110話 帝国よりの使者
聖女ルミナ、剣聖ジーク。
帝国の重鎮と言っても過言では無い二人が、何故こうしてルーベリー王国に後を踏み入れたかと言えば、理由は至極簡単。
同盟国の戴冠式へと出席するためである。
聖女ルミナと言えば、帝国で最も強力な回復術の使い手と言われている。世界各国を回り、その回復術で回復不可能と言われた傷を癒したり、ある程度の病気を治療したりしている。そのおかげか、巷では奇跡の御手との異名まで広まっていたりする。
とは言え、本人は別に聖女のような性格では無く、本音を言えば医者を目指していた訳でも無いのに見も知らぬ相手の傷を癒す事に何の喜びも感じない。……まぁ、当初は傷を癒した者が涙を流して喜んでいる所を見ると嬉しいと思っていたのだが、その感謝の先はルミナ自身ではなく、帝国が掲げる神なのだ。
「おお聖女様……神に感謝致します」
「最早歩く事は叶わぬと思っていましたのに……この奇跡を起こしてくれた神に感謝します」
(私が癒したんだから、私に感謝しなさい!)
特に神など信仰していなかったルミナとしては、思わずそう怒鳴りたくなる。
理不尽とも言える仕打ちであるが、それが神聖ゴルディクス帝国が提唱する教義であるから仕方ないとも言える。
何より、彼女の回復術も帝国より与えられた力なのだから、それに従う事もまた仕方がない。
だが、やはり何処か腑に落ちないものを感じる。
一体何のためにこんなことをしているのか……。帝国には恩はあるが、それと同時に恨みもある。そこまで従う義理も無いのだが、だからと言ってこのまま帝国を抜け出そうと言う程の勇気は無かった。
こんな世界を飛び回れる飛行機を有していても、動かしているのは自分では無い。自分を慕ってくれている者も居るには居るが、だからといって帝国を敵に回すほどの度胸を持つ者は居ないだろう。
それに、今は隣に立つこの男が居る。
剣聖ジーク。
当然ジークというのは偽名であり、本名は葛山大輔と平凡極まりないものだ。自分と同郷ではあるが、彼は現状に十分満足している。何より、今の地位であれば女の子に不自由しないという状況なのだ。とても帝国を抜け出そうという意欲があるとは思えない。
それに、具体的な順位がある訳でも無いが、戦闘能力だけで言えば彼は帝国内でも上位に立つ者だろう。決して敵に回していい男では無い。最も、味方であれば嬉しいと思うが、だからと言って親しくしたい人柄でもない。これは生理的なものだから、仕方がないだろう。
つまりは、現状を維持するしかない。面白くは無いが、少なくとも死ぬことは無い。今のルミナにとってはそれが限界であった。
そんな事を思っていると、空艦内にアナウンスが響く。
『まもなく、ルーベリー王国第一都市上空に入ります。着陸準備に入りますので、揺れにご注意ください』
うげ。
またあのエレベーターに乗っている時のような浮遊感を味わうのか。乗り物が苦手なルミナとしては、あの浮遊感が大の苦手なのだ。もう何回もこの飛行機に乗っていると言うのに、未だに慣れない。
それでも気を紛らわせるために、意識を外の景色へと向ける。
「うわ……」
視界に、そのルーベリー王国第一都市とやらの全景が見えてくる。
本当にファンタジーゲームとかで見る砂漠の王国という感じだ。街並みや宮殿やなんかの造形は、中東系というよりは昔のアラビア系。ランプの魔人とか、そういう映画の舞台になりそうな雰囲気である。
こういった世界の光景が見られる事は、数少ない楽しみの一つであった。
また、世界には人間族以外の亜人種と呼ばれる種族も居るらしいが、帝国内では害悪種族と推奨されているので、未だに遭遇した事がない。ルミナとしては是非とも会ってみたいので、それは残念である。
「さて、お仕事といきますか」
いざ着陸という段になり、ルミナは頭を聖女モードへと切り替えるのだった。
◆◆◆
「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
そう言ってルミナ達に向かって頭を下げたのは、鮮やかな金髪と浅黒い肌を持つイケメンの青年だった。
情報によると、こちらはこの王国の次期国王なのだとか。コイツもこの顔だと女には不自由してないんだろうな~とか、余計な事を思ってしまうルミナであった。
「おいおい、王様が使者に向かって頭を下げるとかいいのかよ」
「はは、僕はまだ王位は継いでいませんからね。それに、かの有名な聖女殿と剣聖殿がこの国に来られたのです。下げられる頭であるなら、いくらでも下げますよ」
ジークのからかいの言葉に、王子様は笑って対処する。
ルミナと言えば、ローブを幾重にも重ね、フードを目深に被って顔を隠している。これで、よほど接近しなければ顔は見られない。その状態で、チラチラと周りを確認してみる。
王子の護衛は、さすがというべき屈強な男達によって固められていた。だが、その中に場違いなんじゃないかとか、出る漫画間違えているんじゃないかと思われる者達も居たりする。
まず、露出度の高い赤い戦闘服を着込んだ赤い髪の少女。顔に傷はあるが、ルミナから見て十分な美少女だ。
次に、その隣に立つどこぞのヤンキー漫画に登場しそうな、金髪短髪で顔の側面にタトゥーがある青年。
そして、その背後に立つ背が高く、眼鏡を掛けた超美形の青年。あからさまな美形というのはルミナの趣味では無かったりするのだが、それでも見た瞬間にドキッとされられた。ただ、恋に落ちたとかそういうのではなく、ハリウッドスターを目前にしたかのような興奮と緊張感が近い。
それにしても、王子様よりイケメンな男が護衛に居るとか、どういう事なんだろうか。まさかこの王子様、あっちの趣味があるんじゃないかと、余計な妄想が膨らんでしまう。
「宮殿にお部屋を用意してありますので、どうぞお入りください」
と、王子様はいざ宮殿へ……と招いてくれるのだが、ここは同盟国とは言え余所の国である。何が起こるか分からないのに、下手に従う訳にも行くまい。
「申し出はありがたいですが、私達は自分達の船に―――」
「おおっとそりゃあありがたい! 長い事揺られていたから、今日は揺れない大地の上でしっかりと眠らせてもらうぜ」
丁重に断ろうとしたら、隣に立つ男に遮られた。
ギロリと睨むと、そんなものどこ吹く風というばかりに涼しい顔つきで王子の後について歩き出しやがった。
「……はぁ」
ルミナは軽く溜息を吐くと、自らもそれに続いて宮殿へと向かう。
まぁ、自分とジークの力があれば、不測の事態が起きてもなんとかなるだろう。そのように判断したのだ。
最も、ジークの狙いは大地の上で眠る事ではなく、その眠る前に起きる事だろうという事は理解している。それも、自分に害が及ばないのであれば、好きにしてくれという気分だ。
「あの赤髪の女の子とか、帝国に居ないタイプだから狙ってみようかと思ってんだよね。ルミナちゃんも王子様とか、護衛の美形とかチャンスあるかもよ」
やっぱりサイテーだこの男。
◆◆◆
「……帝国の使者かよ」
俺は、げんなりした顔つきで今の光景を眺めていた。
ここは《リーブラ》の内部。今の様子は、ゲイルの眼鏡に取り付けられたカメラによって、こちらからでも確認していたのだ。
『いかがするでござるか?』
「……害が無いなら放置するけど……色々と一悶着ありそうだなー」
俺たちの行動によっては、最悪一戦交える事になるだろう。というか、多分なるだろうな。あいつらの認識では、俺達は敵だろうし。
まぁ、あの変態騎士やクズ聖騎士が居ないのは良かったとも言える。俺としては。
「しかし、聖女に剣聖だ? 前には聖騎士が居たし、よく分かんないな。とりあえず聖が付けば凄い奴って事なのか?」
『さぁ、私は帝国には詳しくありませんからね』
『拙者もでござる』
俺達が首を傾げていると、今はゲイルに同行しているフェイが口を開く。
『ゴルディクス帝国には、12人の聖人と呼ばれる存在が居ます。聖騎士、聖女、剣聖……他には弓聖、拳聖なんてのも居るみたいですね』
どうも、その辺はフェイが詳しいらしい。
なんだそのナイツオブラウンド的な奴等。この世界にもそんな厨二的な要素ってあるんかい。何はともあれ、あのクズ聖騎士クラスが他にも11人いるんだと思っていた方が良いだろう。……めんどくせぇ。
「ともあれ、今の所は敵では無いんだろうが、十分注意してくれ」
『そうでござるな。ここは下手に接触しない方がいいでござろう』
どうも、ゲイルの事はばれていないみたいだし、このままこっそりと監視するように伝えて通信を切った。
「………」
『どうかしましたか?』
ふと気にかかる事があって黙っていると、アルカが尋ねてきた。
「いや、あの剣聖とかいう奴……なんか見た目が侍っぽいっていうかさ、そういう存在ってこの世界にもあったりするのかな?」
『侍ですか……いえ、私が得た知識の限りですと、無いと思うのですが……』
「しかも、なーんか外見がさ、俺が昔読んでいた漫画の主人公によく似ているっていうかさ」
『ああ! 頬に傷のある侍の漫画ですね』
「もちろん、偶然なんだろうけど……なーんか気にかかるよな」
うむ。偶然に違いない。
それに、帝国にはどうもこっちの世界の人間が居たとのことだから、そこから侍という存在が知れ渡っているという可能性だってあるしな。
よし! とりあえず厄介ごとには違いないが、今対処すべき事ではないので、帝国連中の事は後回しにしておこう。
今するべき事は、来るべき戴冠式への対応である。
恐らくは、それまで……もしくは当日にあちらサイドが動く筈。
向こうにシグマとヴァイオレットの二人が居る以上、こちらから先手は打てないからな。どうしても、向こうから仕掛けてくるのを待つしかない。
チートアイテムの数々を持っていると言うのに、情けない限りである。まあ、相手サイドにもチームアイテムがあるのだから仕方ないんだけども。
……来るべきXデーは6日後だ。
世間ではいくらなんでも早すぎると混乱しているらしいが、これはこちらがせっついたのだ。準備する期間は必要だけど、いくらなんでも何週間も待っていられない。
それに、あまり向こうサイドにも準備させる時間を与える訳にもいかない。
なんだけど……昨日やって来た新トラブルのせいで、やっぱりもうちょっと時間稼ぐべきだったかなぁと即後悔してしまったけどな。
「それで……生徒さん達はどうなったのかな?」
とりあえず今日新たに生まれたトラブルに対する対応は済んだので、昨日のトラブルの状況について聞く事にした。
『ルークによってかなりしごかれているみたいですね。半数以上は半泣きになっています』
「こうなったら徹底的にやれ! ……って言っちまったからな」
ルークはきちんと言いつけを守る男である。
さて、昨日やって来た6人……いや7人か。
突然現れて魔法を教えてくれと頼み込んできたわけだが、どうしてこうなったかと言うと、まず学生生活を送っている間にあの四人組はルークを発見していたらしい。同じアカデミーなんだから、その可能性もあったよね。
あれはあの時の子供じゃないのか?
いや、でもハンターの筈のあの子供が何故にアカデミーに……?
と、疑問に思いつつも離れた場所からルークを観察していたとの事だ。
そして、問題の昨日……。ルークがフィリア姫によって校舎裏に呼び出された瞬間も彼等は目撃していたのだ。それも、ルークの感知範囲外から。
これは、学生生活における決定的瞬間を目撃してしまうのでは―――!!
と、別の期待を胸に四人も校舎裏へと向かうと、違った意味で決定的瞬間を目撃してしまう。
「ル、ルーク君……いえ、ルーク先生! どうか、私を弟子にしてください!!」
まさかの弟子入り志願。
別の意味でとんでもない瞬間を見てしまった四人。これからどうするんだと思っていると、当の二人はアカデミーの玄関へと移動した際に……
「あれールーク何やってんの?」
「あ! フィルも一緒じゃん。身体大丈夫? 昨日から休んでいたから、心配していたんだよ!」
と、ラグオ君及びナティア嬢に遭遇してしまったのである。
パニックになったルークであるが、フィリア姫が自分はこれからアカデミー辞めてルークの弟子になる! と宣言。
そうしたら、だったら私もそうする! と、ナティア嬢が追従。
え、ええと……じゃあ僕も……。 と、ラグオも流されるように同意。
いいのかお前等それで!?
そして、今まで離れた場所から様子を見守っていた四人のうちのイーディスというリーダー格の少年もその場から飛び出し、同時にルークに頭を下げたのだ。
「た、頼む!! 俺にももっと魔法を教えてくれ!!」
『え? え? え? お兄さんってこないだ砂漠であった人? なんでここに居るの!?』
「な、なんですの貴方!? ちょっとルークさんどういう事ですの!?」
「イーディス馬鹿野郎! いきなり何をやってんだ!!」
「で、でも気持ちは分かる。アタシも、もっとこの人たちに魔法を習いたい!!」
「あたしもあたしもー!!」
他の三人も現れてカオスな状況となったが、状況を整理すると、どうにも砂漠で彼等と遭遇して以降、魔法の授業に何か物足りないものを感じていたらしい。
あの時アルカに少しの時間であるが魔法指南をしてもらったのだが、その指南内容というのがアカデミーの授業の三歩も四歩も先を進んだものであり、それを体験してからというもの、アカデミーの授業が何処か的外れに感じてしまっていたのだとか。
さすがに自分ひとりの判断では承諾しかねる事態になったので、リーダーである俺の判断を仰ぐ為に彼等を引き連れて町はずれへと向かおうとという事になったのだ。
そして、今に至る。
はっきり言って、弟子にしようっていうつもりはサラサラない。
ただ、この際使えるものは使う精神で、こいつ等には来るべきXデーの際の戦力になってもらう事にした。当人たちには、俺達がこの国に居る間だけ魔法を教えてやると伝えてある。
……まぁ、まさか一週間で促成栽培されるとは思っても居なかっただろうが。
「まあ、こうなったら俺達もしっかりやらないとな」
『ええ、特訓を再開しましょう』
学生達ばかりに辛い思いをさせる訳にも行くまい。
俺も暫定艦長として、しっかりと役割を果たさねば。
そして、時は過ぎ……いよいよ戴冠式の日……Xデーがやってきた。
いよいよルーベリー王国編のクライマックスです。半年とか、長すぎだ。
ちなみに、ケイ君はルミナの顔を確認していません。果たして、お互いにいつ気付くのか……。