97話 新たな異邦人
一方のゲイルであるが、今日はケイとアルカの二人が揃ってルークの授業参観に出かけてしまったので、一人きりである。
ゲオルニクスと居た頃も、常に誰かと居た事もあってか、一人きりになると非常に寂しさが募る。
ケイの協力もあって、もうDランクへの昇格は決まったも同然なのだが、暇なので今日もギルドの門を開く。
「キャッ! ゲ、ゲイルさん。今日はお一人なんですね」
既に顔見知りになっている受付嬢がゲイルの姿を見て頬を染める。エルフという種族はこの世界には無くとも、見た目は超イケメンのゲイル。受付嬢だけでなく、その場に居た女性のハンター達も彼の姿を確認した途端に思わず体温が熱くなる。ここまでくると魅了の魔法も同然である。
だが、それを見て特に気にした様子もなく、ゲイルは普通に声を掛けた。
「ああ、失礼する。ところで今日は何か簡単な依頼は無いでござるか?」
「依頼……ですか。でも、ゲイルさんが受けられる依頼は……」
「別に魔獣退治でなくとも、常時依頼で構わないでござる。うちのチームリーダーが別件で忙しいので、拙者が暇であるが故」
「そうですか。常時依頼という事ですと……」
受付嬢が手元にあったバインダーの束を調べてみようとすると……
「ちょっとちょっと、それなら私達のチームに入ってよ!」
と、傍に居た若い女性のみのチームが声を掛ける。既に、ゲイルの存在はマイアのギルド内に知れ渡っている。Gランクにも関わらず、凄腕の弓術を操る男が居る……と。同じく信じられない位に強い相棒の剣士とコンビを組み、強いばかりか女性に対しても紳士的な態度を取る為、評判は良かった。何気にケイ自身も女性からの人気があるのだが、自分がモテる筈がないと思い込んでいるので、気づいていなかった。
ハンター業界において、美形で紳士的な男なんてそうそういる筈もない。ゲイルの存在は若い女性ハンターの間では裏で取り合いになっていた。
だが、どんな好条件であろうとゲイルが他のチームに靡く筈もない。
「申し訳ござらんが、拙者は他のチームに入る事も共に行動する事も断らせてもらうでござる」
即座に言い渡されたゲイルの言葉に、そのハンターチームは愕然となった。特に逡巡する様子もない完全なる拒絶だ。さすがに放心してしまい、次の言葉が出せなくなった。
さすがにゲイルも悪い事をしたと思い、どうやってフォローするべきかと悩んでいる。
そんな中、ふとその後ろから声がかかる。
『では、私の仕事の手伝いをお願いできますか』
まだ幼い少女のような声。その場に居た全員の視線が集まる。
背後に現れた者の姿を確認し、ゲイルは目を見開いた。が、すぐに平静を保つとその人物に質問をする。
「……仕事はなんでござる?」
『とある人物の捜索です。この街に居る事は確かですが、なにぶんこの街は広いものですから』
「……承った」
あっさりと了承したゲイルを見て、周りから悲鳴に近い声が上がる。
ゲイルはそれを無視し、目の前の女性……“フェイ”をまるで睨み付けるように見据える。
フェイはそれを涼しい顔で受け流し、ギルドの外へと出て行き、ゲイルもその後を追った。
……これからしばしの間、マイアのギルドにおいてゲイルにロリコンの噂が流れる事となる。
まぁ、ゲイルの見た目は20歳過ぎで、フェイは15歳程度だからロリコンと疑われるのも仕方ない……かも。
◆◆◆
「それではフェイ殿。まずはお茶でもいかがでござる?」
ギルドを出た途端、ゲイルがそんな事を言いだした。
『何なんですか、その変な語尾。それに、お茶って何ですか』
「いや、好ましい女性に会ったらこう誘うのが主の世界の習わしなんだとか。それと、この言葉変でござるかな」
『好ましい……ですか。貴方をあの時助けたのは、意図があっての事ですから、変な勘違いはしない方が良いですよ。それと、そのござるって言葉は変です』
「それぐらい理解しているでござるよ。主やアルカ殿達を直接助けてはいけない……という事は、あの時点で正確な仲間では無かった拙者を手助けすれば、間接的にアルカ殿達を助ける事になる……そういう事でござろう。それと、この言葉はもう癖になっているので直すのは無理でござる」
『……理解しているなら結構です。それと、随分と残念な形になりましたね』
「ハッハッハッ、よく言われるでござる」
『……コホン。冗談はこのくらいにして、話を進めましょう』
「お茶は―――」
『進めましょう』
「了解した。でもその前に……」
そこで足を止めて周りを見てみると、往来を歩く者達がチラチラと二人を見ている。さすがに足を止めて話を聞く者は居ないが、美男美少女の組み合わせだけあって、気になる者も多いのだろう。
何処に耳があるか分からない。さすがに、こんな道の真ん中で話す訳にもいかないだろう。
二人はそのまま路地へと入り込むと、人目が無いのを確認して民家の屋根の上へと跳び上がった。
その後二人を追う者達も現れたが、当然見失う形となる。
人の耳を心配する必要も無くなった為、二人は改めて会話を再開する事にした。
「して、わざわざフェイ殿が現れた理由はなんなのでござる?」
『さっきも言いましたが、人探しです』
「ほう、あれは本当でござったか。だが、一体どういう理由で人探しなんてしているのでござる? そもそも、拙者はフェイ殿の主に協力する気はさらさら無いのでごさるが」
『主の為……と言うよりは、姉さん達の為です。実は、この街には現在厄介な者達が来ているようです』
「厄介? ゴルディクス帝国の者達でござるか?」
この世界においての厄介者と言えば、目の前に居る者の主を除けばゴルディクス帝国ぐらいなものだ。因縁がある事は確かだが、自分もケイ達も進んで関わりたいとは思っていない。だからこそ、帝国を迂回する今のルートを通っているのだ。
だが、フェイから語られたのは予想外の言葉だった。
『いえ、私や貴方達と同じ、別世界からの来訪者です』
「!! やはり、拙者達の他にも別世界の者が!?」
『ええ。それで、主の話ではその者達の来訪は予定外だったらしいです。とは言え、特に影響は無いだろうと放置していたらしいのですが、現在この街に来ている事が判明しました。姉さん達が来ているこの街に……です。今接触するのは危険だから、なんとかしろ……そういう命令を受けました』
フェイの言葉に、ゲイルの眉がピクリと動く。
「フェイ殿に言っても仕方ないかもしれぬでござるが、勝手にこの世界に呼び込んでおいてその言い草は気持ちの良いものではござらんな」
『そうですね。私もそう思います』
フェイの表情に少しだけ陰りが見える。確かに今のフェイは敵の手先であるが、彼女も被害者なのだ。それを忘れてはいけない。
「……しかし、それは拙者達にとっては好都合ではござらんか? 主はそこまで積極的ではないにしろ、拙者達と同じ境遇の異世界人を保護しようとしているつもりのようでござる。まあ、それがどのような人物かは見極めないといけないでござるが」
ケイの話によれば、この世界の人間をクルーとしてアルドラゴに乗せるつもりは無いらしい。だが、同じ立場の異世界人であれば……同じ目的を持つ者であれば、クルーとして迎えるつもりがあるのだとか。
目的はそのまま、元の世界へ帰る……という事。
また、自分はあくまで暫定艦長であるから、自分以外に艦長として相応しい者が現れれば、喜んでその座を明け渡すとも言っている。
……最も、ゲイルとしてはケイ以外の者の下に就くのは嫌なのだが。それはアルカもルークも同じだろう。
どうもあの少年は自分を過小評価しているようだ。
『……異世界人が必ずしも貴方達と同じように良識を持つ者ではないですよ。中には、永遠に続く戦いの世界からやって来た者も居ます。今回私が追っているのは、そういう存在です』
「戦いの世界?」
『例えば、私はこの世界よりも科学技術が発達した世界から来ました。星の海を渡る力を持ち、人工物に意識を持たせる事まで出来ます。武装の類もありますが、そこまで凶悪な武器の類は無いと認識しています。ですが、一つの星の中で何万年も戦いが続く世界があったとしたらどうでしょう。その戦いの中で生まれ、育った者はどんな価値観を持つ者でしょう』
その話を聞き、ゲイルの目つきが更に険しくなる。
「……具体的にどのような者が呼ばれたのか、知っているのでござるか?」
『先ほど説明した通りの人物です。……いえ、人物と言っていいかどうか。数々の戦場を渡り歩き、全身を機械の兵器で武装し、戦い以外に生きる価値を見出せない傭兵……それが、私の探す人物です』
◆◆◆
……おいおい、嘘だろ。
俺は目の前に佇む紺色のコートを着込み、フードを目深に被った男に戦慄を感じていた。
敵性反応のある場所に来て、フィリア姫を誘拐しようとしていた者に接近したまでは良かった。
実際、計画の首謀者らしき男は大した奴ではなく、俺が突然空から現れた事に驚いて、腰を抜かしてしまった。
問題は、その護衛……いや恐らくフィリア姫誘拐の実行班になる予定だった者の存在だ。
とりあえず首謀者らしき男を拘束しようとしたら、その男は音も気配もなく俺へと近寄り、コートの裾から飛び出した刃によって即座に首を狩ろうとしたのだ。
当然すぐに反応したアルカがネックガードを作動させて防いだ。が、アルカの敵性反応にこの距離まで反応しないというのは異常だ。
俺は即座に距離を取り、目の前の男を改めて睨み付ける。
そこに居るのに存在感を全く感じない。また顔が見えない為にどういう表情をしているのかもさっぱり分からない。男……と言ったが、声も発しないから、男か女かすらも分からないぞ。かろうじて長身だから子供では無いという情報があるだけだ。
怖いけど、とりあえず声を掛けてみよう。
戦わずに済むのなら、それにこした事無いからな。
「ええと……アンタ達はフィリア姫を誘拐するか危害を加えようとしている……って事でいいのか? だとしたら、俺は仕事としてアンタ達をなんとかしなきゃ駄目なんだけど……」
「………」
勇気を振り絞って声を掛けたのに、当人からの返事は無し。
……無口キャラなんすか。それとも喋れないとか?
そんな事を思っていると、目の前のコート男(仮)が腕をだらりと下げ、構えもしないまま飛び出してきた。
「!!」
―――速い!!
動き出した瞬間を、俺は強化された動体視力をもってしても捉える事が出来なかった。
そして、目の前に男が現れたと思ったら、腹部に衝撃が走る。それも、一瞬にして10発。スーツの恩恵で痛みそのものは感じない。だが、衝撃を殺しきる事は敵わず、身体を強く押されたように後ろへ仰け反った。
そのまま後ろへ倒れるのをなんとか踏ん張り、拳を握って正面のコートの男目掛けて正拳突きを打ち込む。
しかしその拳は空を切り、反対にその腕を掴まれた。その腕を軸にまるで一本背負いのように俺の身体は投げ飛ばされる。だが勢いよく飛ばされたのが幸いして、なんとか空中で体勢を整える事に成功。
ジャンプブーツでもって空中で制動をかけ、そのまま反転してコートの男目掛けて飛び蹴りを放つ。
が、やはり身体に蹴りが命中する寸前に男の姿は視界から消え、蹴りを放って着地した体勢の俺の後ろへと現れる。
俺は咄嗟に裏拳を放つが、やはり当たらない。
チクショウ! こうなったら、こちらも手数とスピードで勝負だ。
コートの男目掛けて、スーツの出力を上げ、拳の乱打を浴びせる。残像が出現する程のスピードによる攻撃だ。こんなもの避けられる筈……
「!!」
俺の拳は一発も当たらず、そのカウンターとばかりに再び腹部へと10数発の拳が撃ち込まれた。
俺は咄嗟に男のコートを掴もうと手を伸ばす。
が、その手は払われ、代わりに強烈な肘打ちが胸部へと打ち込まれた。
俺の身体は吹き飛び、荒れ地の地面を転げる結果となる。
やはり痛みは無いが、衝撃に息が詰まる。
俺は急いで起き上がり、近くの岩山へとジャンプして逃れた。
「ハァハァハァ……」
荒い息が止まらない。心臓が激しく波打っているのが分かるし、頭も上手く働かない。
何だ、今のは……。
一体何が起こった?
いや、何が起こったのかは分かる。攻撃を受けたのだ。
それも、知覚できない程に速く強烈な攻撃だ。それに加えて、こちらの攻撃は掠りもしていない。
視線を動かせば、コート男はあの場から動いていない。とりあえずは息を整える時間と頭を整理する時間が必要だ。
「アルカ、あいつ何者だ? 何か特殊な力とかアイテムとか持っているのか?」
とりあえず困ったらアルカに相談だという事で、聞いてみる。
だが、何故か困惑した様子の言葉が返ってきた。
『ご、ごめんなさい。今の私の力では、目の前の存在の力が理解できません』
「は!? ど、どういう事?」
『スキャニングをして力を探ろうとしたのですが、エラー表示が延々と出て何も分かりません。正直言って、目の前の存在が生物かどうかも不明です』
「……マジか」
予想以上の強敵登場だ。
まさか、こんな仕事でこんな敵に出会ってしまうとは、思っても居なかったぞ。
こりゃあ、今までとは違うレベルのピンチかもしれない。
……マジで、どうすんだこれ。
という事で、新たな異世界人登場。
名前、キャラクターについては次回以降となります。