98話 「シグマ」
「とは言え、仕事を手伝うと言ったものの、どうやって探せば良いのか見当もつかないでござる。あれでござるか? 酒場にでも出向いて、怪しい人物の情報でも仕入れれば良いので―――」
民家の屋根の上において、あーだこーだと異世界人を探す手段を協議していたゲイルの元へ、ピピピとアルカからの通信が入った。
今や携帯電話の代わりになっているゴーグルを取り出し、装着してバイザーを下す。ゲイルはケイのように普段からゴーグルを身に着けていないので、こういった手間がかかるのである。
「ちょうど良かったアルカ殿。今、ここに―――」
『ゲイル、時間がありません! ケイの所に強敵が現れました。早急に援護を要請します!』
フェイの事を報告しようと思ったら、切羽詰まったアルカの声が飛び込んできた。
なんだろう。いきなり理解しがたいワードがあったせいか、内容が頭に入らない。
「ちょっと待つでござる。強敵……でござるか? 主とアルカ殿が一緒に居て敵わない……という事でござるか?」
ゲイルは言葉にしながら必死に頭を整理した。
彼もアルドラゴの一員である。当然ながらケイの実力もアルカの能力も把握している。対人戦においては、精神面の不安はあるものの、滅多な事では後れを取るものではあるまい。
『そうです! ですから早く来てください! ケイがとにかく凄くピンチなのです!!』
『姉さん、失礼します』
かなりテンパっている様子のアルカの通信に、フェイが割り込む。
『―――へ? ええええ!? な、なんでフェイがそこに居るんですか!?』
『いいですから、まずは落ち着いてください。というか、AIなのに焦るって、またバグってるんですか』
『そ……そ、そうですね。少々バグってました。すーはー……ありがとうございます。―――って、落ち着いている場合でもないんです! ケイが、ケイが大変なんです!!』
『それは分かりましたから。その敵の情報を下さい。場合によっては、私も手を貸します』
『―――え? フェイが……ですか?』
『ホラホラ、時間が無いのでしょう。さっさとする』
『……分かりました。敵の姿の映像を送ります』
『では、失礼しますね』
姉妹の会話が終わると、フェイはゲイルの了解も取らずに意識をバイザーへと移す。これで、送られたデータをフェイも見る事が出来る。
バイザー内のモニターに映し出されたのは、紺色のコートを着込んだ謎の人物だった。
ケイやアルカは様々な攻撃を繰り出すのだが、その全てが当たらない。そして、その反撃はとてつもなく速く、重い。今はスーツの力によってなんとか耐えられるが、もしパワーが尽きてしまえば……。
『どうやら、探し人が見つかったようですね』
予想通りと言ったフェイの物言い。それに対してゲイルはやや冷たい声で答える。
「もしや、これも計画の内でござるか?」
『いいえ、少なくとも私の計画ではありませんね』
なるほど、主とやらがそれを見越した上でフェイをこの街へと寄越したという訳か。
まったくもって腹の立つことだ。
『姉さん、今回ばかりは私も手を貸します』
『ほ、本当ですか!?』
『ですので、急いでそちらの座標を提示してください』
『了解しました。本当に急いでください!!』
すると、モニターにマップが表示され、現在位置と目標位置が示される。
それを確認したフェイは再び実体化し、その姿を銀狼へと変えた。
『私が走った方が速いです。背中に乗って下さい』
背を屈め、乗るように示す。ゲイルは少しの間逡巡していたようだが、やがて不服そうにその背へと跨る。
「淑女の背中に物理的に乗るなど甚だ失礼で申し訳ないのでござるが……この場合致し方なしか」
『そんな事いちいち気にしないでください、めんどくさい』
「ぐっ! めんどくさいでござるか」
『いいから、飛ばしますからしっかりと掴まっていてください!』
「りょ、了解した」
恐る恐ると言った感じでゲイルは銀狼の背へと跨り、言われた通りに掴まろう……としたのだが、馬等と違って手綱のようなものは無い。一体何処に手を置けというのだろうか。
『そんなもの、首か腹にでも手を回せばいいでしょう』
「な! 跨った上にそこまでしなければならないのでごさるか!?」
『じ・か・んが無いんです! ほら、さっさとする!!!』
マジで怒られ、かなりガックリした様子でゲイル銀狼の首へと手を回す。
そして、見た目は少々かっこ悪いながらも、銀狼は凄まじいスピードでマイア市街を駆け抜け、信じられない跳躍力でもって外壁から飛び出したのであった。
それを見た市民は少なからず居たのだが、誰も自分が見たものが現実とは信じられなかったのであった。よって、大した騒ぎにもならなかったのである。
◆◆◆
さて、あれから持てる限りの武装を試してみた。
ファイヤーブラストで焼き払ってみたり、フックショットのワイヤーで捕まえようとしてみたり、新アイテムのバリアビットで封じ込めてみようとしたりもした。
……その全てが通じなかった。
アルカも実体化して、二人がかりで挑んでみたのだが、やはり攻撃は通じない。
アルカのガトリングレインによる銃弾の乱射にも、冷気魔法による凍結戦法にも、果ては水脈を利用した水流で押し流す戦法も全く通じない。
いや、通じないというよりは、当たったように見えないのだ。最初にアイツを殴った時のように手応えみたいなものを感じなく、全て避けられている……という印象が強い。
なんだけど、その避けているという瞬間が見えないのよね。
まるで、攻撃が全部奴の身体をすり抜けているかのようだ。
「いや、すり抜ける……か」
その可能性もあるな。だが、その場合は任意にすり抜けられるのか、それとも自動発動なのか……。
でも、自動発動の場合はどうやって地面の上に立っていられるのか、どうしてあちらの攻撃は当たるのかという疑問が残る。
となると、その秘密はコートにあるという訳か?
だとしたら弱点は―――
「アルカ、氷魔法はまだ使えるよな」
『はい。でも、当たりませんよ』
「ちょっとした実験だ。奴の足元に広範囲ででっかい氷の剣山……氷柱を出現させるんだ」
『氷柱……なるほど。やってみます!』
アルカは魔力を構成し、コート男の足元に向かって冷気を送り込む。幸い、さっき水流による攻撃をやったばかりだから、水気だけは十分にある。
そして、奴は魔力に関して鈍いのか、アルカが魔力を練っていても反応を示さない。やはり、あの不思議な力は魔法による力ではないのか。
『いきます! アイス……ニードル!!』
アルカの言葉と共に、コート男の周囲が一瞬にして凍りつき、その氷上から鋭い氷の刃が剣山のように出現していく。
奴の特殊能力は、恐らくはコートに限定されたものだ。ならば、そのコートの防御の範囲外にある個所……足元が奴の弱点だ。そして、奴の周囲10メートル程が攻撃の範囲内だ。つまり、逃げる事も不可能。
悪いが、これで詰みだ。下半身は氷の刃に貫かれるだろうが、まぁ死にはしないだろう。
……と思っていたら、
コート男は周囲に氷の剣山が出現したと同時に、その右の掌を大地へと叩き付ける。
途端、ヴォンという空気を振動させる音と共に衝撃波が発生し、男の周囲の大地がボロボロと崩れていく。その衝撃で当然氷の刃も破壊され、結果的に男は無傷となった。
……な、なんですか今のは。
『今のはどういう力なのかは相変わらず不明ですが、現象として理解は出来ました。あの男の掌にあらゆる物が粉砕可能の超振動発生装置のような物があるのではないでしょうか。それによって、足元の地面を打ち砕いたのだと推測されます』
「し、振動兵器っすか」
漫画とかで見た事があるやつだな。
確かに、今の衝撃を見るに直接当たったらタダでは済むまい。
『タダで済むどころじゃありません。良いですか、ケイは絶対にアレに当たらないでください!』
アルカが何やら青ざめた表情で詰め寄って来た。
『アーマードスーツはあらゆる打撃や衝撃を吸収する機能がありますが、振動だけは防げません。いえ、破壊はされませんが、それを着ているケイの身体はとても耐えられません。内臓も筋肉もグチャグチャになっちゃいますよ!』
想像した途端、俺の顔も青くなった。
アーマードスーツ、これ着ていればとりあえずは安全と言う意識があったが、とんでもない弱点があったもんだ。いや、弱点と言えるかどうか分かんないんだけど。
「ちなみにうちの艦には振動兵器は……」
『強いて言うなら高周波カッターやナイフですけど、あれも切断を目的とした武器ですからね』
「無いんだ」
意外な話だ。とは言え、レーザーとかがある時点で必要ないと言えば必要ないんだけど。
とは言え、それならばどうするか……。
「アレがある以上、近づけないよな」
幸いと言っていいか不明だが、奴には遠距離攻撃の手段が無いようだ。だから、一定の距離さえ保てば、ただ立っているだけで何も攻撃はしてこない。
『でも、遠距離武器はどれも当りませんよ』
そうなのだ。試せる武器は全部試したが、どれも一切効果が無い。唯一さっきの足元を狙うと言う攻撃が、奴の違ったアクションを引き出すと言う結果を導き出した。
という事は、やはり弱点はコートで覆われていない足元という事になるが……
「駄目だな。こちらの手札が無さすぎる」
『はい。今の手持ちの武器では、あの男に対処できる手段がありません』
何と言うか、相性が悪いのだ。
ルークが居れば、地属性の魔法でもっと相手の足元を狙った攻撃が出来るだろう。アルカもさっきのような攻撃が何度も出来ない訳ではないが、この乾燥しきった空気と土地では、水を作り出すにも魔力の消費が大きすぎるんだとか。だとしたら万が一を考えて連発する訳にもいくまい。
くそ。相変わらず俺は危機感というやつが足りない。
この間の戦いで、対人戦を舐めちゃいけないと学んだのではなかったか。自分達だって規格外な存在なんだから、敵にも規格外が現れる事をちゃんと想定しないといけない。
あらゆる事態を想定して、あらゆる状況に対応出来るようにならないと行けないというのに、それを怠った。
「艦長失格だな」
思わずそんな声が漏れた。
アルカはそんな俺を見て何か言いたそうな顔をしたが、やがて口をつぐんで前を向いた。
そんな感じでしばしの間膠着状態になっていたが、業を煮やしたのは俺たち以外の存在だった。
「お、おいシグマ! そんな奴等とっとと始末しろ!!」
叫んだのは、岩陰に隠れているフィリア姫誘拐の首謀者と思しき男だった。ちなみにコイツは見るからに小悪党。40代くらいのちょび髭の小男で、ハンターくずれの盗賊とかそういう立場なんだろう。
第二王子派に依頼されたのか、それとも取り入ろうとしたのかは不明だが、元凶の一人には違いない。
当然、戦闘中はコイツの事も狙おうとしてみた。見た限り、仲間意識みたいなものは無さそうだったから、コイツを倒せば終わりなんじゃね……と思ったのだ。
だが、それはこのコート男によって阻まれた。仲間意識は無いみたいだが、護衛の役割はしっかりこなすという事らしい。実に厄介だ。
「どうも、シグマって名前らしいな」
『名前が判明したからと言って何の意味も無いですけどね』
コート男改め、シグマはその声に対して何の反応も示さない。本当にコイツ、人間なのか? 意思とかそういうものはちゃんとあるんだろうな?
「こうなったらイチかバチかで、接近して奴のコートをどうにかするしか……」
前へ出ようとした俺を、アルカが慌てて押し止める。
『駄目です駄目です駄目です!! そんな危険過ぎる事させる訳にはいきません!!』
「でも、このままだと打つ手無いだろ」
『それはそうですが……』
アルカが心配するのは理解できる。
今までと違い、スーツがあればなんとかなるという話では無い。奴の掌の振動兵器をまともに受ければ、ほぼ間違いなく死んでしまうのだ。
『分かりました。では、私が代わりに……』
「駄目だ駄目だ駄目だ!! アレを受けたら、お前でもどうなるか分かんないんだぞ!!」
前へ出ようとしたアルカを俺は慌てて止める。
AIであるアルカ達だって、不死身では無い。なんでも、意識がある状態で魔晶が砕けたりしたら、そのまま死んでしまう可能性があるのだとか。
あくまで可能性だという話だが、そんな危険な事を試させるわけにはいかない。
そうやって二人で揉めていると……
ヒュン……という音と共に、コート男ことシグマの周辺へと、天から無数の光の雨……いや、矢が降り注いだ。
「頼れる仲間……登場だな!」
俺はアルカと顔を見合わせてニヤリと笑う。
そして、矢の雨が治まったと同時に、銀色の狼の背に跨ったエルフ……ゲイルが姿を現した。
―――え? 銀色の狼? って事はまさか……
「フェイ!? なんで君が!?」
『なんでとは失礼ですね。姉さんから聞いてないのですか?』
巨大な銀狼が、ぐいと顔を俺に近付ける。すげぇ迫力である。
『あ! そう言えば戦闘中だったので言っていませんでした。ケイ、どうやら今回はフェイが力を貸してくれるみたいですよ』
「え! マジ!?」
「まぁ拙者達もフェイ殿と共に戦えるのは嬉しいでござるからな」
フェイの背から降り立ったゲイルは、余計にニコニコしているように見えるな。実際、俺も嬉しいし、アルカも嬉しいだろう。
『興奮している所悪いのですが、あくまで今回だけですからね。一応こちらにも立場ってもんがあるんですから。
それと、私が来たところで勝てるという保証はありませんよ』
そんな俺達に対して、冷静な一言が浴びせられる。
確かにフェイの言う通りだ。
相変わらず打開策は見えない。シグマの力の秘密も未だに分からないし、こちらの攻撃は一切通じていないのだ。
だが、期間限定とはいえ心強い味方が増えたのだ。一人よりも二人。二人よりも三人、四人である。仲間が増えた事で絶望的な状況に希望が見えて来た。
さあ、仕切り直しと行こうか!
本当はバトルの決着まで書きたかったですが、やはり無理でした。
今回はこの章においての中ボス戦を想定しています。果たして、どんな結末を迎えるのか……。