148話 怒りの鉄拳
こちらに向かってキシキシと声を上げ、カチカチと牙を打ち鳴らして威嚇する大ムカデ……。
本当ならファンタジーっぽい名前をあてがうべきだが、もうめんどくせぇ。あんなもん大ムカデでいいや。
「主よ……この距離なら、《リーブラスター》で撃ち抜く事も可能でござるが……」
ゲイルからバイザーを通して通信が入る。
あぁうん。その方が手っ取り早いよね。
が、俺は答えずに黙ったまま目の前の大ムカデを見据えていた。
「あ、主?」
予期せぬ沈黙に戸惑った声を上げるゲイル。
そして、やがて俺はポツリと尋ねた。
「……アルカ、上空から卵が降ってくる様子は?」
『ハッ! い、今の所その気配はありません』
自分に振られるとは思っていなかったらしいアルカが、慌てて返答する。
そっか……って事は、今の所敵はこの場に居る奴等で全部って事なのね。
そっかそっか……
「ゲイル、ルークは《リーブラスター》を分離させて、通常戦闘に復帰を頼む」
「い、良いのでござるか?」
『でもでも、そのでっかいのどうすんの?』
ルークの疑問はもっとも。うん、《リーブラスター》の一撃で仕留めればスッキリするよね。
でもさ―――
「あぁ、コイツは俺がやるわ」
「『『な!』』」
綺麗にハモった。
うん。その返事は妥当。
目の前には俺の大嫌いな虫筆頭であるムカデ……しかもそれを何十倍にも大きくしたものがでーんと存在しているのだ。
その相手を事もあろうか俺がする。
気は確かかと正気を疑われても仕方がない。
「はいはい。いいからいいから……。ほら、行くぞーレディゴー」
やや、やる気のない声で号令を掛け、俺は目の前の大ムカデに猛進した。
気は確かかと問われれば、この時の俺は正気では無かったんだろう。
はっきり言って、この時の俺は静かにぶち切れていた。
実は、あの大ムカデが降って来た事で、俺には気づいた事があったりする。
……これは、明らかなる俺への嫌がらせである。
ルーベリーを出て、この地へ来てからというもの、敵対する魔獣が俺の苦手な虫……虫……虫……。元々この世界にゃ虫系の魔獣はさほど種類が多いという訳じゃないというのに、このオンパレードの数々。
そして極め付けがこの大ボスたる大ムカデだ。
何なんだ。
俺達がルーベリーの街に被害を出す前にあのサンドウォームを撃破してしまったのが、そんなに気に食わなかったのか?
いや、そもそも俺の冒険自体が嫌がらせみたいなもんだ。今にして思えば、小さい仕事程度ならまだしも、ちょっとばっかし大きな仕事の場合って何かしらの事件が起こる。今回のこれは、カオスドラゴンから続く嫌がらせの延長線上にある事象の一つである事は間違いない。
深く考えるまでも無く、これってぜってーあのフェイに命令していたっていう主とやらの仕業だろう。
ふざけんなこの野郎。
もういい加減にしろっての。
こんな、セオリー通りの大事件シナリオなんていらねぇんだよ。俺はそこそこの冒険をして、てっとり早く帰りてぇんだ。
俺は持っていた二刀を地面へと突き刺すと、一気にジャンプして大ムカデの顔へと接近する。
「うらぁっ!!」
怒りの鉄拳でもって、俺は大ムカデの頭部を殴り飛ばした。
グロいとかキモいとかそういう感情はもちろんあるけれど、怒りがそれを塗りつぶしていた。
……そもそも、小さいから余計に気持ち悪いのであって、これだけでかければそこまで気持ち悪いものでもない!!
スーツのパワーを上げ、渾身の力でもって大ムカデの頭部を殴る殴る殴る……。
体格差はどうなってんのよ……という話だが、ジャンプブーツのホバリング機能のおかげで、ずっと浮いたまま殴れますよ。実際、頭部の鋼殻は既にベコベコで、後何発か殴れば頭部ごと吹っ飛ばす事も可能だろう。
「キ、キシェェェッ!」
痛覚があるのかどうか定かでは無いが、俺の猛攻に耐えかねたのか大ムカデは身体をよじってその場から逃げ出そうとした。
……アホか、今の俺が逃がすと思うのか。
俺は地面に着地すると、その長い胴体部をしがみつくように掴み上げた。うぞうぞと多数の足が蠢いていて気持ち悪い事この上ないが、まぁ今はどうでもいい。
「うおおぉっ!」
雄叫びを上げてパワーを全開(現状のスーツだと50%が限界)にする。そして、全長50メートルはありそうな巨体である大ムカデを、俺は持ち上げた。
うぐぐ、これだけの巨体はさすがに重い。それでも俺はお構いなしにその巨体をジャイアントスウィングの如く振り回し、周囲に点在している太い木々や大岩にぶつけていく。
ついでに周囲に居た蟻やダンゴムシも消滅したみたいだが、こちらサイドに被害は無いのでヨシとする。
最後に岩山へ向かってその巨体をぶん投げた。
ズガガンと岩山に激突し、身体をめり込ませながらも大ムカデはまだ生きているようだ。
……む?
よく見れば、今まで俺が掴んでいた部分が千切れているな。身体の先端部分を掴んでいたから、ほんの少しだけ体長が短くなったか。
「キシェェェェッ!!」
大ムカデさんもまだまだ戦意は失ってないようだ。俺が再び接近すると、それを阻むかの如く攻撃を開始した。
なんと、その無数の足が槍の如く伸び、地上の俺に向かって撃ち出されたのだ。
予想外過ぎる攻撃!
次々と撃ち出される槍を俺はバックステップで避ける。だが、引きちぎったおかげで多少は減ったとはいえ、その足の数は百足というぐらいだから100本近くある。その全てがこの伸びる槍になるのだとしたら、厄介な事この上ない。実際、このままでは避けるだけで精一杯だ。
ならば……と、俺は先程地面へと突き刺した二刀の元へと戻った。
二刀を構え、大剣を盾代わりとし、長刀でもって次々と撃ち出される槍の足を打ち払っていく。そのまま大ムカデに向かって接近するのだが、ある程度近づいたところでピピピとバイザーより警告が走る。
見れば、大ムカデの口腔部分に熱エネルギーが溜まっていくのが確認出来た。
溶解液! だが……このパターンにはもう慣れた。
俺はバリアビットを展開すると、広範囲に広げたバリアでもって溶解液を防いだ。……ついでに周りの草木も被害から防ぐ。
そして、溶解液の噴射が収まったのと同時にバリアを解除。そのまま跳び上がり、大ムカデの頭上で剣を水平に構えた。
そんな俺目掛けて、無数の槍の足が撃ち出される。
再びバリアビットで防ぐ事も出来る。が、俺は敢えてそれを正面から立ち向かった。
空中で身体を独楽の如く回転させ、剣をヘリのローターのようにする。ジャンプブーツを使用しての回転の為、フィギュアスケートの回転なんて比じゃないレベルだ。バイザーのおかげで俺の弱小な脳みそでも数秒間なら目を回さずに耐えられる。
その高速回転に加え、刀身より激しく炎が噴き出した。炎に関しては高熱で切れ味を上昇させるのと同時にハッタリの意味も持たせている。
俺はそのまま炎の高速回転で落下し、次々に撃ち出される槍の足を全て斬り払っていく。地上に着地した頃には、大ムカデの足の9割は無くなっていた。
足元は多少ふらつくが、まぁ耐えられる。
続いての追撃だ。
俺は二刀を再び連結させて一つの大剣へと戻すと、炎を噴射させたまま大ムカデの長い胴体部へと突き刺した。
足が残っていれば容易に俺を貫けただろうが、肝心の足はもう無い。
「だああぁぁっ!!」
ジャンプブーツを発動させ、剣を突き刺したまま上空へと跳ぶ。
大ムカデの胴体に綺麗に縦一文字の傷の傷を作り上げた。だが、まだ消滅する様子は無い。最後の悪あがきなのか、大ムカデが溶解液を放とうとしているのが見える。
ならば、こちらも最後の大技で締めてやる。
大剣モードのブレイズブレードを左手に持ち替え、右腕のガントレットを発動させる。
今までは、右腕を砲へと変化させるハードバスターを装備していた。が、最近の俺は開き直ってほぼ近接戦闘特化の武装を身に着けている。
という事で、このガントレットもハードバスターではない。
ガントレットはガチャガチャと形状を変え、右手そのものを覆うように変化していく。やがて、それは巨大な掌の形となった。
巨大な掌は高熱を発して次第に赤くなり、やがてゴォゴォと炎が噴き出す。
「爆熱―――!!」
そう、今までが光って唸る閃光の掌ならば、強化したこの右手は真っ赤に燃える爆炎の掌だ。
「バーニングフィストォーッ!!」
俺は爆炎の右手を大ムカデの頭部……口の中目掛けて突き出した。爆弾の如き熱エネルギーが大ムカデの頭部に送り込まれ、やがて閃光と共に大爆発を起こす。
大地に着地した俺が上空を見上げると、そこには見事に頭部を吹き飛ばされた大ムカデの姿があった。ここまでのダメージを負った大ムカデはさすがに肉体を維持できなくなり、そのまま魔力の粒子となって消えていくのだった。
そして、足元に残されたのは原型となる魔石のみ。
勝利!
……ようし、これで結構スッキリしたな。
「―――ん?」
そこでようやく俺は、他のチームの面々の視線がこちらに向いている事に気づいた。
何やら、ポカンとした顔つきでこっちを見ていやがる。
「どした?」
敵も、そんなに多くは無いとはいえ、まだ残っているじゃないか。
すると、アルカが戸惑ったような声で尋ねてきた。
『い、いえ……今のはケイの苦手なムカデ……でしたよね。その……平気なんですか?』
「ん? まあ平気と言えば平気だけど、それがどうかしたか?」
『そ、それならそれで良いのです。さぁ皆さん、戦いを続けましょう!!』
アルカの号令に全員慌てて頷き、戦いを再開するのだった。
……なんのこっちゃ。
◆◆◆
それから30分後くらいには、全ての虫系魔獣達は掃討されていた。
やっぱ、うちの仲間達は頼りになるねぇ。安心して見ていられるってのは、実に心が休まるものだ。新人研修はハラハラしっぱなしだったものなぁ。
それにしても、魔獣の総数は全部で253体か……。明らかに異常な数だなぁ。
これって、遭遇したのがうちらのチームじゃなかったら、えらい事になってたんじゃない?
それに……
「何より問題なのは、あの卵だよなぁ」
「あれは一体何なのでござるか?」
「卵っつー事は、生んだ奴がいるんじゃね?」
「いや、この世界の魔獣って、親が産卵して子供が増えるとかそういう仕組みじゃないっしょ。あれはまともな卵じゃないよ」
「確かに繁殖目的で卵を産む事は無いでござるが、分裂する事で数を増やす魔獣も存在するでござるよ」
「そっか、そういうパターンもあるか」
「まぁ、そもそもあんな馬鹿でかい卵産む時点で、とんでもなくでかい魔獣だろうけどな」
俺とゲイルとヴィオは《リーブラ》内でドリンクを飲みながらそんな会話を交わしていた。
アルカ、フェイ、ルークのAI組は現在、例の卵の破片を採集しつつ、その調査を行っている。さてさて、どんな結果が待っている事やら。
……約30分後……
『えーと、まずアレは卵というよりは、培養カプセルと言った方が正しいようですね』
やがて、そんな答えがやってきた。
培養カプセル……なーんか、いやーな響き。
培養ってのは、微生物あるいは多細胞生物の細胞や組織の一部を人工的な環境下で育てる事―――つまり、
「という事は、予想通り……あの新種魔獣達は誰かが作った人工的な魔獣って事なのかい?」
『……という事になりそうです』
アルカの答えに、俺達は思わず顔を見合わせた。
魔獣を人工的に作る……そんな事が有りえますか?
「そう言えば、あの帝国の騎士達は魔獣を魔石のようなものに封じ込めて召喚する……そんな事をしていたでござるな」
「そういや、そんなのしていたな。しかも、合体までしていたし」
『あ……それ、ぼくも前のルーベリーの戦いの時に見たよ』
ルークが思い出したように言う。
という事は……
「今回のこの件は、帝国がまたやらかしたって事なのか?」
「………」
ゲイルが渋い顔を作る。
それも仕方ない。……あの国、本当に碌な事しねぇんだ。思えば、トラブルの原因のほとんどはあの絡みじゃねぇか?
それに、確かフェイの元主とやらも帝国に所属しているんだったな。
こうなっていると、全ての元凶としか思えなくなってくる。
現状としてはまず帰還する方法を見つける事が最優先で、帝国についての扱いは保留にしてきたんだけども、そうも言っていられなくなってきたのかな。振りかかる火の粉を払うだけじゃなくて、何か行動する事も必要なのか?
だが―――
『……いえ、あくまで推論ですが、これはゴルディクス帝国の仕業という訳ではないと思われます』
その言葉によってフェイへと視線が集まった。
『第一に、帝国には魔獣を使役するという手段がありますが、あれは一部の魔獣を捕獲し、強制的に隷属させたものです。また、その過程で魔獣の体内にある魔石はボロボロになるので、一度使用すれば二度と呼び出す事は出来ず、このように倒した後も魔石は残らないのです』
そう言ってフェイは俺達へと今回の戦利品である魔石を見せる。
確かにあの虫型魔獣の群れを殲滅しても、魔石だけはしっかりと残ったんだったな。
「しかしそれは新たに改良された結果なのではないでござらんか?」
『その可能性も否定できません。ですが……問題となるのはこの卵の殻なのです』
続いて隣に立つアルカが例の卵の欠片をテーブルの上に置く。
『こちらが培養カプセルの役割を果たしていると説明しましたが、この卵の殻に使われている材質……こちらは特殊な鉱石を使用して作られている物でした』
「鉱石?」
『詳しい名称は長ったらしいので省略しますが、フェイのオリハルコンと同様に魔力によって材質が変化する鉱石だと認識してください。問題となるのがその産地でして……』
「産地?」
『……データを照合したところ、私達の次の目的地……浮遊島サフォー王国でしか産出されていません。しかも、かの国は他国との関わりを持たないようなので、輸出の類は行っていないようです』
俺達は思わず天を見上げた。
今は雲に隠れていて確認できないが、その先にある浮遊島……サフォー王国。そこでこの卵は作られたっていうのか?
「確かに、空からあの卵を落としたってんなら、ここに落ちて来た事も腑に落ちるか……」
なんで俺達がここに居た時にピンポイントで落ちて来たのかって疑問はあるが、これもまた例のヤツが暗躍しているせいなんだろうな。
あーめんどくせぇ。
「って事は、補給だけじゃなく、この卵の件も含めて、益々行かなくちゃいけないっつー訳なんだな」
天空の島……サフォー王国。
そこが、俺達の新たな冒険の舞台か。