128話 聖女の目撃
「これは……なんとも……」
「あはは。マジかいこりゃあ……」
俺と同じように、ゲイルとヴァイオレットさんも自分達が巻き起こした状況を見て、言葉を失っている。ヴァイオレットさんなんて、乾いた笑いが出ているし。
『ど、どうしたのですか皆さん? この影響は計算されたものです。第一都市に被害は全くありませんよ』
その様子を見て、アルカがオロオロしたように説明する。
初めからこの結果が分かっていたアルカと俺達とでは、反応に差があるようだ。
……いや、人間らしくはあっても結局の所アルカは人工知能であり、その差――――――って、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
色々と思う事はあるが、とにかくゴッド・サンドウォームは倒した。
確かに第一都市に被害は無い。
つまり、俺達の大勝利だ。
喜んでいい。
喜んでいい……んだが………
素直に喜べねぇ。
勝利ってのは、もっとスカッとしているべきものなんだが、妙にもやもやする。
「ふぅー……」
ともあれ、俺は深い息と共に艦長席にドカッと腰かけた。
力を抜くと身体が座席からずり落ちそうになる。……相当疲れているな、俺の身体。
「あー……アタシもこりゃ駄目だわ」
「拙者もでござる」
『あ! 実体化が切れた!!』
『……ケイ、実体によるサポートはこれが限界のようです。しばらくは情報伝達のみのサポートになりますね』
ヴァイオレットさん、ゲイルがバタバタと座席に突っ伏すように倒れ、アルカとルークの姿が消える。
ただアルカだけは魔晶状態のままふよふよ浮いて、俺の胸のプレートに収まった。かなり久しぶりだな、この状態。
「皆動けないよな……仕方ない、俺が医務室に運ぼう」
まぁ、医務室とは名ばかりの代物ではあるのだけど、この艦にはきちんとその名の部屋があったりする。大きな怪我とかはしたことないし、大抵いつも治療薬で済んでしまうから、本格的に稼働した事は無かったりするけども。
でも、今回ばかりは治療薬でどうにかなる問題でもないしな。しかし、あの医務室を本格稼働すると言う事は……。
『ケイ、“ナイア”を起動させましょう』
「つ、遂にか……」
『生身であるクルーが増えたのですから、メディカルチェックも含めてきちんとした方がよろしいかと』
「うぅ……あの人、あんまし得意じゃないんだけどな」
ナイア……それは、スミスのおやっさんと同様のサポートAIである。最も、その担当は先ほどの会話から理解できるように、医療系サポートである。
それが何故に苦手なのか……まぁ、それはおいおい説明するとしよう。
「あ! そういや、シグマが壁にめり込んだままだったな!! 動けるのは俺だけだし……よし、艦長命令だ! ナイアの事はアルカ頼んだ!!」
『あ、こら! ……そうですね……フェイ、副艦長命令です! ナイアは貴女が起動して、ゲイルさんとヴァイオレットさんを医務室に運ぶ事!!』
『ちょ、ちょっと姉さん!!』
都合の良い権力行使によって、俺達はすたこらさっさと逃げ出したのだった。
◆◆◆
俺達はアルドラゴより飛び降り、壁にめり込んだままになっているシグマへと近づいた。
「おう、生きて……いるね」
壁を垂直に登って恐る恐る近寄ると、彼の機械の瞳がピキーンと光ってこちらを向いた。
『……約束は守ったぞ』
これまでと違い、口からではなくスピーカーから出た音みたいな声を発した。恐らくは、色んな機能が故障しているのだろう。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
『………』
俺がそう言うと、何故かシグマは押し黙ってしまった。
「なんだよ。何か気に障ったか?」
『……何故、勝者が敗者に感謝の意を伝える?』
「は? いやいや、助けてもらったんだから、感謝するのは当たり前だろう」
『……理解不能だ』
そう言えばシグマはいわゆる戦争の為に造られた兵士で、生きるか死ぬかの極限の世界からやって来たんだっけか。
そういう世界の事は映画や漫画でしか知る事のない俺にとって、シグマの心は完全に理解できるとは言い難かった。
「あーそうですか。全く……価値観の違う世界ってのは実にめんどくせぇ」
ぶつくさ言いながら、俺は壁にめり込んでいるシグマの身体を引っぺがす。
スーツの出力が低下しているせいで、かなり重く感じるな。
『……価値観の違い……か……』
「ん? 何か言ったか?」
『いや、何でもない』
とりあえず、重いのでのんびりと話している余裕は無い。
俺はそのままシグマを肩に担ぐと、ジャンプブーツを利用してその場から跳び上がり、アルドラゴのアームの上に着地する。
そして眼下の第一都市を見下ろした。
確かに被害は無かった。
だが、人々が避難していたであろう宮殿からは、皆が怯えるようにこちらを見上げているのが確認できる。
そりゃそうだ。
あのバカでかいサンドウォームを消滅させ、この世界の人間には理解できないような大爆発を起こした元凶が、このアルドラゴなのだ。
ヒーローとして迎え入れて欲しかったわけではないが、あんなに頑張ったのに怯えた目で見られると言うのは、なかなか堪えるなこれ。
とは言え、アルドラゴは正義の味方ですと今更アピールするわけにもいかん。
俺達チーム・アルドラゴが操っているのがばれているのか分からんが、今は早急にこの場から離れた方が良いだろうな。
申し訳ないが、後はセージとギルマスに丸投げしよう。
こっちだって疲労困憊、魔力限界なのである。
考えてみれば、今日はずっと戦いっぱなしではないか。もう早い所、休みたい……。本音である。
アルドラゴの中に入り、ようやく安全地帯に入ったと安心したところで、シグマが口を開いた。
『レイジ、お前に一つ言っておく事がある』
「なに?」
『俺が街を守れたのは、何もお前のアイテムの力だけでは無い』
「と、言うと?」
『……帝国の聖女だ』
「!!」
聖女!?
あの、戴冠式の時に居たフードを目深に被った女か!
共に居た剣聖とやらはゲイルが、その従者らしき子供はルークが倒したが、あの女は何も行動を起こしていなかった為に未対処だった。
その聖女とやらが、シグマに手を貸したと言うのか?
『このまま街が破壊されるのは困るから仕方ない……等と言って、街を囲む壁そのものをバリアのようなもので覆ったのだ。それによって、壁そのものが溶解液の質量に耐えられたとも言える』
そうか。あの質量を耐えきれたのは、ただ単にシグマの力によるものだと思っていたが、そのような背景があったのか。
それにしても聖女……か。
共に居た剣聖とやらは大きな力を持ってはいたものの、脅威となるレベルではなかったと聞いている。ゲイルの所感では、あのエメルディアで戦った聖騎士よりずっと弱いとか。
だから、聖女と言われるあの女もそれほどの力は持っていないのだろうと思っていた。
まぁ攻撃と防御は驚異のベクトルが違うが、脳内の危険レベルを上げておくとしよう。
それにまあ、出来る事なら女の人とは戦いたくないし。
◆◆◆
そうしてアルドラゴの中に入り、超スピードで去って行く彼らの様子を、帝国の聖女ルミナは呆然と見守っていた。
「……嘘」
ジークとミドが指名手配のハンターに敗れたと知り、ルミナは最悪の気分だった。
まさか、彼らが負けるなんて思っても居なかった事だ。それも、たかがハンターに。
面倒だが、これでも一応ゴルディクス帝国軍ではそれなりの地位に就いている者。本当に面倒ではあるが、ここは自分が動かねばなるまいて。
と思っていたが、事態はそれどころではなくなった。
帝国内でも記録上の存在としてしか伝わっていなかった、神級のサンドウォームが出現したのだ。それを見た時は、思わずルミナも圧倒されてしまった。
すぐさま本国に救援を求めようと思ったが、実際問題として本国に害がある訳でもなく、ルーベリー王国の利用価値も低いので、恐らくは要請は却下されるだろう。
そもそも、すぐそこにゴジ●よりも巨大な化け物が居るのだから、いくら救援を頼んだところで間に合う筈もない。
だったらせめて自分だけでも逃げるべきか……
と思っていたら、今度は空からメタルな外見の赤いドラゴンがやって来たではないか!! よく見ればブースターとか色々付いていて、ドラゴンというよりはSF作品に出てくる戦闘機っぽい外見だ。
しかも、超でかサンドウォームとバトルを始めたし。
何これ、ファンタジー世界だと思っていたら、怪獣映画の世界に飛び込んだの?
しばしのパニックの後、この状況で自分に出来る事は何か……と考える。
何も出来る事が無ければ、スパっと諦めて逃げる。綺麗事ではなく、自分もそれなりに重要な立場の人間なのだから、ここで死んだりするような目に遭ってはいけない事は理解できる。
そうやってうんうん悩んでいると、戦いの方が佳境を迎えようとしていた。
メカドラゴンがちまちまとした攻撃を繰り返すだけだったのに対し、サンドウォームの方が大技を使ってきたのだ。
ゲームでよく見るような、溶解液の噴射である。
ルミナ自身は第一都市の高い建物の上から、戦いの様子を眺めていた訳ではあるが、ここから見てもとんでもない質量の溶解液だ。
もしあんなものがこの都市に放たれれば、文字通りの地獄絵図となるだろう。
そして、その心配は現実のものとなる。
ルミナの危惧通り、サンドウォームは溶解液の噴射先をこちら……第一都市へと向けたのだ。
うわやばい!
と、慌てて逃げ出そうとしたところ、メカドラゴンより何者かが飛び降り、まるで街を守るようにバリアのようなものを展開したではないか。
またしてもパニックに陥るルミナであったが、やがてそのバリアが限界に達しようとしているのが目に留まった。
状況なんてさっぱり理解できないけど、あのメカドラゴンより飛び降りた者は、街を守ろうとしている。……つまり、悪人では無いと捉えていいのかな?
だったら加担しても問題は無いだろう……と判断し、ルミナは建物から飛び降り、街を囲む壁へと走った。
「このまま街が破壊されるのは、さすがに困ります。ですので、仕方ないですが手を貸してさしあげます!」
壁を守る者に聞こえているかどうか定かではないが、ルミナは早口でそう言うと、外壁に内側から手を添えた。
聖女ルミナ……彼女は帝国に帰属する十聖者と呼ばれる組織の一員。聖騎士ルクス……剣聖ジークと同等の地位の者であるが、彼等と違って戦闘用の能力は無い。
だが、聖女との呼び名に相応しい能力は持っている。
それが、癒しの御手と呼ばれる治癒能力と、あらゆるものを弾く結界……つまりはバリア能力である。
外壁そのものにそのバリア能力の力を注ぎ込み、一時的な巨大防壁を作り上げる。
これで、もし壁を守る者のバリアが破壊されても、ある程度は持ちこたえる事が出来る筈だ。それに、バリアを張っている者が足場としている壁そのものを強化したのだ。あの溶解液の質量にだって堪え切れる筈。
……バリアを張っている者? そこまでは面倒みられない。自分だって万能では無いのだ。
結果として、なんとか壁は耐えきれた。
どうも、バリアを張っていた者もなんとか生き延びた様子。
さて、今回は生き延びたものの、じゃあ次はどうすんだという疑問が出てくる。
さっきのをもう一回やる気にはなれず、ならば今度こそ逃げるか……と思っていたら……
メカドラゴンの砲撃によって、馬鹿でかいサンドウォームは爆散したのだった。
まるで……映画でしか見た事のないような巨大なキノコ雲を発生させて、大爆発を起こした。
この世界に来てから、それなりに非常識な事を見てきたし、実際に遭ってきたけども、今回の事件はその中でもとびっきりだ。
あんなビルよりも巨大な化け物サイズの魔獣を、一撃で殲滅する存在がこの世界に居るなんて!!
帝国の人間として、これをどう報告するべきか……
そうして呆けたまま成り行きを見守っていたのだが、やがて彼女はこの日一番の衝撃を目にする。
「……慶次……さん!?」
メカドラゴンより飛び降り、今まで壁を守っていた者を担いでそのままドラゴンへと戻って行った者……それは、彼女のよく知る者だった。
かつて、元の世界において自分が思いを告げ、そのまま断られた記憶を持つ想い人……彰山慶次その人だったのだ。