一箱目 最後の日常
先週の金曜日。僕、御伽翼は一般人ではなくなった。しかし、その存在は神でも天使でもなく、そう、生島が言うには、悪魔を喰らう悪魔。人類最後の砦。死神に魅入られたもの。など、特殊能力を身につけ、悪と立ち向かう。という、なぜか厨二チックなその展開に、僕が胸を高鳴らせていたのは、言うまでもない。なぜなら二年前の僕はまだ、平然と人前で、魔眼と疼く左手を隠して生きていた中学二年生だったのだから。
運命の出会いから一週間が経った今日、それまでの僕の変わりない日常が一変した訳でもなく、ただ、いつもと変わらない平凡な毎日が続いていた。
「御伽!部活何にするか決めたか?もちろん俺は野球部だ!」
「いや、帰宅部の一点張りだ」
「またかよ!お前中学も入ってねぇだろ。高校からでも野球部に入れよ!」
帰り道が偶然同じになった、小学及び中学の時もまとわりついてきた地元の熱血漢。まさか進学校も同じとは、ついていない。
「僕は朝練だの、夜練だの、合宿だの、人生の時間を無意味にしか消費しないものに興味はない!」
「マネージャー可愛いぞ…」
一瞬のときめきを押し殺し、冷静な僕を召喚する。いでよ、聖なる翼、僕に力を。
「うちの高校、強豪はサッカー部」
「うぐっ」
熱血漢の顔が歪む。すかさず、あともうひと押しを僕はねじ込む。
「ほぼ推薦で入って来たイケメンアスリート対地元の小、中、高を駆け上がってきたフツメンボウズの試合なんて差がありすぎる!!」
「そんな…!」
「残念だが、それが現実」
そう言い切ったところで、熱血漢との帰路はここまで。二股の分岐を左に曲がる僕に、右へ曲がった熱血漢が手を振る。責めに責めたてた挙句、その、どこか寂しげな表情と、肩を落として帰っていく姿に同情してしまっている僕がいた。
土曜日。清々しい朝日を完全に遮断した部屋で、僕の惰眠は続くはずだった。が、唐突に終わりを迎える。鳴り響く携帯電話に飛び起き、飛びつき、すぐさま発信先を確かめるが、そこには家族でも友達でもない見慣れない番号があった。友達…いたかな。そんなことはさて置き、いつもの僕ならマナーモードに切り替えて夢の世界へ戻るところだが、そうはいかなかった。なぜなら、一週間と一日前に、僕は一般人ではなくなったからだ。
「もしもし」
「遅い」
「では、これで」
「待て待て待て。生島さんだよ。ほぉら、泣く子も泣ける生島さんだよ~」
どういう状態だそれは。心の中で呟いてから、僕は非日常会話のコマを進める。
「で、何のようです?」
「ニュースを見てごらん」
「ニュース?」
僕は近くにあったリモコンでテレビをつける。今朝、隣町で行方不明者が出た。という、ひと昔前までは大騒ぎされていたことが、今ではアナウンサーの一言と字幕で片付けられている。そんなものを見せて、この生島という男は何を言いたいのだろうか。僕は携帯電話に耳を戻す。
「見た?」
「見たよ、結構近いね。最近結構多いんだよなこういうの。行方不明なんて、どこほっつき歩いてんのだか。まぁ、そのうち見つかるだろ」
「見つからないよ」
なんてことを言う男だ。たとえ他人であっても、見知らぬ人であっても、これから先出会うことが無い人であっても、見つかってくれればいいなと思って発した言葉を否定された。さも当然のように。
「生島さん。もう切るよ」
切る寸前。
「見つからない。行方不明なんて嘘だよ。今朝、彼が見つかった時には、上半身が消し飛んでいたのだからね」
「えっ…」
「あれぇ。君。もしかして人生の今まで、ニュースをずっと信じてたの?馬鹿だねぇ~、あんな画面に映し出されることなんて全部鵜呑みにしてたら、人生楽しくて仕方が無いじゃないか」
なんでそんなことを知っているのか。否、知っているのでは無く、知っていたのだ。恐らく、いや、確かに生島はその場にいたのであろう。
「生島さん…もしかして」
「喰らう者、としての初任務だ。オシメをしてくるといい」
「格好は…」
「修学旅行じゃないんだ。君馬鹿だねぇ」
そこで電話は切れた。日常からの逸脱。さようなら、僕の日常。初めまして、僕の非日常。