136話 動き出した者達
「やっほー! おっひさしぶりー」
能天気……という言葉がぴったりはまりそうな甲高い声を出して、その者は入って来た。
見た目は何処にでもいる少年……と言っていいだろう。鮮やかな金色の髪に、何処となく人を安心させる陽気な笑顔。服装もパーカーに短パンという、少年らしいラフな恰好である。
時期が真冬以外であれば、どの場所に紛れ込んでも馴染むような印象を受けた。
……最も、この場所は普通の少年が気軽に友人の家でも尋ねるようにして訪れられる場所ではない。
此処は、神聖ゴルディクス帝国……科学技術局の最深部なのだから。
入る事を許可されたのは、たった一人のみ。
科学技術部最高責任者である男……エギルのみだ。
『……貴様か』
能天気な声を聞き、部屋の中央部分に置かれている椅子から、一人の男が立ち上がる。
炎……というよりは、まるで血の色を連想させる赤黒い髪を腰まで伸ばした、一見すれば女性と見間違うかのような美しい顔をした青年だ。
そして、その青年が着込んでいる服は、エメルディアやルーベリーに住む一部の者が見れば、おや?と思う物だった。
微妙に細部こそ違えど、ハンターチーム・アルドラゴのリーダーが着込んでいる服……アーマードスーツとほとんど同じものだったのだ。
彼の名こそ、エギル。
神聖ゴルディクス帝国科学技術局最高責任者であり……宇宙戦艦アルドラゴの管理AIの一人。そして、アルカ、フェイ、ルーク達の長兄にあたる男である。
また、もし此処を訪れる者が居るならば、多くの者が己の目を疑う事だろう。
この世界において最も科学技術の発展した帝国最大の研究所と言えば、様々な機械やそれに使用する工具が至る場所に置かれている。……そんなイメージを持つはずだ。
だが、このそれなりの広さを持つこの部屋には、何もない。
存在するのは、部屋の中央部分にある奇妙な形の椅子。
そして、その椅子を取り囲むようにして存在している光の柱のみだ。その光の柱も、人間一人分程度の幅のものが、天井まで伸びているという奇妙なものだ。
『容易く此処を訪れるなとは言っている筈だ。……と言う事は、それなりの大事が起きたと言う事で良いのか?』
エギルが鋭い瞳で睨み付けると、少年は朗らかな顔で頷く。
「うん。それもあるけど、経過を報告しておこうかと思ってね。君だって、妹さん達の動向は気になるでしょ」
『……残念ながら興味は無いな。アレらがこの世界で何をしようが、俺にとってはどうでも良い事だ』
「まったまたー。知ってる筈っしょ、妹ちゃんの接続が切れた事」
『妹……? あぁ、貴様がフェイと呼称しているアレの事か。……おかしな事を言う。アレならば、此処に居るぞ』
エギルがそう言って視線を部屋の隅に位置している光の柱に向けると……
その光の中から、フェイが現れる。
いや、フェイと全く同じ顔ではあるが、その髪の色は銀色ではなく白色だ。そして、着込んでいるアーマードスーツも、白一色であった。
それが、一人では無い。
部屋にある光の柱の中から、次々に姿を現すでは無いか。
「おおー壮観だねぇ。言うなれば、量産型フェイちゃんか!!」
『……量産型か。言い得て妙だな、確かにこれらにはアレのようにオリハルコンは使用していない。ただの疑似生体端末として使用しているだけだからな』
「そう! そのお外に旅に出したフェイちゃんの話だよ。もう~アレとかコレとか言いながら、ちゃんと認識してんじゃん」
『我等に名など必要ない。貴様らが呼称しやすいようにとわざわざエギルと名乗っているだけだ。私の本当の名は、ただ一つだけだ』
「ああ知っているよ、“egl:@%ze0f"#1&$[6∥”」
『………』
人間には声帯の関係で発音出来ない筈の、エギルの本来の名をこともなげに言ってのける少年。
それだけで、この少年が見かけだけの存在では無い事が察せられた。
『それで、もう一度聞くが一体何のようだ?』
「んー。だから、妹ちゃんの報告だよー。安心してよ、接続は切れたけど死んだ訳じゃないから」
『なんだと? 端末を移動したとしても、接続を完全に断ち切る事は不可能の筈だ』
「それが出来たみたいだよ。……空間の遮断を利用してね」
『!!』
その言葉を聞き、今まで何事にも動じていなかったエギルの目が僅かに大きく開かれる。
『まさか……次元に干渉する手段を手に入れたというのか!?』
「いや、そこまで本格的なものじゃない。ただ、別世界でそれを応用した技術があってね。フェイちゃんはそれを利用して接続を切って自らを独立した端末としたのさ」
『……俺が長年研究してなし得なかった力を手に入れたというのか……。それで、アレはどうした?』
「アレ?」
『……チッ。“フェイ”はどうした?』
「ああ、今は他の妹ちゃん達と一緒だよ。良かったねぇ、これで君を除く姉弟達が全員集まれたよ」
『言っただろう。俺達は人間のような肉親と呼べる関係ではないと。所詮、我等の序列なんてものは製造された順番に過ぎない』
「ふぅん。まぁそういう事にしておこうか。で、君はどうするんだい?」
エギルはしばし考え込んでいる様子だったが、やがて決意したように口を開いた。
『アレらが次元に干渉する手段を得たと言うのなら、最早捨てはおけん。回収させてもらおう』
「おお! 遂に君が動くのかい!!」
『……俺はコレの最終テストがあるので動けん。……フェイが居ないのなら仕方ない。サポートAIを使う』
「そーか、そーか。じゃあ、その子は僕が預かってもいいかな?」
『貴様も動くつもりか?』
「うんうん。向こうも結構レベルアップしたみたいだし、いい加減会いに行こうかと思ってね」
『……約定もある。好きにするがいい。……だが、俺の邪魔だけはするな』
「分かってるよん。君は“大事な人”を蘇らせる……僕は“彼”をもっと強くする。その目的が反目しない限り、互いに協力する約束だものね」
『理解しているなら問題ない。では、貴様にアレを預ける。それと、貴様の言う所の量産型フェイも一体同行させてもらおう』
「おやー監視かな?」
『貴様の事をそこまで信用している訳ではないという事だ。理解したならば、出ていけ“アウラム”』
「はいはーい。さぁーて、なんて名前付けてあげようかなー」
等と言いつつ、アウラムと呼ばれた少年はウキウキした様子でこの場から消えた。
そう。文字通りに空気に溶けるように消え失せた。
何を隠そう、この部屋には……出入口というものが存在しないのだ。だから、誰も入る事は出来ないし、出る事も出来ない。
唯一……この部屋の主であるエギルだけが、それを可能とする能力と権限を持っているのである。
『チッ……所詮、我々が居なくては何も出来ない出来損ないが!』
エギルは苛立たしげにアウラムが消えた場所を睨み付ける。
そしてそのまま自身が腰かけている椅子のすぐ傍にある、部屋の中央に位置している光の柱へと歩を進めた。
その光の柱……よく見れば、柱の中にまるで人間を思わせる影が確認できる。
エギルは今までとは打って変わって優しげな瞳でその影を見据えると、こんな言葉を漏らした。
『私の願いは……この世界に来た時から変わらない。全ては、貴方を取り戻す事……我が艦長』
その場に跪き、まるで神に祈りを捧げるかのように深く……深く頭を下げるのであった。
第4章……これにて終了!
長かった。
すいません。諸事情によって、投稿の間隔が長くなりまして申し訳ありません。
いよいよアルドラゴも本格稼働し、敵も本格的に姿を現しました。
これから先、書きたいと思うシーンはまだまだ存在しますので、もうちょっと付き合っていただけると嬉しいです。