111話 戴冠式
「さて、いよいよ今日だな王子様」
俺は、控室にてばっちりと正装の姿をしたセージことセルジオ王子と対面していた。
初めて会った時はどこぞのチャラいイケメンホストかという雰囲気だったが、こうしてみると立派な王子様である。
「ああ、とうとう何事もなくこの日まで来てしまったね」
「っていう事は、どういう意味なのかは分かるよな」
「ああ。何か起こるのは今日と言う事なのだろう?」
この一週間、警戒はずっと続けていたが、結果的に向こう側は仕掛けてはこなかった。とはいえ、向こうサイドも暗殺を仕掛けたり、王女を誘拐しようとしたりと今更手を引ける状況では無いだろう。
必ず仕掛けてくる。
「一つ聞きたいんだけどさ」
「何かな?」
「お前、王様になりたいの?」
「君はなりたくないのかい?」
逆に質問されてしまった。まあ、王様ってのは男の夢でもあるけども、色々と現実的な世知辛い事情も知っているからな。
とりあえず本音で答えておくことにした。
「なりたくないな」
「本当に君は変わっているね。王様って、国の一番トップだよ。文字通りなんでもござれ。欲しい物はなんでも手に入るし、女の子だってより取り見取りだ」
うむ。それが何も知らない少年時代とかに想像する王様だよな。いわゆるお伽噺とかに出てくるタイプの王様。
「それがお前の考える王様だったとしたら、それはただの馬鹿王だろう。王様ってのは、国の全ての責任を背負う……そういうもんじゃないのか?」
この世界でも地球の歴史であっても、そんな馬鹿王は居たんだろうが、そんな馬鹿の治世が上手く行く筈もない。大概は反乱が起こるか、身内に粛清されて終わりだろう。
「うむ。本当に君は変わっているね。確かに、それが正解だ。僕も幼い頃から王とはどんなものか、国を治めるとはどんな事なのかというのを叩きこまれて来た。だから、王となる事に疑問もためらいもない。……まぁ、命を狙われてハンターとして生きていた間は、その事は考えないようにしていたけどね」
「すげぇな。俺なんて、チームのリーダーやるのが限界だよ。いや、それすらもいっぱいいっぱいだけど」
「ハハハ。意外だね。君はもっとどーんとしているものだと思っていたよ」
「まぁ、そう見えているんなら、頑張った甲斐もあったってもんだよ」
「君の仲間とも少し話したけどね、本当に君は慕われているよ」
そうやって間接的に言われると照れるな。
「そ、そうかな?」
「ああ。願わくは、僕も国民から慕われる存在になりたいものだ」
「まぁ、頑張れ。素質はあるんだから、やってやれない事はないだろう」
「そ、そうかな?」
「息抜きは必要だけどあんまり羽目は外すな。それと、周りの人間の言う事をよく聞け。俺から言えるのはそれぐらいだな」
「……ああ。肝に銘じておくよ」
その言葉を最後に、セージは控室から去って行った。
……よし、本番だ。
「全員、配置についているな」
『はい』
『ハイさー』
『完了でござる』
『まぁ私は身体が無いですけども』
さて、準備は可能な限りやった。
後は、どう転ぶか……だな。
◆◆◆
宮殿前の広場には、民衆がわんさかと詰めかけていた。
王の代が変わるという歴史的な行事だものな。数にして五千人といった所か、こりゃあ町中の人間がほとんど集まっているんじゃないか?
また王宮の入り口部分には貴賓席のようなものが設けられており、他国からの賓客はそこに腰かけている。
隣国であるエメルディア王国からは、見覚えのない青年……恐らくは第一か第二王子と言った所だろう。あのお姫様じゃなくて本当に良かった。
また、ハンターギルド代表としてあのオカマスター……アグヴェリオの姿も見える。他にも見知らぬ者達が居るが、他の国または組織の賓客なのだろう。
……例の帝国から来た二人組の姿も当然見える。剣聖と言われている男は、大胆不敵に堂々と椅子に足を組んで座っているな。帝国は礼儀とかどうなってんだ。その隣の聖女とやらは、フードを目深にかぶったまま静かに着席している。
こいつ等は要注意人物だ。警戒を続けよう。
ちなみに、檀上ではなんとか大臣やら国の偉いさんが長々と演説をしている。特に興味は無いので、俺は周囲の状況を観察観察である。
やはり、目につく範囲ではシグマもヴァイオレットの姿も見えない。
これも予想通りだ。
『感知にも引っかかりません。やはり、計画通りに進めるしかないかと』
アルカの言葉に俺は頷く。
そうしていると、いい加減大臣の長い演説も終わりを迎えたようだ。
そして、遂に広場にセージ……その父親である国王が姿を現す。
歓声が響き渡るが王が壇上に立ったところで場は静まり返る。
―――事件は起こった。
王が辺りを見回し、やがて口を開こうとしたその時―――その胸へと矢が突き刺さったのだ。
その広場に集まった者達……民衆、貴賓席の者達、そして大臣達国側の者達……その全てが呆気にとられたようにその光景を見つめていた。
事態が動いたのは、王がまるで糸の切れた人形のようにその場に崩れた時だった。
「父上!!」
まず、セージが飛び出し、やがて観客席から悲鳴が響き渡った。
場は騒然とし、集まった民衆は慌ててその場から逃げ出そうとする。
それを止めたのは、内務大臣……俺達の敵であるラルドなる男だった。
「誰もこの場から出してはならん! 陛下を射った男はその中に居る!!」
広場の入り口に人が殺到するが、兵士達が武器を構えて人が抜け出そうとするのを防ぐ。当然暴れる者達が現れるが、その悉くが兵士によって取り押さえられた。
国王は急ぎ宮殿の中へと担ぎ込まれ、それに続こうとしたセージであるが、この場を収めるのが王族の務めという事を思い直したのか、その場に留まって兵士達に指示を行っている。
やがて、30分ほどが経過し展開が変わる。兵士に取り押さえられるようにして、一人の男が壇上に上がって来たのだ。見た目は、いたって普通の民衆の恰好をした中年の男だった。
「矢を射ったのはこの男のようです」
兵士の言葉に、セージは男を憎々しげに睨み付け、腰に差した儀礼用の剣を抜こうとする。が、それは隣に立つラルドによって遮られる。
「何者だ? 誰の指示で陛下を射った?」
男はにへら……という笑みを崩さずに、セージを見据えると、
「何をおっしゃいます、私を雇ったのはそこの王子様……貴方ではないですか」
という言葉を吐き出した。
「な、何!?」
突如として名前を告げられ、セージは絶句した。
「やはりか……。その男を連れていけ、まだ聞きたいことが山のようにある! そして……」
ラルドはセージを睨み付けると、その場に居た兵士に命令した。
「セルジオ殿下を拘束せよ!!」
「なっ!?」
兵士は何も疑問も抱かずに、即座にセージを拘束してその場に組み伏せる。
「何のつもりだラルド! 血迷ったのか!?」
「いえ、こうなる事はある程度予想していました。それでも……よもやお父上の命を奪うとは思いもしませんでしたが」
「何を言っている貴様!?」
「少しお待ちを……今、客をこの場に呼びました」
「客だと?」
すると、宮殿の中から30代程の豪華なドレスを纏った女性に連れられて、第二王子のヤサルが姿を現した。
父親が撃たれた事で相当涙を流した様子であり、目元は真っ赤である。
「ヤサル? 貴様、一体どういうつもりだ!?」
喚くセージを後目に、ラルドは未だ騒然としている観客達を正面に見据え、大声で演説を始めた。
「この場に集まった国民達よ! 聞くがいい、私がこの手に持つのは陛下の遺書である。陛下は以前より、自らの命が長くない事を悟っていられた、そこで私にこれを預けたのだ!!」
突然の事態に、民衆は再びざわめくが、ラルドは言葉を続けた。
「この遺書によると、陛下はこの場において王位を継がせる者を発表するつもりであった。この場に集まった者達も知ってのとおり、世間では第一王子セルジオ殿下が受け継ぐという事になっていたが、この遺書では違う! 王位を継ぐべきは、第二王子……ヤサル殿下であるという事だ!!」
「何!?」
「えっ!?」
高らかに宣言された言葉に、兵士に拘束されていたセージ……そしてどうすればいいのかと狼狽えていたヤサルの口から驚きの声が漏れる。
「セージ殿下は、この事実を知り陛下の口から発表されるより早く、その口封じたのだ!! 全て、王位を手に入れる為! なんたる蛮行であろうか!!」
「お、叔父上! な、何かの間違いです。兄上が父上を殺すなどあり得ません。それに、僕は王位など欲しくありません」
ヤサルが縋りつくようにラルドに訴える。が、ラルドは優しくその頭に手を置くとにっこりと笑みを浮かべた。
「お前は何の心配もいらん。全て、私とお前の母が支える」
「ぼ、僕が言っているのはそういう事ではなく……」
説得を再開しようとしたヤサルだったが、その身体は自然と歩み寄っていた30代程の女性によって抱きかかえられる。
「ヤサル……あなたの身体はもうこの国そのものと言っても過言ではないのです。聞き分けの無い事を言っていないで、宮殿に戻りましょう」
「は、母上! 僕の話を最後まで聞いてください!!」
どうも、あれが噂の王妃だったようだ。その後ヤサルは兵士達に護衛されて宮殿の中へと運ばれていった。
「セルジオ殿下……いや反逆の徒セルジオよ! 国王を暗殺しようとしたお前の罪は大きい。いずれ、公開処刑となるだろうがまずは牢にて己の罪をしっかりと頭に刻むがよい!!」
ラルドは勝ち誇ったように宣言する。集まった民衆は突然の事態に頭が付いていけない様子。……それもそうだ。いきなり国王が暗殺され、その首謀者として次期国王と思われていた王子が目の前で捕えられたのだ。まるで、何かの劇を見ているかのような状態だろう。
……実際、茶番はここまでだ。
「己の罪を刻むのは、お前の方だ。……ラルドよ」
静かな……だがしっかりと耳に届く声がこの場に響いた。
宮殿の中から、先ほど狙撃者に胸を射抜かれたはずの国王が、両の足でしっかりと立った状態で姿を現したのだ。
「へ、陛下!!?」
この光景に最も驚いたのは当然ラルド……そして、ヤツの派閥と呼ばれる者達であっただろう。とは言え、国王が一時的に命を奪われ、その後ピンピンとした状態で現れるという筋書きを知っていた者達はごく一部なので、この場に居たほとんどの者達は驚いたはずである。
……いやぁ、自分で考えた筋書きだけど、ここまでハマってくれると嬉しいなぁ。なんか癖になりそう。
「残念ながら、そのような遺書など私は残した記憶は無いぞ。セルジオが居なければヤサルに王位を譲る事もやむを得ぬが、今はその時ではないな」
「あ……あ……」
あまりの事態に、ラルドは二の句が繋げず、ただ身体を震わせるのみである。
そして、今まで影のように国王の背後に控えていた一人の男……ゲイルは疾風のように飛び出し、セージを組み伏せている兵士達を一瞬にして無力化する。
「一応、拙者の仕事は殿下の護衛なのでな」
自由になったセージは、鋭い眼光で剣を抜き、ラルドへとその切っ先を突きつける。
「さて……こんな状況だが、何か申し開きはあるかラルドよ」
が、ラルドは蒼白になった顔でガタガタと歯を鳴らし、ただ首を振って叫ぶ事しか出来なかった。
「馬鹿な……何かの間違いだ! こんな事はありえない!!」
それにしても、実に想像通りの展開となった。第二王子派の手段としてはこれが一番考えられる手ではあったが、ここまで予想ピッタリというのも逆に恐ろしい。
ちなみに、あの犯人と思わしき男は客席から弓矢を放ったと言われているが、当然そんなはずはない。
広場には武器の類は持ち込めないし、手荷物検査もきちんとされている。付近の高所も調べられていて、狙撃者が居ない事は確認済みだ。
そもそも武器は矢である。拳銃のように簡単に携帯できるものではないし、仮にボウガンを使用したとしても、そこまで飛距離のあるものでは無い。
また、魔法を使われる際の対策もきちんと講じられていて、壇上へは魔法は届かないようにと魔法障壁が貼られているのだとか。それがちゃんと発動しているかどうかは、アルカが確認している。
となると、あの矢は何処から放たれたのか。
答えは、狙撃者はもっと離れた場所……恐らく数キロは離れた場所から放たれている筈。しかも、ただの弓では無く高精度のボウガンのような物を使用したのだ。
それが出来る相手には心当たりがある。
「まあ、やっぱりアンタだよな」
場所は第一都市の郊外。ただの岩山の頂は水平に切り払われ、その上に寝そべる形で超巨大なボウガンを構える男が居た。
「あの時の赤い男だな。このような武器をわざわざこしらえたのだが、やはりお前達には見抜かれたか」
狙撃者ことシグマはスナイパーライフルの如きボウガンを放り捨て、そのまま俺と向かい合うように立ち上がる。
恐らくは弾丸の代わりに矢を放てるように改造した物なのだろう。それはそれで凄いものだ。
さて……いよいよこの時だ。
今回のイベントにおいての大ボス戦の開始だ。
小説家になろうに投稿を開始して一年が経過しました。
本当は先週に仕上げるつもりが、結果的に間に合わなくて残念です。
次話は、今回起こった事に対しての種明かし。……まあ、主人公サイドがとんでもアイテム持っているので、種明かしも何もないのですが。
そして、やっとこさバトルです。
最近は更新間隔が空いてしまっていますが、なんとか完結するまで走るつもりですので、どうぞよろしくお願いします。