電車でGO
『いいか×××。ミリカンはこう言った』
――時計が存在するのは、その時計を作った人がいるからだ。同じように、宇宙が完璧なる調和の内に動いているのも、その背後に神聖なる設計者、すなわち創造主がいるからに他ならない――
『どーいう意味?』
『つまり、神さまはいるんだよ、って事だ』
『えーウソだよ。神さまなんていないよ!』
『でも×××、お前の大好きなニュートンも神さまを信じていたんだぞ?』
『そうなの!?』
天気、快晴。
教授、寝坊。
「どうして起こしてくれなかったんですか!?」
「何で僕が先生の私生活まで面倒みなきゃならないんですか!!」
プルルルルーッ
<電車発車いたします。無理な駆け込み乗車はおやめください>
「ちょっと待ったぁぁーー!!」
助手の林田、その身をていしてドアに挟まる。まさしく助手の鑑。
「ナイスです!林田君!!」
プシューッ
何とか電車に乗ることが出来たこの二人。とある大学の教授とその助手。それほど乗車客のない車内で呼吸を整える。手には今日講義するための資料、そしてパソコンを持っている。もちろん持っているのは助手のほうだ。
「はぁ、はぁ……久しぶりに運動しました。おそらく私にとって半年分の運動量でしたよ」
「そうですか。じゃあ両手にこの大量の荷物を抱えて走った僕は1年分ですね」
助手、少し嫌味っぽく言って両手をくいと持ち上げる。
「ありがとうございます。資料なんかは郵便で送ることも可能だったんですが、やり方がわからなくて。帰りもよろしくお願いします」
教授、愛想良く笑ってお礼と新たなお願いをする。助手とは違ってこれっぽっちの嫌味の意思も悪気もない。が、寝坊された挙句この重い荷物を持って走らされ、実は郵送できるんです、なんて事を言われた助手。さすがにキレる。
「あ、あなたはいつもいつも……僕を何だと思ってるんですか!!あなたの召使いじゃないんですよ!?」
いきなりの大声に、教授を含むその車両に乗っていた人達が一様に驚く。助手、周りの視線に気づき慌てて手で口をふさぐ。
「は、林田君……?」
教授の問いかけには答えず、そのまま20分ほど電車に揺られる。
<〜〜駅、〜〜駅。ご乗車ありがとうございました……>
電車を降り改札を出る二人。相変わらず沈黙をまとっている。
助手、カバンから地図を取り出し道を確かめる。
「こっちです」
ほんの一言だけ言ってあとは振り返りもしない。教授、気まずさと寂しさからか、助手の名を叫ぶ。
「林田君!」
ぐい、と彼の腕を引っ張る。
「わっ!な、何ですかいきなり……?」
荷物の一つでも持ってくれるのかと期待した助手。しかしそれは音速のごとく裏切られた。
「あれ!あれ食べてみたいです!!」
食べたい?と助手は首をかしげて教授の指差す方を見る。そこにあったのはたい焼きの文字だった。
「せ、先生……」
「すごいです!初めて本物を見ました!あ、本当にタイの形をしているんですね!中はあんこが入っていると聞きましたが……あの周りのパンのようなものはやはりお魚のタイ味なのでしょうか??」
目を輝かせてたい焼き屋を見る教授。まるで子どものようだ。そんな教授にため息をつく助手。どうやら色々と諦めたらしい。ポッケから財布を取り出し、たい焼きを一つ買ってあげた。
「わぁ。ありがとうございます林田君!」
先ほどよりも目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる教授。
「どういたしまして」
教授の笑顔に、助手のほうが気にしていた気まずさはなくなったようだ。
さて、と再び歩を進めようとした助手。またしても教授にストップを食らう。
「林田君」
「今度は何ですか?」
振り返ると、たい焼きを二つに割って片方を差し出す教授がいた。
「??」
「はい、半分個です」
「あ、ありがとうございます」
「それ、持ちます」
教授、助手が持っていた資料を受け取る。助手、再び礼を言う。
そして二人で並んで歩く。
「林田君」
「はい」
教授、最後のたい焼きをパクリと口に入れる。
「その、えっとですね」
「先生、食べ終わってからでいいですよ」
そうこうしている内に助手も完食。片手が空いたので資料を返されるかと思ったが、それはなかった。
「すみません、お待たせしました。それで、ですね。その、今日は、色々と申し訳ありませんでした」
「……」
教授、若干俯きながら、それでも必死に謝罪する。なかなかけなげだ。一方助手。少々意地悪ぐせがあるのか、何も答えず、無言で教授にさらなる言葉を求める。
「ね、寝坊も、重たい資料も、全部私の不手際で……林田君も、自分の仕事があるのにいつも迷惑かけてばかりで、本当に申し訳……」
「別に迷惑と思ったことはありませんよ」
助手、ようやく口を開く。そして教授が持ってくれていた荷物を再び手にする。
「あ、あの」
「先生のその細い腕に大事な資料は任せられません」
くすっ、と小さく笑う助手。その顔に教授のもやもやは晴れたようだ。
「ありがとうございます。林田君、私はあなたの事を召使いだなんて思ったこと、一度だってありませんよ?」
「わかってますよ、それくらい。寝不足でちょっとカリカリしてました。すいませんでした」
教授と助手、お互い仲直りが出来て安堵。
「本当に、あなたのような方と出会えて、助手として一緒にいて頂いて、ありがたいです」
「ど、どうしたんですか急に?」
普段から礼を欠かさない教授。だが随分と今日はしみじみ言っているので、助手困惑。
「……林田君は、運命だとか神だとか、そういったものは信じていますか?」
教授に軽く見上げられ問われた助手。突拍子も無い質問に困惑。
「そうですねぇ。あんまり真剣に考えた事がないのでパッとは答えられませんが、多分あるんじゃないですか?例えば僕と先生が出会ったのは運命で、それは神様がそうしてくれた、とか」
助手の答えに教授、口をつぐむ。
「先生?」
「……私は信じていません」
「それは、非科学的だからですか?」
例えば、神学者以外の大半の学者、生物学者や物理学者、数学者も“神”のようは超越存在は拒否する。
「そうですね、それもあります……」
教授、ふと立ち止まる。歩いている時に突然立ち止まるのはよくあること。脳が忙しく働いている。助手、腕時計に目をやり時間を確認。5分ぐらいなら立ち止まらせても大丈夫、という結果を出した。
「……」
「……」
無言で立ちすくむ二人。通行人がちらちら、と訝しく視線をやるが関係ない。
「……神は宇宙であり、自然であるとした場合……書物……解くのは……数学的言語と幾何学の文字……」
教授、ブツブツと独り言を始める。別段珍しいことではない。
「神は計算をされている……幾何学する……」
助手、再び時計に目をやる。もうそろそろ行かなければならない。
「先生、先生!」
「……『神の叡智は創造の業の中に現れている』……」
「もう、先生!!」
助手、荷物を一旦地面に置き、教授の目の前でパン!と両手を叩く。
「あ、はい。何でしょうか?」
「歩いてください。これから講義があるんです」
「あぁそうでしたね。すみません」
ようやく再び歩き出す。会場はもう目に入る。
「林田君、私は神を信じませんが、それ以前に大がつくほど嫌いなんです……仮に存在するとしても。ですが私は、ニュートンを尊敬しています」
「はい」
助手、教授の言葉に耳を傾ける。しかし、また立ち止まられたらかなわないので、両手で持っていた荷物を片手で持ち、空いたほうの手でしっかり教授の腕をつかむ。
「ニュートンは神を信じていました。私はニュートンが好きです。ある意味信頼しています」
「さっきの言葉もニュートンが言っていたことですよね」
「私はニュートンを信じていますが、神は信じていません。ですがニュートンは神を信じていましたし、偉大な科学者達もそうでした」
「今はそうでもないですよ。年々信じない人は増えています」
ピタッ、と止まる教授。助手、ヤバイ、とあせる。
「先生、これ以上道草食っていられません。さ、歩いてください」
助手の言葉は聞こえていないような教授。助手の顔をまじまじと見る。
「な、何ですか?」
ニコリと笑う教授。
「もし林田君と出会えたのが運命だとして、それが神の行いなら、大嫌いから嫌いに変えてもいいです」
「そ、そうですか。えーっと、ありがとうございます」
助手、教授の言葉に本日三度目の困惑。しかしなかなか嬉しいものだ、と小さく感動。一方教授、少し俯く。
「……でも……神なんていません。証明してみせます……」
「はい?」
教授の小さな声に聞き返す助手。しかし答えは返ってこず、ただそっと笑っていた。
ロバート・ミリカン――アメリカの物理学者。
「神は宇宙であり〜〜」――ガリレオの言葉。
「神は計算を〜〜」――順に、ガウス、プラトンの言葉。
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『神なんているわけありません』
『あなたは神を誤解しているわ』
『では一体、神とは何ですか?』
『設計者よ。それもとびきりの』
『では数学で証明してください』
『ええもちろん。待ってなさい』
『私は逆の証明をしてみせます』
『面白いわね。競争してみる?』
『私が勝ったら結婚して下さい』
『死ぬ前に答えが出るかしら?』
『では出ずとも結婚して下さい』
『欲張りな人ね……一つ条件を』
『何ですか?』
『万物の理論』
『知りたいですか?』
『えぇ、知りたいわ』
ある日の夜。
未来の物理学者と数学者の会話。




