんだ火球か? 明らかに敵意ある攻撃……一体、どんな奴が―――
『ケイ、まだ終わっていません!!』
「何!?」
アルカの声が飛ぶ。
が、火球が飛んできた岩山からは何のアクションも無いぞ。
『違います。あの炎は……生物です!!』
アルカの指摘に俺は躱した筈の火球へと再び視線を戻す。
火球はまるで意思を持つかのように大きく旋回すると、再びこちらの正面へと舞い戻る。
そして、その身体に纏っていた炎の膜がボンッと弾け飛び、その真の姿を露わとする。
炎を連想させる赤とオレンジの翼……長い二本の尾羽……この特徴を持つ存在を俺は知っているぞ。
ファンタジーゲームでは定番の伝説の生物……
これは―――
「不死鳥―――」