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うさぎとかめ~もしもかめが超努力家だったら~

作者: 有村遥

あるところに、走るのがとても速いうさぎと、とてものろまなかめがいました。

うさぎはついこの間もマラソン大会でぶっちぎりの一位になったばかりで、少し、いやとても天狗になっていました。

かめはそんなうさぎにあこがれの気持ちを抱いていました。

うさぎは町のヒーローで、今日も握手会が行われ、たくさんの動物たちにサインや握手を求められていました。

かめがその握手会会場の前を通りかかると、うさぎの姿をまじまじと見つめました。

それに気づいたうさぎは、かめに恥をかかせてやりたくなりました。

(こいつにマラソン勝負を持ちかけて、こてんぱんにしてもっと自信を失わせてやろう。)

そう、イケメンで俊足のヒーローは、実はとっても性格が悪かったのです。

かめは握手会の整理券を持っていなかったので、遠巻きにうさぎを見るだけでしたが、目のいいかめはうさぎが生で見れば見るほど、イケメンであることと、足の筋肉の形がとても美しいことにすぐに気がつき、さらにファンになりました。

そしてしばらくうさぎを見つめていたかめは、一瞬うさぎと目があったような気がしました。

でも、自分なんかを見てくれるはずがないと思い、またじっとうさぎを見つめていました。

すると、

「そこのかめ。こっちへ来いよ。」

とうさぎがこちらをーかめを、しっかりと見据えて言いました。

でもかめは、整理券を持っていないのでいけませんと正直に応えます。

本当は、うさぎのそばに行きたくて行きたくて仕方がないのですが、かめは自分に自信がないのと同じくらい、正直ものだったのです。

すると、うさぎに指示されたのでしょうか、屈強そうなくまの店員がよってきて、かめを抱き上げ、のっしのっしとうさぎのもとへ連れて行きました。

周りからはうさぎのファンの女子からの悲鳴が巻きあがっています(彼女たちはうさぎの性格が悪いことを知りません)。

「なにあのかめ!」「あんなブスのどこがいいのよ!(かめはオスです)」「ぎゃああああああああ!!」

うさぎはそんなかめに対する罵詈雑言をまんざらでもなさそうな顔でーなぜうさぎがそんな顔をしたのでしょうか?―聞き流していました。

しかしかめは気が気じゃありません。なぜならかめは、極度の引っ込み思案だからです。さらに、あこがれのうさぎが目の前にいるものですから、かめはもう心臓破裂を起こして死んでしまいそうでした。それほど心臓が早くなっていたのです。

「おいかめ、来週の日曜日、マラソンで勝負しようぜ。」

かめはとても驚きました。無理もありません。

偶然会った大スターに無理やり引き出され、呆然としていたらマラソンの勝負を持ち掛けられたのですから。

これは、あなたが偶然かのウサイン・ボルトに遭遇したところ、突然抱えあげられて「100メートル走で勝負しようぜ」と言われているのと同じ意味です。違うだろなどと言わないでください。同じです。

まあそれで、かめは当然断ります。かめは自分の身の程を知っているからです。しかし、それと同じくらい、かめは負けず嫌いでした。

「そうかそうか、お前はおれと勝負して負けるのが怖いんだろ。だから断るんだろ?」

そう言われるとかめはつい、勝負すると言いそうになってしまいます。かめはそのときにはもう、うさぎの性格が悪いことに気がついていました。うさぎがかめを馬鹿にしたくて言っていることにも気がついていました。

それでも、男にはやらねばならぬときがあるのです。

かめにとっては、マラソンでうさぎと勝負するときがそのときなのです。

「わかりました。受けてたちましょう。」



家に帰ったかめは、すぐに一週間のトレーニングスケジュール表を作りました。

しかしかめはのろまなので、家に帰ってスケジュール表を作るだけなのにとても時間がかかりました。

でもかめはとてもまじめで、それと同じくらい一度決めた事はやり通す性格なので、その日の夜もしっかりと予定通りトレーニングをしました。

そのときうさぎは、テレビで自分も出演している特番を見ながらニンジンチップスの10%増量版を食べていました。

なにしろマラソン大会のために、減量をしていたので好きなものを何も食べられなかったのですから、大好物の油でギットギトで、さくさくのニンジンチップスが食べたくて仕方がなかったのです。

しかも、相手はかめです。うさぎは負ける気がこれっぽっちもありませんでした。たとえ、自分が少し太っていて、かめがちょっとしたトレーニングをして来ていてもです。

だってうさぎはチャンピオンなんですから。

でも、かめのトレーニングはうさぎが思っているほど楽なものではなく、とてつもなく過酷なものでした。

ここで少し、かめのトレーニングについて説明しましょう。

朝起きたら、海藻スムージーを一杯飲んでからランニングへ。あえて普段は通らない坂道やぼこぼこ道にも挑戦しています。

帰って来てから、栄養バランスの整った朝食をしっかりと摂取します。

それが終わったら筋トレです。

腹筋、背筋、腕立て伏せ、足あげ、懸垂などをみっちりします。もちろん間の水分補給も欠かしません。

軽く筋肉を休ませたら次は50メートル走を10本走ります。

さらに、脚をマッサージしたあとに100メートル走を10本走ります。

それが終わる頃にはお昼時です。また栄養バランスの整った昼食をしっかりと摂取します。

そして午後は延々と走ります。首から水筒を下げているので少し走りにくいですが、水分補給は大事です。

脱水症状はつらいのです。みなさんも水分補給はしっかりとしましょう。

そしてあたりが薄暗くなるまで走って、家に帰ります。

夜も、栄養バランスの整った食事をしっかりと摂取します。

大好きなお酒も酢わかめもがまんします。

そしてかめは一週間で素晴らしい成長を遂げたのです。

その一方でうさぎは、最初に思っていたよりも―読者のみなさんが思っているよりも、ぶくぶくに太っていました。

さすがのうさぎも危機感を覚えました。それは、かめに負けるかも、ということではありません。

自分が太ったことで、ぶっちぎりでゴールできないかもとか、ファンがいなくなるかもとかそういうことです。

うさぎはなんとなくの間に合わせのトレーニングをして当日に備えました。

ただ、少し痩せた程度なので、あまり変化はありませんでした。


                  *


そしてついに勝負の日がやってきました。

町の動物たちも興味しんしんで、たくさん集まっています。あるものはうさぎの顔が貼られたうちわを持ち、あるものはかめを応援していました。(それは町の少数派の動物と、かめの親戚たちでした)

そこへ、主役ふたりがやってきました。

ほどよく筋肉のついたシュッとしたかめと、皆さんが思っているよりも太り、肌荒れしまくっているうさぎです。

全員、そのふたりを観客だと思いました。

だってみんなの知っているうさぎはイケメンでスタイル抜群だし、かめはのろまでへろへろしているからです。

会場係も始めは気づきませんでした。

「・・・」

しばらく間が空いてから全員が気づきました。

「えええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!???」

素晴らしい。全員一致のリアクションです。こんな息の合ったリアクションはそうそう見ることはできません。

うさぎのファンの女子たちは全員気を失いました。

たとえどんなにイケメンでも、太って肌荒れすれば十分ぶさいくです。

かめの親族や町の少数派の動物は、もっとかめを応援したくなりました。

どっちつかずだった動物たちは当然かめを応援しました。

うさぎもとても動揺していました。自分がファンに気絶されるほどひどいことになっているなどと思っていなかったし、かめがこんなに鍛えてくるとも思っていなかったのですから。

「うさぎさん。」

かめが口を開きました。

「わたしは、あなたのファンでした。あなたが私をばかにしたいのも知っていました。それでも、憧れのあなたと競争できることが楽しみでした。だから、あなたに不快な思いをさせぬよう、少しでも追いつけるよう、鍛えてきました。それなのに、あなたはどうでしょう。わたしの憧れていたあなたはもういません。多少コンディションが悪くても、わたしごときには負けるはずがないと思ったのでしょう。わたしもあの頃のあなたに負けるのは仕方がないと思っていました。でも、こんな情けない姿になったあなたには負けたくありません。わたしが、絶対に勝って見せましょう。」

かめが変わったのはスタイルだけでも、体力だけでもありません。かめは、自分を鍛えるうちに、立派なスポーツマンになっていたのです。

ただ、それでプライドだけのかたまりになっていたうさぎの闘志に火がつきました。

「うああああ? このおれがお前になんざ負けねえよ! おれは世界チャンピオンだ!」

「世界チャンピオンだった頃のあなたはもういない! ・・・さあ、もうすぐスタートです。」

スタートの合図を出すのは町長さんです。よぼよぼの手でピストルを受け取りました。

「い、位置について…よーい、ドンじゃ!」

パン!!!! ピストルの音が響きます。町長さんはびっくりして気絶してしまいました。

うさぎはそれを鼻で笑いながらスタートしました。しかし、優しいかめは町長さんを救護テントまで連れて行ってしまい、大幅に遅れをとってしまいました。

でも大丈夫です。うさぎは走るのがとても遅くなっているし、かめはトレーニングを必死に頑張ってきたのです。

そしてなにより―かめにとって一番励みになるのは、周りの動物たちからの熱い声援です。

かめは期待に応えようと全力で走ります。うさぎの姿が見えてきました。

余裕の表情のうさぎが後ろを見ると、すごい速さでかめが走ってきます。効果音を付けると、

ドドドドドドドドドドドドドドドド!! ―という感じでしょうか。

とにかくかめはとても速かったのです。

うさぎは逃げようとしますが、へろへろですぐに抜かされてしまいました。

結果はと言いますと、かめのぶっちぎりの勝利です。

うさぎは、かめを馬鹿にするはずが、自分が馬鹿にされた気分になりました。

その日からかめは、町の大スターになりました。それでもかめはそれを鼻にかけることなく、今も規則正しい生活を送っています。

マラソン選手にはなっていませんが、毎日ランニングしているそうですよ。

大好きなお酒と酢わかめを程良い加減で楽しんでいます。

え? うさぎはどうなったのかって?

もちろん、うさぎも心を入れ替えて、今ではもとのイケメンに戻っています。性格もとてもイケメンになり、今まで以上に人気者になっています。

この間の試合も優勝だったらしいですが、いつかは必ずかめに勝つと闘志を燃やしています。


めでたし、めでたし。

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