140話 「ヴィオ」
「……貴様らが、噂のハンターチームか」
「なるほど、噂になっているか。それは何より」
アルドラゴのリーダー、レイジは不敵な笑みを浮かべて闇ギルドのマスターを見据えた。
―――っていうか、俺なんだけどさ。
しかしなんなの? 闇ギルドのマスターって、いかにもマフィアやヤ●ザの親分って感じじゃんよ。
思わず目を背けて「すいません、間違えました」と謝りたくなるが、こちらも自分とは違うキャラを演じてかなりの時が経つ。必死で己を殺して、凄腕のハンターを演じるのですよ。化けの皮がはがれたら、そこでおしまいなのです。
「レージ……アンタ、なんで……」
「いやぁ、その……」
すると、目を丸くしてこちらを見ているヴァイオレットさんと目が合う。
うーむ。彼女からしたら、そらぁびっくりしたでしょうよ。ベストなタイミングで、アルドラゴのメンバー全員集合だもんね。
いやぁ、タイミングは冷や冷やしたなぁ。ヴァイオレットさんが自分の身体を好きにしなとか言いだした時は焦った焦った。
「アタシの事が信用できないってか? ああん!?」
「いや、そういう訳じゃ……」
とりあえず言葉に詰まっていたら、「ぶっとばすぞこの野郎」と言わんばかりの視線でこちらを睨みつけておる。
うわ、すっげぇおっかねぇ。
何と返答するべきか迷っていたらば、隣に立つゲイルが口を開く。
「シグマ殿にござる」
「あん。おっさん!?」
「奴は自分の分も責任を取ろうとするだろう……だから、なんとかしろ……だそうにござる」
「……そこは自分でなんとかする所じゃね?」
『うーん、でもあのおっちゃん、まだ歩けないしね。だから頼んだんじゃないかな?』
と、ルークが補足する。
いやまぁ、シグマに呼び出され、ヴァイオレットさんの面倒を見てやってくれと頼まれたのだから仕方がない。
最初は俺一人で行くという話だったが、ヤ●ザの事務所……もとい闇ギルドのアジトに乗り込むなんて、あまりにも危険すぎるという事から、アルカが同行を申し出る。そしたらアルカ殿だけでは不十分にござる……と言いだして、ゲイルも同行する事に。するとルークが留守番は嫌だい! と駄々をこね、姉さんやルークも行くのなら私も……と、なんだかんだ言って全員で乗り込む事になりました。
ミラージュコートの透明化機能を使えば、潜入もラクラク。ただ、腕の立つハンターは、気配で察知出来るから、その辺の配慮は必要でした。
……まぁ、結果的にそんなに強い人は居なかったんだけど。
「で、話は終わったか?」
やがて、ドスの利いた声でギルドマスターが口を開く。
……そう言えばほったらかしにしていたな。
「てめぇら、何の用でここに来た?」
てめぇらってのは俺達の事だよね。
気を取り直し、改めてギルドマスターを見据える。……さっきの会話のおかげで、緊張も解けたかな。あんまし怖くなくなったぞ。
「……別にアンタらを潰しに来た訳じゃない。俺達は、彼女を引き抜きに来た」
「あん?」
指をさされ、ポカンとした表情となるヴァイオレットさん。
「闇ギルドに入れておくには惜しい人材だ。だから、うちのチームに引き抜きに来た」
「引き抜きだと……正気か?」
「あぁ。だから、対価はきちんと払う」
パチンと指を弾くと、後ろに控えていたフェイが一歩前に出て、手に持っていたアタッシュケースをギルドマスターに見せつけるように開く。
そこに収められていたのは、大量の紙幣や通貨だ。
「……足りなきゃもっと出すけど?」
俺は改めて、不敵な笑み……悪そうな顔を浮かべてギルドマスターを見据える。
えーと、日本円にして約一千万ってとこか。
……うわ、こうして日本円に換算してみると、金持ってたんだなぁと実感するなぁ。こちら、この数ヶ月で稼いだお金と、こないだ表側のギルドマスターから報酬としていただいたお金です。
アグヴェリオ氏に相談し、本来ならハンターの引き抜きなんてありえないんだけども、おおよその金額を算出してもらいました。
ポンと出し過ぎとか思われるかもだけど、うちら生活費はほとんど使わないし、この世界で購入したい物とかもさほど無いから、お金は溜まっていく一方なんすよね。
だから、使う機会があるのならば使います。それはもう思い切りよく。
すると、俺の言葉に対してマスターはダンッと机を叩く。
「金の問題じゃねぇんだよ。その女のせいで、俺達は金に換えられない損害を受けた。その責任はどうしてくれんだ!!」
「あぁ、分かっている。オトシマエって奴だろ?」
続いて隣に立っていたゲイルが何やら書類を取り出すと、それをマスターの前へ放る。
「なんだこりゃ?」
「今現在、クーデター事件の際に捕えられた闇ギルドの構成員のリストだ。引き抜きを認めるなら、そのうちの半数を保釈するってさ」
俺の言葉を聞き、ギルドマスターの顔色が変化する。
「!! それは本当か!?」
「さすがに、余罪が大量にある奴も居て、そいつらは見逃す訳にはいかないらしいけど、表立って罪を犯してない奴等なら、認めてやるって話だ」
ざわざわと色めき立つ周りの人間達。
ふふん。これも、アグヴェリオ氏との打ち合わせで取り決めていた事だ。表側のギルドマスターと現王様であるセージの両方に繋がりがあるからこそ出来た芸当だな。
「ただ、それにはもう一つ条件がある」
「条件だと?」
「……コイツを生きている状態で、城に引き渡す事……それが条件だ」
コイツ……つまり、俺達の足元に転がっているクーデターの元凶……ラルドである。
セージとしては、現王権の威厳を示す為、クーデターの首謀者は自らの手で断罪せねばならない。
……進んで死刑に加担したいとは思わないけど、だからといってコイツを助ける理由も義理もない。持ちうる手札として使わせてもらいましょう。
「なんだと!」
「そんな条件、飲めるか!!」
「舐めた真似してんじゃねぇ!!」
口々に騒ぐ闇ギルドの構成員達。
まぁ、そうなるよね。それは想定内。
「……ルーク」
『はーい』
俺の言葉を受け、ルークはダンッと床を踏みつける。
すると、色めき立っていた構成員達の足元の床から鋭い棘が飛び出し、それぞれの顔の数センチ手前で止まる。ちょっと力を加えれば、即座にその土で出来た棘は裏ハンターどもの頭をぶち抜くだろう。それを理解したのか、全員暴言を止めて黙り込んだようだ。
さて、静かになったところで……
「……舐めてんのはてめぇらだろうが!!」
俺は怒声を張り上げた。
「いいか。計画したのはコイツでも、その口車に乗って悪事に加担したのはてめぇらだろうが! 賭けに負けたら、きちんとペナルティを負う。……それは当たり前の事だろう。それとも、悪い事しすぎで、その辺の常識が狂っちまったか?」
……ふぅ、すっきりした。
いやぁ、この手の悪い奴等に言ってやりたかったのよね。
悪党なら悪党のルールを守れってんです。世のルール守るつもりはなくとも、最低限のラインってもんがあるでしょ?
すると、しばらくして「ハハハ」とギルドマスターから軽い笑い声が聞こえて来た。
「……なーるほど。頭に血が上って忘れていたが、そういや賭けに負けたのは俺達だったな。大敗はしたが、賭け金の何割かは戻ってくるというのなら、それで受け入れるしかないか……」
「マスター!!」
「ガタガタ喚くな! ……いいだろう、条件は飲んでやる」
ふむ。やはり、ボスともなるとそれなりに話が分かるか。
ここで了承しなかったら、徹底的にやるつもりでいたぞ。
表情には出さないようにホッとしていると、ギルドマスターは話を続けた。
「だが、こっちにも面子ってもんがある。……このまま終わりって訳にはいかねぇな」
うむ。これも想定内。
まあ、このままじゃすっきりしないよね。
「……暴れなきゃ気が済まないってんなら、喧嘩でケリつけよう」
「喧嘩だと?」
「殺し合いは無し。ただ、こっちは一人で武器は無し、そっちは好きな人数で好きな武器を使って掛かってこい。気の済むまで相手してやるよ」
俺は持っていた剣をアルカに預け、一歩一歩と前に出る。
これで、こっちサイドの相手が誰かって事は理解出来た筈。
「いいのか? こっちは構成員の半数を失ったと言っても、まだ100人以上は実力者が残っているぞ」
「構わないよ。こっちも別にアンタ等を壊滅させたい訳じゃない。……表のギルドマスターからも念を押されているしな」
「チッ……アグヴェリオめ。いいだろう。おい、動ける奴等は全員訓練場に来るように言え。噂のハンターの実力がどんなもんか、試してやる」
………
……
…
案内されるように俺達アルドラゴのメンバーがやって来たのは、民家を三軒ほどくりぬいたような広い体育館のような場所だった。
ヴァイオレットさんによると、ここは新たな構成員の実力を測る為の訓練場との事だ。
普通のハンターのように、表で堂々と訓練を行えないから、こういったこそこそとした感じになっているのだろう。
すでにそこには、50人を超える裏ハンターの者達が集まっている。
アルドラゴのメンバーが、今の闇ギルドの状況の一端になっている事は承知のようで、全員ギラギラした眼光でこちらを睨みつけている。……中には、アルカやフェイをニタニタした眼光で見ている者も居るが、いつもの事と言えばいつもの事である。
「よっしゃ、やるか……」
俺は気合を入れるように頬をパンッと叩き、軽めの柔軟体操をする。
すると、不安げな表情をしたゲイルが口を開いた。
「主よ。相手はそれなりの実力を持ったハンターにござる。本当に一人で大丈夫にござるか?」
「まぁ、楽勝とはいかないだろうけど、大丈夫だろう。これも、艦長としてのお仕事だよ」
「艦長ならば、部下に命じるのも仕事の筈でござるが」
「とは言っても、武器無しの接近戦じゃゲイルは分が悪いだろう。アルカは近接戦闘が苦手だし、ルークやフェイが相手だと、見た目が子供だけにあからさまに舐めていると思われる。って事で、適任は俺だろう」
『……ですね』
「……ござるな」
アルカとゲイルが渋い顔をして同時に頷いた。
『ただ、言っておきますがケイ。ギルドマスターとの約束があるのは知っていますが、貴方にもしもの事があれば、私はルールなんて無視して救助しますからね。それこそ、闇ギルドが壊滅しようが構いません』
「アルカ殿、そこは“私は”ではなく、“私達は”……にござる」
ルークはうんうんと頷き、フェイは『艦長は予想以上に慕われていますね』とため息交じりに呟く。
「お、おう。これはいよいよ負けられないな」
「……いや、その心配はねぇよ」
「!!」
そう言って、ヴァイオレットさんは俺を押しのけるようにして前に出たのだ。
「ここは、チームの新参者である、アタシの出番だろうが。大将は後ろでふんぞり返ってな」
「え? 新参者って……」
その言葉に目を丸くしてヴァイオレットさんを見据えると、彼女は今までとは違う花のような笑顔でこう答える。
「引き抜きっつったろ。チームの初仕事として、引き受けてやらぁ」
ヴァイオレットさんは胸の前で拳を掌で叩き、気合を入れる。
そして、堂々たる声を響かせて名乗りを上げた。
「チーム・アルドラゴが一人、ヴァイオレット!! 文句のある奴はかかってこいやぁ!!!」
◆◆◆
「いやぁ、てこずったてこずった! ははは……やっぱノーダメージで完勝とはいかなかったねぇ」
アルドラゴへの帰り道……アルカとフェイに担がれながら、ヴァイオレットさんはカラカラと笑う。
その横で、ルークが治療魔法を施していた。
ん……結果?
当然勝ちましたよ。
1人対127人!!
いやぁ、圧巻だったねぇ。まぁ最後の方はスタミナの問題もあってヒヤヒヤしたけども。
「んで、戦ってもいないのに、そいつはなんで担がれているんだい?」
ヴァイオレットさんの指さす方向を見ると、同じようにゲイルに背負われている奴がいた。
……すいません、俺です。
『緊張の糸が切れた事で、一気に力が抜けたのかと……』
あっはっは。
アルカの言う通り、やったヴァイオレットさんが勝った! これで文句はねぇだろ!!
と、堂々たる感じで闇ギルドのアジトを後にしたのだが、人通りが全くない場所に出た途端に足の力がスッと抜けたのです。
いや、足の力どころか身体全体の力が抜けた。
「はぁ……頼り甲斐があんのか無いのか分かんねぇ艦長だねぇ」
「す、すいません……自分の命だけならともかく、他の人の分もとなると、どうも……」
「まぁいいさ。そういう艦長も面白いってもんさね」
また、花のような笑顔を見せる。
うーむ、なんだか姉御っていう雰囲気だなぁ。最初はおっかない人ってイメージだったから、良い意味で裏切られた。
あ、一応説明しておくと、ぶっ倒れる前にクーデターの主犯であるラルドは王国側に既に引き渡し済であります。
後半はほぼ存在を忘れられていたが、報酬は報酬として、きっちり受け取ってありますよ。
当人も覚悟は出来ているのか、抵抗もせずに引き渡しもあっさりしたもんだった。
アイツのやった事は許される事じゃないのは理解しているが、後は死刑台を待つだけってのは、想像すると嫌なもんだ。
あ……駄目だな。せっかくいい雰囲気なのにネガティブな事考えたらイカンですよ。
「所でヴァイオレットさん……本気でうちのチームに入るんですか?」
「あん、駄目なの?」
「いえいえ、心強いです。それに、懸念していた事は解決しましたから」
「懸念?」
「ヴァイオレットさんが、好んで人殺しをするような人物かどうか……それによっては、断るつもりでした」
「んーまぁ、闇ギルドなんかに属しているし、そう思うのも仕方ないねぇ」
『それに、出会い方も出会い方だったし』
初対面時に戦う羽目になったルークが言う。
「あははー。あんときゃ悪かったねぇ。とりあえずお姫様を確保しとけば、こっそり暗殺される事もないだろうって思ってたんだわ」
そんな所だろうとは思っていた。まぁ、こっちはシグマにフェイがやられたりして、本気でやらざるを得なかったんだけどね。
やがてヴァイオレットさんは、そのままケラケラと笑いながら俺へと向き直る。
「で、アタシは合格? 不合格?」
「合格です。戦闘面でも精神面でも、問題はありません」
「うっしゃー!!」
俺の言葉を聞いて、素直な雄叫びを上げる。
いやぁ、ここまで喜ばれるとこっちも嬉しいですなぁ。生身の人間は俺を含めて三人目か……。いよいよ、色々と生活面について考えないとな。一応女の人だし。
「ただ、自由のように見えてかなり不自由な生活が待っていると思いますので、そこんとは覚悟しておいてください」
「そんくらい問題なしさね。さぁて……」
アルカとフェイの肩をポンポンと叩き、ヴァイオレットさんは二人の力を借りずに立ち上がる。そして、改めてこちらに向き直った。
「そんじゃ、よろしく頼むぜ艦長!! アンタの艦のクルーとして、精一杯務めさせていただくよ!!」
「あぁ、よろしく……ヴァイオレットさん」
俺もゲイルの背から降りて、きちんと彼女の正面に立つ。
すると、ヴァイオレットさんはニヤリと笑みを浮かべた。
「……ヴィオだ」
「え?」
「親しい奴はアタシをヴィオって呼ぶ。それと、“さん”はいらねぇ」
そう言って、俺に向かって右の掌を差し出す。
ヴィオ……か。確かに、ヴァイオレットと呼ぶよりは言いやすい。
「……あぁ、よろしくヴィオ!」
差し出された手を握る。
さて、これで6人目のクルーが決定した。
ヴァイオレットことヴィオ……俺やゲイルと同じく別の世界からやってきた吸血種のお姉さんである。
まだまだこの国を脱出できないが、新たな仲間を得て新章開幕の良いスタートになれたんじゃないかと思う。
そして……7人目の候補であったサイボーグのシグマであるが……
……俺達がアルドラゴへ帰還すると、艦から彼の姿は消えていたのだった。




