104話 反撃開始
ぞろぞろと現れたエメルディア王国でそこそこ親しくなったハンター達が、ルーベリー王国のギルドマスター執務室でギャーギャーと騒ぎだした。
「何よこれ! 一体どうなってんの!?」
「あう……世界が……世界が回って見える。これが次元を飛び越えるという行為か」
「ようレイジ! とりあえず助っ人に来たぜ」
「ここがルーベリーか! 暑いが、俺自身も熱く高まっている! さぁ、何をすればいい!」
「せ、先生! 良かった。もう二度と会えないかと……。くそ、邪魔だぞジェイド! 先生に抱きつけないではないか!!」
「……やはり帰っていいか?」
「お前等うるせぇぇぇぇ!!!」
カオスの状況の中、いい加減ぶち切れた俺が怒鳴ると、場は一気にシーンとなった。
何これ。
俺ってそんなに声でかかった?
まぁとにかく、俺はキッとアルカを睨む。皆が何故か俺と目を合わせないようにしているにも関わらず、平常運転で活動中のアルカである。とりあえず、こうなったいきさつの説明を要求した。
『元々はブローガさんがセージさんの護衛となった場面に遭遇したので、せっかくですからルーベリーまで一緒に来ていただこうと思ったのです。そうしましたら、どうせなら連れて行きたい奴等が居る……とおっしゃいましたので、彼らも共に連れてきました』
まぁブローガさんだけなら、俺らの事情も把握しているし、何より強いし頼りになるからいいんだけど……。他は正直余計なんだよな。
『いえ、この国において我々は圧倒的にアウェーですから、戦力は多い方が良いと判断したのです』
ええ、確かにそれも正論でございますよ。
俺達四人しか居ないわけだから、どうしても出来る事に限りがあるし。
……でもなぁ。
「とりあえず……ミカ、ジェイド、あとドルグ……さん」
「は、はいっ!」
「おうっ!」
「………」
俺が名前を呼ぶと、二人がやや緊張した面持ちで、ドルグは無表情でこちらを向く。
「君達は帰って下さい」
「「えええ!!?」」
「………」
二人は呆気にとられていたが、やがて口々に騒ぎ出した。
「おいおい、ふざけんな! せっかくはるばるルーベリーまでやってきたんだぜ!」
「そ、そうだ先生! 先生と別れてから一月あまり……セージとドルグもあまりハンター活動をしなくなってしまったので、仕方なくこのヤンキー男と共にハンターをしていたのだぞ! あぁ仕方なく!!」
「俺だって、ユウとヤンの二人が実力の無さを実感した……とか言って地元に帰っちまったから、仕方なくこのイノシシ女と一緒にやってるんだぜ! あぁ仕方なく!!」
「貴様! 誰がイノシシ女だ! 誰が!!」
「うるせぇ! てめぇこそ誰がヤンキーだこの野郎! てめぇと行動するようになってから、変に誤解されてんだぞ! モニカなんて「お似合いね……良かったじゃない!」とか訳わかんない励ましされたし!!」
「心配するな! 私はお前なんぞ眼中にない!!」
「お、俺だって……ねぇよ!!」
「おい、なんかどもったぞ。……って事はマジか?」
「ブローガさん、茶々入れないでください!」
「何回も言うが、私はお前なぞ一切何とも思ってないからな」
「念押すな! だから俺も無いって言っているだろうが!!」
「だから私も―――」
「お前等うるせぇぇぇぇ!!!」
俺が再び怒鳴ると、場が再びシーンとなる。……あれほど騒がしかったのに。
俺って、いつの間にか背中におっかない魔獣でも召喚出来るようになったのだろうか?
まぁ、今はそれは放っておいて、ちゃんとした説明をするとしよう。
こちらだって、意地悪で帰ってくれと言ったわけでは無い。いくら人が増えてもどうにもならない事だってあるのである。
「だってお前ら、Bランクになってないだろ。他国で活動できるのは、Bランクのハンターか、そのチームのハンターに限られるんじゃなかったのか?」
「「あ」」
二人は今気づいたかのように顔を見合わせる。
「じ、じゃあ、お前達のチームに入れてくれよ! 今だけ! 今だけでいいから!!」
「わ、私は今だけと言わずにずっと……」
すると、今まで状況が掴めずに黙ったままだったアグヴェリオ氏が口を開く。
「へぇ……ギルドマスターの目の前で堂々とルール違反を口にするなんて、良い度胸じゃないの」
その言葉にギクッと身体を震わせ、青ざめた顔でアグヴェリオ氏を振り返る二人。
「ギ、ギルドマスターって……マジっすか?」
「ええ、マジよん♪」
うむ。基本的にチーム間の移動にはそれなりの手続きが必要だ。普通の依頼のように合同で活動するのならともかく、今回のように他国での活動となるとどうしてもルールというものが必要となる。
「ちなみに俺は今は一人で活動しているから、俺のチーム下に入るという手は使えないぞ」
言われる前にと、ブローガさんが釘をさす。
どうも、今のジェイドはブローガチームからは卒業したらしいな。……なんというタイミングの悪さ。そもそも、じゃあなんでブローガさんはこの二人連れてきたんだって話なんだが。
そう思っていたら、今まで黙ったままだった最後の一人、ドルグが口を開く。
「ならばワシはここまでじゃ。セージ、お前とは色々あったが、ここまでじゃな」
それだけ言って背を向け、今まで開いたままだった空間の穴に向かって歩を進める。
だが、その背に向かってセージが慌てた声を出す。
「待ってくれドルグさん!! ……いや、先生!!」
その言葉にドルグは足を止め、振り返った。
「ほう、その呼び名は久しぶりじゃのう……坊主」
「ここでお別れなんて嫌です。僕はまだ貴方に……貴方とレジーナさんに何も恩が返せていない!」
「ふん。あの時気まぐれで助けたガキが立派に育った。……それだけで十分な恩返しじゃ。レジーナもそう言うじゃろうよ」
「そんな! 僕がこうして生きてこられたのは、お二人のおかげです!」
そんな言葉の応酬が続いた。事情がさっぱり分からないので、言葉の意味はなんとなくでしか分からない。
そういや、ふと思い出したことがある。セージがかつて言っていた殺されかけた所を通りかかったハンターに助けられたのだという話だった。
と言う事は……なんとなく分かった範囲で推理すると、その助けてくれたハンターと言うのは……
「ドルグさんが、昔暗殺されかけた所を助けたっていうハンターだったのか」
二人の会話に首を傾げていた者達(主にジェイドとミカ)の視線が俺に向く。
俺の言葉に、セージはコクンと頷いた。
「正確には、先生とレジーナ……先生の奥さんがね」
「何!? ドルグ……お前結婚していたのか!?」
驚いたのは、同じチームで活動していたミカである。どうも、知らなかったみたいだな。
まあ、プライベートの付き合いは無いとか前に言っていたもんな。
「ああ、レジーナさんは僕の魔法の先生でもあるんだ」
「……言っておくが、コイツは先生と言っとるが、ワシはほとんど何も教えておらん」
「先生とは体格が違い過ぎて、基本的な戦法しか習えなかったからね」
セージは昔を思い出す様に笑みを浮かべたが、やがて沈んだ表情となった。
「でも、レジーナさんは2年前……」
「言うな。ハンターとして生きている以上、覚悟があってのことだ」
その口ぶりから察するに、他界したという事か。魔獣に殺されたか事故かは不明だが、ここは追及する場面では無いだろう。
ここで一旦執務室内を沈黙が支配した。
一分ほどが経過した後、アグヴェリオ氏が口を開く。
「それで、三人ともどうするの? さっきも言ったけど、Bランク以上じゃないと他国での活動は無理よ」
その言葉にミカとジェイドは顔を見合わせ、オロオロとこちらを見る。
いや、そんな目で見られても俺はどうしようもないんだけどね。
そんな中、助け舟を出したのはセージだった。
「その件なのですが、えーと……」
「アグヴェリオよ。セルジオ殿下」
「ではマスター・アグヴェリオ。彼等はハンターとしてではなく、直属の護衛として僕が雇う……というのはどうでしょうか?」
セージの言葉に、アグヴェリオ氏はポンと手を叩く。
「……ああ、そういう手もあるわね。最も、ギルドを通していないから、ランクに関して功績も認められないし、何か問題があってもこちらは何もできないわよ。それでも構わないの?」
今のは二人……いや三人に向けた質問か。
ミカとジェイドはもう一度顔を見合わせ、やがて頷いた。
「そ、それで頼みます!」
「う、うむ!」
「……仕方ないのぅ」
ともあれ、これでランクに関する問題は無くなったのか。
まぁいい。こうなったら巻き込んでしまえ。
「分かったよ。そいつらに関しては、セージが責任もって面倒見てくれ」
「ああ分かっている。僕も味方が増えるのは嬉しい限りだ」
まぁセージに関しては、国内で信頼できる味方を探す所から始めないといけないからな。心を許せる存在が近くにいれば安心だろう。
「……で、そろそろいいかしら?」
話が一段落したところで、アグヴェリオ氏が断りを入れる。
「なんでしょうか?」
「これは一体どういう事なのかしらっ!? いい加減説明してちょうだいっ!!」
バンバンと机を叩いてヒステリックに騒ぎ立てる。
……あぁ、ギルドマスターにまだ説明してなかったっけ。
俺は、ここに集まった面々にこれから俺がこの国でしようとしている事について簡単に説明したのだった。
……当然、全員唖然とした顔つきとなったし、反対意見もあったりもした。
だが、今は聞く耳持たないです。
何故なら、この国でするべき事はもう決めたのだ。
今まではただ巻き込まれるだけだったが、こうなったらもう遠慮なんてするものか。
欲しいもの……奪われた物を取り返すために、今度はこちらから攻めてやるんだ。
◆◆◆
「あぁ……本当にルーベリーに帰って来たんだな」
ギルドを出たセージは、外に広がる光景を見て、感慨深げに呟いた。
「確か、3年ぶりだっけか」
セージにしてみれば、故郷である。いくら隣の国と言っても、ここまで環境が違ったら、感動も相当なもんだろう。
俺ももし元の世界に帰れたら―――って、駄目だ駄目だ。マジで考えるとホームシックになる。今は考えないようにしよう。
「それで……僕は王宮に戻って王位に就く準備をすればいいんだね」
「ああ、それで構わない」
「まぁ、予定が前倒しになっただけだから、別に良いんだけどね……」
それでも、その後に小さく「段取りが滅茶苦茶だよぅ……」と愚痴をこぼしたが。
……うん、それについてはごめん。
「護衛にゲイルをつける。ブローガさん達も居るし、大抵の事はなんとかなるだろう」
なんとかならないのは、あのシグマ達が出て来た時だけだが、その際は俺も含めて全員で駆けつける事になっている。
……そもそも、奴等と再び対峙する事が目的なのだが、今度はそう簡単にいかない事は理解している。俺達という存在が露呈した以上、向こうも慎重になるはずだ。
「ゲイルというのは、その彼の事だよね。……君やアルカさんはどうするんだい?」
「そうだ! 先生は一緒に来ないのか!?」
セージとミカが疑問を口にする。
「俺とアルカはちょっとやる事があるからな」
と答えたのだが、何故か二人ともすごい勢いで食いついてきた。
「二人で!? 二人でだって!?」
「何を!? 二人で何をするというのだ!?」
うん。まぁ俺も一緒に行動した方が良いんだろうけど、こっちにも色々とやる事があるんじゃ。
というか、鼻息荒く突っかかって来るのでちょっとイラッとしたぞ。
俺は二人を無視し、ゲイルに話しかける。
「と言う事で、後の事はよろしく頼むぞ」
そう言うと、ゲイルはニコリと笑っていつの間にか身に着けていた眼鏡をくいっと上げる。
「ええ、こちらは“フェイ殿”も一緒でござるから、心配はいらぬでござる。後は任されよ」
比喩では無く、物理的にメガネのレンズがキラリと光る。
どうやら、あちらも任しとけ……と言っているらしいな。
……あの眼鏡、実は俺が以前に普段着姿で徘徊する際に着用していた、簡易型ヘッドマウントディスプレイなのだ。
今のフェイは意識データとなって移動用端末……バイザー型ゴーグルの中に収納されている。でも、初期の俺のようにバイザーを下げたまま街を歩いたり、他の誰かと会話すると言うのはなかなかに厳しい。よって、新たに開発したのがあの眼鏡だ。つまり、あの眼鏡のレンズがバイザーのモニターの役割をしていて、着用していればフェイとの会話が可能という仕組みだ。
フェイが一緒なのであれば、ゲイルも無茶な行動はしないだろう。
不安が無い訳ではないが、ひとまずは大丈夫だ。
「よし、じゃあ次。ルークは学校に戻りなさい」
『えー? やっぱり通わなくちゃ駄目?』
「今日はお姫様も休んでいるみたいだが、せっかく友達も出来たんだろ? ちゃんと交流は深めないとダメだぞ」
ちなみにフィリア姫は、昨日襲撃があったという事で、大事を取って休みという事になっている。最も、その記憶自体は消しているので、本人からしたら訳も分からず自宅待機と言わされて不服な態度であろう。
ただフィリア姫に関しては、セージが国に帰ってきてしまったので、これから色々と問題が振りかかる事になるんだろうな。
予定を前倒しにさせてしまって、申し訳ないとは思っている。可能な限り、少しでも長く学生生活が送れればいいのだが。
『……なんか、遅刻して学校に行くって嫌な気分だね』
気持ちはわかるぞ。俺も、何回か病気や通院だったりで遅刻して行った事があるが、なんか奇妙な気分だった。悪い事している訳じゃないけど、なんか気まずい雰囲気なんだよね。……仕方ないんだけど。
最後は残る一人へ指示だ。俺は隣に立つアルカへと視線を向ける。
「よしアルカ! 俺達は一度アルドラゴへ帰還だ」
『はい! 久しぶりのアレですね!!』
考えてみれば、二人で行動すると言うのもかなり久々である。
初心に帰る意味も込めて、気を引き締めるとしよう。
さぁ、ここからはこちらのターンだ。
もう後手には回らない。
シグマ……ヴァイオレットよ! 必ずお前達に奪い取られた物を取り返してやる!!
色々あって随分と間が空いてしまいましたー。大変申し訳ありません。
連休中にある程度書き溜められたら……と思っております。




