139話 ヴァイオレットのけじめ
ルーベリー王国王位簒奪未遂事件……その首謀者である元内務大臣ラルド。
サンドウォーム襲撃の際に逃げ出し、指名手配されながらもなんとか生き延びて来た。
最初は第一都市も混乱に包まれていたから、逃走する事も可能であった。多くの民が王宮へと避難している中、一人だけひたすら遠くへ逃げようとするラルド。
が、それは叶わない。街の外には、それこそサンドウォームが居る。自分の身を守る術を持たないラルドにとって、都市外に脱出する事は死を意味していた。
だから、彼は地下に潜る事にした。
第一都市ラクシャは大きい。城の騎士や兵士が把握していない地下の世界を彼は知っていた。
そこにまずは身を隠し、タイミングを見計らって国外へ逃げる。
幸い、自分の頭にはルーベリー王国が外部に漏らされる事を恐れている情報というものがある。それを武器にすれば、国外でもなんとか生きていける筈。
その筈だった。
だが、そんな彼も今は身動き取れぬ状態のまま、薄暗い部屋に閉じ込められている。
身を守るために頼ったアンダーグラウンドな組織……それに裏切られ、彼は即座に拘束されたのだ。
その身一つしかなく、武器が情報だけというラルドにとって、必要なのはその知識だけ。見返りを払えない者に、用は無かったのだった。
そのまま時が過ぎれば、彼の身は国外に連れ出され、廃人寸前になるまで頭の中の情報を抜き取られた事だろう。
……そのままであれば。
数日の間、僅かに水を飲む事しか許されていなかったラルドは、暗闇の中である物音に気付いた。
最初はいよいよ自分を海外へ運ぶための手段が整ったのか……と思っていたが、その物音が尋常では無かった。
……端的に表すならば、破壊音だったのだ。
人を殴りつける音だったり、物を破壊する音だったりが部屋の外に響いている。一体、何が起こっているのかと戦々恐々としていたら……やがて、今日一番の破壊音と共に自分を閉じ込めていた部屋の扉が破壊される。
「あいよ、ちょいと失礼しますよー」
聞き覚えのある声を発して、その者は部屋へと侵入した。
恐る恐る目を開いてみると、それは確かにラルドの見覚えのある人物であった。
「……貴様は、確かあのハンターの片割れの……」
「おお、覚えてたかい。まぁ別にどっちでもいいんだけどもよ」
その女性ハンターは、ラルドへと大胆不敵に近寄ると、その状態を確認。
そして、縛り付けていた椅子を破壊すると、その身を肩に担ぎあげた。
「私を……助けるのか?」
掠れた声でそう言うと、女性ハンターは不愉快げに眉を寄せた。
「ああん? 言っておくが、オレは別に救いの天使でも、女神でもねぇからな。ただ、依頼でアンタを捕まえに来ただけだ」
「依頼……だと?」
「あぁ、闇ギルドからな」
「なるほど……そういう事か」
その言葉で全てを理解したラルドは、力を抜いてその身を任せる事にした。
どちらにせよ、彼に残された道は一つしかない。それを、受け入れる事にした。
◆◆◆
宇宙戦艦アルドラゴ、クルー候補の一人であるヴァイオレット。
クルーになるための面談を行う前に、やる事があると自ら面談の延期を申し出たのだ。
「ちょいとばっかし、けじめつけなきゃいけない事があるんでね」
そのまま彼女は艦を降り、第一都市の街中へと消えて行った。
三日後……待ち合わせの場所に彼女が来なかったら、仲間となる事は白紙。それだけ約束すると、レイジはヴァイオレットが艦を降りる事を了承したのだった。
そうして丸一日経った頃、真夜中の第一都市ラクシャ。そのとある民家へとヴァイオレットは足を運んだ。
見た目は何の変哲もない民家……。実際、その民家に住んでいる者も、ごく普通の家族である。
が、その民家には地下へ通じる秘密の入り口が存在する。そここそが、第一都市ラクシャを拠点とする、闇ギルドのアジトであった。
このアジトを訪れる者は、細心の注意を払わなくてはならないのだが、ヴァイオレットは魔法によって姿を消している為、その姿を誰に視認される事もない。
また、その背に担いでいるものも誰に気付かれる事も無かった。
「あいよ。ご所望のもんだよ」
ヴァイオレットはその地下の奥まで進み、やがて姿を現す。
そして、その肩に担いでいた人物を、部屋の奥の椅子に腰かけている人物目掛けて放り投げた。
見た目は黒い衣服を身に着けた強面の中年……レイジが見れば「ヤ●ザの親分だ!!」と叫びそうなほど、立ち振る舞いがしっくりくる人物……闇ギルドのギルドマスターである。
ギルドマスターは傍に立っていた手下に指示をし、ヴァイオレットが投げた人物……ラルドの確認をさせ、それが間違いないと知ると満足気に頷いた。
「……僅か半日で発見したか。いよいよもって、惜しい逸材だ」
ゆっくりと自ら床の上に倒れ伏したままのラルドへと近づき、その顔を覗き込む。
「よう。逃げられなくて残念だったな」
「……覚悟は出来ている。殺すなら殺せ」
そんな強がりを言うラルドの顔をギルドマスターは蹴り飛ばした。
その様子を見てヴァイオレットは僅かに顔を歪め、視線を逸らす。
「依頼は完了した。アタ……オレは出て行ってもいいかい?」
「いや、その前に最後の仕事がある」
「まだなんかさせんのかい」
げんなりした顔と声でヴァイオレットはもう一度ギルドマスターに視線を向ける。
「すぐに済む話だ。……そいつを殺せ」
ギルドマスターはもう一度ラルドの顔を蹴り飛ばし、その身体をヴァイオレットへと向ける。そいつ……とは、当然ラルドの事なのだろう。
「ああん?」
「それも惨たらしく、残酷にな……」
ラルドの腹部をゲシゲシと蹴りながら言い放つ。
ヴァイオレットは露骨に嫌な顔をして反論した。
「悪趣味だねぇ。そもそも、そいつは足の腱を切られていてもう一生立てないし、王家に引き渡せば死刑は間違いなしだ。そんな事する必要性感じないけどね」
「必要はある。……そいつの口車に乗ったせいで、我等ギルドは構成員の半数以上を失った。そいつが苦しみながら死んでいく様を見なければ、俺は満足できん」
「なーるほど。じゃあ、なんでオレが殺さなきゃいけないんだ?」
「決まっている。そいつの起こしたクーデターが失敗したのは、貴様らが負けたからだ。貴様らが敗北さえしなければ、勝てた。だから、クーデター失敗の原因は、お前達だ」
「……まぁ、間違ってないねぇ」
少しだけばつの悪そうな顔をしてヴァイオレットは頬を掻く。
確かに、ラルドの計画と、自分達二人の力があれば、クーデターは何の問題も無く完遂できる筈だった。本来であれば、闇ギルドの構成員も戦闘に参加する事もなかった。だが、作戦失敗の計画変更によって、万が一の場合に備えて待機させておいた構成員を使う羽目になってしまった。
それでも、あの場で勝つ事が出来ればなんとか計画成功の目はあっただろう。
それが失敗したのは、最大戦力として当てにしていたシグマとヴァイオレットの二人……それが負けたせいだ。
であるが、その二人よりも強い者達が第一王子派に居る事を気付けなかった闇ギルド側の落ち度もある。
最もその落ち度も、シグマとヴァイオレットの二人が、レイジ達とガチで勝負したいと報告しなかったせいと言える。
だから、二人の責任と言えば、それは正しいと言わざるを得ない。
「だから、貴様が殺せ。……知っているぞ。相棒の男と違い、貴様自身は殺しを嫌っているという事を」
「………」
ヴァイオレットは僅かに驚きを顔に出すと、怒気を含ませた眼光でギルドマスターを睨み付ける。
が、ギルドマスターは特に気にした様子も無く言葉を続けるのだった。
「嫌っているどころか、我々の暗殺の仕事を陰でこそこそと妨害していた事も知っている」
「……ふぅん。思っていた以上に頭良かったんだねぇ、アンタ」
ヴァイオレットとしては、その事が闇ギルド側にばれているとは思わなかった。腕を組み、苛立ちと共に片足のつま先を小刻みに動かす。
「昨夜ここを訪れた際に貴様は言ったな。……ここを抜けてカタギになると。ならば、全ての責任を取って己の信条を破れ」
そう。
昨夜、けじめをつける為にここを訪れた。
闇の組織なれど、これまでこの組織から請け負った仕事をこなし、それで飯を食ってきた身だ。ならば、抜けるにしても筋を通すべきだろうと思ったのだ。
そして、抜けるための条件というのが、未だ逃走中扱いになっているラルドを捕まえて、ここに連れてくる事だった。
ヴァイオレットにとって、人探しはなんてことのない作業である。嗅いだ事のある血の匂いを辿り、ラルドが監禁されている場所を突き止めたのだ。
最も、これがもっと離れた場所に捕らわれていたとしたら、発見は難しかっただろうとは思う。
彼を監禁していた組織をぶちのめし、一応は救出した。
最も、ギルドが救出目的でラルドを捜索していた訳では無い事は、ヴァイオレットも理解している。
ラルドの計画は失敗し、闇ギルドは大きな損害を受けた。クーデターを起こす事にどんな深い理由があったかは知らないが、その責任は果たすべきだと思う。
だが……
やりたくないものはやりたくない。
彼女としては、精一杯筋は通したつもりだ。
「……今までアンタ達からもらった報酬も色付けて返してやったってのに、まーだ要求すんのかい?」
そう不満を漏らすヴァイオレットを、ギルドマスターは鼻で笑う。
「金で得られない物もある。……貴様なら分かるだろう」
その言葉を聞き、ヴァイオレットは深く目を閉じ、やがて頷いた。
「……理解した」
「ならば殺せ。一日時間をやる。一日かけて、じっくり殺せ。それが済めば、闇ギルドの脱会を許してやる」
ギルドマスターは勝ち誇った顔でもう一度ラルドを蹴り飛ばすと、ゆっくりと自身の椅子へと腰かける。
そして、これから行われる暴力の光景を心待ちにしたのだ。
だが、ヴァイオレットは目を開くとギルドマスターを見据え、こう言い放つ。
「やーなこった」
明らかに馬鹿にした顔で、舌まで出している。
これには、さすがにギルドマスターも虚を突かれた。
「何?」
「自主的な殺しは御免。無抵抗の相手をボコボコにするのも御免。だから、やんねーよそんな事は」
それまで、言葉は乱雑だが一応は……あくまで一応は最低限の礼儀を保っていたヴァイオレット。だが、ここに来て全てを投げ出すように体面を崩し、素の姿を露わとした。
「自分が何を言っているのか理解出来ているか?」
その態度を見て、ギルドマスターは怒気を強め、周りに立つ者達もそれぞれすぐに動けるように体勢を整える。
だが、ヴァイオレットは特に意に介した様子もなく、不遜な態度で言葉を続けるのだった。
「そもそも向いてねぇんだよなー。なーんかなりゆきで入っちまったけど、こういう薄暗いジメジメした感じってオレは駄目だわ。まぁ、シグマには借りがあったし、一人にしとくと街が無くなっちまいそうな気がしたから、ストッパーも兼ねて同行したんだけどもよ」
ケラケラと笑いながら語るヴァイオレットであるが、彼女を囲む者達は既に臨戦態勢に入っていた。
ギルドマスターの合図さえあれば、すぐに10人ものマフィア……もとい裏ハンターがヴァイオレットめがけて飛びかかる事だろう。
が、ヴァイオレットとて闇の世界に身を置いて来た者。その程度の威圧に屈する精神の持ち主では無い。
「ならばどうする?」
「―――おい」
最終確認のつもりで尋ねたギルドマスターの言葉だったが、それと共にヴァイオレットは鋭い威圧と殺気を放つ。
その殺気はビリビリと空気までも振動させ、ヴァイオレットを囲んでいた者達は思わずその身を硬直させる事となった。
「……オレを舐めるなよ。レージ達にゃ負けたが、てめぇらみたいな奴等が束になろうが負ける気はしねぇんだよ」
実際問題として、ヴァイオレットが本気で暴れれば、このアジトはいとも簡単に崩壊する。今現在半壊状態である闇ギルドは、本格的に壊滅する事となるだろう。
その程度の見極めが出来ない程、ギルドマスターの目は節穴では無かった。
「だから、見逃せと?」
……とは言え、ここでへりくだってしまっては、組織の長としての立場が無い。
単純な実力勝負で勝ち目はないとしても、力ある者を屈服させる手段は無い訳では無い。
が、
「……まぁ、それじゃ筋が通らねぇよな。そもそも、力で押しとおるならオレがわざわざここに来た意味がねぇ」
そう言って場を支配していた威圧と殺気を解除する。
全員、意味が分からずに呆けていると、ヴァイオレットはそのままズカズカと自分が放り投げたラルドの傍へと歩を進め、その隣にズドンと胡坐をかいて座り込んだのだ。
「取引だ。要求は、オレとシグマの脱会。……それと、このクズを王家に引き渡す事」
ギルドマスターは、思わず「ふざけるな」と怒鳴りつけそうになる声を押し殺した。
この女は、取引……と言ったのだ。
「……ならば、こちらにも旨みがあるんだろうな」
ヴァイオレットはニヤリと笑い、言葉を続ける。
「勿論……と言いたいが、残念ながらこちらには、アンタ達が欲しがりそうなもんは持ってねぇ。だから、オレを好きにしな」
「何?」
「丸一日、何されても手出しはしねぇよ。ボコるなり、犯すなり好きにしろってんだ」
無抵抗を現す様に軽く両手を上げる。
その言葉に、囲んでいた裏ハンター達は「好きに?」「本気か?」とざわめいた。
「それが対価だとでも言うのか?」
「ん、駄目? 見た目も身体もそこそこイケてると思うんだけど……」
意外だと言うように、きょとんと目を丸くする。
「…………」
事実として、ヴァイオレットは顔も身体も極上の美女と呼ばれる範疇の人物である。
彼女見る多くの者は、その美貌に見惚れ、身体を熱くさせた。それは、この闇ギルドに属する者達も同様である。
ただ、だからと言って彼女を口説こうとしたり、力尽くで屈服させようとしたりという者は現れなかった。
それは、彼女が纏う空気のせいだ。
言葉で表現するならば、迂闊に触ろうとすれば、そのまま手を噛み砕かれそうな猛獣だ。そんな女性に、好んで手を出そうとする者は居ないだろう。
それが、自由に出来る。
その自由の先を想像して、この場に居たほとんどの男の顔に笑みが浮かんだ。
……だが、冷静に考えるならば、対等な取引と呼べるものでは無い。
それでも、もし取引を破算とするならば、今度こそヴァイオレットは力尽くで対処するだろう。そうすれば、組織は確実に崩壊してしまう。
また応じれば、部下の鬱憤もそれなりに収まりそうだ。
そう考え、ギルドマスターは妥協する事にした。
「……良いだろう。貴様の言う通り、貴様を丸一日好きにさせてもらうぞ」
その言葉に、周りの裏ハンターに狂喜の色が浮かぶ。
だが当のヴァイオレットと言えば、ホッとしたように安堵の息を漏らし、思い出したように追加注文を付けた。
「あーそれと、手足とか目とか、身体の一部潰そうとするのも勘弁してくれ。一応、これから正義の味方として頑張るつもりでいるからよ」
ギルドマスターの顔が不快げに歪む。
「正義の味方だと?」
「おうよ。元の世界に居た時から、アタシがずっとなりたかったもんだ」
ヴァイオレットが、やや照れたように笑う。
その笑みを見て、ギルドマスターの顔はますます不快に歪むのだった。
正義の味方だと?
確かに、自分達の立場は世間一般で言うところの悪だろう。だが、だからと言って表側のハンター達が正義だとは思わない。所詮ハンターなど、金銭欲や名誉欲に溺れた者の溜まり場……。最初こそ、理想があった者であったとしても、いずれは欲に歪み……堕ちていく。そんな者をギルドマスターは多く見てきた。
正義の味方……そんなものは虚像だ。幻想だ。幻影だ。
所詮、正義なんてものはその時々の立場によって形を変えるもの。何処の世界に、無償で弱きを助け、悪を挫く者が居るものか。
こうなれば、この女の自尊心を砕かねば気が済まない。
そう、指示をしようとしたその時―――
「その願い、聞き届けた」
「「!!!」」
突然室内に響き渡った声。
それと共に、何もなかった空間に色が出現する。そして、それはやがて人の形をとっていった。
その数……5人。
「レージ……なんで、アンタ達……」
その影の一つ……レイジは唖然として見上げるヴァイオレットにニコッと微笑むと、力強く頷いて見せた。
「Aランクハンターチーム・アルドラゴ!! 正義の味方の登場だ!!」