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124.5話 幕間…ルーベリー王家




「陛下!!」


 セージはその扉……王の私室の扉……を開くと、そこにはグラスを片手にのんびりと椅子に腰かけて本を読む男……ルーベリー王が居た。


「騒々しいぞセルジオよ」


 王はいつもと変わりのない平坦な声でこちらを振り返った。まるで、何事も無い日常のような光景……思わずそう錯覚してしまいそうになる。

 だが、そんな筈も無い。今は、ルーベリー王国建国以来の危機が迫っているのだ。


「何をなさっておいでです! 早く避難を!!」

「何のための避難だ?」

「決まっているでしょう!! あのサンドウォームの群れから逃れる為の避難です!!」

「なるほど、その為の避難か。ならば、私は避難などせん」

「何を言っているのです!!」

「今日ここで第一都市ラクシャが滅びるのならば、それが天命という事だ。私はこの都市と共に命運を共にしよう」

「それでは残された民はどうするのです! 民も共に心中しろと!?」

「そうは言っておらん。民ならば、お前が率いて逃げればいい。お前はこれからルーベリーの王となるのだから」


 最初と同じく、ただひたすらに平坦な声が響く。

 ギリギリと、セージは歯を噛みしめ……


「……貴方はどうしていつも!!」


 やがて、彼の中で溜め込んでいたものが爆発した。


「また全てどうでもいいのですか!? 母上が亡くなった時も!! 僕が殺されかけた時も!! フィリアが宮殿を出た事も!! ご自分の命が残り僅かだという事も!! 全てがどうでもいいというのですか!?」


 今まで抱いていた不満……苛立ち……疑念……そういったものが堰を切ったかのように溢れ出た。

 目の前の人物は王であり、父親である。

 昔は尊敬していたし、このような人物になりたいと切望していた。

 だが、自分が見捨てられたと気づいた時、それは失望に変わる。

 確かに、王としては立派かもしれない。息子よりも国益を取る。王としてそれは間違っていない……間違ってはいない……だが……


 父親としては最低だ!


「……そうだな。確かに、今の私にとってはどうでもいい事だ。私は王なのだから」

「貴方は!!」


 セージは思わず父の胸倉を掴み上げていた。

 殴ろうとしたわけでは無い。ただ、頭に血が上って気が付けばそうしていた。

 そして、間近で父親の瞳を覗き込んだ時、思わず我に返った。

 これほどまでに悲しい目をした父を見たのは、初めてだったから。


「どうした、殴らんのか?」

「くっ!」


 胸倉を掴んでいた手を放し、そのまま背を向けた。


「……ふむ。殴られてやろうと思っていたのだがな。それとも、その剣で刺すか? 今だったら罪には問われんだろう。どうせ死ぬ身だ」

「……僕に父上を傷つける事は出来ません」

「……フッ、父上か。王としての私は知っていても、父としての私は知らないだろうに」

「それでも!! ……僕の父は貴方です」


 それだけ言って、セージはこの場を去ろうとした。

 もう二度と会う事もない。そういった決別の意味も込めて、歩き出そうとした。

 だが―――


「……すまなかったな」

「え?」


 予想外の言葉を聞いて思わず歩みを止めて振り返る。

 すると、そこにはさっきと同じく悲しい目をした男が存在していた。


「これは王としての言葉では無い。よって、ただの独り言だと思って聞き流せ……」


 そのまま、ルーベリー王は誰に語るでもない言葉を紡ぐ。


 彼がこうなったきっかけは、11年前……彼の妻である王妃が死んだ事。それが始まりだった。

 世間的には、王妃の死は病死であると言われている。

 事実、妻が死ぬまで彼はそれが事実だと思っていたし、家族もそれが事実であると今でも思っている。


 だが、真実はそうではない。

 王妃は殺されたのだ。食事に少しずつ毒を盛られ、身体を弱らせていった。その結末がこれである。

 首謀者は突きとめた。

 最愛の妻を殺され、王は憎悪に包まれた心のままにその者の住む場所へと足を踏み入れる。

 が、そこでその首謀者の姿を見て絶句した。

 首謀者の正体は、自らの兄……そこまでは掴んでいた。幼少の頃より身体が弱く、第一王位継承権を持つにもかかわらず、王位を継ぐ事が許されなかった男。

 もう何年も会っておらず、王位を継げなかった憎しみだけを増加させていったのだろうと思われた。

 事実、それは間違いない。

 だが、王が目にしたのは、まるで老人のように痩せ細り、静かにベッドに横たわる兄の姿だった。

 兄は、自らが毒を盛り、王妃を殺した事を認めた。

 それが真実では無い事は王も理解出来た。それだけの事を、このかろうじて生きている者に出来る筈も無い。兄が誰かを庇っている事は誰の目にも明らかだった。

 王は強く兄を問い正すが、彼は決して真実を語ろうとしなかった。

 そして、兄弟の最後の語り合いが始まる。


 兄は語る。

 王は王になった瞬間から、国の一部なのだ。

 私情に走ってはならない。

 国を生かす為、民を守るために己を捨てなくてはならない。

 そのためには、恥ずべき事……己にとって許しがたい事でも、受け入れなくてはならない。


 兄は王にそう語り、数日後に他界した。


 そして、その日を境に、王も己と言う人間を殺したのだ。

 ここに在るのは、ただ王という存在のみ。

 ただ、それだけの為に生きようと思った。


 それが、最後の最後で分かり合えた兄との最後の約束であるから。


「で、では……誰が……誰が母上を!?」

「知らん。妻を殺した者の事はそれ以降探ってはいない」

「……では、まさかそれもラルドが!?」

「さぁな。そうかもしれんし、そうではないかもしれん」

「………」


 王は話を続ける。


 第一王子に何かあった時の為、血を遺す為に新たな妻との間に子を設けた。

 事実、セルジオは殺されかけた。


 だが、ここで王では無い一人の人間……いや親としての心が戻る。

 もし、セルジオが再びこの国に戻れば、また命の危機に脅かされる事になる。それならば、刺客の手の届かない地で生きた方が良いのではないか?

 その地でセルジオがハンターとして生きる道を選んだ事は想定外だったが、生きているのならば問題は無い。

 そして、もし自分の寿命が尽きるまでにセルジオが死ななければ、王候補として改めて国に戻そう。


「お前は私の寿命が尽きるまで生き延び、こうして帰ってきた」

「……運が良かっただけです」


 そう。運よくドルグ達凄腕のハンターが通りかかったおかげで、なんとか生き延びる事が出来たのだ。


「運が良かっただけか……実はそうでもないのだぞ」


 そう言ってこの場に顔を出したのは、自身の護衛として宮殿の前まで付き添っていた筈のドルグだった。


「せ、先生?」

「その様子だと、伝えてはおらんか。儂にセージの護衛を依頼したのは、そこに座っているその男だぞ」

「え? え? え?」


 言葉の意味を理解出来ずに混乱していると、隣から機嫌の悪そうな声が飛ぶ。


「……ドルグ。誰がそれを伝えていいと言った」

「フン。親の心が分からないまま死なれるのは、子供にとって辛かろう」

「チッ」


 このような人間的な表情をした父を見るのは、いったいいつ以来だろう……。

 いやいや、それよりも聞かなくてはならないことがある。


「あ、あの……父上とドルグは知り合いなのですか?」

「フン。その男がまだお前ぐらいの歳だった頃に知り合ったのよ。その頃は、王子の身分を隠してハンターをやっとったな」

「ち、父上がハンター!?」

「……その当時は兄上が王位を継ぐと思っていたからな。王位継承のドタバタに巻き込まれたくなったから、逃げ場を求めてハンターになっただけの事よ」

「ハッハッハ……まぁ、ハンターとしての実力はさほどでもなかったから、ランクもDクラス止まりじゃったがな」

「そ、そうだったのですか……。で、でも……先生に護衛を依頼というのは……」

「………」


 王は答える事はせずに目を瞑って沈黙する。やがて、答えたのはドルグだった。


「フン。何やらお前の命を狙う輩が居るとの情報を得たらしくてな。直属の護衛の中に裏切り者が居る可能性もあったから、古い知り合いである儂達夫婦に護衛を依頼したとの事じゃ。まぁ、結果的に助けられたのはお前だけだったがな」

「で、では……先生達があの場を通りがかったのは、偶然ではなかったという事ですか?」

「おうよ。そして、お前が望むのならそのままエメルディアに連れて行って、ハンターとして鍛えてくれと依頼されていた」

「そ、そんな……それは本当ですか父上!?」


 が、父は苦虫でも噛んでいるかのように顔を歪め、ただ黙っているだけだった。

 それをセージは肯定と受け取る。


「そ、そんな……なんで?」

「なんでも何も、子供を守ろうとするのは、親にとって当たり前だろう」


 ドルグの言葉にセージは身体をビクリと震わせ、改めて父親を見据えた。


「ち、父上……」

「……所詮私は、真の意味で王と言う存在にはなりきれなかったという事だ。お前が国を去り、フィリアもこの宮殿を出た。家族が誰も居なくなったこの場所が嫌になったのだろう」

「だから、自分の一番信用のおける奴を護衛にしたんだろ?」

「護衛? フィリアにもハンターが?」

「いや、影だ」

「影!? 影は父上直属の護衛ではありませんか! それを、フィリアに……」


 フィリア自身はただ自分を縛るだけの護衛だと思っているだろう。事実、報告を聞いている限りではそのような印象だ。それが、本当の意味で彼女を守る存在であったとは……。

 親心子不知……という言葉があるが、本当だなとセージは実感する。……と言っても親自身にも悪い所はあるが。


「……父上、今起こっているこの事態が収束すれば、僕は……王になります」

「そうだな」

「でも、僕は父上のように己を殺した王にはなりません!! それに、僕は友から言われたのです。良い王になれるように頑張れと。その友に誇れる王に……僕はなりたい」

「そうだな」


 この言葉を聞いた後、セージは父から背を向けた。

 そして、去り際に小さな声であったが、ぼそりと呟かれた声を聞く。


「……私も、そんな王になりたかったな」



 ………

 ……

 …


「避難の状況はどうなっている?」


 宮殿の廊下を早足で歩き、家臣へと都市の現状を報告させる。


「避難は全くと言っていいほど進んでいません。この短時間では、流石に無理かと……」

「……そうだよね」


 そもそも、逃げると言ってもこの砂漠に囲まれた地で何処に逃げると言うのか。第二都市マイアへ逃れるにしても、その進行路にはあのサンドウォームの群れが存在しているのだ。

 であるならば、やはりこの街から逃げ出すというのは得策では無い。


「だったら仕方ない。宮殿の地下に民たちを集めろ」

「地下に……確かにあそこは緊急時の避難場所ではありますが、とても住民全てを収納は出来ません」

「入りきれない者は宮殿内の何処でもいいから、とにかく受け入れろ」

「ですが、それでは解決には……」


 そう、あのサンドウォームの群れがこの都市になだれ込めば、この頑強な造りの宮殿であっても容易に破壊されてしまうだろう。


「今は守りを一か所に集中するんだ」


 逃げる事は難しい。

 でも、防御を一か所に集中して、時間を稼ぐ事なら出来る。

 確かに解決にはならない。


 だが、信じている。

 彼はサンドウォームの侵攻は絶対に阻止してみせると言ってくれた。

 ならば、自分は今出来る限りの事をするだけだ。


 だが―――


「セ、セージ! 大変だ!!」


 ミカとジェイドが血相を変えて宮殿に飛び込んできた。

 何事?と眉を寄せる彼の手を引き、宮殿の外へと連れ出した。


 そして、見た。


「な――――――!!?」


 セージは言葉を失った。

 都市の周りを囲む城壁はこの宮殿からも視認する事が出来る。

 だが、その城壁の向こうに恐ろしい影が見えたのだ。


 存在する事が何かの間違いのように、ただひたすらに巨大なサンドウォームの影。

 当然街の住民達もその影の存在に気づき、狂乱の渦が生まれる。……それも当然だ。サンドウォームの群れがこちらに向かっていると言われても現実感は無かっただろうが、こうして脅威そのものが目に見えたのなら話は別だろう。

 住民達は皆狂ったように城壁から逃れようと、こちらに向けて走ってくる姿が確認できる。


「は……狂うのも無理ねぇな。なんだあのサイズ……何かの間違いだって言ってくれよ」

「間違いだって言ったら、アレは消えてくれるのか?」

「それもそうだな。つー事は間違いじゃねぇんだよな」


 ミカとジェイドが額から流れる汗を拭いながら軽口をたたき合う。当然、汗が流れるのは暑いからではなく、目の前に存在する恐怖のせいだ。

 セージもミカもジェイドも、ハンターである。多くの魔獣達と対峙してきたし、それなりに非常識な敵にも遭遇してきたつもりだった。だが、あれはこちらが認識している非常識のレベルを遥かに上回っている。


「ハ……さすがに心が折れそうだよ」


 今さっき、立派な王になってみせると父親に宣言したばかりである。

 だというのに、いきなりこんな試練が訪れるか。

 ……というか、


「本当に大丈夫なのかい……レイジ君は?」

「だ、だよな。いくら非常識なアイツ等だって、これはちょっと……」

「な、何を言っている! 先生は何があろうと無敵―――」

「……最後、聞こえねぇぞ」

「う、うるさい!!」


 そんな事を言い合っていたその時だった。





 天より鋼の赤い竜が降臨した。




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