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変わっていく

『世の中ってのは、たった一人の人間でずいぶん変わるもんだな』





そう呟いた男の名前を思い出そうとした教授、階段を踏みはずし転倒事故を起こす。


「先生!大丈夫ですか!?」


がやがやと学生達がつめよる。


「大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」


教授、身体能力は低いが打たれ強くはあるようだ。足を少しばかり引きずりながらその場を後にする。


「先生大丈夫かなぁ、骨とか折れてそう」

「たしかに。先生か弱そうだもんねぇ」


おとなしい感じで身長もそれほど高くない教授、やたらと学生達に心配をかける。もちろん当の本人はそんな心配をされているなど露ほどにも思っていない。


「でもまぁ、あれでも男なんだし、ちょっと階段踏み外したぐらい大丈夫だろ」


男子学生がそういうと、周りがざわめきだした。


「え?先生って女じゃねーの??」

「私も女だと思ってた……っていうかあんなかわいいんだから女でしょ!?」

「えー私は男だとおもう!」


男か女か、階段付近で学生達は大いに賑わうのであった。





「あ、ルイ先生」


学内にあるカフェテリアを通り過ぎようとした教授、先輩教授を発見。白髪のステキな老教授だ。


「これはこれは×××先生。お急ぎですか?」


いえ、と答える教授。先輩のお茶に付き合う。


「そう言えば、先生のところに新しく助手がくるという事をききましたが」

「そうなんです。私は結構ですと言ったのですが、なぜだか助手がつくはめに……」


教授、激しくうなだれる。


「お嫌ですか?」


老教授が尋ねれば、こくりと頷く頭があった。


「苦手でして……人というものが……」


なかなか拒絶的なことをあっさりという教授。これでも人に物理学を教えている。


「まぁまぁ。もしかすると馬が合うかもしれないじゃないですか。そう滅入る事もないでしょう」


老教授、ぽんと肩を優しく叩く。しかしこの後輩教授には効果はいまいちのようだ。運ばれてきたミルクティーにも気づかない。


「ルイ先生……私は、純粋に、ただ物理学を……いえ、万物の理論へと向かいたいんです……」


ミルクティーに気づき口に運ぶ後輩教授。味などわからない。そしてテーブルに戻す。


「……な、のに、どうして……どうして……それ以外、私は何も望んでいないのに……」


両手で頭を抱える。


「なぜ、なぜ邪魔をするんですか……眠、だって……本、はいらな……に……」


ブツブツといい始める後輩教授。隣に座るルイ老教授、静かにコーヒーを口にする。彼にとっては何ら珍しい事ではないようだ。


「いらない……何も、何も……万物……だけ、統一場……」


約10分後。後輩教授、ようやくこちらの世界に生還。またやってしまった、という顔で隣をみる。しかし見られたルイ老教授、優しく背中をなでてあげた。


「先、せい……」


心なしか涙をためている後輩教授。背中をなでられ落ち着きも取り戻す。


「×××先生、前を見て下さい」


老教授にうながされ、重い頭を動かす。

緑、水、光、風、自然の美がそこある。加えて人の作り上げたもの。


「美しいでしょう?」

「……はい」

「この中に一体、どれほどの無駄なものがあるというのでしょうね」


ルイ老教授、腰を上げる。


「×××先生、あなたの時間は有限です。こんなところで頭を抱えている暇なんてありませんよ」


人のいないカフェテラスに、一人残された後輩教授。しばらくそこから動けなかった。





「うっわやばいっ!約束の時間ギリギリっっ!!」


いつもなら静かな校舎。今は人の走る音がよく響く。

一人の青年、あるドアの前で急停止。そして手に持つ資料で何やら確認。


「よし、行くぞ」


身なりを整えまずノック。


「失礼します」

「……どうぞ」


中から放たれた声に一瞬緊張。そしてドアノブに手をかける。


ギィィ


ドアをあけ、人を探す。

いた。

背をこちらに向け、机にかじりついている。


「あ、あの……」

「今手が離せないので後にしてください」


そう言われてしまい、青年はソファーに座って待つことにした。

約3時間、青年はとにかく待ち続けた。なかなか忍耐強い。

ようやく机から離れたその人がクルリと青年のほうに向き直る。青年、すぐさま立ち上がり一礼。


「初めまして!今日から先生の助手をさせていただくことになった林田宗一郎です!よろしくお願いします!!」


バッ、と顔をあげ、ようやく教授と顔をあわせる。はずが、そこに教授はいない。


「あ、あれ??」

「もしもし?不審者です。今すぐきてください」


顔を右にそらせば、とても冷静に通報している教授がいた。教授、受話器をおき青年あらため、林田宗一郎と向き合う。


「すぐに警備の方がきます。何が目的か知りませんが、観念してください」


ポカン、と口をあけ間抜け顔をつくる林田。これが普通の反応だろう。


「まさか、目的は論文ですか?言っておきますけど、今取り組んでいるのは……」

「ストップ!!ちょっとま、待ってください!!」


思わず両手を前に出す林田。話が恐ろしくそれる前になんとか修正しようと試みる。


「あの、僕は今日からあなたの助手としてここに来た者でして……」

「助手?なるほど、新手のオレオレ詐欺ですか」

「違くね!?しかもちょっと古いし!!」


思わずタメ口。ツッコミは彼の性分だ。


「助手は来月くることになっています。ここまでですね、不審者さん」

「それ早まったから!ちゃんと連絡もいってるはず!!」


え?、としばしの間。

その時、林田は発見した。


「そ、そんな嘘を言ったところで」

「先生、この封を切られていない手紙の山の一番上……」


林田の指の先、そこにはたしかにこんもりと様々な封筒があり、天辺には「重要」と書かれた手紙がある。教授、恐る恐るそれを手に取り近くにあったハサミで封を開ける。


「動かないでくださいよ」

「動きませんよ。それよりさっさと確認してください」


言われなくとも、といった表情の教授。中から取り出した紙を開く。


――助手の派遣日について

○月×日(△)の予定でしたが、こちらの手違いで一ヶ月ほど早い、×月○日(△)になってしまいました。申し訳ございません。ですが、とても優秀な青年ですので、先生のお役に立つ事間違いありません。どうぞよろしくお願いいたします。

――追伸

お詫びといっては何ですが、先生の好きなチョコレートで、最高のものを送らせていただきました。どうぞお召し上がりください。


「……なるほど、チョコの謎が解けました」

「そこ!?そっち??!」


林田のツッコミは無視し、教授、彼の顔をまじまじとみる。


「な、なんでしょうか……?」


教授の目は確実に疑いと不安を持っている。林田、追い出されるのではないかと心配する。しかし、せっかく助手という重要なポジションをもらったのだ。そう簡単に引き下がるつもりはない。


「こ、こう見えて僕はハーバードを主席で卒業していて……」

「そんな事はどうでもいいです」


世界のエリート大学、ハーバードを卒業しているのは教授にとって大きなことではないらしい。


「……本当は助手など求めていなかったのです。私は、あまり人と関わるのが得意ではないので……ですが助手が必要、という周りの意見で、私の知らぬところでそれが決定していました」

「は、はぁ」

「たしかに、助手というのは必要です。ですが私は、どうしても人とどう接するのかわかりません。ですから、あなたには色々迷惑をおかけすると思います……」


どうやら追い出されることはないようだ。それを知っていっきに体の力がぬけた。


「は、林田君?」

「あ、すいません。僕はてっきり、追い出されてしまうのかと思いまして」


ははは、と手を頭にのせ安堵の笑いを浮かべる林田。


「で、ですが、私はその、本当に人間づきあいというものを……」

「それなら大丈夫です!僕の友達や周りの人はなかなか変人が多いもので、慣れっこです!」


さらりと失礼な事を言ってのける林田。只者でないこと確実だ。


「そ、そうですか……」


まだ不安そうな教授。と、そこへ……


「先生!大丈夫ですか!?」


警備員が血相変えて登場。不審者改め助手の林田を確保したのであった。







***********









「×××先生、あなたは随分と変わられた」

「え?」

「昔の、林田君と会う前のあなたは、今のあなたとはまるで別人でしたよ」

「そうでしょうか」

「えぇ、変わられた……人が変われば、世界も変わる。そうは思いませんか?」

「それは……どういう意味でしょうか?」

「この広い世界は、たった一人の人間で変われる」

「……良くも悪くも、ですが」

「ひねくれないでください」

「真実です」

「……そろそろ時間ですね」

「はい。また、お伺いします」

「ふふ、また、が来るといいのですが」

「ルイ先生……」

「あなたの、万物の理論を見れないのが惜しいですね」

「……私もきっと、そこまでたどり着くことは出来ません。先生の言っていた言葉も、満足に理解できないのですから」

「私の?」

「えぇ、先生が言っていた……」


「×××先生、面会時間はもう終わりです」


「……」

「……」





『この中に一体、どれほどの無駄なものがあるというのでしょうね』








死を待つ老教授と涙を見せない物理学者の会話。




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