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第4話

「うそウソ嘘!」

「ありえない!」

「気前がいいだけの、初心者魔術師だって聞いてたよ?」

「呪いとかの抵抗もしょっぱい感じの、初心者だって!」

 言いつつ二柱は、智式を観察した。

 護符らしきものはどこにもない。

 力の媒介となる、コインや札、指輪などの装飾品は無い。

 ただ、障壁を生み出している手、腕。

 先ほどまでは魔神らの連撃によって、肉が抉られ血にまみれて、今にも千切れそうだったのが、金属の、鎧のようなものに覆われている。

 魔神らに、鉱物に関する能力は備わっていないが、その鎧は錫を多く含んでいるのではと推測した。加えて、回路のように、青く光る筋が、肩口まで覆っている鎧を超えて、胸元まで届いており、まるで血管か神経のようにも見える。

 錫も、青色も、木星の象徴である。

「これは……便利だな」

 恐れは、潜んだ。

 智式は、自らに与えられた力を実感する。

 昨日死にかけたとき、女は智式にひとつのメモリを与えた。

 メモリの内側に秘められていたデータの中身は。

「ソロモン王の大いなる鍵――クラヴィクラ・サロモニス、か」

 「レメゲトン」は「小さな鍵」とされており、魔神や天使、精霊の扱いについて主に記されている。

 それに対して「クラヴィクラ・サロモニス」――「大いなる鍵」は、これまで黒秦智式が習得してきた、七大惑星と対応する護符魔術をまとめた魔導書である。

 王の伝えた魔術の一端が、今正確に、黒秦智式の脳内にインストールされていた。

「そんなもの持ち出したって、ちょっぴり寿命が延びただけさ!」

「私たちは、強くて怖い魔神サマ。人間なんかじゃ敵わないわ!」

 言いながら、二柱は、それぞれ両手に一つずつ、合計四つの対戦車擲弾を取り出す。俗にゲームじゃない方のRPGと呼ばれるもので、本来は両手で構えて撃つのだが、悪魔には野暮な話である。

 四つの弾頭は、智式を見据える。

 今度は護符の障壁を破れるように、魔力もありったけ込めているだろう。

「さて、そいつはどうかな」

智式は木星の護符をいったん解除する。

止まっていた弾丸が落ちる音も聞かずに、詠唱。

「Dominus a dextris tuis.Confregit in die irae suae reges!」

 火星の四の護符による身体強化。

 惑星同士の角度の計算は、普段の数倍の速度で片付いた。

 唱えながら、智式の四肢全てに金属の装甲が張り巡らされていく。

 鉄の鎧。走り輝く光の筋の色は、赤。

 ボロボロで、肉や骨が千切れかけていた部分も覆い尽くして、繋げられた。

二柱は、思わず計四発の擲弾を発射する。

「追尾は、しないのだろう?」

 これもまた初撃の再現。

 飛び道具に対し、向かって飛び込む智式。

 だが、速度が違う。

 悪魔による改良は施されているのだろうが、弾速は音の壁を超えない。弾は銃よりもはるかに遅い。

 二柱が障壁を警戒して、威力を重視したのが間違いであった。

 強化された、智式の一歩は初速で200m/秒であった。

 発射直後に、二柱との距離はゼロになる。

 ずい、と鉄と光で覆われた両腕が伸ばされる。

 目を見開き動けぬままの、少年と少女のカタチをした、それぞれの首に見える部分を掴み、全力で地面に叩きつけた。

「ぎッ、つ……」

「い、やァ……」

 指は首筋に深くめり込んでいる。呼吸を必要としない悪魔に首はさほど急所としての意味は持たないものの、霊体の一部分が捻り潰されでもしたらひとたまりもない。

「この現代。魔神レベルの連中が、極東で顔を出せるのは人間による力添えしかない。つまり、お前たちは、あくまでも人間の扱う魔術の一つだ。存在の格が本体に近ければ別なんだろうが……人間の魔術なら、人間に越えられない道理はない」

 神々を下ろす儀式がある。

悪魔を呼ぶ魔術がある。

天使と戯れる呪文がある。

 だが、人に認識できぬ高位の次元より来るそれらに対し、低次元のこちらに干渉できるよう仕立ててれば、当然質が落ちる。

 まして、伝承は書物程度に、土着の神々が既に縄張りを決めているこの日本で、まさか地獄に住まう魔神を100%の状態で、連れまわせるわけがない。

「ビビり過ぎてたんだな、俺も。魔術が出来ることなんて、結局は手品の延長線なんだよ。体を腐らしたきゃ、毒ガスでも持ってこればいいし、鳥の二匹を呼ぶ暇があったら拳銃を二丁揃える方がローコストだ」

 だから、魔術は成りを潜めた。

 結果だけを求めるならば、科学の方がよっぽど効率が良いのだから。

「だっていうのに、手前らのご主人は時代遅れの魔術を使って何をしようとしてやがる? 人間の魂を魔神に食わせようが、限界があるだろ」

 ぎりぎりと首を絞めつけながら尋ねる。

 二柱の顔は苦痛に歪むが、智式はどこか嘘だと感じた。

 一瞬だけ腕を引いて魔神らの体を浮かせて、もう一度叩き付ける。

「答えろよ。色々と訳の分からないなりに状況とか空気とか読んでやってるんだ。術式の起動のための正しい惑星の位置計算で頭もいっぱいいっぱいなんだ。だから、分かりやすく、お前たちが俺に危害を加える根本の理由を教えろ」

 黒秦智式が、ここまで理解したことは二点。

 ひとつは己に魔導書が注ぎ込まれたこと。結果として己自身が術式も同然となり、思考速度も上昇している。引き換えに頭が割れるように痛いのであるが、それは無視できる。

 もうひとつは、魔神を繰る者が街に潜み、何かを企んでいるということ。対処せねば、命がいくらあっても足りないだろう。

 結論。情報が一つでも多く欲しいので、尋問する。

 それに対する反応は。

「くっくっく」

「あっはっは」

 火星の護符で著しく強化された智式の剛腕は、片手ずつでも魔神の首をへし折ったり、ちぎったり、自由にできる。

 それでも、二柱は笑った。

「ちょっと悪魔を舐め過ぎだよ、お兄ちゃん」

「調子に乗るのが早かったわね、お兄ちゃん」

 その態度に、どちらか片方を消したほうが楽かもしれないと、智式は考えたが、それは油断だった。

 手にした力の大きさを、理解しながらも、使いこなすのは当然にも早すぎる。

 そもそも、「戦闘」の経験が智式にはない。

 ここまでの流れは、頭の回転が少しだけ良かったに過ぎなかった。

 だから二柱が、互いの手をつないでいるのに気が付かなかった。

「何を――」

「悪魔の心は人の心。人の心が悪魔の心。人間の心の汚れは天井知らずの底なし沼。だから僕たちに限界なんて無いんだよ。ねぇ、マルファス」

「心の向くまま広がれば、どこまでも、遠くへ。目に見えないからこそ、実体がないからこそ、自由なのが私達なのだから。ねぇ、ハルファス」

 二柱が重ねた手の中に、用意されたる武器は、ピンの抜かれた手りゅう弾。

 ひとつではなく、ありったけ。

 同種の能力の相互作用で、あっという間に大量の、魔力が込められている手りゅう弾があふれかえる。

「しまっ!?」

 自爆。

 炸裂音と共に、破片が飛び散る。

 無数の破片は、軽く鋭い。

 目と耳から取得した情報を、脳で処理し、詠唱につなげるまでの時間は無かった。

 両腕を交差させて防御するのが精いっぱいであった。

 当然、その程度では全身を守れず、装甲を展開していなかった体のあちこちを破片が貫き、切り裂き、吹き飛ばしてくる。

「ま、だ……まだ、だ、な」

 本当に、調子に乗り過ぎたのだろう。

 視界が晴れたら、爆発をもろに受けた魔神たちはかすかな霊体の欠片も残さずに消えていた。よくよく見れば、媒介にしたであろうハトとカラスの羽が落ちていたが、それも風にあおられたら塵になった。

 他方、黒秦智式も満身創痍である。

 防御に使った腕さえも、破片は装甲を貫いて、痛みは骨まで達している。

 守り切れなかった部分は言わずもがな。

 膝をつきそうになりながら、辺りをうかがう。

 敵は去った。

 だが、ここで膝をつくのは愚の骨頂。

 これ以上の迂闊な真似はできぬと考え、残った気力を振り絞る。

 顔に金の仮面が生成される。見づらいが、仮面には黄色の紋様が描かれている。

 太陽と、ほかの惑星の相対角度を計算しつつ、詠唱。

「Lighten mine eyes, lest I sleep the sleep of death; Lest mine enemy say, I have prevailed against him.」

――我が目を明かしたまえ。さもなくば私は死の眠りに陥り、我が敵は「私は敵に勝った」と言う。

「ガ、ガッガッ」

 唱えてのち、智式は離れた位置で、壊れた機械のように笑う人影を見つけ出す。

「詩篇」の十三章の三節から四節にかけての引用が刻まれた太陽の四の護符は、本心や隠された霊を見通す力がある。

昨日のベリアル、今日のハルファスとマルファスを送り付けてきた魔術師だろう。

最初からそこで成り行きを見守っていたのか、事が済んだのを察して不意を打とうとやってきたのかは、定かではない。

汚らしい、色あせた赤いローブを着て、フードで顔まですっぽり覆った人影は、その顔を判ずることはできない。姿を明かされたにも関わらず、敵意や殺意、警戒ともとれない不明瞭な気配をまといながら、動く気配無く立っている。

「ガ、ガッガッ」

 先と同じような、笑い。

 否、笑いと評したがそれも怪しいものである。ただガラガラの喉で荒く呼吸しているようにも聞こえる。なにしろ表情まで見えないうえ、大きなアクションを起こす様子もないので、まだうかがい知れない。

 智式は、正体不明の魔術師に、自身を支えられるよう足に力を籠めなおした。

「大いなる鍵の、魔術を使いこなす、サル、か……い、や、ちがう。補助が、あるな。昨日の、呪いを、切り、抜けたのも、そのお陰、か」

 呼吸にも食事にも会話にも、数週間喉を使わなければ、このような声になるのだろうか。途切れ途切れの絞り出される声は年老いてしわがれた老人のようで、智式には耳障りで不快な声だった。

「姫、さま、が……何を考えたの、やら。こんな、雑魚に、贅沢にも過ぎるな」

 顔にかかっていたフードの端に手をやり、めくり上げた。

 男の顔が明らかになる。

 こけた頬に、無精ひげ。ローブと同じく汚れた赤い髪は手入れがされておらず、肩までだらしなく伸びきっていた。顔立ちはラテン系で、よく整えれば俳優にでもなれそうだが、酷いシミと荒れた肌で、実際の年齢よりも年老いて見えてしまう。

「いずれに、しても魔術師の、魂は、有るだけ良い。貰い、うけるぞ」

 その言葉に、智式は身構えた。

 男は懐から何かを取り出そうとする。智式は応対すべく、間合いに踏み込もうとするが、がくん、と身が落ちる。

(しまっ……火星の護符の力は、切れていた、か)

 瞬間、支えは崩れて完全に倒れ込んでしまう。

「……未熟。だが、いい、餌にはなる」

 ぞぞぞ、と、重い砂袋でも引きずるような音を聞いた。それは呼吸の音だったか。倒れ伏した智式には直接見えなかったが、詠唱のための予備動作だったのであろう。

 だが、それは遮られた。

 鞭よりも自在な軌道から、鮮やかな斬撃がローブの魔術師を襲う。

 紙一重でローブの魔術師は避けるが、攻撃の機会を失ってしまった。

「汚らわしい罪人め。ヘリアンテス様に頭を垂れなさい」

 耳にまっすぐ届く声と共に、どこからともなく現れたのは、白い騎士であった。

 全身を覆うのではなく、要所ごとを防護し、間接の自由は優先しているタイプの動きやすそうな白い鎧を身に着けた、オールバックに黒ぶち眼鏡の男性であった。気真面目そうな委員長気質を感じる。

 片手では扱いきれ無さそうな大剣を右手に持ち、切っ先はローブの魔術師に向けていた。大剣は揺らめいるように見えたが、狙いは外すことはない。

「ようやく来、た、か。……も、う少し、早いかと、思って、いたが」

「それは――」

 そして騎士の隣に立つのは、白金の魔女。

 気配に顔を何とか上げれば、昨日と変わらぬ輝く美女が、冷たい殺気を伴って男と対峙している。

 ふと、目が合う。刹那の事である。

 すぐに視線は、敵の方へと向かった。

「アロンガス、あなたに話す必要はありません」

 女が言えば、騎士が呼応して動く。

「ハァッ」

 騎士は剣を振るった。

 いや、そもそもそれは剣ではなかった。変幻自在な角度からの攻撃を可能とするが、鞭でもない。

 大蛇であった。

 剣のように平たく鋭い体を持った大蛇が、己を振られた勢いを活かしつつ体をくねらせて男へと食らいつく。刃のような牙が、一呼吸の内に六度は襲い掛かった。

 だというのに、薄汚れたローブには、傷ひとつつかなかった。

「本命は、ただの、様子見だ」

直後、氷が溶けるのを早回しにしているかのように、男はローブごとどろりと崩れてなくなってしまう。

太陽の護符で魔術による潜伏を見破った智式であったのだが、男そのものが、幻覚の類だったのは見破れなかった。

「自分自身も、本物を寄越さないわけですね。用心深いことです」

「私の能力なら追えます」

「昨日の調査結果は、ダンタリオンに渡してありますのでそちらを参照しつつ、より正確な位置を算出してください。結果は複数出るでしょうから、それぞれの霊脈など土地の状態も含めて記録を取っておきなさい。そして、下手な交戦は避けるように。魔力は最低限の分しか供給しませんので」

「御意に」

 騎士は返答すると、そのまま何処かへと跳ぶように人外の速度で駆けていく。

 どうやら騎士も魔神らしかった。

「さて」

 女が――ヘリアンテスと呼ばれた女性が、事の成り行きを眺めていた智式と向かい合う。

「あれからどうでしたか? できれば使い心地の感想も、添えていただけると報告がはかどります」

 さすがに着替えているためかドレスのデザインは少々異なっているが、本人の威厳は昨日と遜色ない。

 間違いなく、昨日マルバスを以って智式を助けた者だ。

「……たっぷりとお礼と一緒に、ご報告したいところだがな、流石に電池切れだ」

 倒れたところから、ヘリアンテスを見ようと僅かに起こしていた体勢も堪えた。

 体に力を入れられるのもここまでで、完全に地面に突っ伏す。

「すまんが、ちょっと休ませてくれ」

「良いでしょう。アンドロマリウスの知らせが来るまで時間があります。私の仮工房へお連れしますから、そこでひとまずお休みなさい」

 特に感情は乗せていない、透き通った清流のを思わせる声であった。

 優しさではなく、単に合理的な判断を下しただけだとわかる。

ヘリアンテスの言ったことを聞き届けると、自然に力は抜けきり、気絶するように眠った。


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