11話 辺境の村ミナカへ
集落……ミナカ村との距離がだいぶ近づいてきた。
すると、村の方でも俺たちの姿を視認出来たのか、ざわざわと人が動いている様子が見える。
やがて、一人の男性がこちらに向かって駆けて来た。
「あ……お父さん」
その人物が誰か分かったのか、リファリナがぼそりと呟いた。
「リファリナ! 無事でよかった!!」
40代ぐらいと思われる恰幅の良い髭面の男は、リファリナを抱きしめると、ブレーキが作動しなかったのかそのまま倒れ込んだのだった。地面と親父に挟まれたリファリナの「ぐふっ」という声が漏れる。
その後ろから、続々と他の人間も飛び出してきた。
……改めて見ても、人間にしか見えないな。
とんがり耳がある訳でもなく、角が生えている訳でもなく、触角がある訳でもない。
ザ・人間である。
それも、どちらかと言えばアジア人に近い顔立ちだ。全員黒髪だし。
アルカに聞いてみたところ、俺の目測による年齢測定も大体合っているらしい。
……これでなんで、地球じゃないんだろう。俺は上空に浮かぶ青い巨大な月を見上げて思った。
次に飛び込んできたのは、カリムの両親だった。
まずは母親が涙ながらにカリムを抱きしめ、しばらくした後に親父がボカンとその頭部に拳を打ち込む。
うむ。一時的に家出した子供が帰って来た時に見る光景だな。
「カリム! お前がリファリナちゃんを誘ったのか!? この野郎、自分だけならまだしも人様の娘まで巻き込むとはなんてガキだ!!」
「ち、違うよ! リファリナが勝手についてきたんだよ!」
言い争いをしているが、親父の頭に血が上っている今は、何を言っても無駄だろうな。
リファリナの母親も追い付き、その更に背後から70代くらいの爺さんが姿を現した。
……顔も似てないし祖父という感じじゃないな、ひょっとするとあれが村長かな?
「ところで……この子は誰だ?」
カリムの父親がようやく俺に気づいたようで、そんな事を言い出した。
しかし、この子ときたか。
いや、日本人感覚からしたら俺もまだ子供ではあるんだけどな。それでも、ちょっとショックではある。
「ああ、おれたちを助けてくれたハンターの人。名前はケイさん」
カリムの説明に、親たちは「そんな……こんな子供が?」と、どよめいた。
ハンターとは、今の俺のように魔獣を狩りつつ、各地を転々としている者たちの事をハンターあるいは冒険者と呼んでいるらしい。まぁ、俺が理解しやすいように翻訳している訳だから、本当はもっと別の固有名詞があんのかもだけど、ハンターの方が格好いいので、そっちで翻訳してもらっている。
「馬鹿もん! 感激の再会をするならば村の中にせい! 魔獣が襲ってくるぞ!!」
村長らしき老人が、走りながら怒鳴っている。
親子たちが言われてようやく気付いたのか、慌てて子供達を抱えて戻ろうとしている。
ピピピと警告音。
……あ、遅かったみたいだわ。
バイザーを下すと、レーダーがこっちに急速に接近しつつある物体がある事を教えていた。
アルカが望遠画像を表示してくれると、案の定ゴブリンだった。
俺はトリプルブラストを取り出すと、こちらへ向かってくるゴブリンに照準を合わせた。
うん。
後から思えば、ちょいとばかり調子に乗っていたんだろうと思う。
子供だと侮られてもいたわけだし。
ゴブリンを瞬殺してみせて、さぁどうだ! と力を見せつけてやりたかったという気持ちもあったと思う。
でも、純粋に彼らを守ろうとしたのは事実なんだ。
今の俺には、それが出来る力があったから。
ファイヤーブラストでゴブリンを屠った俺を見て、彼らは唖然とした。
そして、誰かがこう呟いた。
「魔術師」
◆◆◆
さて、こうしてこの星で最初の集落へとたどり着いた訳だが、俺への出迎えは、決して歓迎という訳ではなかった。
むしろ、警戒か。
それも当然。妙な格好をして変な力を持った若造が、行方不明扱いになっていた子供二人を伴って現れたのだ。警戒するのもやむなしと言ったところだろう。
「……はぁ」
『落ち込んでいますね』
「こうやってあからさまに怖がられていると、そら落ち込むよ……」
俺がトリプルブラスト……つまりは銃を使ってゴプリンを倒した事は、彼らにとっては魔法と捉えられたらしい。
否定のしようもない。
進んだテクノロジーっていうのは、魔法と同じ事なんだと俺は実感した。
やはり、使うべきでは無かったか……。
『いえ、トリプルブラストを使用していなければ、彼らを守る事は出来なかった。今のケイでは、接近戦は難しい。もし躊躇っていたら、何人か怪我人が出ていた可能性があります。ケイは、間違っていませんよ』
落ち込んでいる時に肯定されるのって、嬉しいもんなんだなぁ。
『とはいえ、これ以上の武器は見せるべきではないですね。以降はなるべく慎重に行動しましょう』
だな。まぁ、今回はいい勉強になったと思うしかあるまい。
それにしても、魔術師か……。
それ自体は俺の世界の言葉に翻訳したとして、そういう要素もこの星にはあるのだろうか? なんというか、ゴブリンが存在している時点であってもおかしくはない。
こっちの問題が解決したら、それを調べてみるのもいいかもな。
「それで、ハンター様は一体何の用でこんな辺境の村へ?」
村長と名乗った爺さんが、やや緊張気味に俺へ尋ねる。
「いえ、ここへはただ道に迷っただけです。集落が無いかなと歩き回っていたところへ、この二人が襲われていた場面に出くわしたものですから」
目上の人間に対しては、きちんと敬語を使う。これは、アルカに翻訳してもらう際にもしっかり頼んであるのだ。不遜な態度で問題になるのは面倒だかんな。
「そうですか。その件につきましては、誠にありがとうございます」
村長の懸念の一つに、こんな辺境の村にハンターってのが理由もなく訪れる筈もないってのがあるんだろうな。
カリム達と道中話しながら感じていた事だが、どうもこの星の人間たちは、思考回路の方も俺たち地球人と大差はないみたいだ。
無論、独特な文化はあるんだろうが、そこは話しながらおいおい……と言ったところか。下手に地雷を踏まんように慎重に話さないと。……正直、かなりおっかない。
村の感じを見るに、やはりどう見ても映画とかで見る中世ヨーロッパあたりの風景に近いなぁ。
現地人はどう見ても人間だし、空に浮かぶでかい月やゴプリンみたいな不可思議生物を考えなければ、まるでタイムスリップしたんじゃないかと錯覚しちまう。
「それで、ハンター様はこれからどこへ向かわれるおつもりで?」
「いえ。特にはっきりした目的地がある訳ではないのですが、この村でちょっと調べものをして、成果が出なかったら王都とやらへ向かうつもりでいます」
「調べもの……ですか?」
村長の顔が怪訝なものへと変わる。
「すいません。大したものではないのですが、ちょっとした探し物がありまして。明日の朝には村を出るので心配せずとも結構ですよ」
「い、いえ……別に迷惑に思っている訳では……」
村長は慌ててそう言い繕うが、俺という存在を好ましく思っていない事は明らかだった。
なんというか、排他的というか……余所者を受け入れない村なんじゃないかと思う。
……でも、周りを見渡してみれば結構歳いった人間ばっかりで若い奴が全然見当たらないんだよな。カリムの父親らしき人物も40代くらいに見えるし、20代30代あたりの人間を全く見ない。
「えーっ! ケイさん、明日出て行っちまうのかよ!?」
俺たちの話が聞こえたのか、今まで父親にたっぷりと説教を食らっていたカリムが駆けてきた。
「悪い。ちょっとばかし急ぐ用事があるもんでな。今日しっかり休んだら、明日からまた再開しないといかんのよ」
「なになに用事って? そうだ! 俺、手伝うからさ、冒険の話とか聞かせてくれよ!!」
満面の笑みでそんな事を言ってきた。
あぁ……子供の素直な言葉って、今の俺には癒しだなぁ。
でも、手伝うのはさすがに無理だよなぁ。俺の事情を話す訳にもいかんし。そもそも、冒険なんてロクにしてないし。
「悪いな。大事な調べ物だから、教える訳にはいかないよ」
「ちぇーっ」
トンとカリムの額を押すと、ぷくーっと頬を膨らませた。
大人びて見えたけども、やっぱり子供だな。
何はともあれ、調べ物の前に腹ごしらえである。
こちらは、リファリナの両親が宿屋を経営している事もあってか、御礼にと御馳走してくれる事になった。ついで、今晩の宿屋もゲットだ。いやぁ助かった。よくよく考えてみたら、今の俺たちはすかんぴんであったのだ。
◆◆◆
「く……くぅ……」
「お……おい。あの人泣いているぞ」
「食材あり合わせのものしか無かったから、そこまで凝ったものじゃなかったんだけど……」
「やっぱあれか。リファリナがお礼の意味も込めて愛情たっぷりと込めた甲斐あったか?」
「あ、愛情って、お父さん何言ってるの!?」
俺はいつの間にか涙を流していた。
簡単なステーキ(何の肉かは不明)ではあるが、ぶちぶちと肉を噛み千切る食感、口の中に溢れる肉汁と満足感……。あぁ、食事って素敵なものだったんだなぁと再実感しました。
そーいや昔、盲腸で入院した事があったが、退院して初めての飯というのはとんでもなく美味かった記憶がある。あれと似たようなもんか。
ここは、リファリナの両親が経営している宿屋。そこの小さな食堂である。
何やらリファリナ家の方達がちょっと離れた場所でごちょごちょと何か言っているようだが、今はしっかりと食事を堪能させてもらいましょう。
「ごちそうさまでした」
日本式ではあるが、両手を合わせて食材に感謝。
何の肉かは知りませんが、大変おいしゅうございました。
まだ昼間なので、今晩の食事が楽しみです。
……欲を言えば米が欲しいけどな。
『………』
「どした? 食事中ずーっと黙っていたけども」
食事に集中していて忘れていたが、アルカがこれだけ黙ったままというのも珍しい。
そーいや、二人きり(?)の間はお互いずーっとどーでもいい事を喋っていた気がする。また妙に話が合うんだよな。あれか、俺も寂しかったのかな?
『ケイ……泣いてましたね』
「う! ま、まぁ……久しぶりの飯だったしね」
『ケイ……ずっと笑顔でしたね』
「ま、まぁ……美味かったしね」
『美味しかったですか?』
「お、美味しかったよ」
なんだ?
自分も食べたかったとか言いたいのか?
いや、口無いし無理じゃないかな?
『……分かりました。頑張ってみます』
いきなりそんな事を言い出した。
何を?
何を頑張るつもりなの?
ご飯食べられるようにするとか、機能拡張を目指そうと言うのか?
ふと、口が付いてバクバクとご飯を食べるゴーグルを想像する。
ないなー。
昔のアニメみたいじゃないか。……いや、なんとなくのイメージだから、昔そんなアニメがあった事知らんけどな。
『頑張ってみます!』
「は、はい! 頑張ってください」
意味は分からないが強い決意だ。
何はともあれ、本人が頑張ると言っているのだから、やらせてみるべきだろう。
何を頑張るのかは結局知らないけども。
……悲しいお知らせ。
ストックが遂に尽きた。なので、次話からはこれまでのように毎日更新は難しいかと思われます。
社会人という立場ですんで、毎日一話ずつ……なんてのは多分無理でしょうしね。それでも、せめて三日ぐらいで書き上げたいな……とは思っとります。
なんとか出来る限り頑張りますので、今後ともよろしくです。
魔物→魔獣表記に統一しました。




