146話 忍者と巨腕とランドセル
「ゲイル、“風王丸”は使わないのか?」
三人が戦闘準備をしている中、ゲイルのメインウェポンたる弓は《リーブラ》内部の武装置き場に置かれたままとなっている。
ゲイルの弓による狙撃の腕は見事ではあるが、近接戦闘はさほど得意ではない。これはよく模擬戦をやっているからよく理解しているつもりだ。その筈なんだが、どういった趣向だろう。
すると当のゲイルは俺を見て不敵に笑うのだった。
「今回は戦法を変えてみようと思うのでござる」
そういうと、ジャケットをその場に放り、今までサラサラと流れていた長髪を紐で括り始めた。いわゆる侍……いや浪人風のヘアースタイルである。
そして、両腕には普段のゲイルの戦法とは似つかわしくない、ごっついガントレット……いや、本人が言うには籠手が装着されていた。この籠手、よく見れば刃のようなものが取り付けられている。正に、近接戦闘用の武具と言えよう。
軽装のアーマードスーツスタイル、括られた長い髪、そして刃の付いた籠手……更に、めったに使わないフェイスガードを着用した姿は、実にアレを連想させた。
アレ……とは、日本人にしろ外国人にしろ、男ならばほとんどの者が憧れる存在……The忍者である。
「ゲイル、忍者スタイルの完成にござる」
ゲイルはシャキーンとばかりにポーズをつけ名乗りを上げた。
うぉう、なんかテンションたけーなぁ。
気持ちは分からんでもないが、イケメンだというのになんか残念だ。なんか、ルークが「いいなぁー」と羨望の眼差しでゲイルを見ている。憧れの方向が正しいのかどうか判断難しいぞオイ。
ちなみにゲイルの主要武器である弓……元々は風雷丸という名であったが、今は風王丸とその名を変えてある。その辺についての事情はまた追々説明しよう。
そして、その隣に立つ子供……ルークは見た目にはさほど変化は無い。
ただ、彼の背にはこれまで目にしていなかった異物がある。……最も、ルークぐらいの年齢の者であれば、さほど珍しくも無い物だったりする。……あくまで俺の世界の価値観で言えば。
ランドセルである。
そりゃあ細部のデザインは変更してあるし、いくらなんでも革製って事は無いですよ。
ただ、一見してランドセルと分かる代物であり、ルークが背負っていても全く違和感は無い。
無論、中に入っているのは教科書や筆記用具……なんてオチは無い。
ルークの戦法に相応しい代物がたくさん詰まっているのである。
「んで、準備は万端って訳かい?」
一人、特に武装を準備する必要のなかったヴィオが、待ちくたびれたように呟く。
ヴィオはと言えば、ジャケットの裾を腕まくりして、ごついガントレットがギラリと自己主張している。こちらは先のデビュー戦の時に披露したものだが、こちらも詳しい説明をするとしよう。
準備の完了を知らせるように、《リーブラ》のドア……格好良く言うとハッチが開き、外の空気を室内へと運ぶ。
魔獣の縄張りよりもまだ多少は距離があるとは言え、一歩足を踏み出せばそこは戦場である。
「行くでござる」
『おーっ!』
「うっしゃ!」
ゲイルがスーツの襟もとを正し、ルークは勢いよく両手を掲げ、ヴィオは両の拳を胸の前で打ちつける。
三人は戦場へ向かって駆けだした。
戦場は生い茂っていた木々が減少している開けた場所だ。それに、ここならば俺達の位置からでも戦いをよく観察できる。
示し合わせたのか、三人はそれぞれ別方向へと飛び出していった。
俺がまず視線を向けたのはゲイルだ。三人の中では最も速いスピードで魔獣の領域へと到達すると、その彼を襲撃しようと森の陰より巨大蟻……アントルーパーの群れが襲い掛かる。
目前へと迫るアントルーパー……そんな巨大蟻を前にして、ゲイルは右手で左腕の籠手に触れ、何やら窪みのある部分より何かを取り出す。
そして、それをアントルーパー目掛けて投擲したのだ。
それは、十字型に加工された投擲用のナイフ……ぶっちゃけ手裏剣である。
勢いよく投擲された手裏剣は、アントルーパーの外皮を貫き、その頭部に風穴を開けた。
それによって感触を確かめたゲイルは、更なる手裏剣を取り出し、まるでいつもの弓を射るかのように次々とアントルーパーの頭部を撃ち抜いていった。……それにしても相変わらず百発百中とかすげぇよな。
ちなみに、当然ながらただの手裏剣では甲殻の硬い蟲系魔獣の外皮を貫く事など出来はしない。それは弓矢でも同様であり、いかにゲイルが鉄の矢を撃ったところで、目や関節部等甲殻に覆われていない部分を狙わない限り、倒す事は出来ないのだ。
ならばどういう事なのか……それは当然ながらアルドラゴの科学力と、ゲイルの身体に埋め込まれている風の魔晶エネルギーの力のおかげなのだ。
ヴィオは、雷の魔晶を体内に投与し、その魔力を己の力とした。元々使えなかった雷属性の魔法を自在に操る事が出来た。
ならば、自分も同じような事が出来るのではないか? ゲイルはそう考えた。
結果的には体質の問題で不可能だったのだが、そこからヒントを得て体内に眠る風の魔晶のエネルギーを自らの武器に付与する事を思いついたのである。
まず、身に着けている籠手には痛みを全く感じないレベルの極小の針が備え付けられており、そこから血液を通してゲイルの体内に流れる魔力を抽出し、それを風のエネルギーに変換して籠手の内部に溜めておく事が可能となっている。
そして、手裏剣にその風のエネルギーを纏わせ、切れ味を強化させているのである。
抽出できるエネルギーにも限度がある為、さほど大がかりな力は使えないが、このように戦闘補助としての活用ならば十分に活躍できる。
が、エネルギーがある限り撃てる弓矢と違い、手裏剣というものは数に限りがある。
その実数は片腕に10枚……つまり合計20枚。
ゲイルを取り囲むようにして存在するアントルーパーの群れに対応するには、数が足りないと言えよう。
予備はアイテムボックスに収納されているものの、ゲイルが現在使用している物は籠手内部にて風のエネルギーを付与されているものであり、今のような破壊力を持たせるためには籠手内部に装填してエネルギーを溜めなくてはならないのだ。
戦闘中にそんな隙がある訳もなく、ゲイルは早々に手裏剣による投擲戦法を終了させる。
ギシギシと音を立てて迫るアントルーパーの群れ。
それに対応する為、ゲイルは籠手に両腕の籠手に取り付けられている刃を展開させる。それまではナイフ程度の大きさだった刃が、鎌のように飛び出したのだ。
左右に迫って来たアントルーパー目掛けて、ゲイルは身体を回転させるように両腕の鎌を振るう。
すると、斜めに両断されたアントルーパーの上半身がポトリと大地へと落ちる。
うーむ、格好いい。
当然こちらの刃にも風のエネルギーが付与されていて、切れ味を強化している。
ゲイルは次々に迫るアントルーパーを切り裂いていくが、やはりリーチが短いために次第に追い込まれていく姿がこちらでも確認できる。
まだダメージは受けていないものの、このままではまともな攻撃を受けてしまうのも時間の問題かと思われた。
最悪の場合、ここからゲイルの主要武器である弓を放って渡す事も念頭にあるが、まだ大丈夫だという確信はある。
この程度の苦境、俺よりも頭の良いゲイルが想定していない筈がないのだ。
そしてゲイルの肩の上下が激しくなり、左右に位置したやや外皮の赤いアントルーパーが、口より溶解液のようなものを発射しようとしている。やはりアリだけに、そういった攻撃方法もあるのか……って感心するよりも、タイミング的にも躱しようがない!
……その筈だったが、それを察知したゲイルは即座に足に装着した新武装を発動させる。
“ダッシュブーツ”
ジャンプブーツを改造し、高くは跳べないが短距離を超スピードで走る事が出来る靴である。
それによってゲイルはアントルーパーの包囲網を駆け抜け、開けた場所へと逃れ出る事に成功した。ゲイルに向けて溶解液を噴射しようとした赤いアントルーパーは、互いにその溶解液をかけ合う形となり、そのまま互いの溶解液によって消滅する。
超スピードで走るというのは夢のような力であり、俺自身も何度か試した事があるのだが、残念ながら使いこなす事は出来なかった。
いえ、単純にスピードを増して走る事は出来ますよ。
ただ、アニメとかみたいに見えないレベルのスピードで走ったり戦ったりするなんて、普通の人間にゃ無理です。
だって、傍から見ていて一瞬って事は、実際に走っている俺自身の感覚も一瞬って事ですよ。人間の脳ミソがそんな一瞬の演算処理をしてくれますかってんだ。
前に戦ったシグマのように超加速で動いたりするには、やはり脳をいじくらないと出来ないのです。よって、俺には無理という結論に達しました。
じゃあゲイルはどうなんだという話だが、ゲイルも超スピードで走っている間の体感時間を伸ばす事は不可能だ。だが、動体視力が俺よりも優れているので、超スピードで移動中の細かい動きをある程度制御できる。
戦ったりする事は無理だが、このように移動に徹するならば操る事は可能なのである。
しかし、やはりと言っては何だが接近戦に不慣れなゲイルにとって、忍者スタイルの初陣がこの新種魔獣の群れというのは厳しかったようだ。
それでも、自分で宣言した以上は弓を使わずにこの場を乗り切る筈。ゲイルならば大丈夫だろう。それだけの信頼はしているからな。
続いて視線をヴィオへと向けた。
「うりゃりゃりゃりゃーッ!!」
当の本人は嬉しそうな雄たけびと共に、アントルーパーの群れを次々に蹴散らしていく。
……それにしても嬉しそうな顔だ。そこまで暴れるのが好きなのか、あの人は。
魔術師であり、槍使いでもあるヴィオであるが、当人の申告通りに好きな戦闘スタイルは殴り合いである。
最も魔術と言っても、俺のイメージする魔術と違い、炎や氷を操るような事は出来ず、主に身体能力の強化や自らの血を硬質化させて槍を精製するぐらいの力しか無いそうだけど。
俺としては今までチームに居なかった長物系を扱える人という事で、是非とも槍使い(ランサー)として活躍してほしかったのであるが、まぁ本人の希望なら仕方ない。
ヴィオの戦闘スタイルは、パワー重視の格闘スタイルとなっている。
メイン武装となるのは、両腕に装着されたガントレット……その名も“パワーアーム”である。
うむ、そのまんまだ。
特性として、拳が対象に激突する瞬間、拳の周りを覆うようにして半透明の巨大な拳が出現するのだ。イメージとしては、一瞬だけ巨大な鎧の拳部分のみを装着しているようなものか。
こちらは、バリアガントレットを改造したもので、一瞬だけ自分の目前に盾が出現すると言う仕組みを利用して一瞬だけ拳が出現するという形にしたのだとか。
……原理は聞くな。俺も知らん。
こちらはヴィオが大変気に入っている武装であり、本人の弁では……「自分で魔力強化しなくていいなんて楽でいいなこれ! しかも見た目も迫力あって格好良いしよ!」……との事。
しかし、見た目は実に格好いい。
こんな武器はどうだと進言したのは自分なのだが、ああして嬉々として暴れ回っている姿を見ると、羨ましくなってくるな。
とは言え、仲間の武器を羨ましいからと自分も同型のものを使うのは気後れする。
ここは涙を呑んでヴィオの活躍を見守るとしよう。
ヴィオにはまだ身に着けている武装があるのだが、使わない以上は紹介する事も出来ない。
という事で、最後の一人へと視線を向ける。
三人の中では歩幅も狭く足の遅いルークは、ようやくアントルーパーの群れへと接近しつつあるところだった。
さて、これまでのルークの戦法と言えば、当然であるがゴゥレムを運用したスタイルである。
メインである《タウラス》のパワー戦法で強引に敵のど真ん中に飛び込み、その圧倒的パワーで蹂躙する。他に砲撃タイプの《キャンサー》で援護、合体して《スコーピオ》となって活躍する事も出来る。
が、彼は生身(実体は土で出来ている為、この表現が正しいのかどうか甚だ疑問ではあるが)のままにアントルーパーの群れへと接近するのだった。
ルークがある程度近づくと、アントルーパー十数体が標的に向かって猛然と駆け出した。
そこでルークは足を止め、その背にあるリュック……否ランドセルのベルトに手を掛け、取り付けられている紐を引っ張った。
すると、ランドセルの蓋がパカリと開き、その中から……
巨大な砲身が姿を現した。
また、ランドセルの側面部分より昆虫の脚を連想させる多関節のアームが4本飛び出し、大地に突き刺さる事によってルークの身体を固定する。
『《キャンサー・キャノン》発射―ッ!!』
砲口に光が溜まり、やがてそれは熱線となってアントルーパーの群れへと突き進む。
すると、チュドーンと熱線はアントルーパーの一体に命中し、その周囲……5メートル程を爆発で包み込んだ。今ので、5体くらいは消し炭になったかな?
『こんにゃろ! こんにゃろ!』
命中した事で軽くガッツポーズをしたルークは、アームによって自らの身体を支えながら、二発……三発と次々にキャノンを撃ち込んでいく。
一応補足しておくと、あのキャノンの威力はこんなものではなく、その気になれば10数体くらい纏めて消し炭にするぐらいの爆発は起こせるのだ。そうしないのは、これ以上の威力で撃てば、大変な環境破壊になってしまうせいである。
いくら異世界とは言え、そんな事しちゃあ駄目ですよ。
が、このように威力を絞っているせいで取りこぼしが起き、数体のアントルーパーがルークに近づきつつあった。ルークは砲身の照準を向けようとするが、既に近づきすぎているせいでキャノンを撃つ事が出来ない。
ならばどうするか……本来であれば、いつものように地面をダンっと踏んづけて、地面を棘状に隆起させて串刺しにする……こんな所だろう。
が、今回はどうもゲイルと同じく新装備縛りで戦うという意地があるらしく、そのそぶりは見せない。
ならば、どうするか……
『《タウラス・パーンチ》!!』
ルークはランドセルから突き出ていた巨大なキャノンを再びランドセル内部へと収納すると、今度は別のモノを出現させたのだ。
巨人の腕……それが、まるでびっくり箱から飛び出るパンチンググローブのように飛び出し、目前に迫っていたアントルーパーを吹き飛ばしたのだった。
『うりゃうりゃうりゃーっ!!』
吹っ飛んだアントルーパーを見てまたもガッツポーズをしたルークは、更に自身に接近していたアントルーパーをランドセルより飛び出した巨大な腕で殴り飛ばしていく。
さて、そろそろ説明しておこう。
ルークの背負ったランドセル……これは当然ながらルーク専用の新武装であり、その名も“トイボックス”……つまりはおもちゃ箱である!
ランドセルの中身は実はアイテムボックスとなっており、ルークが所有するゴゥレムが全て収納されている。
普段はバラバラになってアイテムボックス内部に収納されているゴゥレム達であるが、ボックスの出口が大きくなったことで、身体の一部や武装の一部をこのようにして取り出す事が出来るようになったのだ。
これによって、これまでその巨体が原因で室内や洞窟等の狭い場所での活躍が出来なかったゴゥレム達にも、活躍の場が出来るようになった。……まぁ、今回は別に狭い場所って訳でもないんだけどさ。
今回出したものは、《キャンサー》のキャノン砲と《タウラス》の腕だ。
他にも、《キャンサー》の鋏や《スコーピオ》のオーバーハングキャノンなんてものも取り出せたりする。
もっと戦闘用ゴゥレムの数が増えれば、戦闘のバリエーションも増える事だろう。
そんな感じで、ルークも危なげない様子でアントルーパーの群れを次々と一掃していっている。
これならば、殲滅の方も任せて問題なさそうだな。
「さて、こっちは新種魔獣増殖の調査を……って言っても、何すりゃいいんだ?」
アルカを振り返ると、当人は何やらタブレットのようなものをいじっている様子だった。
超技術のノートパソコンみたいな代物らしいが、人間が扱う事は想定されていないらしいので、そこに何が書かれているかはさっぱり理解できません。
やがて、何か結果が出たのか、アルカは首を傾げながら言った。
『ううむ、不思議ですね。この地帯はさほど空気中の魔力濃度が濃いとは検出されません。これほどの魔獣が生息する事自体が異常とも言えます』
「確かに……空気は澄んでいるな」
魔獣が多数生息する地域に行った事は別に初めてでもなんでもない。
思えば、3桁以上の魔獣が生息する地域なんて、空気がどんよりしているというか、薄く靄がかかったような状態なのだ。ルーベリーに滞在する前に拠点としていた巨人の谷なんて、昼間だと言うのに薄暗い空気だったもんな。
それらと比べると、確かにこの森の正常な空気というのは逆に異常に感じてしまう。
「という事は、異常の原因は場所にある訳では無い?」
『その可能性が高いかと。恐らくあの魔獣の群れは、別の場所からこの地に―――』
『姉さん! 危険反応ありです! 何かが接近してきます!!』
会話の最中に今まで《リーブラ》内部でコンピューターをいじっていたフェイが俺達の方を向き、叫び声をあげた。
「危険……敵か! 何処から!?」
俺は慌てて《リーブラ》に備え付けられている3Dマップに目を向ける。が、マップ上はアントルーパーの反応が多すぎて判別が出来ない。
『いえ―――』
すると、3Dマップに反応があった。
2Dのマップでは確認する事が出来なかった……360度周囲を見渡せる3Dだからこそ知る事が出来た。
俺とアルカは慌てて《リーブラ》の外に飛び出し、その反応があった方向を見る。
それは、ゴォゴォと耳障りな轟音と共に“降って来た”。
『―――敵性反応……上空より飛来します』
フェイの言葉が耳に届く。
あぁ、良く見える。
天よりやってきた“それ”は、激しい衝撃と爆風を伴って森の中へと墜落した。
最初は隕石かと思った。
次はまた大型の魔獣かと。
でも違う。
この離れた位置から見ると、落ちてきたモノの正体がよく分かる。いや、分かると言うよりは不思議とそれが何なのかピンときてしまった。
白く光る楕円形の物体。大きさは30メートルぐらいありそうだ。
あれは―――
「卵だ」




