102話 叱咤役
「……吸血鬼でござるか」
ルークの話を聞いたゲイルは、渋い顔と共に眉間に皺を寄せて呻いた。
『ゲイルにーちゃん知っているの?』
「無論、主の世界の創作物としての吸血鬼は知っているでござる。しかし、実在するとなると……感想が難しいでござるな」
『こちらの世界にも吸血鬼と呼ばれる存在は確認できていないようです。となると、彼女もまたシグマと同様に異世界からの来訪者という事になりますね』
『人間……AI……エルフ……サイボーグ……吸血鬼……かぁ。改めて考えると凄い面子だね』
「確かに、こうなってくると他にどのような種族が現れても不思議ではないでござるな」
そう言った所でゲイルは何かに気づいたように首を振る。
「……いやいや、そもそも吸血鬼とは太陽の光が苦手ではござらなかったか?
かの女は陽の光の下で堂々と動いていたでござる。これはどういう事でござろう」
『吸血鬼とは言え、全てがケイの世界の伝承の通りとは行かないでしょう。ケイの世界でも、伝承によっては弱点となる要素も異なるようです』
有名なのは、太陽の光、十字架、ニンニク、銀がいわゆる弱点となるものだ。
他には聖水だったり、祈りの歌、流れる水……結構な数の弱点の存在が確認できる。最も、創作物によって弱点は様々であり、いくつかの弱点を克服している吸血鬼も存在している。
あのヴァイオレットという女もそんな吸血鬼なのだろう。
だが、今確認されている能力は、やはり噛みついた事で仲間を増やす事が出来る……ぐらいなものである。ただし、これもルークの場合は不発であり、実際に眷属が増えた場面を見たわけでは無い。
という事は、ほぼ不明という事である。未知の敵を相手するのと、なんら変わりは無い。
そこで全員ふぅ……と一息つく。
「さて、いちクルーとしては、そろそろ艦長の指示を仰ぎたいところなのでござるが……」
『弱りましたね』
『……どうしよう』
シグマ達との戦いの敗退から、既に丸一日が経過しようとしていた。
あの戦いの後、ケイ、アルカ、ゲイルの三人は急いでフェイを抱えてルークの元へ直行。突然の事態に当然慌てるルークは慌てふためく。三人は急いで説明をして、アルカとルークの共鳴魔法により発動したゲートの魔法で、無事にアルドラゴへと帰還したのだ。
その際に、フィリア姫含む一般人三人より、例の吸血鬼女の襲来以降の記憶を消す事も忘れない。いや、ケイ自身は忘れていたのだが、ゲイルの指摘によって急いで記憶を消したのだ。
またルークも同行すると申し出たのだが、またフィリア姫の襲撃が行われるかもしれないという危惧から、ルークには実地試験の継続を命じた。その後のルークは、フェイの事が気になって、試験どころでは無かっただろうと思われる。
「ここは副艦長としてアルカ殿が言うのが一番かと」
『わ、私が副艦長だったのですか!? そ、それよりも、参謀としてゲイルが言うのが相応しいのではないでしょうか』
「せ、拙者が参謀だったのでござるか!? いや、やはり一番付き合いの長いアルカ殿が……」
「いえ、ここはむしろ付き合いの短いゲイルこそが……」
と、誰がケイをいい加減叱咤するべきかで揉めていた。
二人とも、ここで下手にケイとの関係がこじれて、後々面倒な目に遭うのが嫌なのである。……何せ、このルーベリーに来る前にアルカとの事件があったから余計にそう考えてしまう。
であるから、背中を押すならまだしも、尻を蹴っ飛ばして無理に先を歩かせるというのはなかなか勇気のいる行為であった。
◆◆◆
……ハッ!
薄ぼんやりとしていた意識が覚醒する。
目の前には、やはり医療カプセルに入ったまま意識の戻らないフェイの姿。
……どうも、いつの間にか眠っていたらしい。
いかんなぁ。
いい加減シャキッとしなければ。しょんぼりしていた所でフェイの意識が戻る筈も無い。
だが、だからと言って早々に頭が切り替えられるほど、俺の心は簡単には出来ていない。……面倒な事であるが。
とりあえず、アルカやゲイル達と相談して、後々の事を相談しなくては……。
ついでに、艦長の立場もゲイルにでも引き受けてもらおうか。……その方が楽でいいしな。
そう思って立ち上がろうとしたのだが、ふとカプセルの横に置いてあった移動用端末ゴーグル……バイザーの通信ランプがチカチカと点滅している事に気づいた。
通信?
アルドラゴの中に居るのだから、通信なんか必要ないだろう。必要であれば、艦内放送で呼び出す事も出来るし、直にこちらに来ればそのまま話も出来る。
俺は不思議に思いつつもゴーグルを装備し、バイザーを下す。
すると―――
『遅い!!』
―――怒られた。
しかも、音声では無く久しぶりのバイザーに表示される文字による言葉である。
「え……? え……あ、あの……ごめんなさい」
とりあえず謝っておく。
アルカかルークか分からないが、なんでまたこんなややこしい通信方法を……?
と思っていると、バイザー内の人物はひたすらにまくしたてた。
『こっちはずーっと呼びかけていたというのに、気付くまで22時間36分54秒ってどういう事ですか!? せめて姉さんかゲイルさんでも気づいてくれればいいのに、誰もこの部屋を訪れないとかどうなってんですか!? どんだけ気を使われてんですか貴方! というか、甘やかされ過ぎです!! もっと早く尻を蹴っ飛ばして、シャキッとせんかいこの愚図野郎! とか言えばいいのに誰も何も言わないってどういう事ですか!! いくら温厚な私でも、堪忍袋の緒が切れますよ!! つーか、貴方もいつまで私の寝姿を見てんですか! しかも寝落ちするし! 大体、私と貴方にそこまでの付き合いは無かった筈ですし、そこまで落ち込まれる要素が―――』
く、口を挟む余地が無い。
言ってらっしゃる内容は、なんとなく分かります。要は、速く通信に気づけ……いつまでこんな所でうじうじしているんだ……とおっしゃっているのだろう。
ただ、おや? と思う部分がある。
これでは、この話している相手というのは、まさか……まさかとは思うんだけど……
「あ、あの……ひょっとしてフェイ……さんですか?」
『―――と言って……って、え? ああ、はい。私は皆さんがフェイと呼ぶ存在ではありますね』
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
『あ、こら! バイザーを放り投げ―――』
俺は絶叫して頭に付けていたバイザーを咄嗟に放り投げていた。
……いや、なんでこんな行動をとったのか、俺もよく覚えてないす。
今は反省しています。
ともあれ、新事実発覚。
フェイさん生きていました。
◆◆◆
『……落ち着きましたか?』
「ごめんなさい。なんとか現状を理解しました」
約5分後、俺は恐る恐るバイザーを拾い、再び頭に装着してみる。
とりあえず、文字だけで判別は出来ないが、漂ってくる空気から相当怒ってらっしゃる事は理解できます。だが、またいきなり怒鳴りつけてくる事は無いみたい。さすが、冷静な妹さんである。
「それで……幽霊という訳ではないのですよね」
『あくまで意識データのみですが、確かに私は存在していますよ。まあ、肉体は無いので幽霊と言えば幽霊なのかもしれませんか』
あぁ、なんか話し方は初期のアルカに似ているなぁ。
何はともあれ無事に生存している事は判明した。これは嬉しい! とんでもなくハッピーなニュースである。
とは言え、彼女には色々聞かねばなるまいて。
「なんでまたこんな所に? というか、無事なら早く言ってくれればアルカ達も安心したのに」
フェイが目の前の状態となった時の、アルカ、ルーク、ゲイルの顔はまじまじと思い出せる。絶望、怒り、悲哀が織り交じった複雑な顔をしていた。
そんな顔にさせてしまった原因が自分であるから、余計に彼等と合わす顔が無かったと言う理由もある。
『そうですね。まず、昨日……シグマ氏の一撃を受け、確かに機能の維持が出来なくなるほどのダメージを受けました。あのまま時間が経てば、私の意識は確かに消失していたでしょう』
「ああ、やっぱり……」
アルカ達も実体化したまま、通常であれば死に至る程のダメージを受けた場合、そのまま死に至るという仮説を立てていたが、やはりその可能性は高いようだ。
ますますあいつ等に危険な事はさせられなくなったな。
『ですから私は急いで意識データを最も手近にあった移動端末へと移したのです。それが、貴方のバイザーです』
「って事は、もしあの時俺が傍に居なかったら……」
『そのまま意識データが消失していたでしょうね』
お、おっかねぇ。マジでラッキーなだけだったんすね。
「でも、なんですぐに言ってくれなかったの? そうしたら……」
『言いたいのは山々でしたが、私の意識が覚醒したのが、しばらく経ってからの事だったものでして』
「む? それって原因とかあるの?」
『原因は……不確定ですが、完全に意識データを移動できなかったせいでしょうか。……そうですね。この移動用端末に移す事が出来たのは、大体6割程です』
「え? じゃあ、残りは……」
『1割程はまだ身体の方に残ったままです。そして、残す3割ですが……あのシグマという男に持って行かれました』
「………………は?」
持って行かれた?
意味が分からずに俺は首を傾げる。
『そうですね。その説明をするために、いい加減姉さん達にも私の現状を説明しましょう』
「そ、そうだった!!」
自分が驚くのに精一杯で、最も安否を知りたがっている者達に伝える事を忘れていた。
俺は大急ぎで残りのクルーが集まっていると思われるブリッジを目指して部屋を飛び出す。
◆◆◆
ブリッジへと飛び込んだ俺は、目を丸くしている三人に急いでフェイの現状を説明。
三人とも意味が分からずにポカンとしていたようだが、全員バイザーを取り付けてフェイの言葉を直接聞くと、ようやくはっきりとフェイの無事を認識したようだ。
『うわーん! 無事で良かったよぉフェイ―!!!』
まず、アルカが噴水のように涙を上向きに流して号泣する。するとそれを羨ましそうにルークが見ている。
『ぼ、僕も泣ける機能があったら泣きたい!!』
『泣ける機能と言っても、姉さんの場合は能力を利用して泣いているように見せかけているだけですからね。本当に泣いている訳では無いですよ。そもそも我々に人間のように涙を流す機能はありません』
『いいんです! こういうのは形が大事なんです!! あぅぅ、今の貴女に肉体が無いのが残念です。出来る事ならギューッとしたかった』
『止めて下さい。恥ずかしい』
『僕も僕も!』
『止めなさい。余計に恥ずかしい!』
と、三姉弟のほのぼのした会話を聞いた後、やっとこさゲイルが割り込んだ。
「それにしても、ご無事でなによりでござるフェイ殿」
『こちらこそ、ご心配をおかけしました』
と、どこか余所余所しい会話を交わす二人。
アンタらも関係性が微妙だよね。距離が近いんだか遠いんだかよく分からない。とりあえず、フェイがはっきりと生きていると知った時のゲイルの顔は忘れん。……涙ぐんでいたし。
「それでフェイ。さっきも言っていたが、意識データの一部をシグマに持って行かれたっていうのはどういう事なんだ?」
感激の再会が一段落したところで、俺は改めて尋ねてみた。
すると、ゲイルも同調してあの時の状況を再確認する。
「持って行かれた……でござるか。あの時の様子はよく覚えているでござる。シグマが掌に出現させた黒い球によって、フェイ殿の身体が消し飛ばされたのでござったな。それが持って行かれた……とは、どういう事でござる?」
その問いに、フェイは答えた。
『直にあの攻撃を受けてみて理解できたのですが、あの攻撃は消す……のではなく、あれに触れた物を吸い込んでしまう……という現象が正しいようですね』
「吸い込む?」
『私の身体も、失われた部分は文字通り吸い取られてしまったと言う事です』
フェイは、アルカ達のように魔晶に意識を移して活動していた訳では無い。言うなれば、あの金属の肉体そのものが魔晶の代わりのようなものだったという事だ。身体を動かす際は、人間の身体を参考にして、頭部に意識データを収納していたようなのだが、持って行かれたのは、ちょうど体の左上半分。人間と違い、内臓がある訳ではないが、意識データが収められた頭部の一部を持って行かれたのは痛手だった。
咄嗟に意識データを外部へと移そうとしたが、既に3割程のデータが奪われた後だった。
また、破壊されたわけでは無く奪われたのだから、肉体の再生も出来ない状況らしい。
『『「「………」」』』
吸い取られた……それは考えてもいなかった。
あの黒い球はとんでもない破壊力を持っていて、それによってフェイの身体は破壊されたものだとばかり思っていた。
「じゃあ、アレはブラックホールみたいなもんって事か」
――――――ん?
触れた物を吸い込む黒い球?
なーんかその単語に心当たりがあるような無いような……。
『しかも、防御力は無効。正に触れただけで命取りになるという事です』
「確かに、あの超振動武器とやらを防いでいたフェイ殿の身体がいとも簡単に消し飛んだ……いや、吸い込まれてしまったのでござるから、いくら装備で固めようとも無駄のようでござるな」
『ですが、アレを使った後は例の加速する能力も使わずに、運動能力だけでゲイルの矢を躱しているようでした。アレを使用した後は機能の一部が制限される等のデメリットがあるのかもしれません。……あくまで予測ですが』
おっと会話は続いている。
確かに、今はこちらに集中した方がよさそうだな。
「でもさ、意識データの3割を取られたって事だけど、こうして会話が出来ている以上、何か問題とかあるの?」
『あります! まず、思考能力計算能力が格段に落ちます! つまり、普段よりも頭が悪くなっているという事です!!』
「そ、そうなんだ。ごめんね」
何気なく言ったら、キッ! となって詰め寄られた。
こうして喋っていると違いが分かんないけど、本人が言っているんならそうなんだろう。
アレかな。アルカが実体化すると天然成分が高くなるのは、そういった事が原因だったりするんだろうか。……可能性はあるな。
『また、これが一番の問題なのですが、記憶データに欠損があります。恐らく、奪われたデータの中に記憶データの一部が含まれているのではないかと』
「それは……問題あるの?」
『あります!』
文字ではあるが強い口調でフェイは宣言する。
そして、次の言葉に俺は今後どうやって動くべきか……それを定める事となる。
『……失われた記憶データの中には、今の私が主と呼んでいる存在についてのデータがあるようなのです』
という事で、フェイ生存発覚。
微妙だった彼女の立場は、この章にて明確になる予定でいます。……敵、味方どちらになるかは言えませんけどね。
まだ一週に一度ペースで申し訳ないです。
ようやく二日連続で休めるようになりましたし、気温もだいぶ暖かくなったので、少しずつペースを取り戻していきたいです。