表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

歩み

『素数ほど魅力的なものはないぞ』

『ソスウ??』

『ああ……素数は、そうだな……数学者の友達だ!』

『父さんのオトモダチ?!』

『そうだ。お前にも紹介してやろうか?』

『うん!!』






ジリリリリリリッッッ!!!!


目覚まし時計のけたたましい音が広い書斎に響き渡る。この部屋唯一の人は無意識にそれに手を伸ばし、ガシャン!と派手に止めた。睡眠を邪魔した時計を止めたのはいいが、彼の手へのダメージは相当だったらしく、顔をうずめて痛みを堪えている。


「……罠……?」


眉間にしわを寄せ先ほど叩き落した時計をみやる。おかしなことを口走ったのは彼の助手、林田宗一郎からもらったものだからだろう。もちろん林田に他意はない。

壁にかかっている方の時計を見ると針は11時を指していた。ちょうどお腹もすいた頃。テーブルの上に昨日か一昨日か、もういつごろからあったか記憶にないパンやらお菓子を適当に口に入れる。入れながらつけっ放しのパソコン画面を覗くのは、ネット上のアーカイブで新しい論文をチェックするためだ。


「なんですかこの論文……基礎からやり直してもらいたいですね……」


昨日の飲みかけの甘いコーヒーをすすりながら、本日の彼の独り言が始まった。


「これもヒドイ。アホらしくて話にならないです……これは……幼稚ですね」


ポチポチと論文に目を通していく。めぼしい物はなかったようで、次はメールチェックに移る。と言っても、大がつくほど人付き合いというものが苦手なので量は大してあるわけではない。ただものすごく濃い内容なだけだ。


「……なるほど。そうすれば量子化が……」


ブツブツ言いながらメールを印刷し、そこら辺にあった紙に色々書いていった。2、3時間したところで彼は残念そうな顔をしながら返事を送った。どうやらまたハズレだったようだ。


「そもそもこの仮定が邪魔をするんですよね……でもこう考えてしまうと……」


部屋をうろうろしたり、ソファーに座って資料をみたり、彼は1人黙々と思索したが、4、5時間もしたらさすがに外の空気がすいたくなったようで部屋をでた。

もう夕日が顔を出す頃で、近くの公園でいつものベンチに腰掛けた。そこへいつもの男の子がやってきた。


「先生こんにちは!」

「あ、エイデン君。学校の帰りですか?」

「はい!先生は今日も考えごとですか??」


エイデンはまだ中学生だが、科学分野に興味を持っていて、国際科学オリンピックの選手にも選ばれている男の子だ。


「ええ、どうすれば相対論と量子力学を統一できるかと頭を悩ませています」

「おおぉ〜。俺にはまだ難しいお話ですね」


タハハ、と頭に手をやるエイデン。


「でもなんか“統一”ってカッコいい響きですね!」


目を輝かせて聞きの姿勢になっているエイデンを、彼はまず隣に座らせた。彼はユリシャのおかげもあってか、子どもとはいい友達になれる。と言っても、やはり自分から積極的になるわけではない。


「大統一理論を知っていますか?」

「えっと……」


すっかり話を聞けるのだと思っていたエイデンは突然の質問にパッと答えられなかった。


「自然界にある4つの力は知っていますか?」

「はい!えっと、重力・電磁気力・弱い力・強い力、です!」


優しい問いかけに今度はしっかり答えることができた。


「はい、正解です」

「あ、じゃあもしかしてその4つを全部合わせるのが、大統一理論ですか?!」


エイデンはどうやら随分と“大統一”という名前が気に入ったようだ。顔が輝いているのが目を閉じても伝わってきそうなのだ。


「いいえ。実はそのうちの3つを統一する試みの事です」

「え?そうなんですか。なんか中途半端ですねー」


がっかりした様子の彼に×××は新しいおもちゃ(・・・・)を見せた。


「もちろん、4つを合わせようという理論もありますよ」

「え!?本当ですか??」


身を乗り出し、早く早くとおもちゃに手を伸ばすエイデン。


「統一場理論。つまり、“万物の理論”です」

「万物、の……」


息を呑むエイデン。その瞳の奥の奥には、好奇心という光がゆらゆらと、たしかに存在していた。


「カッコいい!!何ソレ何それ!?なんかすっげーイイ!!」


相手が先生だという事も忘れ、エイデンは1人興奮した。


「俺、その理論欲しい!!」

「ほっ、欲しい??」


さすがの×××も目を丸くした。


「それってさ、それってまだ誰も手に入れてないんだよね?!」


まだ興奮がおさまらないエイデン。先生にタメ口なので彼はつい助手を連想してしまった。


「えぇ、そうですね。今この時も、世界の科学者達が頭をひねって悩んでいる問題です」

「えぇ!マジすげー!!」


それからエイデンの質問攻めにあったのは言うまでもない。

基本的に自己中心的な×××が人に合わせることができるのは、やはり相手が“子ども”だからだろう。年を少しばかり重ねたせいか、若く輝く子どもに、彼は自分が得られぬ開かれた未来を見ている気がした。





「この前、林田君に似た子どもとお話をしました」

「はい?」


新しい理論の展開中、唐突に話は始まった。


「ドーパミンが出るとタメ口になるのです」

「……他の単語を差し置いてなぜドーパミンを選んだんですか。っていうか話飛びすぎです」

「エイデン君は数学が苦手なようなので、きっと長生きします」

「どんな見解ですか」


ため息をついてソファーから腰を離し背伸びをする助手。首をポキポキとならす。


「……林田君は、数学が好きでしたっけ?」

「え?あぁ、僕の場合数学者とか、人物の話が好きですね。特別出来るわけでも、好きってわけでもないですよ」


そんな助手の言葉に教授は安堵の表情をみせた。


「よかったです……」

「どうしました?」


聞き返した後、助手はハッとした。そう言えば、婚約者だった人は数学者で、すでに亡き人なのだ。


「あの〜、もしかしてユリシャさんと関係が?」


デリケートな部分であるとは知りつつも、つい聞いてしまった。


「えぇまあ、そうですね……それに……」

「それに?」


俯いていた顔が助手の方に向けられる。


「父も、数学者でした」


その表情は苦しそうで、切なさも感じさせるものだった。

思えば、同じ物理学でも“数理物理学者”との親交は皆無といっていいかもしれない。


「『素数は友達』なんていうんです。何度か数学者の方とお話した事がありますが、みんなどこかおかしな人達でした……まぁ人の事は言えませんが」


自嘲とも取れる笑いを見せ、顔をまた下に向けて一瞬沈黙が流れる。彼の複雑な心中を思うと、助手は言葉を出せなかった。

すると突然、テーブルの上に山積みにされていた資料を教授は両手で勢いよく床に落とした。


「ちょ、先生!?」


助手の声も聞かず、残されていた資料の山を再び派手に散らかした。コーヒーも近くにあったので資料と床、テーブルにソファーまでぬらされた。


「せっっ」


癇癪、というのか。教授は止まることなく机や棚にあるものを手に取り乱暴に投げ捨てていく。


「先生、落ち着いてください!先せっっ」


あまりに突然で、今までこんな事がなかったため最初はひるんだ助手だが、教授を止めようと手を伸ばす。だがその手は簡単に払いのけられた。部屋には乱雑な音だけが響く。


「先生!!」


それでも必死に助手は止めようと試みるが、普段の教授からは考えられないぐらいの力が今の彼を支配していた。


「先、せい……」


林田は心を締め付けた。情けなかった。今、目の前で暴れているその人は物理学者として著名な人で、世界中の研究機関、大学等からお呼びがかかっているほど貴重な人なのだ。


「な、んで、何でいないんだ!!」


彼の出す論文は尽く表舞台に取り上げられ、主役として立つこともある。


「ッッうな!……から奪うなっっ!!」


どれだけの人が、時には大物と呼ばれる人達が、今感情にまかせて暴れている彼との交流を望んでいることか。


「ぅう、あッぁぁ……」


床に崩れ落ちた彼の姿をみたら、彼を尊敬し、慕っている人達の幾人が、その気持ちを揺るがさずにいてくれるだろうか。


「うっうっ……」


泣いている。

彼の涙を、見てしまった。物理学者として、確固たる地位と名声の中にいる、その人の涙を。どう声をかけるべきなのか。それとも放っておくべきなのか。




「……先生、ニュートンは一体どんな宇宙を想像していたんでしょう?」


頭で答えを出すよりも早く、言葉が先に出てしまった。すると、“ニュートン”という言葉に教授が反応した。もちろん、助手はこれを見逃さない。


「ニュートンは、もしかしたら知っていたのでしょうか?」


教授に静かに近寄り、優しく背中に手を置いた。


「知っていたかもしれませんね。少なくとも、僕らよりは」

「当たり前です。彼ほど偉大な科学者はいません……」


助手と目を合わせた。涙腺の緩みはまだあるが、怒りの感情はもう見えなかった。


「プリンキピアは、迷った時に必ず開きます。彼に勇気をもらう感じなんです」

「はい」

「彼ほど偉大な科学者は、いません」

「はい」


涙は止まり、落ち着きを取り戻した教授。


「……林田君、ウェストミンスター寺院へ行きましょう。今すぐ……」


そこに眠る、史上最も有名な科学者のもとへ。

しかし、今すぐなど可能なわけはない。色々な手続きにスケジュール調整、面倒なことは山ほどあるのだ。頭では分かっているのだが、彼はそう言わずにはいられなかった。


「先生……」


無理なのはわかっている。彼は立ち上がり散らかった資料を片付けようとした。


「先生、今ならチケットも楽に取れると思います。行きましょうか」


ニッコリ笑ってそう答えた助手。

その瞬間、×××はどれだけぶりかに、心からの安らぎを感じたのだった。

そして目じりに残っていた涙をぬぐい、彼も笑った。


「ついでにイワン君と藤重君のところに寄りましょう。直接会って意見を交わしたほうがいいアイディアを生み、新しい理論が発展するでしょうから」

「了解です」

「そうだ、仁君も呼びましょう!何か新しい観測結果や発見があるかもしれません」







***************






物理学によって生かされ

現代科学に多大なる影響を与えたアイザック・ニュートンに支えられているあなたは

悲しみに

苦悩

喜びも

全てを背負い

ただ一つの目的地に向かっているのですね

















そう言えばニュートンは







数学者でもあった











80を超えて生きた

数学者だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ