134話 仲間の条件
そんな感じで食事が一段落した時、コホンという小さな咳がセージから聞こえてきた。
その場に居る全員がセージに視線を向けると、いつになく引きしまった顔つきでこちらを見据えているではないか。
「さて、こんな和やかな場所でこんな事を言うのもなんだけど、いい加減僕達にも君達の秘密とやらを教えてくれないか?」
「………」
「確かに仕事を頼んだのはこちらだ。それに、君達の秘密について深く追及しないと約束もした。だが、あれだけの事が起こったんだ。僕達にもある程度の事は知っておく権利はあると思うんだけどね……」
ふむ、遂に来たか。
まあ、確かにクーデター阻止事件までは仕事の範疇だから誤魔化せるが、サンドウォーム襲撃からは完全にこちらの問題だ。
こっちの装備も見せてしまったし、ある程度は説明するべきではないのかというのはここに来る前にも議論になった。
最も、全てを話す義務はないし、この場だって黙秘を貫く事だって出来る。
……でも、それはあまりにも不誠実だろう。
出来る事なら、そんな大人にはなりたくないよな。
「分かったよ。ここに居る皆は、俺達が巻きこんじまったようなもんだ。俺たちの事を説明しよう」
「!!」
俺の言葉に、アルドラゴメンバーとブローガさん以外の顔つきが変わる。
まぁ、あの人には随分前から知られていたからな。
チラリと俺の左右に位置しているアルカとゲイルに視線を向けると、二人ともコクンと頷いて見せた。
「まず言っておくけど、俺達はこの世界の人間じゃない」
「「「「!!!」」」」
ほぼ全員が息を呑む中、ミカだけが言葉の意味が分からないといった感じで首を傾げる。
「む……それは、違う国の出身という事か?」
「いや、そうじゃない。僕達が今存在しているこの世界……別の次元からやって来たという事……だね?」
ミカの言葉を訂正するセージのその言葉を聞いて、俺はおや?と思った。
「俺達みたいな奴の存在を知っているのか?」
「これでも王族だからね。そのあたりの噂は聞いているよ。……実際にそういった者に会うのは初めてだけども」
まぁ、異世界人なんて早々辺りに転がっているものじゃないし。最も、この場に五人居るし、他に二人もセージは会ったりしているけどね。
「??? 分からん。別の世界とはどういう事だ?」
それでもミカは腕を組んで疑問を口にした。
ミカの疑問も理解出来る。とは言え、どう噛み砕いて説明するべきかな……と悩んでいたら、セージが先に口を開いた。
「そうだね……分かりやすく説明すると、今は夜だから空には月があるだろ?」
「うむ。今日は赤い月だな」
「その月には僕達とは全く別の文化をもった国が存在しているって噂話を聞いた事はあるだろう?」
「うむ。子供の頃にそんな話を聞いたことがあるな」
「レイジ達はその月からやって来た……そのような認識って事さ」
「な! 先生は月からやって来たのか!?」
「いや、そのような僕達が全く知らない世界から来たって事で、本当に月から来たって訳じゃ―――」
「めんどくさいから、その説明で別にいいさ」
実際、別の世界も別の惑星も似たような物だろう。そこに渡るための方法が違うだけだ。
俺だって、この世界に来た当初は別の惑星だと思い込んでいたし。
「アルカとフェイとルークの三人は同じ世界から来たが、俺とゲイルはまた違う世界から来た。そしてこの世界で出会い、元の世界に戻るために一緒に行動している……そういう事だ」
「なるほど、という事は君達の使っている魔道具の数々は……」
「ああ。元々はアルカ達の世界の武器だ。説明が面倒だから、魔道具って事にしておいたけどな」
「……いくら文献を漁った所で似たような魔道具が見つからない筈だな」
うんうんとセージは頷く。
その点については申し訳ないと思うな。俺達がこのアイテムを見せる事で、世界の何処かにまだ同じような物があるのではないかと勘違いさせてしまった。
一旦会話が途切れた所でジェイドが口を挟む。
「よく分からんが、元の世界帰るのが目的なんだろ? なんでハンターなんかやってんだよ」
「自分達の力じゃ帰れないからだよ。世界を渡るためには、樹の種族が秘匿しているっていう時空魔法が必要なんだ。そんで、その樹の国はここからすんげぇ遠くに位置しているだろう。そこに行く為の移動手段はあるにはあるが、それを使うには膨大な魔力が必要なんだ。だから、その魔力を補うために魔石を集めている。魔獣を倒せば魔石が手に入るだろう? ついでに依頼料も手に入る。一石二鳥じゃねぇか」
「樹の国か……確かに遠いな」
「つーか樹族すら会った事ねぇし。どんな奴等なんだろうな?」
ジェイドがそんな事を言うが、お前んとこのギルドマスターは実は樹族のクォーターなんだけどね。言ってやりたい衝動に駆られるが、勝手に言っていい事なのか分からんし、黙っておこう。
「君達の目的は理解出来た。ならば、あの赤いドラゴンとの関係も聞かせてくれないか?」
「………」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 赤いドラゴンというと……」
「あぁ、あの神級のサンドウォームを殲滅してみせた、あのドラゴンの事さ」
うーむ、やはり気づかれていたか。
まぁ、あんな都合のいいタイミングで出てきて、ゴッド・サンドウォームだけ撃破して去っていくなんて、あり得ないよ。
「察しの通り、あのドラゴンは……俺たちの仲間だ」
「!! や、やはり……か」
真実を知っているブローガさん以外の連中がざわめく。
嘘は言ってません。
まさか、あのドラゴンのお腹が開いて中に乗れる仕組みになっているとか、この世界の人間に言っても通じないだろう。
ぶっちゃけ、あのアルドラゴが俺達の家であり、武器であり、事実上の生命線なんだけどね。
「じゃ、じゃあ、あのドラゴンを呼ぼうと思ったらここに呼び出せるものなのかい?」
「出来るか出来ないかで言ったら、出来る。ただ、あいつが動くと膨大に魔力を消費するからな。俺達が魔石を集めているのは、それが理由みたいなもんだ。だから、普段は眠ったまま待機してもらっている」
「そ、そうなのかい……」
はい、嘘は言ってませんよ。
ただ、アルドラゴをここに呼ぶ……というか運ぶと大変な騒ぎになるだろうし、現在魔力がほぼ枯渇状態だから、呼びたくないけどね。そもそも呼ばないけどね。
「す、すげぇな。前から俺達とは住む世界が違うとは思っていたけど、本当に世界が違ったのかよ」
「それに神級を殲滅してしまう程の力を持つドラゴンが仲間とは……スケールが違いすぎるね」
だよなぁ。最近色々と麻痺してきているけど、俺もそう思うよ。
って、ここでまた分不相応だとか場違いだとか思っちゃいけない! 流れとは言え、俺は艦長になった。例え頼りない艦長だったとしても、航海を乗り切らなきゃならないんだ。
「それで、君達はこれからどうするんだい?」
「んー……この国では色々と騒ぎ起こしちまったから、いい加減次の国に行くかな。ここの隣ってなんだっけ?」
『砂漠を越えた先となると、ブローズ王国ですね。野山に囲まれた人族の小国らしいです』
「ルーベリー国王の僕が言うのもなんだけど、ど田舎の国だね。それほど大きい仕事は無いと思うよ」
田舎も何も、科学が発達した世界から来た俺からすれば、この世界は大昔みたいなもんです。
不便ではあるけど、旅行感覚でそれなりに楽しいよね。
それに、アルドラゴに戻れば便利で快適な生活に戻れるんだから、今の生活もそれなりに充実していると言える。
……まぁ、足りない物を言い出せばキリが無いんだけどな。
「そ、そうか……また別の国に……」
ミカの顔が悲痛に歪む。
「言っておくが、お前達は付いていけねぇぞ。国外で活動するには、Bランク以上のハンターになる必要がある。エメルディアのハンターでCランクとDランクのお前達じゃあ出来る事はねぇ。……最も、ランクを捨てて最初からやり直すか、Bランクハンターがチームリーダーのチームに入れば話は別だけどな」
ブローガさんの言葉にこの場は少しの間静寂となった。だが、やがてバンと勢いよくジェイドがテーブルを叩いて立ち上がる。
「……よし! レイジ、前にも言ったが俺を正式にお前達のチームに入れてくれ! 絶対に役に立ってみせる!!」
目を輝かせてジェイドが言うが、俺は静かに首を振った。
これに関しては、ずっと前から決めている。
俺としては、余程の事が無い限り、この世界の人間を仲間に……というか、艦のクルーにするつもりはない。
「な、なんでだよ! 確かにお前に比べると実力はまだまだかもしれんが―――」
「いや、実力云々の問題じゃない。じゃ聞くけどさ、お前の故郷って何処だ?」
「故郷? 故郷っていうか……実家なら、オールンドの貧民地区にあるよ。それがどうした?」
「両親は?」
「……一応居るよ」
「なら、余計に駄目だな」
「なんでだよ!」
激昂するジェイドであるが、俺は小さく溜息を吐いて説明を続けた。
「あのな、俺達の旅の目的は話したよな。元の世界に帰る事が一番の目的だって。って事は、最終的には俺達はこの世界から去る事になる。そうすると、お前はどうするんだ?」
「あ……」
「俺にだって両親は居る。家族も友人に会いたいと願っている。なのに、家族も故郷も捨てて俺達と共に来ようなんて奴を仲間にする気ないな」
「………」
ジェイドはそのまま押し黙ってしまった。
心苦しいけど、この世界の人間を仲間にしたくない理由ってのは、それが一番の理由だ。
また、俺達と同じ異世界人であっても、この世界に根付いて家族を持っているような者であるならば、俺は仲間にする事は無いだろう。
親しい者と別れるってのは、やっぱり辛い事なんだ。
父さん、母さん、姉ちゃん、爺ちゃん、婆ちゃん……そして学校の友人達……。
この世界に来て3ヶ月程経過したけど、やはり会いたいと思う気持ちは変わらない。
そりゃあ勿論、時空魔法を覚えて自在に行き来出来るようになれば一番良いですよ。
でも、そんな都合の良い方向ばかりに考えても仕方がない。
この世界から去ると言う事は、二度と会えない覚悟を持つ事だと俺は思っている。
「なるほど……仲間になるのなら、故郷の家族や友人には二度と会えない覚悟で……でも、そんな事はレイジ君としてはさせられないと……。ならば、これは仕方ないね」
締めくくるように、セージが呟いた。
「それじゃ、湿っぽい話はこれでお終いだ! 後は好きに楽しむとしよう!!」
今までも好きに楽しんでいたけどね。
とりあえず、俺達はそのまま談笑を続けながら、飲み食いを続けるのだった。
◆◆◆
あれから3時間が経過……。
まだ、おっさんどもは飲み食いを続けている。……いや、どちらかと言えば飲みがメインだけども。
ちなみにルークとラグオ少年は既に帰した。
ルークはともかくラグオ少年にこれ以上ここに留まらせるのは、悪影響意外の何物でもないだろう。帰り道はルークに守らせているから問題は無い。
他の面子で言うと、ジェイドはちびちびと酒を一人で飲み進め、ゲイルは既にダウンしている。……どうも酒にあまり強くなかったらしい。
セージはニコニコしながら辺りを眺めているし、アルカはいつも通り。
……フェイに関しては、いつの間にか姿が消えていた。……まぁあの子の場合は問題無いだろう。
ミカは―――
「……先生、少し話があるのだが良いだろうか?」
いつの間にか俺のすぐ後ろに立っていた。
そして、俺にしか聞こえないかのぐらいの声量でささやく。
話? なんだろうという素直な疑問と、少しだけ嫌な予感がする。
ミカに従って酒場に出ると、そのまま裏路地へと歩を進めた。
……嫌な予感増大。
そして、辺りに人が居ない事を確認すると、ミカは一呼吸置いた後に意を決したように口を開いた。
「先生、私は先生の隣に立ちたい! だから……だから、私を先生の傍に置いてくれないだろうか!」
……人生二度目の告白来たか……。
またまた間隔が空いてしまいましたが、次話分は既に完成していますので、近日中に公開できるかと思われます。




