106話 「ヴァイオレット」
「本当の敵はヤサル殿下ではなく、内務大臣のラルド……そして第二王妃のソラリア様であると思われます」
無事に王宮へと辿り着いた拙者達は、とりあえず会議室を借りて今後の作戦会議をすることになった。
集まったのは、セルジオ王子と護衛である拙者。そして、第一王子派と呼ばれる派閥の代表格の者達だ。
「やはりか。あの義母上ならばあり得ると思っていたが、よもやラルドまでもとは……」
「ヤツはいけ好かない男ではあったが、職務に関しては信用できる男だったのだがな」
「ああ、陛下もその点は信用していたし、今でも自らが動けない事はヤツに任せている。本来ならば即座に断罪してほしいものだぞ!」
「ソラリア王妃はラルドの妹……。つまりヤサル殿下はラルドの甥にあたる。自分と血を同じくする者が王位に近い場所に存在する事で、欲が出てしまったのでしょう」
「もしヤサル殿下が王位を継げば、王妃とラルドの操り人形になってしまう。それだけは何としてでも阻止しなくては……」
詳しい事情は分からないのでござるが、どうも現在の王妃と内務大臣とやらが諸悪の根源のようでござるな。
第二王子のヤサル殿下は、先程チラッとお会いしたのでござるが、到底王位簒奪を目論む程の知恵ある者には見えなかったでござる。
聞いた話によれば、王妃にかなり甘やかされて育ったらしく、まともに教育も受けていないのだとか。
そんな者が王となれば、完全に傀儡政権が誕生するだろう。
「陛下……父上は、相変わらず我関せず……ですか?」
「陛下としては、どちらに転んでも構わないのでしょう。自分の仕事は、次の世代に引き渡す事だとおっしゃられていました」
「あの人は……母上が亡くなられてからずっとそうです」
深い溜息と共にセルジオ王子が言葉を吐き出す。
主の記憶にもあったが、王族特有のドロッとした空気はこの国でも健在のようでござるな。実に面倒で関わりたくない。
「しかし、こうしてセルジオ殿下がご帰還なされたのだ。陛下が指名した通り、このまま殿下が王となるのは最早間違いありません」
派閥の一人が顔を綻ばせて言うと、残りの面々からも安堵の息が漏れていく。どうも、かなり宮中では肩身の狭い思いをしてきたらしい。まぁ、旗印たるセルジオ王子がこの国に居なかったのだから仕方ない。
「まあ、戴冠の日まで私に何も起こらなければ……の話だがな」
王子の事の言葉に、集まった者達から笑みは消え、再び淀んだ空気となる。まあ、実際に王になったとしても、問題を解決しないと日々暗殺の脅威に怯える事になるだろう。
「心配はいりません! 警護には、万全の体勢で臨みますので、殿下には傷一つ負わせません」
「あぁ、期待しているよ」
セルジオ殿下はにこやかに警護担当に微笑むも、そのすぐ後にこちらに向けてさらににっこりと微笑む。
どうも、自分の警護担当よりもこちらを信用しているという意味らしい。
ちなみに、今の拙者はミラージュコートの機能によって姿を消している。
この会議の場では特定の人間以外は入る事を許されていないのだ。だが、それでも万が一という事もあるので、こうして姿を消して護衛しているという事でござる。
『どうやら、その万が一の事態があったようですよ』
ふと、フェイ殿から連絡が入る。
『13時の方向。魔法によって姿と気配は消していますが、熱感知で発見しました。恐らく、あのシグマという男の片割れの女かと』
途端に緊張が走る。
シグマの片割れというと、あのヴァイオレットとかいう女の事だ。確か吸血鬼という事だが、よもやこの場で王子を襲うつもりか?
ならば、最悪主達をこの場に呼ばねばならないが……とりあえず、接触してみるとしよう。
戦うかどうかは、相手の返答次第だ。
フェイ殿にバイザーを通してヴァイオレットと思わしき人物を視認出来るようにしてもらい、恐る恐る近づいて行ってみる。
何でもさーもぐらふぃーとやらで体温を感知しているらしく、視界に映るものは赤と黄色と青のみである。それでも近づくと、身体の輪郭も詳しく分かるようになってきた。
うむ、確かに身体のラインや胸部のでっぱりは女のようでござるな。
そして、柱に寄りかかって退屈そうにしているのが分かって来た。
「失礼でござる。少し話でもよろしいか……レディ?」
「あん?」
当人は声を掛けられてきょとんとしていたが、やがてキョロキョロとあたりを見回し、拙者の居る方向を凝視する。どうも、向こうもこちらの姿は視認でき無い様子。
「……ひょっとして、見えてんの?」
とりあえずコクンと頷いておいた。
「……ひょっとして、レディってオレの事か?」
「む? なんならマドモアゼルの方が良かったでござるか? 拙者には違いがよく分かって無いのでござるが」
なんとなく、女性に紳士的に話しかけるのならばこの呼称が良いと主の知識にはあるのである。
『それはただ単に国による言葉が違うだけで、意味は同じですよ』
「なるほど、そうなのでござるか」
「いや、なんか一人で納得してんなよ。つーか、てめぇも姿が見えないな。でも、気配は感じるし……オレより腕が上なのだかよく分かんねぇな」
「いや、これは別に魔法による力で姿を隠している訳ではないでござるからな」
「はぁん、そうか。なら、おっさんと同じ機械の力って事ね。……んで?」
「んで……とは?」
「いや、てめぇ何者だ? こうして話しかけて来たって事は、喧嘩売っているって事でいいのか? ああん?」
何やらガンを飛ばしてきたので、慌てて弁明する。
「いやいや違うでござるよ。……いや、違う事もないのかな? とにかく、話をさせてもらいたいのでござる」
とりあえず両手上げて交戦の意思が無い事を示す。
「話だぁ?」
「最も、そちらが問答無用で攻撃してこない……と保証するならばでござるが」
「………まぁいいか。本当は、この会議の内容を聞いて教えろとか言われてたんだが、ぶっちゃけつまんねぇからな」
「そ、そうなのでござるか」
拙者達は共に会議室を抜け、宮殿の屋根の上に降り立った。
そして、互いに姿を現す。やはり、そこにはあの時シグマを連れて去って行った紫の髪の女が現れたのだった。
「あぁ、てめぇはこないだ会った耳長のやつか。……って事は、あのガキの仲間か」
「そうでござるな。自己紹介をした方がいいでござるか?」
「いや、特に興味はねぇよ。それで、やんのか? 別にいいぜオレは」
牙を露わにして殺気を出すヴァイオレット。ピリピリと肌が刺激されるが、ここで戦闘をしてもこちらが不利になるだけだ。
「やる気はないでござる。だから言ったでござろう。話があるだけだと」
「今更何を話すってんだ? オレ達は敵同士だろうに」
「現在の立場は敵かもしれぬが、それ以前に同じ異世界から来た同士ではござらんか?」
そういうと、ヴァイオレットの殺気は霧散し、再びどこかきょとんとした顔つきとなる。
「異世界……だと? てめぇもまさかこことは違う世界から来たって事か?」
肯定の意味で頷くと、次第にヴァイオレットの顔つきがにこやかなものとなっていく。今までのこちらを挑発するかのような笑みではなく、心からの笑い顔という印象だ。
「ワッハッハ! マジか! マジで他にもお仲間が居たってか。いやいや、なんかこういうのって嬉しいもんだなぁ、兄ちゃん!!」
ガハガハと豪快に笑い、拙者の背中をバンバンと叩く。スーツのおかげで痛みは無いが、むちゃくちゃ強いでござるな。
ともあれ、これでようやくきちんとした話が出来そうだ。
「そういった訳なので、情報交換でもしたいと思うのでござるが」
「ああ、そっちの話し合いなら構わねぇぜ。オレの方も聞きたい事はあるからな」
「了解でござる。あぁ、その前に拙者の主とも話をしてもらいたいのでござるが、構わないでござるか?」
「主? 主なんて奴がいるのか? オレは別に構わないぜ」
「それならばフェイ殿、連絡をとってもらえるでござるか?」
『仕方ありませんね。確かに姉さん達も聞いた方が良さそうです』
フェイ殿がピピピと現在アルドラゴに滞在している主と連絡を取る。
すると、即座に応答してくれた。
『どうしたゲイル! 何があった!?』
相変わらずの心配性である。とりあえず、簡単に説明して共にヴァイオレット殿の話を聞く事となった。
主からの音声は、携帯電話と呼ばれる小型の通信機を利用する事にする。
『……あ、どうも。チーム・アルドラゴのリーダー、レイジと申します』
幾分警戒しながらも主は名乗りを上げた。すると、ヴァイオレットは面白そうに拙者の持つ通信機を見る。
「ほう、てめぇがあのガキの親分のBランクハンターかよ。てめぇとやり合うのも楽しみだなぁ」
『ハハハ……まぁ、お手柔らかに』
『言っておきますが、ケ……じゃなかったレイに何かしたら許しませんよ』
どうも隣に居たらしいアルカ殿が口を挟む。
『……姉さん、口を挟まないでください』
『うるさいフェイ! こういうのは最初にガツンと言っておくべきなんです!』
『最初も何も、敵じゃないですか』
『……まぁ、今はね。で、そろそろ話を伺っても構わないですか?』
すると、ヴァイオレットは美女らしからぬ大口を開けて「ガハハハ」と豪華に笑う。
「そっちは随分と賑やかなんだなぁ。まぁ、オレはいいぜ。そっちの話も聞かせてくれるんだろ?」
『ええ勿論です。まず、貴方が俺達と同じ異世界から来た者だと聞きました。まず、いつこの世界に来たのですか?』
主が切り出すと、ヴァイオレットは少しだけ空を眺めると語り出す。
「ああ、オレは7年ぐらい前かな。元の世界で気ままに旅でもしていたら、目の前に黒い球みたいなもんが出現してな。興味本位に触ったら引き込まれて、気づいたらこの世界だったな」
『興味本位ですか』
「まぁ、最初こそ戸惑ったが、今ではそれなりに楽しくやってるぜ。そもそも、この世界だと追われる心配もねぇし」
『え……追われる?』
「貴女は犯罪者だったのでござるか?」
すると、少しだけヴァイオレットの目つきが鋭くなる。
「あん? 違ぇよ。元の世界では、ヤクト……つまりはオレ達みたいな人間の血を吸う種族は忌み嫌われる存在でな。人間に狩られて絶滅寸前の状況だったんだわ。全く、普通に居ているだけで別に悪い事はしてねぇつうのに」
「しかし血を吸い、仲間を作る事が出来るのでござろう?」
「仲間? 言っておくが、他の種族をオレと同じ吸血種にするなんて出来ねぇぞ」
『でもルークから聞いた話だと、オレの部下にしてやる……と言って噛みついたと聞いたんだけど……』
ヴァイオレットは「あん?」と言ってしばし宙を睨んでいたが、やがて合点がいったように頷く。
「……あぁ! あのガキとの戦いの事か! 確かに血を吸うというよりは、体内にオレの魔力を送り込んで一時的に操る事は出来る。つっても、消費魔力が馬鹿でかいから、めったにやらんがな。あのガキはなかなかの逸材だったから欲しかったのは事実だが」
なるほど、主の世界の知識にある吸血鬼とは少し違うようでござるな。どちらかと言えば、魔女とかそういう存在に近いのかもしれない。
『ちなみに、私達は血が流れている訳では無いですし、脳と呼ばれるものも無いので、彼女が言ったように操るという行為は無理ですね。……ゲイルさんやレイジさんなら可能だと思いますが』
フェイ殿からの注釈が入る。
なるほど。そうなれば、目の前の女性からの吸血行為とやらも気を付けなければなるまい。
「そんで、2…3年ぶらぶらして、この国に入った所でシグマのおっさんと会ったっけなぁ。オレは別にハンターとかギルドとかやるつもりは無かったからテキトーに暮らしていたんだが、ハンターの仕事でいきなりオレを討伐しに来たんだわ、あのおっさん」
『は……討伐?』
「あの頃は浮かれて、特に自重せずに人間から血とか吸いまくっていたからなぁ。なんか魔獣かなんかかと間違われたんだろ」
まあ、吸血鬼な訳だから別に間違ってもないでござろう。……口には出さないが。
主も似たような事を思ったのか『あはは』と渇いた笑いをする。
「んで、ガチでやり合ったんだが、あのおっさんめちゃくちゃ強いだろう。噛んで操ろうともしたんだけど、なんか身体が硬くて噛めねぇし。一晩中戦ったんだけど、結果的にジリ貧でギブアップだ」
……あのシグマと一晩戦い抜いたというのか。
その話が本当なら、この女性も相当な実力者だ。やはり二人同時に相手取るのは厳しいような気がしてきた。
その後、シグマに魔獣だという誤解を解き、討伐以来をした張本人を半殺しにして依頼を取り下げさせた。勿論、迷惑料を思い切りふんだくって。
「んで、次におっさんの事が気になった訳よ」
『シグマ……あのサイボーグの男の事が?』
「ああ。元の世界でもこの世界でも色んなものを見てきたが、おっさんの武器と力はどう考えてもこの世界の常識から外れ過ぎていただろ」
『まぁ、そう……ですね』
拙者達も似たような物なのでござるが、今は肯定しておいたようでこざるな。
「聞いてみたらこことは違う世界から来たっていう話じゃんか。同じ境遇のヤツが居たのか!って嬉しくなっちまってな。以後はそのまま同行させてもらってるのさ。まぁ、オレに勝つような力の持ち主じゃん? そいつとコンビ組んだら最強じゃねって思ったのがきっかけだ」
吸血鬼とサイボーグ。どういった経緯で組む事になったのかと思っていたら、思っていた以上に単純だった。まぁ、そんなものかもしれない。
後は拙者達が聞いた事とほとんど変わらない。ハンターを一人殺した事で謹慎処分を受けたが、別にハンターである事に誇りも何もなかったので、そのまま普通に魔獣を狩って過ごしていたら、闇ギルドからお誘いを受けた……という事だ。
「こっちの話は終わりだぜ。そんじゃ、今度はそっちの話をしてもらおうか」
という事でヴァイオレットさんとの話し合い回。
ヴァイオレットさんの種族名であるヤクトですが、現在公開している作品の一つである「イレギュラーズサイド」に登場する吸血鬼の総称です。似たような世界から来た人というだけで、ストーリー的な繋がりはありません。




