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第3話

 魔術について知るだけならば、コンビニや書店の隅にでもおいてあるムック本でも買えばいい。

 有名すぎる魔術結社の名前や、神々の残した伝説、口にすべきでない悪魔の名前、魔導書の数々。なんだかんだで、本物の極地は有名どころ過ぎて、名前だけならネットで検索でもすればポンと出てくる。

 では魔術を学ぶとすれば?

 よっぽど深く突き詰めて調べなければ出てこない知識が、必要となる。

 例えば、図書館で分厚い錬金術の本でも一冊借りてみるとする。

 どんな錬金術師がどんな失敗をしてきたかは書いてあるだろう。賢者の石の基本理念や、エメラルド・タブレットの文句の一部が載っている。しかし、どうやって失敗をしたか、賢者の石を作るのに必要とされる知識、エメラルド・タブレットの真の重要性を書かれた本など、簡単には手に入らない。一般に手に入るのは、結果だけで、過程を知るのは難しい。

 だが、一方で洋の東西問わず、多くの魔術で重要視され、誰もが実践可能な初歩が存在する。

 呼吸を整えて、瞑想をすること。

 己の体を認識して、内側から使いこなせるようにすることである。

 これらについて視点を絞れば、少し古い本屋や、扱う幅の広い図書館なら入門書の類が置いてある可能性もある。

 魔術の体系や、流派、結社、など様々な要因によって呼吸の方法や、瞑想の仕方などは異なってくるのだが、ただそれでも、大枠を知るのは難しくない。

 だから、黒秦智式も、かつてはそこから始めた。

 リラックスした姿勢で椅子に腰かけ、一定のリズムで呼吸する。

 脳裏に描くは宇宙、世界。そしてその中にいる自分。

 ひたすらにそれを繰り返すうちに、自分の体の内側を理解できるようになってきた。

 目に見えない、魔力の存在を知覚すること。

 漠然とではあったが、自分の体の中に巡るソレを、智式は時間をかけて認識することができた。

 そして、この自身の内側への理解こそ、魔術の実践の始まりともいえる。

(どうにも、おかしい)

 授業中、黒板に集中できなくなったときは自分自身への魔術を実践するのが、黒秦智式の癖になっていた。

 自然体を崩すことなく、意識を魔術専用のものへと構築する。

 結果、自分自身の肉体にどことなく違和感を覚える。

(昨日の夜に見た夢のせいだろうか……)

 自身の肉体が腐る夢。

 王位の魔神を、魔術師が操る魔神で降す夢。

 あまりにもリアルであったが、事実として自分の体が無事であるからには夢と断ずる。

 ただ、そのリアルさが故か、自分の体が自分のものでないような、奇妙なズレを朝から感じている。

(そういえば、昨日の帰りってどうしたんだったか)

 その辺も、黒秦智式は覚えていない。帰路から翌朝の起床までの記憶があいまいなのである。

 大方、契約のコインを使い果たしたことにショックで、帰りは正気をあまり保てずに自室についたらそのままふて寝、というのがオチだろう、と智式は推測する。

 自分の体が自分のものではない錯覚。

 客観性を行き過ぎれば、そういうこともあるだろう、と。

「いまだに昨日のことを引きずっておるのか?」

「……自分じゃわからないが、そうなのかもな」

 気づけば放課後。

 大道が帰りの支度をしつつ、智式の様子をうかがってくる。

 声には、いつもより一割増しで真面目な気色が乗せられていた。

「お前に気を使わせるとは、俺も修行不足か」

「何をぬかすか。人間誰しも、調子に波はあるものだ。年中無休で健康体となればそれこそ仙人の類しかいまい。そこで修行不足とほざく智式は、天仙にでも至る気か?」

 ふふん、と鼻で笑う。馬鹿にするのではなく、智式の不調を吹き飛ばすような、快活さである。

「昨日の事、だけでなく実際ちょいと一日体調が悪くてな。なんとも、体を動かすのがどことなくぎこちない。呼吸だの歩行だのを、いちいち意識して命令をしなきゃ動かない感じだ」

「筋肉痛か?」

「痛いわけでは、ないんだよな」

 ぐるぐると軽く肩を回して見せる。やはり、思考に対して実際の動きにタイムラグがあるような気がする。

「一度医者にでも検分してもらうがいい。昨日の事故を目の当たりにした精神的外傷か、あるいはもっと別の病気でも患っていて、その初期段階、という可能性もありえよう」

「そう、だな……帰りがてら、病院にでもよるかな」

「ふむ、どれ」

 智式の額にかかる髪を、大道がかきあげる。

「ん、な、なんだ」

 智式が一瞬固まる。

 何故か、大道の瞳から獣の光を感じた。

 状況を飲めなかった、その間隙を縫うように大道が、自身の額を智式へと寄せる。

「ふん」

 額同士の、距離がゼロになる。

(は?)

 智式の思考も、ゼロになる。

 現在という時間が、意味を消失する。

 朱色の陽光差す、ただ二人だけの教室。

 いったい誰が意図してこしらえたのかという、揃えられた定番。

 そして時を待たず、ゼロになった智式の思考は、寄せ来る波のように、今という現実を引き連れて戻ってくる。

 大道久遠という存在が、近い。

 もう一歩近づけば、鼓動の音さえ聞こえるだろう。

(というか、目を閉じないのか!?)

 心の底すらすかすような視線は、真摯に智式の奥を見つめている。

 大道の顔は鼻筋が通っており眉も凛々しく唇が引き締まっており、そこにどことなく武人のような彫りの深さと体躯が加わっており、イケメンというよりハンサムと評するのが近い。

「熱は、ないか」

 智式は自制により、鼓動を早めるような真似はしなかった。

 大道はゆるりと、顔を離す。

「……なんだ今のは。男同士でやって、ソッチの需要か?」

「返すようだが、何かな、その発言は。智式の身を慮っただけだが」

 離された顔には、疑問符が浮かぶ。

 智式の質問の意図を理解していないようである。

「いや、いい」

 腑に落ちぬも、出そうとした言葉は胃の底に収めた。下手につついて蛇は出したくない。

 大道久遠にも、いろいろと思うところがあるのだろう。と、勝手に納得することにした。

「学校に長居することもない。そろそろ帰るか」

 病院にも行きたいし。

 そういいつつ。学校を二人して出る。

 どことなく態度に違和感のある大道と、最寄りの病院への続く道で分かれる。

 さっきのアレは、大道なりの優しさであったのか。

 向かう病院への道中、受付時間まで余裕が無さそうなことに気づき、足早になる。

 空は、西の僅かな朱から東の大半なる紺へ。

グラデーションが告げる、逢魔が刻。

黄昏時。

誰とも彼とも、分からなくなる時。

「「ねぇ、お兄さん」」

 子どもの声。

 呼び止められて、慌てて足を止めた。

 思っていたより速度が出ていて、前のめりになったが態勢を立て直して、ふと周りを見渡す。

「そんなに急いで、何処へ行くつもり?」

「きっとパーティに、遅れそうなのよ!」

 くすくすくす。

 ステレオで響く笑い声。

 智式が振り返る。

 たった今通り過ぎたとこ、道の両脇に、それぞれ一人ずつ。

 向かって右手には少年。

 向かって左手には少女。

 声は、少年の方は少し低く、少女の方は少し高い。

 髪は、少年の方は少し長く、少女の方は少し長い。

 区別できたのは、そこまでであった。残りは双子のように、規格品のように、合わせ鏡のように、まるで同じ。

 燻った、底の無い沼のような、灰色の髪と瞳。

 あどけない表情が作り物めいて、人形のような白い顔。

 体格は十歳ほど。

 どちらもゴシックなロリィタ・ファッション。レースとフリルとリボンをこしらえて、黒を中心に銀で彩ったドレス。

 だが、よく見ればボトムはスカートではなく、裾がゆるりと膨らんだズボンであり、どちらかと言えば袴のような構造になっているのだろう。

「あれれ、急いでいたのにのんびりしてる? 固まってる?」

「分かったわ、見とれているのよ。私たちは、可愛いから!」

 智式は、即刻理解した。

 目の前の二人は、ただの子どもではない。

 悪魔である。

 それも、魔神である。

 と同時に、なぜ、そのように素早く理解できたのかもまた、理解してしまう。

 散々浴びた呪詛。

 腐り落ちる己の肉体。

 浸食される自身の魂。

 昨夜のアレは、夢ではなかったと。

 ならば本当は――黒秦智式という男は――。

「お前たちは……なんだ。俺を、食いに来たのか?」

 浮かんだ考えをひとまず振り払い、問いかける。

「「ふふふふふふふ」」

 悪戯を企むような笑顔は、形だけならあどけない子どものよう。

 今度は、呪いの類はかけられていない。

 しかし、神経の端から電流を少しずつ流されているように、ピリピリと痺れてくる。

 胸から響く鼓動も、騒ぎを大きくしつつある。

「ねぇねぇ、怖がってるみたいだよ、お兄ちゃん。かわいそう」

「しょうがないわ。私たちは強いのだもの。怖がるのも当然よ」

 二人の少年少女は互いの距離を詰めて手をつなぐ。

「僕たちの目的が知りたい?」

「なら、教えてあげましょう」

「それじゃあ、まず」

「自己紹介から、ね」

 手をつないだまま、上品に、よく出来た礼儀正しいお辞儀をする。

 機械のように、同時に、タイミングも角度も揃えられている。

 切り取って見てみれば、中世ヨーロッパの良く育てられた貴族の子どもと間違えるかもしれない。だが、それはある意味で間違いではないともいえる。

 何故なら彼らは、実際に地位を持つ。

「僕はハルファス、伯爵さ。序列は第三十八番目。二十六の軍団を従えてるよ」

「私はマルファス、総裁よ。序列は第三十九番目。四十の軍団を率いてるのよ」

 目的を問うまでもなく、それは智式の命を脅かす宣言と聞こえた。

 疑念は確証を伴って、死の色を濃くする。

 現に、二人は……二柱は、それぞれに武器を取り出した。

 ハルファスを名乗った少年は、ナイフと斧を。

 マルファスを名乗った少女は、石弓と槍を。

 殺意などという生易しいものではない。

 書物によって、二柱は取り違えられるほどに能力が似通っている。

 即ち――

「戦争だね。待ちに待った戦争だね、マルファス」

「血が湧いて、肉が躍る戦争なのね、ハルファス」

 戦争を、どこまでも物理的に導く。

「ッ!」

 息を止める。

 これは自発的に。

 遅いかもしれないが、再び進行方向へと向き直り、駆ける。

「鬼ごっこかな? 駆けっこかな?」

「すぐに追いつかれちゃ、やぁよ?」

 本当に楽しい遊びでも始めるかのような、無邪気な声を後ろに聞きつつ、智式は全力で逃げる。

 実際に楽しい、と感じるのだろう。

 悪魔にとって姿かたちは変幻自在。

 彼らの姿かたちを記す書物は数あり、内容は大体共通している。なぜなら、大概が元の伝承や、研究の際に参考にした文献があるからだ。

 世に出回る悪魔について書かれた本の中で、著者が実際に悪魔と出会った例は少ない。

 この物質界で過ごすのは彼らの表層の一面。いくらでもとりつくろえる。

 一方で、隠しきれない、変えきれない本質は、それこそが、悪魔たる所以。

(……本厄までは六年あるはずだぞ?)

 喉がひりつき、心臓は裏返りたがっている。

 それでも、足を前に出す。

 護符は、無い。

 朝の時点でもっと早くに気づくべきだった。

 昨日の出来事で、自作の護符はほとんど使い切ってしまったのである。

 いつも、いざというときに持ち歩くための護符の数々がなくなっている時点で、夢が夢でないと気づいていれば、今日は大事をとっただろう。

(違うな)

 大事をとったところで、きっと魔神は家に押しかけてくる。

 七十二柱の魔神が、そうそう極東に現れては問題だ。

 あの二柱はベリアルとつるんでいる可能性が高い。

 薄らとした意識で見た、あの女性の仕業という線もあるが、いずれにしても自信を知る者が、再び己を討ち取りに来たのだ。

 餌とするためかは、わからない。

 そして考えてみれば、何で生きているのかもわからない。

 意識が完全に途切れる前に、何かがあったような気がする。だがそれは、今重要ではない。

(あそこで命を拾えたことに意味はある)

 魔術を、実践する過程で必要なことの一つ。

 意味を見出して、繋げて、強める。

(ならば、それを活かさずして、何が魔術師か)

 魔術師として、もう少し先を知りたいと願った。

 あの瞬間の、それだけは覚えていた。

 だから、駆ける。

 日が沈んで、影の世界になった路地を駆けていく。

「もっともっと速く走らなきゃ」

「腕を振って! 足で蹴って!」

 また、声が聞こえる。

 遠くない。

 距離など、在って無いが如し。当然である。

 単純な身体能力だけでも、差が生まれる。

 走っても、敵わない。

 まして、敵は悪魔である。

「あれあれあれれ、お兄ちゃん」

「まだこんなところに居たの?」

「チッ。所詮は遊び、か……」

 全速力で走ったつもりだった。

 護符の補助もなく、呼吸もろくに整えられていない。

 悪態も、聞こえるかどうかのレベルで、かすれた声しか出せなかった。

 それでも、足を止めたのは疲れからではない。

 先回り。もちろん超高速などではなく。

 飛んできた。

 二柱の背からは、翼が生えていた。

 服のところどころから羽毛が顔をのぞかせている。

 裾から見える足首から先は、強靭かつ硬質そうで、指は四本。三本が前で、一本が後ろのかぎ爪付きである。

「もうおしまい? つまんない」

「もっとあがいて見せて頂戴な」

 姿かたちは当てにならない。

 しかし、一般に伝わる彼らの姿をあえて述べるならば、

「ハルファスはハトで、マルファスはカラスだったか?毟ればいい布団になりそうだ」

 実体のない悪魔であるから、鳥の姿でなくとも、翼が生えておらずとも飛ぶことはできる。

 人間(じゃくしゃ)をいたぶる目的の気まぐれ、であろう。

「一つ正解、おめでとう!」

「二つ正解、プレゼント!」

 言うと同時に、ハルファスはナイフを投げ、マルファスは石弓から矢を放つ。

 軌道は十文字に重ねられ、両方を避けるのは難しい。

 また、下手に避けようとすれば姿勢を崩した瞬間に、今度は斧と槍で迎えられるだろう。

(策を練る暇もなし、ならば)

 智式は腕で身を守りつつ、前へと飛び出す。ナイフも矢も突き刺さる。

 だが致命傷は避けられた。両腕それぞれに傷は酷く痛むが、我慢できるレベルだ。

「すごいよすごい、突っ込んでくるよ。まるで勇者だ、ヒーローだ!」

「だったら、相応のおもてなし。素敵なごちそうを、フルコースで!」

 初撃はどうにかなった。

 だが近接攻撃の連携は、どうにもならない。

(まあ、この短時間で戦闘の策を色々と思いつけという方が無理か)

 迫りくる斧は大ぶりに縦の軌道、槍の方は真っすぐと。

 思考の並列処理は、苦手だがそれでも考えて、ギリギリでブレーキをかけつつ後方へ転がるという選択を選ぶ。

 間違いなく致命傷になる斧の方は、避けたが風圧でバランスを崩された。

 結果として槍の一撃も肩口を抉ることになった。

(思ったより動きは見えた……)

 まだ、本気ではない。

 やはり、遊びととらえているらしい。

(ならば)

 次の一撃が来る。

 ハルファスは再び用意したナイフで今度は懐に潜りこんできた。

 マルファスは、こちらの動きを遮るように、槍を薙いで来た。

 頭が追いつかず、ただ目では追えたので、今度は無様に転がって死に物狂いで避ける。

 また僅かに、肉を削られた。

斧が来る。石弓が来る。

 何とかよけようとして、少し喰らう。

 縦横無尽なで立体的な動きに対して、智式はよろよろとした平面の動きしかできない。

 武器が変わって、剣が来る、鎌が来る。

 またまた少なくない血が流れて、痛みに屈しそうになる。

 どうすればいいか、策を練る思考が一瞬途切れる。

 鉄球が来る、戦輪が来る。

 前後左右上下からの不規則な動きに、骨を折られる。

 嫌な音を聞いたが、感覚はマヒしてきてくれていたのでまだ動ける、考えられる。

 ブーメランが来る、鞭が来る。

 ここまで来ると、速度はあまり関係がない。

 致命傷ではない、というだけ。

 武器自体は、それぞれ大したものじゃあない。

 だがその量はまさしく戦争である。

 ただの人間にとっては、蹂躙でしかない。

 弱り、どうにか立っているという状況の智式。

 昨日と異なり、直接的な外傷でボロボロとなって、血にまみれ、肉や骨をのぞかせている部分もある。

「そろそろかな?」

「そろそろよね?」

そんな智式を見て、二柱は互いに顔を合わせてうなずき合って、それぞれ新たな武器を取り出す。

 ハルファスが持つのは短機関銃。

 マルファスが持つのは自動小銃。

(現代兵器もアリなのか!?)

 悪魔とて時代のニーズに合わせるということか。もっとも、彼らが持ち出したトミーガンとAK-47は、二十一世紀において古い型ではある。悪魔が用意したものなので、見た目通りの代物かは不明だが。

 智式は重火器の知識を持ち合わせてはいないため、それぞれの銃の詳細について名前すら知らない。ただ、どちらの銃も自身をハチの巣にできることぐらいは理解できる。

 銃身が持ち上がり、引き鉄には指が添えられている。

「ばいばい、お兄ちゃん。さようなら」

「小指の先ほどだけど、楽しかったわ」

 秒を数えるまでもなく、自分の肉体は滅びるだろう。

 昨日にも似た、絶体絶命の極地。

 だが、なぜか。

 智式の全身は思ったより弛緩しており、呼吸はリズムを乱さず、鼓動も静かに時の流れを教えてくれる。

 疲労と諦念と度を超えた痛みが、死を覚悟させたのか。

 違う。

 疲れてはいない。諦めてもいない。

痛みは、実は感じていない。

そして死は、踏破する覚悟をとっくにしていた。

だから、思い出せた。

昨日なぜ自分が生き延びれたのか。

 二丁の銃の引き鉄は、同時に引かれた。

 そしてそれより一瞬早く、智式は呟くことが出来た。

「I pierced my hands and my feet: I may tell all my bones.」

 ――私は私の手足を引き裂いた。私は私の骨をすべて数えられるだろう。

「詩篇」二十二章の十六節及び十七節。

その呟きは、弾丸の嵐がかき消していく。

銃撃音の二重奏。

ナイフと石弓の初撃と同じく十字に重ねた軌道は、まさにクロスファイア。

逃げる隙など無かったというのに。

弾倉を空にするまでの数分間、放たれたのは万に届く弾丸。

アスファルトや、路地を作る近隣の家々の塀は破壊された。

粉塵が舞い、たった煙は結果を隠す。

だが、魔神二柱は確信していた。

人間の命は潰えたのだと。

「やったよね」

「やったわね」

 ……。

「って、しまったマルファス、やっちゃったよ! ベリアル様には生け捕りにしろと言われていたのに。どうしようったら、どうしよう……」

「そうだったわねハルファス。何をしてもいいけれど、殺しちゃいけないんだったわ! ついでに何故生きてるか聞くのも忘れていたし……」

 突如慌てる二人。

 銃をそれぞれ何処かへ放り投げて、顔を見合わせて頭を抱える。翼も羽毛も爪も戻して、首をひねったり難しそうな顔をしてみたりする。

 そうするうちに、煙が晴れる。

「――お使いもできない子どもとは……そうか、昨日のベリアルと同じで相当に劣化した使い走りというわけか」

「「えっ!?」」

 二柱が見れば、そこに黒秦智式は立っていた。

「Deliver my soul from the sword: Amen.」

――かくして汝は死することなし。

「ってか?」

 木星の六の護符の力。

 あらゆる災いに対する絶対防御。

 智式が伸ばした右腕の先から、半球の障壁が生み出され、弾丸の全てを受け止めていた。


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