12話 「魔術師ラザム」
「ケイにいちゃーん!」
「おおっ!?」
リファリナ家が経営する宿屋を出た途端、カリムが飛びついてきた。
美少女に飛びつかれるのであれば、にやけてしまう場面ではあるが、相手は13歳の少年である。懐かれた事自体は嬉しいと思うが、17歳の健全な男子としてはちょっとだけ複雑な思いだった。
「さぁさぁ。おれが村を案内するからさ、なんでも言ってくれよ!」
カリムは俺の探し物をどうしても手伝いたいらしいな。
とはいえ、俺も具体的に何をどう探せばいいのか分からんから、どう扱っていいか困るな。
「カリムよ。あまりケイ殿に迷惑をかけてはならんぞ」
おずおずと言った感じで、村長が現れた。
まぁ、偶然居合わせた訳はあるまい。俺の動向を気にしていた……と言ったところか。早い話が監視か。この爺さんも扱いが困るな。どう対処するのが正解なのか……。
『ケイ。あのクリスタルの事を聞いてみてはどうですか?』
おっとそうだな。
俺は村長へと向き直ると、アイテムボックスからあのゴブリンの死骸から手に入れたクリスタルを取り出した。
「村長さん。聞きたい事があるのですが、こちらについて何か知っている事はありますか?」
「むぅ? 魔石……ですかな。しかし見事な。これだけ形が崩れていない魔石も珍しいですな」
あっさりと答えが返って来た。
どうも、この星ではポピュラーな物らしい。それにしても魔石か。……ますますゲームみたいだな。
「ゴブリンを倒した時に落ちていたのですが、全ての魔獣にはこの石が埋め込まれているという事でしょうか?」
「おやええ、その通り……なのですが、ハンター様は知らないのですか?」
ビンゴ。
どうやら、ひょっとして……と思っていたけども、本当にRPGみたいなゲームと同様のシステムらしいな。
それにしても、どう答えるべきか。
「俺は……少々事故に遭って、偶然この土地へ飛ばされてきたんです。残念ながら、俺の住んでいた地域ではこのような物は存在していなかったものですから、よければ詳しく聞かせてくれませんか?」
「なんと! よもや魔石を知らない土地があったとは」
嘘は言ってないですよ。ただ、まさか別の星から来たとは思うまい。今のところ言うつもりは無いけどね。
『待ってください、ケイ。私に喋らせてもらって良いですか?』
それは、俺の声で代わりに聞くという事か。
うん。こういった会話は得意じゃないから、是非とも頼みます。
『この魔石についてですが、この村で一番詳しい方はどなたでしょうか?』
「むぅ。この村で……ですかな? う~む……」
「それなら、ラザムのじいちゃんじゃないかな?」
突然、カリムが割り込んだ。
そして、その名を聞いた途端に村長がビクッと身体を震わせた。
「馬鹿な事を言うんじゃないカリム! あの者はこの村の人間では無い!」
「えー? なんだよそれ! あのじいちゃんの話面白いんだよ」
「アイツは国を追われた者だ! お前もアイツに近づくんじゃない!」
『失礼。そのラザムという者ですが……』
アルカが俺の声で割り込む。
『魔術師……ですか?』
◆◆◆
ラザム・ブランフォード。
村長の幼馴染で、この村の出身だという。
だが、幼い頃に強い魔力が覚醒し、その後は王都の魔法騎士団とやらに所属していたとの事だ。
それを聞いて思った事は、どうも魔法とやらはこの星では本気で存在するらしいという事。……まぁ、ゴブリンみたいなのが居るんだから、魔法があっても不思議はないと思う事にした。
魔法騎士団とやらが何なのかは、今聞いてもよく分かんなそうだったから、後回しにする。
ラザムの魔法は国外にまで轟くものであり、順当に行けば国内でかなりの地位に立てる程のものだったらしい。
―――が、彼は突然騎士団を抜け、生まれ育ったこの村へと戻って来たらしい。
それが、大体20年前の事。
正式な退職では無く、逃げて来た……との事らしく、そんな者を村に住まわせる訳にもいかない。それは彼も承知していたらしく、村より少し離れた場所に家を作り、そこに住んでいるらしい。
辺境にある村の更に向こうに住んでいる訳だから、誰もそこに人が住んでいるとは知らないとの事だ。一部の村の者を除いて……。
カリムはその一部の者だったらしい。村長には駄目だ駄目だと突っぱねられたが、彼は快く道案内をしてくれた。
村から出るという事は、魔獣に遭遇する危険があるという事だが、そこは俺という護衛がいるから問題ない。俺とて、それぐらいは役に立てそうだ。
「カリムはその人と親しいのか?」
「んーそこまで仲良しって訳でもないけど、村の子供達とか外で遊んだりしているから、よく会うんだよね。んで、魔法見せてもらったり、冒険のお話聞かせてもらったりしている」
外でよく会う……か。
ひょっとしたら、魔獣とかからこっそり守ったりしているんじゃないのか?
なんとなく会う前から好感度が高くなるな。それに、手品師ではなく本物の魔法使いとのご対面だ。わくわくするなという方が無理だろう。
一体どんな爺さんなんだか。
◇◇◇
時間はちょっとだけ遡る。
『ケイ。どうやら、この星には魔法なるものが実在しているみたいです』
「話に聞く限りでは、そう信じられているみたいだけど……お前って魔法がどんなものか知っている訳?」
『ケイが住む地球の知識で……という意味でなら。早い話が、トリプルブラストで行うような行為をアイテムを使用せずに己の力だけでやってしまうものでしょう?』
「うん。正にそんなイメージ。でも、魔法って言ったってなぁ。地球の話だって、あくまで物語での話で、そんなものが実在してたかどうか分からないんだぜ?」
大昔は存在した……というか、それに近いものはあったと思うけどね。
夢としては、今でもあってほしいと思う。魔術師にしろ魔女にしろ、現代の世でもひっそりと受け継がれていると思うとワクワクするじゃないか。
『いえ、魔法……と言えるかどうかはまだ不確定ですが、この星の人間には未知の力がある事は既に分かっています』
「え、そうなの?」
『以前、カリム君とリファリナさんの体内をスキャンした際、ケイと95%違いがありませんと言いましたね』
「ああ、言ったね。……ん? って事はその5%ってのが」
『はい。ケイには存在しない、未知の器官が存在しています』
うわ。未知の器官ってか。そうなってくるとマジっぽいな。
『位置的には心臓の横。暫定的に命名するならば、魔臓と言ったところでしょうか。未知のエネルギー……魔法を扱う力ですから、魔力と呼称しましょう……その魔力を、血液と同様に身体全身に送る器官だと思われます』
魔法の力の源……魔力か。ますますゲームっぽい感じになってきた。
「それは俺以外の全員にあるのか?」
『はい。大人になるにつれて大きくなるといったものでは無いようですね。むしろ、この村に居る大人の魔臓は、子供よりも小さいと言えるかもしれません』
「そいつがでかかったら、魔術師として大成するかもしれんって事かな? 後、筋肉とかと一緒で長年使う機会が薄いと、成長もしなくなって衰えるって事か」
そこは、普通の人間と一緒か。なんかちょっとだけホッとした。
ただ、その大成した魔術師とやらがどんな奴か会った事が無いからな。魔法とやらも、実際に見たらどんなものなのか非常に興味がある。
「そういや、ちょっと気になっていた事があるんだが」
『なんですか?』
「人の呼称が魔術師なのに、使うのが魔法なのか?」
その場合、使うのも魔術の方が正解ではないだろうか。
いや、その辺の理論とかよくわかってないけどね。
『いえ、あくまでその辺の呼称はケイが理解しやすいように翻訳しているだけですからね。意味としては同じです』
「そうなの?」
考えてみたら、確かに魔法使いよりも魔術師の方が響きとしてしっくりくるし、魔術よりも魔法って言われた方が俺としては分かりやすい。
とりあえず今はそれで納得しておこう。
『という事で、会いに行きましょう』
だからと言って、いきなり会いに行けると思うほど、俺の性格は変われない。
当然ゴネた。
ゴネたが、結構本気で説得されたのだった。
宇宙船のエネルギー問題。
それは、手に入れた魔石が重要であるという事。アルカの仮説では、この魔石の中に魔力と呼ばれるエネルギーが詰まっている。そしてそれは、宇宙船を動かす為のエネルギーの代用になりうるものかもしれないのだ。
しかし、これをそのまま利用できるわけもない。このエネルギーを使える物にする為には、魔力とは一体どういうものなのか? どういった仕組みで魔石が生まれるのか。それを調べる必要がある。
その為には、やはりそれを知る者に聞くのが一番近道なのだ。もし知らずとも、大成した魔術師とやらの魔法の仕組みをこの目で見られれば、ある程度の予測は出来る。
それがアルカの結論だった。
そう言われると仕方ない。
エネルギーの問題は、最重要課題だ。もし後二日以内に解決できなければ、俺はこの星で生きていく羽目になるのだから。
だったら、勇気を振り絞るしかあるまいて。
◆◆◆
「あれだよ。あれが、ラザム爺ちゃんが住んでいる家」
カリムが指差した先にあるのは、森の入り口のような場所だった。草原を抜けた先は森……か。何だか、ゲームだったら、いかにも新しい魔獣が出てきそうな雰囲気だ。
森の何処が家なんだ? と思っていたら、よく見れば木々に飲まれるような形で、一軒家みたいなものが存在するのが見える。蔦が異常に絡まったログハウスみたいな造りの家が、森に完全に同化ししつつ存在していた。パッと見だと、何処にあるか分かるまい。
「さて、果たして居るのかな?」
そういえば、普段は何している人なんだ?
気になって聞いてみた。
「う~ん。薪割りとかしたことあるの見たことあるけど……そういや何やっているんだろ?」
「たまに食物を買いに村に来るんだろ?」
「ううん。爺ちゃん、村の中には絶対に入ろうとしないよ。考えてみたら、食べ物とかどうしてんだろ?」
日本でいうマタギとかそういう生活をしてんのかな?
でも、歳はもう70代だろ? ちゃんとやっていけてんのか心配になるな。……まだ会ってもいないのに。
「まぁいいや。おーいラザム爺ちゃーん。会いたいって人が来たよー」
カリムが声を掛けながら近づいていく。
「そーいやアルカ。生命反応とかで中に居るかとか分かんないの?」
『それが不思議です。この森に近づいた途端、まるでジャミングがかかったように、レーダーが反応しなくなりました』
なんだようそれ。
怖いんだけど。すげえ怖いんだけど。
やっぱり、帰りたくなってきた……。
が、
チラリとカリムを見る。
今、コイツの前でみっともない真似する訳にもいかんよな。
なんとなく、後輩の前では強くあろうとする同級生たちの苦悩みたいなもんを知れた気がする。
「おーい。居ないのかー?」
カリムが扉を開こうと、更に家へと近づいた――――――その時だった。
ゴゴッという轟音と共に、突然大地が壁の如く隆起し、カリムの身体を四方から包み込む。
「わ、わわわーっ!!」
「カリムッ!!」
俺は思わず駆け出そうとした。
手を伸ばしたところで届くはずもない。ならば、トリプルブラストで土の壁をぶち壊してでも―――
『ケイ! 目前に敵性反応!!』
アルカの言葉に正面に目を向ける。
すると、いつの間にか家の扉が開き、入り口の向こうに一人の男が立っていた。
全身を黒のローブのようなもので包んだ男。髪は完全に白髪で、口元はローブの襟で隠している。ただ、その鋭い目だけが恐ろしかった。
考えてみたら、俺はこの星で初めて遭遇した事になる。
純粋に戦いを経験した人間に……。
そして目が合った理解した。
確証がある訳でも見なかったが、多分そうなのだろう。
この男が、魔術師ラザムだ。
なんとかギリギリ一日で書けたぞ。
次話、初の対人バトル。この世界の魔法も、ちゃんと出ます。
さぁて、どうなる。
魔物→魔獣表記に統一しました。