147話 リーブラスター
俺は咄嗟に《リーブラ》内部へと戻ると、武装置き場より自身のブレイズブレードとゲイルの弓を引っ掴み、外で戦っている三人の元へと駆けだした。それなりの距離があるが、ジャンプブーツを水平作動させれば数秒で着く。
落ちて来たアレが卵だとするなら、中に入っているのは当然―――
やがてピキピキと卵にヒビが入っていく様子が確認でき、数秒後にはパァンという破裂音と共に卵は砕け散った。
すると、中からは予想通りにアントルーパーの群れが100体近く溢れだすように出現したのだった。
「ゲイル!」
俺は溢れだす蟻の群れに目を奪われている様子のゲイルに声を飛ばし、手にしていた弓を放り投げる。
ゲイルは即座に弓を受け取ると、忍者スタイルを止めていつもの弓兵スタイルへとチェンジした。
そして、間近に迫っていたアントルーパーの頭部を速射で撃ち抜く。
「あれは何でござるか?」
「分からん。だが、もう武器のテストだなんだと言ってらんねぇ。ここからはマジの殲滅戦で行くぞ」
「了解にござる」
もう調査だ何だと言っている場合でもない。それに、魔獣が異常に増える理由ならばこれで判明したも同然だ。
続いてゲイルはこちらに向けて溶解液を放とうとしていた赤アントルーパーに向けて矢を放つ。その矢は赤アントルーパーに命中する直前で枝分かれするように分裂し、その付近に居た黒アントルーパー数体も纏めて撃破する。
ゲイルの持つ“風雷丸”改め“風王丸”は、その名の通り風属性に特化した弓となっている。以前の弓は風と雷の両方を分けて扱う事が出来たが、新たな仲間となったヴィオは正式なる雷属性の持ち主となっている。ならば、自分は元々の風属性主体になるべきと判断し、雷属性の機能をオミットしたものが現在の風王丸である。
その際に新たな機能が色々と加えられ、更なる強力な弓となったのだ。
それにしても、弓を手にしたゲイルの何という頼もしさ。もう、遠距離攻撃は彼に任せておけば安心だな。
ザザザッという音がしたので振り返ると、狼モードとなったフェイがその背にアルカを乗せてやって来た所だった。
とにかく、これでチーム・アルドラゴ6人全員集合だ。
いくら巨大蟻が数百体居ようが、俺達が本気でやれば負ける事はない。こちとら、あのクソでかいミミズを撃破した実績があるんじゃ。
と、油断すれば尻込みしそうになる自分を叱咤し、意気込んでレディゴーと叫ぼう―――としたら、アルカの声が割って入る。
『ケイ、残念ですが悪い知らせがあります』
「こ、これ以上何かありますか……」
『はい。……実は、落下する物体は一つでは無いんです』
「―――は?」
すると、天からゴォゴォという音が響き、もう一個の卵が飛来してきた。
巨大卵はまたしても森へと落下すると、同じように破裂して魔獣を吐き出させる。……今度は、蟻ではなくて巨大ダンゴ虫……キャノンボールだ。数は20体程度、アントルーパーの100体に比べれば少ないが、ヤツの装甲の硬さは実際に戦ったのでよーく理解している。
アレが、20体かよ……。
「仕方ない。アイツは装甲がやたらと硬いから、ルークのゴゥレムとヴィオのパワーで粉砕して―――」
『……残念ですが、まだ終わりではありません』
「なぬ!?」
『上空より飛来する物体は、まだ9つ確認できました。時間差はあるものの、約5分後には全て森林部に落下する筈です』
「こ、9つ!?」
おい、下手したら全部で4桁超えるんじゃねぇか。
さすがにその規模の魔獣なんてどうしたらいいか見当もつかねぇぞ。
どうすんだどうすんだ!!
パッと思いつくのは、アルドラゴによる爆撃。これならば倒せる。
倒せるはずなんだけど……最早環境破壊だなんだと言っていられる場合ではないとは思うが、どうも二の足を踏んでしまうな。
もうちょい被害の少ない殲滅の仕方は……
「ゲイル、降ってくる卵を狙撃で撃ち落とす事は出来るか?」
「難しいでござろうな。撃ち抜く事は可能でござろうが、それはただ殻を破壊するだけの事。中の魔獣も含めて破壊するのであれば、拙者の武装では力不足にござる」
だよな。
あの魔獣が百体も詰まっている巨大な卵を丸ごと破壊すると言うのは、アルドラゴの主武装じゃないと無理だ。だが、アルドラゴを5分以内にここへ持ってくるのは不可能。
他に破壊力に特化した武装となると、砲撃主体のゴゥレムである《キャンサー》なんだが、その攻撃力は俺も良く理解している。恐らくは《キャンサー》であっても破壊する事は不可能だ。
となると……
あ!
あった。
シグマが置き土産として置いていった武器の数々。
あのレールガンであれば、卵ごと破壊する事も出来るんじゃないか?
となれば……
「ルーク、ゲイル……シューティングフォーメーションだ」
「『!!』」
サッと二人に緊張が走る。それも当然、これは設計もしたし実際に装備として組み込んではいるが、テストすりゃしていない。
下手すりゃ起動していきなりボンッと壊れる可能性だってある。
が、二人は俺に向かってコクンと頷くと、ゲイルはルークの身体を掴むとダッシュブーツで即座に《リーブラ》へと戻っていく。
すると、アルカが不安そうな顔でこちらを振り返った。
『ケイ、本気ですか?』
「仕方ない。現状、空中でアレを撃ち落とせるのは一つだけなんだ」
そして、俺はと言えば背負った大剣を分割して取り外し、両手に二刀流として構える。これほどの大群ならば、二刀流の技術がどうのこうのは関係ない。適当に振り回しても当てられるだろうよ。
「俺達は地上に落ちたヤツの処理だ。なにせ、数が多いから出し惜しみは無しだ。全力で行くぞ」
『了解です』
「ハッハッハ! やっぱそういう方が性に合ってるねぇ!!」
いつの間にか人型に戻ったフェイは両袖より爪を出現させ、ヴィオは両の拳を打ちつけ、歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。
アルカも「ハァ」と小さく溜息を吐き、自らの武器……アルケイドロッドを構えた。
『最悪、帰り道は《リーブラ》を使用できませんね。アルドラゴを呼び寄せる準備だけはしておきましょう』
「お、おう。そういう問題もあったな」
さすがアルカ。俺が見落としていた事実に気づくとは……頼りになる副艦長である。
チラリと振り返ると、いよいよ二人が《リーブラ》へと辿り着いた所だった。
『ようし行くぞ、来い!《キャンサー》!!』
ゲイルへと地上に下ろされたルークはバッと飛びあがる。するとその小さな背に背負われたランドセルの蓋が開き、中よりいくつものパーツが飛び出す。それは空中でルークを中心に組み合わさり、巨大な砲を持ち下半身は戦車、上半身は人型という巨人……《キャンサー》へと姿を変えた。
そして《キャンサー》は《リーブラ》の背面部へと回り込むと、僅かに形を変える。
『いっくぞぉー! マシン・ドッキング2!!』
《キャンサー》の両腕……そして二本の砲が《リーブラ》の背面部の穴へと差し込まれる。
その途端、《リーブラ》に変化が起こる。
これまで、《リーブラ》はカブトムシやクワガタのような甲虫系のようなフォルムをしていたが、別にその両虫を連想させるような角は持っていなかった。が、《キャンサー》が合体した途端、《リーブラ》の車体が二つに分かれ、その断面部より巨大な角を連想させる……砲が出現したのだ。加えて、ホバークラフトなのでタイヤは存在しないが、それに相応する部分よりスパイクが飛び出て大地に突き刺さる。これによって車体を固定……《リーブラ》は完全なる砲台へと姿を変えたのだ。
これぞ、これまではただのキャンピングカーであった《リーブラ》の新しい姿……《リーブラスター》である。
シグマが残した武装の数々は、スミスによって研究がなされ、一部の武装を既存のアイテム……ゴゥレム等の大型武装に組み込む事になった。
特にサンドゥーム戦において活躍したあのレールガンは、こうして《リーブラ》へと組み込まれたのである。
単独で撃つ事も可能であるが、ルークの《キャンサー》とドッキングする事でパワーを倍増させる事が可能。
続いて、その車体の背部分へゲイルが飛び乗った。よく見れば、《キャンサー》と《リーブラ》の接合部分に人が一人立てるような場所と何かを置くかのような台座が用意されている。
ゲイルはそこへ立つと、手にした弓……“風王丸”をまるで突き刺すように台座にセットする。
きちんとセットされた事を確認したゲイルは、台座に突き刺さったまま弓を引いた。すると、それに呼応するかのように砲の先端部分が動き、弦を強く引くごとに砲口部分にエネルギーが溜まっていく様子が確認できる。
そう、アルドラゴのギガブラストと違って《リーブラスター》の砲撃主はゲイルなのである。まぁ、だって俺には射撃の才能とか無いし……。それに、エネルギー消費も半端無いから命中率とかやっぱ大事なのです。ただ、ゲイルの頼みで砲台の発射方法は弓をセットして……との形になった。
これぞ、シューティングフォーメーション!
地上戦力における最強の攻撃力を持つ武装である。
『ゲイルにーちゃん、3つ目の卵が落ちてくるよー!!』
「心配ござらん! 既に見えている!!」
いや、俺には全く肉眼じゃ観測出来ないんだけどね。ゲイルが遥か上空にある卵目がけて照準を付けると、一気にその引き絞った矢……もとい砲撃を放った。
眩い閃光が轟音と共に砲口より放たれ、一気に天を貫く柱となる。
肉眼では目が潰れるのでバイザーをつけて確認すると、放たれた光は真っ直ぐにこちらに向けて落下する卵を見事捉え、貫いたのだった。
……流石。
そして、大穴を開けられた卵はそのままポンッという音を立てて爆発する。
うし!
真っ昼間から打ちあがった上空の花火を見て、俺はガッツポーズを作った。
まずは一つ撃破。
が、卵はまだまだこちらに向けて落下してくる。当然、《リーブラスター》の砲撃は威力のチャージに時間が掛かる。降ってくるのが先か、チャージが溜まるのが先か……時間との勝負になってくる。
恐らくは全てを撃ち落とす事は不可能じゃないかと思っている。
ならば、撃ち漏らしたのを仕留めるのはこちらの仕事だ。
「チーム・アルドラゴ……レディゴー!!」
俺の掛け声と共に、全員がその場から飛びだした。
そして、それぞれの武器を使って俺達を取り囲むようにして迫りくるアントルーパーとキャノンボールの群れを屠っていく。
フェイが俊敏なスピードで駆けまわりながら、その鋭い爪で切り裂く。
ヴィオが超パワーでその剛腕を振るって粉砕する。
アルカは時にアルケイドロッド・サイズモードの刃で切り裂き、時に氷のを精製して敵を貫いていく。
俺はと言えば、二つの剣をまるで回転させるように振るい、敵がこちらに飛びかかる隙すら与えない。
ちなみに二刀流であるが、完璧に使いこなせてはいないが別に使えないわけでは無い。脳内にインストールしたアクション映画俳優の動きや、ゲームの登場人物の動きやなんかを模倣する事はこうして可能だ。
特にゲームは人間的な動作を考慮していない動きがあったりするものだから、実際の再現にはかなりの苦労を要した。
今披露しているように、剣を水平にして独楽のように回転して斬る技もそうであるが、三半規管への負担がでかい。バイザーの機能を調整してなんとか目が回らないような状態をキープしているが、それも長続きはしないのです。
あと、二刀を使って滅多切りにして、最後に手を交差させて斬る技なんてのもあるが……アレ、ちょっとでも動きを間違えたら、自分で自分を斬るぞ。剣同士がぶつからないように斬るってのは思っていたよりも難しいんです。
戦っている最中にチラチラと上空を確認していると、降ってくる卵は順調に撃墜されていっている。……う~む、多少は撃ち漏らしがあるかと思っていたが、今の所全部撃墜っすか。
すまん、まだまだゲイル事を侮っていた。アンタ、やっぱりすげぇよ。
「残りは?」
『3つです! ですが、うち2つがほぼ同時に落下してきます』
うぐぐ、今までは落下にタイムラグがあったおかげでなんとか撃墜出来ていたが、同時に来られると流石に撃墜は難しいんじゃないか?
とか思っていたら……
「ルーク殿、《リーブラ》を南西方向に移動させてほしい!」
『な、南西だね。分かったよー!』
ルークは一時的に《リーブラ》のスパイクを解除して、合体したまま《キャンサー》を飛びあがらせる。
そして、ゲイルの指示通りに南西方向にジャンプして移動するのだが、その移動の最中にゲイルは砲撃を放った。
ゲイルが狙ったのは、落下してくる卵が一直線に射線上に並ぶ瞬間だ。
そんな僅かな瞬間を逃さずにゲイルは《リーブラスター》を放ち、卵を二つ纏めて撃墜する。
「うわ、マジかよ」
思わず声に出た。
いや、射撃に徹したららあの人本気でスゲェのね。これってエルフが凄いのか、ゲイル本人が凄いのか……多分両方かな。
とにかく、残りは一つって事でもう敵が追加される事は無いだろう。こっちも安心して残りの敵の撃破に専念できるってもんだ。
……そう思っていたらば―――
最後の一つ、確かにそれを射抜く事はゲイルには難しい事では無かった。
エネルギーも残っていたし、今度は二つ同時なんて曲芸をする必要も無い。実際、タイミングはバッチリであり、順調に撃墜できる筈だった。
砲撃が命中するよりも早く、卵の殻が砕けなければ。
「何!?」
『うそーっ!?』
チーム全員の視線が上空に注がれる。
自ら殻を破り、砲撃から逃れた新たなる魔獣は一体。ズシーンと地響きを立ててソイツは俺達の目前へと降って来た。
30メートルはある巨大な体格は、このバトルの大ボスに相応しい風格ではある。
……が、よりによって出てきたのがコイツなのかよ……。
「キシェェェェェェェェッ!!」
巨大魔獣はまるで威嚇するように喉を鳴らす。更にカチカチと突き出た鋭い牙のようなものが打ち合わさって、こちらの恐怖心を煽ってやがる。
それは、俺が最も苦手とする……長くて足がいっぱいあってウゾウゾと蠢く虫……百足である。
そんな巨大ムカデが、最後の敵として俺達の前に立ち塞がったのだった。
……帰りたい。