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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒色の学園生活 体験版

作者: ロン

思い付いたのでやりました。もしかしたら皆様にも思い当たる節があるかも知れません。

それでは、どうぞ

「なぁ、レン。自分の黒歴史言ってくれへん?」

「……んぐ!?ゴホゴホッ!な、何言ってるんだよ!?コウキ!」


 昼休み。学校の屋上で弁当を食べていると、高校に入ってからの初めての友達である早走(ハヤバシリ)コウキが唐突にそう言ってきた。俺は口に流し込んだお茶を噴き出しそうになるが、我慢して飲み込む。その時に思わずむせてしまった後、俺はコウキを睨み付けて怒りを表す。しかしコウキは俺の怒りなど知ったことかとでも言うように、その茶色の髪を掻きながら何でもない様子で口を開いた。


「んや、気になったんや。俺らは所謂『二次好き仲間』やからな。そやったら黒歴史の一つや二つ作ってるかなーって」

「何なんだ?その考え……」

「あ、私も気になる。光谷(ヒカリヤ)君の作った物語」


 似非関西弁のコウキの言葉に呆れていると、コウキとは逆方向から声がかかる。そちらに振り向くと、何故か目を輝かせている綺麗な黒髪を持つ女子がいた。彼女の名前は月宮(ツキミヤ)ミレイ。この学校屈指の美少女だ。少なくとも、まだ四月下旬のこの時期に、十月開催予定の文化祭の一大イベントであるミスコンへの出場に声がかかる程にその見た目を買われている。それが広まるにつれて彼女の名前が知れ渡り、彼女はもう十回以上告白されている。しかし、その全てを彼女は断っていた。理由は「貴方は私をきっと理解していない」という、至極マトモなものだったそうだ。

 因みに、俺の名前は光谷レン。少しゲームが好きな程度の人間で、とてもクラスで影が濃い訳でもない。コウキはその口調もあってかある程度知名度はあるが、それでも有名人という訳でもない。そんな俺たちが何故そんな美少女と一緒に昼食を摂っているのか。答えは単純だ。彼女も『二次好き(こっち側)』なのである。まぁ、俺たちよりも理由は比較的ピュアなんだが。

 俺とコウキはゲーム好きが発展して。ミレイは昔からの物語好きが発展して今に至っている。具体例を上げて言ってしまえば、俺とコウキは敵をひたすら倒して、ミレイは夢を見続けてこうなったのだ。

 そんな彼女だから、俺の黒歴史と聞いて物語を連想し、目を輝かせているのだろう。きっと、彼女のような人を残念美人というのだ。


 ──────黒歴史。

 一言で言ってしまえば、『葬り去りたい過去の歴史』のことだ。それを言ってしまえばどこかの国のブラックな組織とかも黒歴史にカウントされるのかも知れないが、少なくとも日本の一般人には『過去の恥ずかしい思い出』で定着している。一番分かりやすい黒歴史は、厨二病だろうか?あんな感じに後々後悔するものを黒歴史と呼ぶ。

 そして、当然ながら俺にもあった。俺の黒歴史は、「小説」だ。始まりは小学五年で、その動機は「好きなゲームのその後を知りたい」というある意味当然で、ある意味邪道な考えだった。俺は直ぐ様ネットに潜り、そのゲームの二次創作を探し回った。だが、これじゃない。そのゲームの知名度が低かったのもあるのだろうが、何より俺が求めていたものと違ったのだ。例えば、エンディング前にも関わらずゲームでは出てこないオリジナルキャラが出てきたり、恋愛モノじゃなかったのに何故かほぼ恋愛小説になっていたりと、そんな感じだ。そこで、俺は気付く。


 ───ネットに無いなら、自分で作れば良いじゃないか!


 そうして、俺はそのゲームの二次創作を作った。作ってしまった。そして、そこから段々とエスカレートしていく。まぁ、言ってしまえば始めはただゲーム設定に忠実に作っていたのだが、何時からか何を血迷ったのか謎のオリジナル要素を作ってしまったのだ。その結果、ただの趣味で作っていた二次創作が、気付けば(悪い意味で)何が起こるか分からず、「最早ゲーム関係ないだろ」と言いたくなるようなオリジナル技を連発する謎小説になってしまったのだ。そして、それが悪いものでは無かったと思ってしまっていた当時の俺は、遂に完全オリジナルの小説を作ってしまう。それはもう、口に出せない程恥ずかしいものだ。



 ………と、こんな感じで弁当を摘まみながら二人に俺の黒歴史についての説明をする。それを聞いた二人の反応は…………。


「自分も、大変やったんやな。俺は精々家でゲームの技を本気で練習してたぐらいやったんやけど」

「そうなんだ…。今だったら、ちゃんとした物語を作れるんじゃないかな?」


 コウキは俺に対して悲しいものを見る目をしながら同情し、ミレイは何故か俺が物語を作る方向に思考を回している。確かに、あの時に比べれば俺の頭もマシになったし、ある程度のバランスだって一応考えられるから場合によっては黒歴史にならないかもしれないが、それはそれで抵抗がある。仮にやるとしてもノートはまず使わないだろう。

 そんな感じに俺の意識が別の場所に逸れていると、焦った様子のコウキが話しかけてきた。


「おい二人とも!もうすぐ昼休み終わってまうで!?」

「いや、俺は話しながら食ったから」

「私もそうしたよ?」

「くそっ!自分ら覚えとけよ!………ゴホゴホッ!」


 慌てて弁当を食べてむせる親友に水を渡しながら、俺は空を見上げる。そこには当然のように青空が広がっていた、が、先を見てみると灰色の雲が近づいて来ているのが分かる。


「雨、降るな」

「ほ、ホンマか!?」

「じゃあ、そろそろ教室に戻ろうか?」

「いやいや、待っとってーな!?」


 急いで弁当を食べているコウキを放置しながら、俺たちは教室に戻っていった。まぁ、俺たちのクラスは屋上に一番近いから、コウキが遅れることはないだろう。もう一度空を見上げる。空は僅かに雲によって暗くなっていた。


 ---------------


「ホンマに行きよったで、あいつら」


 そう一人ごちながら、俺は一人で弁当を食う。さっきまでそれなりに騒がしかった屋上は、レンとミレイを最後にして俺以外は誰も居なくなり、ただ風の音が聞こえるだけだ。そして、何故か一人で食う弁当は少し味が劣っているように感じた。


 弁当を食い終わり、俺は教室に戻るために立ち上がる。すると、何かが歪むような音が上から聞こえてきた。俺は空を見上げ、それを見た瞬間に驚きで思わず呟いた。


「お、おかしいやろ…。ゲームちゃうんやで?この世界は」


 ---------------


「光谷、月宮。早走が遅いんだけど…何か知らないかなー?」

「多分屋上でまだ弁当を食べてると思います」

「私も、そう思います」


 チャイムが鳴ったにも関わらず、まだコウキは戻ってこない。それを不思議に思った現国の先生が、いつもコウキの近くに居る俺たちに質問してきた。俺とミレイは同じ答えを返す。少なくとも俺たちはそこまでしかアイツを見ていないからだ。

 その事実に、俺は内心疑問を抱いていた。あいつはその言動もあってかそこまで真面目な奴には見えないが、本当に遅刻しそうになると弁当を食べるのを中断する程度には授業に対して真面目に取り組んでいる。それが体育なら尚更やる気をだすような奴だ。俺は何かあったのかと思い、席を立とうとする。しかし、それは勢いよく開かれたドアの音で中断された。

 そこに立っていたのは、さっき話題になっていたコウキと、金髪に青色の目をした上に何故か軽量そうな鎧を着た青年だった。コウキは、青年を指差しながら訳の分からないことを口走った。


「い、今澤(イマザワ)先生!この人が空から降ってきたんや!」


 その言葉に、クラス全員が首を傾げた。もちろん俺もその一人であり、コウキがなんでこんな冗談を言ったのか、と考えようとした。しかし、その考えは焦りきったコウキの顔を見て消し飛んだ。コウキはよく冗談を言う。だが、言うときは大体ヘラヘラ笑っているし、少しでも反応を返せば「冗談やって」とまた笑いながら返事をする。それは何となく今澤先生も分かっていたのだろう。彼女は暫く手を頭に当てて悩むような素振りを見せたあと、何か分かった様子でコウキに近付いていく。そして、物凄く優しそうな顔をして言った。


「早走。親に連絡してやるから病院に行こうか?」

「いやちゃうて!ホンマに空から降ってきたんやって!」

「大丈夫大丈夫。先生分かってるから。病院に行ったら直ぐに良くなるから、な?」

「ホンマって言よるやろ!?助けてーな、レン!」

「え!?」


 そのやり取りをボーッと見ていると、コウキに話を振られた。思わず驚きの声を上げてから、俺は何かを言おうとする。だが、その時に何故か金髪の青年の方に意識が行った。忘れかけていた人物を思い出した俺は、青年の事を質問する。


「なぁコウキ。取り敢えずその人を紹介してくれないか?」

「あ!そやった。ありがとーな!んじゃ、ささっと自己紹介頼んますわー」

「………ふっ。やっと出番か?」


 コウキに声を掛けられて、青年は小さく笑った。そして、右手を顔を右側に添えた、所謂厨二ポーズで、高らかに言い放つ。それは、ただ聞くことさえも難しいものだった。何故ならば、だ。


「ありがたく聞くがいい!俺の名はアレクズ・ブラッドブレイド。魔物の呪いを受け、邪悪な魂をこの右手に封印している。この封印が全て解かれれば、この土地は一瞬にして焼け野原になるだろう。そうなりたくなければ、俺を本気で怒らせないことだな。クックック」


 …………クラス全員が大きな反応を示した。大笑いしたり、青年を可哀想な物を見る目で見ているのが約半分。残りの人は、そっぽを向いたり机に突っ伏したりしていて、顔を見ることは叶わないが、きっと同じような反応をしているのだろう。コウキはそれを見て「やっぱこうなってまうかー……」と頭を抱え、ミレイはクスクスと小さく笑っている。そして、俺はと言うと………


(ないないないない絶対ない!そうだ、あれに聞き覚えがあるのはただのデジャブなんだ!俺は知らないぞ!あいつの右手に宿っているのが『ディザス・ブレイカー』っていう魔物の魂で、魔神の先祖帰りなんて情報は持ってない!)

 多分クラスの誰よりも大慌てしていた。それも当然だ。(自称)アレクズが言った情報は、俺が知っている物と被っていたからだ。俺はその動揺を隠す為に、周りの人と同じように机に突っ伏する。そしてそのまま目を瞑って睡魔が襲ってくるのをひたすら待った。だが、緊張や熱、心臓の音が煩くて全く眠れない。

 俺がそれに苛立っていると、笑い過ぎて息を切らしているクラスメイトがある質問をした。


「はははは!……はぁ、はぁ、だ、だったらその右手の名前を教えろよ!アレクズさんよぉ~?」

「ふっ。ならば聞くがいい!本来なら聞くことすらおこがましいが、今回だけは教えてやろう!この右手に宿りし魔の魂。その名は『ディザス・ブレイカー』!数百年前に人類を絶滅させかけた魔神の先祖帰りだ!」

「アウトぉぉぉおおおおおお!!?」


 突然立ち上がり、叫びだした俺にクラスの視線が突き刺さった。それの視線に気付いたあとにその行動を後悔するが、もう遅い。クラスの注意は厨二全開のアレクズから、謎の行動を起こした俺に向いてしまっている。あぁ、どう言い訳しようと思っていた時、俺に助け船を出してくれたのはコウキだった。コウキは、まるで俺を宥めるように口を開いた。


「レン、自分がそうなんのも分かるで?俺も急にこんなことを言う男が出てきたら訳分からんと叫ぶで?でも落ち着こうか?」

「あ、あぁ、ありがとう。コウキ」


 少し勘違いをしているコウキの言葉に救われた俺は、彼に礼を言ってから座り直す。すると、クラスの視線は自然と俺から離れていった。そして、今まで固まっていた今澤先生が、その顔をもっと穏やかにして話しかけた。ここまで笑顔だと寧ろ怖い。


「じゃあ、先生も着いていってやるから、三人で病院に行こうか?大丈夫大丈夫。注射なんてされないって」

「いやだから、違うんやって!?」

「注射とはなんだ?教えろ」


(最悪だ……もう訳が分からない)

 俺が慌てている理由、それは至極単純なものだ。今「注射を知らない」なんて抜かしやがったアレクズのことを、俺は知っていたのだ。勿論、実際に姿を見た訳じゃない。だが、俺は知っている。何故アレクズが呪われたのかも、彼の仲間のことも、彼が進むべき運命も。何故ならば、



 ──────俺がアレクズを作ったん(・・・・・・)だから。



 ……別に違法な手段を使って人口生命体を作ったわけじゃない。というか、仮にそれが出来たら俺は今頃それ関連で得たお金で遊んでいることだろう。そうではなくて、だ。

 アレクズ、いや、アレクズを主人公とした小説『魔を封じる英雄』の作者は過去の俺で、それは紛うことなき黒歴史だったのだから。

 それを理解して悶々としていると、突然頭の中に少女の声が聞こえてきた。


『えーっと、この世界の皆さん。こんにちはー!私は神だよ!突然だけど、この世界をもっと楽しむために、ちょっとこの世界の法則を弄ったから頑張ってねー!』


 ---------------


 あーあ、つまらないや。

 私は、私の居る世界に飽き飽きしていた。ここ数十年、人間たちはこの世界の謎や技術を解明や発明をしておらず、他の動物たちにも進化の兆しは見られない。このまま行ってもただ自分たちの星を自らの手で壊していくだけだ。そう考えた私は、誰もが特をする方法を考える。そして、それは意外にすぐ見つかった。

 その作戦を早速利用しようと思った私は、人間たちに連絡を入れる前に事を起こしてしまうことにする。私は日本地図を生み出して回転させると、目を瞑ったままダーツを投げる。そしてダーツを中心にしたある程度の大きさの円に地図を切り抜き、拡大。同じ作業を繰り返す。すると、とある人物に行き着いた。


『光谷レン君、か。まぁ、最初にこの子の記憶を使おうかな?』


 私は彼の記憶を覗き見る。空想世界と成長期の人間が合わさると、中々に面白いことが起こる。ならば、ただの想像に過ぎないそれを現実に創造すれば一体どうなるのだろうか?それを想像して、私の口から思わず笑いが洩れる。


『じゃあ、世界の法則をこうしてっと………出来た出来た!』


 人々の希望や想像、妄想からランダムに選び、この世界に出現するように法則を弄る。ただこれだと人々が苦しむのを見ているだけになってしまうので、稀に飲み水や食料を生み出すモンスターが出現するようにまた世界の法則を再設定。他にも現存の世界を崩壊させないように気を付けつつも、確実に世界を弄っていく。そして、やっとのことで完成させた。

 私はそれに対して喜びの声を上げたあと、早速実行に取りかかる。最初の具現化は……光谷レン君の作った初めてのオリジナルキャラクターでいいかな?場所は………彼の学校の屋上にしよう。



 彼───アレクズを召喚してから暫くすると、案の定大騒ぎになっていた。まぁ、クラスの大半はただの馬鹿だと思っているようだが、実際に召喚の瞬間を見た早走コウキ君と、彼を知っている光谷レン君は完全に焦りを感じている。このまま放置してもいいのだが、このまま「厨二病の人間」として彼が放置される可能性もあるので、私から全世界に干渉することにする。


『えーっと、この世界の皆さん。こんにちはー!私は神だよ!突然だけど、この世界をもっと楽しむために、ちょっとこの世界の法則を弄ったから頑張ってねー!』


 ---------------


 今、俺は猛烈に焦っていた。俺の最初のオリジナル黒歴史である小説の主人公が何故か現実世界に出てきただけではなく、謎の少女によって急に『世界弄ったから頑張ってね』と日常の終わりまで告げられたのだ。だが、クラスの皆は大体疑問を抱いていた。


「……空耳か?」

「ていうか今の誰?」

「放送室で悪戯でもしたのか?」

「世界の法則弄るとか……ぷぷっ、今日は厨二が多いな」

「幼女や!幼女ボイスやで、レン!」

「何で俺に話を振るんだよ!」

「まるでアニメの第一話だね、光谷君」

「まぁ、そうだな」


 だが、コウキとミレイだけはこの状況に少し楽しそうに反応している。まぁ、非日常に少なからず反応してしまうのが二次好きの性だろう。それが害悪なものでなければ、だが。実は俺もこの状況を少し楽しんでいる。だって黒歴史、つまり記憶が具現化されるんだぜ?それに厨二キャラとも要領よく付き合えば普通に面白い奴で定着出来るだろうし。それに他人のキャラはともかく、俺のキャラは基本的に善人だ。それこそ悪役なら極悪非道の奴も居たが………あ!


(悪役出てきたら不味くないか!?)

 どういう仕組みなのかは分からないが、頭の中のキャラクターが具現化されるなら、それこそ悪役とかが出てきたら不味い。俺の奴は何故か悪役の能力がインフレしてるのだ。それこそ学校を破壊出来る程には強い。

 だが、俺がそう焦っている間にも、クラスの皆は能天気だった。まぁ、それも当然だ。今起こっている出来事は、あまりにも現実からかけ離れている。信じられなくても無理はない。

 そのまま膠着状態が続いていると、今まで無視されていたアレクズが不満そうに口を開いた。


「おい、貴様ら。この俺を置いておいて何を話している?」

「いや、自分聞こえんかったん?幼女の声」

「声?この俺には右手に封じた魔の魂の怨念は通じんぞ?」

「んや、そうやのうてな…。まぁ、ええわ。そや!皆着いてきてくれへん?証拠見せたるわ」


 アレクズにはあの自称神の声が聞こえていないらしい。それが偶然なのか、具現化された存在にだけ聞こえないのかは知らないが。そして、アレクズの反応に呆れ返ったコウキが、皆を誘導するように声を上げた。だが、誰も着いていこうとしない。多分、授業を全員でバックレる訳にもいかないとかそんな理由で、皆はコウキに着いていこうとしないのだろう。俺は別にそんなこともないので、コウキに着いていこうとした。

 ガタッと音を発てて席を立つ。そうしたのはミレイも同じだったようで、席を立った俺たちには周囲から視線が向けられるが、それを気にせずにコウキの下まで向かう。そこで、今澤先生が慌てて口を開いた。


「ま、待ちなって!私は確認の為に行くけど、光谷と月宮は行くな。何かあったら困る」

「いや、俺はええんか?」

「早走は何かあったらすぐ逃げられる位置にいて。あんたは、まぁ、鎧着てるし良いでしょ」

「ふっ、有象無象の襲撃で傷を負うほど、俺は弱くないぞ?」

「あー、はいはい。じゃ、案内してくれるか?早走」

「分かったわー。って言うても、屋上やけどな」


 今澤先生は俺たちに教室に居るように言い、コウキ、アレクズと屋上に向かって行った。それを見届けてから、俺は考え始めた。勿論、ここに居るか屋上に向かうかについてだ。クラスの皆は思い思いの話をしている。他愛ない世間話だったり、ゲームの話だったり、アレクズの話だったりと色々だ。少なくとも自習なんて雰囲気じゃない。そう思った俺は、やはり屋上へ行くことにした。席へ戻らずに教室の外へ歩き出す俺に、ミレイも着いてくる。


「光谷君も行くの?そうだよね。やっぱり………」

「まぁ、行きたくなるよな。なんでかって………」

「「面白そうだしな(面白そうだからね)」」


 ---------------


 ………今澤先生に気付かれないように距離を取りながら、俺とミレイは屋上へ向かう。気分は某世界を救った蛇だ。まぁ、流石にこの場で「こちらス○ーク」何て言うつもりはない。声でバレる。

 そんなどうでもいいことを考えていると、ミレイが小声で話しかけてきた。


「こんなことするの、いつ以来だろうね」

「さぁな?ミレイの過去を知らないから何とも」


 俺は人を尾行する暇があったら家でゲームをしてたので、こんな体験は初めてだ。授業をサボったことも無かったし。まぁ、尾行そのものは無くても友達とドキドキしながら悪戯するときの感覚とかをミレイは思い出しているのかもしれない。いや、本当に何も知らないんだが。

 そうこうしている内に、屋上が見えてくる。俺たちは互いに目を合わせて頷き合うと、今澤先生に見付かるのを覚悟で屋上まで入っていった。


 ---------------


 俺は今澤先生とアレクズを連れてもう一回屋上まで来ていた。そこには、アレクズが落ちてきたときに出来た小規模ながらも綺麗なクレーターがあった。後ろを振り返ると、アレクズは表情を崩さず、今澤先生は驚きに顔を染めている。当然だ。クレーターが出来るということは、普通地面に相当の衝撃を与えたということ。だが、それらしき音が無かったのだ。いや、クラスに聞こえていなかった可能性とかでは無く、本当に、全く音が無かった。


 俺が上を見上げたとき、黒い渦を巻いた門みたいな奴が出てきて、そこから紫色の球体に包まれたアレクズが出てきた。そして、重力加速度を無視するかのようにゆっくりと落ちてきた球体は、全く音を発てずに地面を抉り取る。その後にアレクズが目覚めて厨二全開の自己紹介をされ、何を言って良いか分からずに教室まで連れてきたのだ。

 それを思い出していると、アレクズが眉をひそめながら呟いた。その声には僅かな警戒の色が見てとれた。


「……何か危険な魔力を感じるぞ。注意するがいい」

「ん?どういうことや?」

「ねぇ、どうゆうこと?説明しなよ!」


 その声を聞き、アレクズの顔を見て何かを感じたのか、ただ疑問を呟く俺に対して今澤先生は慌ただしくアレクズに問いただした。先程のクレーターを見て、危機意識が高まったのかもしれない。

 アレクズはそれに答えることはせずにずっと目を瞑っている。俺はそれを不思議そうに見ているだけだったが、暫く経つとアレクズはカッと目を見開き、俺と今澤先生を掴んで屋上の入口まで投げ飛ばしながら叫んだ。


「貴様ら!死にたくなければここから離れろ!」


 その瞬間、アレクズが居たところから爆音が響き渡った。


 ---------------


 屋上の入口近くで静かにクレーターを眺めていると、急にアレクズがコウキと今澤先生を掴んでこちらに投げてきた。そして、焦ったように叫ぶ。


「貴様ら!死にたくなければここから離れろ!」


 そう言った瞬間、爆音と衝撃が響き渡り、爆発のようなもので様子が確認出来なくなった。それらに押されて投げられて宙を舞っていた二人が更に加速してこちらに向かってくる。俺はミレイに離れているように言ったあと、腕を広げて二人を受け止めようとした。だが一人の人間に飛んでくる二人の人間を受け止められる筈もなく、そのまま俺ごと吹き飛ばされる。そして勢いよく床に倒れこんだ。


「三人とも、大丈夫!?」

「痛たたたた……まぁ大丈夫や。心配せんでええで?」

「痛いものは痛いけどね。先生が喚く訳にもいかないし、それに光谷が受け止めてくれたからね」

「全然受け止めきれてないですけどね……」


 どうやら運良く頭から倒れこむことは無かったようで、コウキも今澤先生も痛がってはいるもののそこまで深刻でもないようだ。だが全然受け止めきれてなかったので、今澤先生の言葉には苦笑を返しておく。そんな事をしている内にアレクズを覆っていた煙が晴れて様子が確認出来るようになる。俺は警戒心を高めながら屋上を改めて確認する。すると、アレクズとは別に赤みがかった黒髪の男性が剣のようなものでアレクズに斬りかかっていて、それをアレクズが何処からともなく出現させた剣で応戦している光景が見えた。

 男性はアレクズから距離を取り、嬉しそうに叫んだ。


「急に知らぬ場所に飛ばされたと思えば、良いものを見つけたな。『ディザス・ブレイカー』様の力、今度こそ回収させて貰うぞ!」

「誰かと思えば、貴様はブラック・ザン・ダークか。前とは姿が違うが、偽者ではあるまいな?」


(よりによってアイツかよおおおぉぉぉ!?)

 赤みがかった黒髪の男性。その人も俺は知っていた。彼の名前はブラック・ザン・ダーク。アレクズのライバル的ポジションであり、アレクズと戦うのはおよそ四回。アレクズの右腕に封じられている『ディザス・ブレイカー』を崇拝しており、それを解放するためにアレクズと戦っている。確か一回ぐらいアレクズとも共闘したこともあり、最終的にはラスボスである『魔神ディザスター・ワールドエンド』の次に強い悪役になる。その性格は基本的に高圧的で自分に絶対の自信を持っていて、一度やると決めたことは必ずやり遂げようとするという所謂一本筋なもので、それを否定するものは例え上司であろうと突っかかるし、例え敵でも目的が合致すれば手を組む。つまりダークヒーローだ。得意技は闇魔法と彼の剣──ヘルブレード──に封じた地獄の力と彼自身の魔力を込めた斬撃【地獄黒焔斬】だ。

 さて、ブラックの紹介も終わった所で、何故俺がここまで焦っているのかを話そう。理由は単純。今のアレクズではブラックに勝てないのだ。アレクズとブラックが戦うのは四回。そして最終決戦では、アレクズは右腕の力を完全に制御、力を使役する詠唱を作り出して発動していて、金髪の一部が黒に染まっている。しかし、今のアレクズの髪は全て金髪だ。対してブラックの赤みがかった黒髪の赤い部分は、アレクズと戦う為にヘルブレードに命を捧げ、地獄の力を解放した姿なのだ。そして、その状態で二人は戦い、僅差(・・・)でアレクズが勝つ。言ってしまうと今のアレクズに勝ち目はない。

 それを知っているから、俺は叫んだ。


「アレクズ、逃げろ!今のお前に勝ち目はない!」

「勝ち目がない?クックック。面白いことを言うな?戦いはやってみなければ分からない。運命は常に不確定だ。そうだろう?」

「その少年の言う通りだ。お前に私は倒せんよ。今の私は地獄そのものだ」


 俺はアレクズに忠告するが、当然のように自分に自信を持っているアレクズは俺の忠告に耳を貸そうとしない。だが、ブラックの言葉を聞いてその顔が驚愕に染まり、ブツブツと何か呟き始めた。恐らく右腕に封じている力の制御を考えているのだろう。だが、使役の詠唱はラストダンジョンの宝物庫に隠されている。そこでブラックに見つかり戦闘になって、偶然その本を発見して詠唱。力を得ていた。

 ……今更だが、黒歴史をここまで鮮明に覚えているのも何か気持ち悪いな。

 兎に角、アレクズに力を得る手段はない。だから上手く身を隠して貰って俺に近付き、俺に続いて詠唱を復唱してほしいのだが……それをブラックに悟られるのも不味い。まぁ、アレクズがそんなにアッサリ負けるとも思わないし、今は逃げよう。俺もここに居るのは恐いんだ。だが、最後に、釘を刺すように俺はアレクズに向かってもう一度叫んだ。


「いざとなったら俺の所に来い!良い逃げ道を知っている!」

「ふっ。心配せずとも、俺は逃げ道を必要としない。さっさと逃げるがいい!」


 その叫びにも、アレクズは不敵に笑いながら返事をしてくる。俺はそれを確認すると、コウキたちに声をかけてから屋上をあとにした。


 ---------------


「皆、今すぐ逃げるんや!」


 俺たちの中でも一番足が速かったコウキが一番に教室に入り、そう叫ぶ。その声を聞いて一瞬教室は静まりかえるが、少しすると小さいながらも笑い声が聞こえてきた。それに対して若干俺は苛立ちを感じるが、そのあとに聞こえた大きな爆音によって一瞬教室が揺れたのを切っ掛けに、クラス中がパニックになった。

 それでも今澤先生が必死に指示を出し続けた結果、クラスは少し落ち着きを取り戻し、避難出来る状態になる。そして俺たちは学校の外に避難を始めたが、俺はアレクズが気になって足が余り進まない。そんな俺を気遣ってくれてるのか、ミレイは俺にペースを合わしてくれている。コウキは、今澤先生と一緒に皆に呼びかけていた。

 そのまま走っていると、俺を見ているミレイが心配そうに口を開いた。


「光谷君、大丈夫?」

「ん、あぁ。大丈夫だ。ミレイもコウキに着いていって皆に呼びかけたらどうだ?」


 俺はそれに対して出来るだけ余裕そうに返事をしたあと、ふと上を見る。すると幾度の衝撃に耐えかねた天井の一部がミレイに落ちて来るのが見えた。俺は叫ぶと同時にミレイをこちらに引き寄せる。


「っ!?ミレイ!?」

「え…?きゃあ!?」


 ミレイを引き寄せた力でミレイは俺にぶつかり、二人して倒れこむ。その時に一瞬前が見えて、俺は俺の行動を後悔した。目の前には大きな瓦礫があり、とても乗り越えるのは不可能だったのだ。そして向こうでは様々な悲鳴が聞こえてくる。多分俺たち以外も今の瓦礫に巻き込まれたのだろう。しかし今こちらには俺たちしかいない。つまり、そういうことだ。

 それを察した俺はミレイを抱えて立ち上がり、ミレイの目を瓦礫から叛けさせる。丁度そのタイミングで瓦礫の下から血が流れてきた。俺は瓦礫の向こうに俺とミレイが無事なことを告げて、その場を後にした。

 いや、後にしようとした、の方が正しいか。


「が、はっ……!?」

「アレクズ!?」

「アレクズ、さん!?」


 また轟音が響き、身構えると同時に上からアレクズがボロボロの状態で落ちてきたのだ。俺とミレイはアレクズに慌てて駆け寄る。そして俺がアレクズの体を揺すろうとすると、俺の手がアレクズの手に弾かれた。それで俺はアレクズに意識があることを悟り、彼に向かって話しかける。


「おい、俺はお前を知っている。何も考えずに復唱しろ」

「?、貴様、何を言って……?」


 アレクズが怪訝そうな表情を浮かべるが、俺はそれを無視して詠唱を開始する。ミレイの視線も痛いが、今はそれを気にしていられない。

 幸い不服そうに、だが確かに、俺が呟くとアレクズも復唱してくれた。


「『我が名はアレクズ・ブラッドブレイド。我が求めるは魔の力、王の力、全てを超越せし力』」

「な、何を……ええい!言えば良いのだろう!?『我が名はアレクズ・ブラッドブレイド。我が求めるは魔の力、王の力、全てを超越せし力』」

「「『そこに魔の意志は必要なく、王の権力は不要なる怠惰であり、全てを超越せし知能はただの枷に過ぎぬ。さぁ、寄越せ、その力を。従え、我が意志に。解き放て、我が目的の為に。魔を統べる王の意志を継ぐ魂よ。傲慢で強欲で無知なる人間に、その力を授け給え!貴様の名、我に仕えし魂の名は、『ディザス・ブレイカー』!』」」


 詠唱を終えた瞬間、アレクズから闇が吹き出した。そして、闇が晴れるとアレクズの姿が変わっていた。彼の金髪は、その一部が黒に染まり、右目は血のように赤黒くなっている。彼は自分の姿を眺めると、驚愕しながら俺を見た。そして、やはり高圧的に、しかし、確かなお礼を言ってきた。


「貴様が何者かは知らぬが、感謝しよう。これで奴とも戦える」

「礼ぐらいもっとマトモに言えよ……。まぁ、負けるなよ」

「クックック。無論だ」


 そう言って、アレクズは先程空いた穴から飛び出した。それを見届けたあと、俺はミレイに呼びかけた。


「……ミレイ、脱出するぞ!」

「え?……う、うん」


 ---------------


 アレクズとブラックは、空を飛んで対峙していた。戦いが進むにつれてブラックが優位に立ち、遂にアレクズを叩き落とす。ブラックは当然のように今の攻防でアレクズが死んだとは思っていなかった。

 ブラックが追撃しない理由。それはただ一つ。戦いに無関係な人物を巻き込みたくないからだ。だから、徐々に上がっていくアレクズの魔力を感じ取っても、ブラックは微動だにしていなかった。暫くして、アレクズが再び上空に舞い上がる。その姿を見て、ブラックは一瞬目を見開くが、直ぐに何があったかを悟り、アレクズに話しかける。


「お前、『ディザス・ブレイカー』様の力を引き出したのか?何故かは知らぬが、まぁ良い。『ディザス・ブレイカー』様が表に出たのなら、なおのことその魂を回収し易くなるというものだ」

「何故……か。悪いがそれは俺にも分からんな。だが、これだけは分かる。今、俺は貴様に勝てるということがな!」

「望む所だ!」


 そう叫んで、互いに接近して剣を振るう。そして互いの剣がぶつかった瞬間に、凄まじい衝撃波が大気を揺らした。当然二人の戦いはその程度で止まる筈もなく、高速移動しながら剣で打ち合い、少しでも剣の範囲から逃れれば夥しい数の魔力弾が互いを襲う。そうして二人は移動し、戦いながらも、互いを倒せる技を撃つべく更に力を溜めていた。

 そして、その待機時間も遂に終わり、二人は止まって構えを取る。ブラックの剣には地獄の焔を、アレクズの剣には確かな歪みをそれぞれ纏わせている。

 そして、互いに叫んだ。


「終わりだな。【亜空断裂】!」

「お前がな!【地獄黒焔斬】!」


 ---------------


「うわぁ………」

「す、凄いね……」


 俺とミレイは、上空で行われている戦闘を見て、思わず言葉を失いそのまま立ち止まっていた。二人の戦闘、それの何が凄いって、簡単に言えば早すぎるのだ。たまに花火のように大きな音が響くのでどこでも打ち合っているのかは大体分かるのだが、動きがほとんど見えない。だが、やがて二人の動きが止まり、何かの技を出すのか互いに思い思いの構えをし始める。ちょうどその位置は俺とミレイの延長線上で、ブラックがこちらに背を向けている。そして、ブラックが剣に黒い焔を纏わせて、アレクズは剣に力を込めた結果なのか、剣の回りの空間が歪んでいた。

 俺はやはりその技にも覚えがあって、慌ててミレイを抱き締めて横に飛び込んだ。その瞬間、俺たちの学校の校舎が、二つに割れた。


「ぐ、ぁぁぁぁああああ!!?」

「永きに渡る因縁も、これで終わりだ。眠れ。我が好敵手、ブラック・ザン・ダークよ」


 轟音と叫び声を響かせながら、ブラックと学校が崩れていく。俺はそれを理解すると、ミレイを抱えたまま走り出した。


「オイィィィイイイイイイ!!?加減しろよぉぉぉおおお!?」

「ひ、光谷君!?校舎が……!?」

「分かってるからそのまま掴まっててくれ!」


 ---------------


 暫く走り、誰も居ない所まで来た。俺は息を切らしながらも安堵し、その場所にミレイを降ろす。するとミレイは俺にも質問をしてきた。その内容に、俺は思わず咳き込む。


「光谷君?もしかしてアレクズさんって……光谷君の黒歴史?」

「ゴホッゴホッ!?な、なんでそれを……!?」

「だって、さっきアレクズさんに『俺はお前を知っている』って言ってたし、今『なんでそれを』って言ったよね?」


 そう言えばそんなことも言ったな、と納得し、その瞬間、大慌てでミレイに口止めしようとする。あれをクラスの皆にバラされたら色んな意味で不味い。被害も出ているのだから。

 だが、ミレイは慌てる俺を見て微笑んだ。


「別に、皆にバラそうとしてるんじゃないよ。ただ、言っておこうかなって」

「何を?」


 そう尋ねると、ミレイは満面の笑みを浮かべる。それに若干目を奪われている俺を尻目に、やはり彼女は爆弾発言をかましてきた。


「私の黒歴史」

「ブファ!?な、なに言って……」

「まぁ、聞いてよ。光谷君と早走君が言って、私が言わない訳にも行かないし」

「そう、なのか?」

「うん、そうなの。私の黒歴史はね、ついこの間まで、『王子様』を信じてたことなの」

「『王子様』?」


『王子様』と言えば、お伽噺の最後にお姫様と結ばれる主人公のことか。うん、確かに黒歴史だ。そんなのを信じていたなんて、誰にも話したくない。だが、だったら何故俺に話したのだろうか?

 俺がそれを聞く前に、ミレイは更に話を進めた。


「私の思った『王子様』は、いつも私の傍にいてくれて、私を助けてくれるような、そんな人なの。だからね……」


 そこまで言って、ミレイは俺の首の後ろに腕を回し、抱きついてくる。俺がそれにあたふたしていると、ミレイは囁くように口を開いた。


「光谷君が、私の『王子様』なのかなって、そう思っちゃったの」

「……..え?えぇ!?ちょ、ちょっと待てよ!?俺が『王子様』!?無いって、絶対ない」


 顔が真っ赤になるのを感じる。俺が『王子様』なんて柄じゃないことは自分でも分かっているつもりだが、可愛い女子に言われるととんでもなく照れる。そんな俺の状態を察してくれたのか、ミレイは直ぐに俺から離れてくれた。そして、意地悪い笑みを浮かべて一言。


「……なんてね!冗談だよ」

「…………そ、そうか、そうなんだな!」


 嬉しいのか悲しいのは複雑な気分だが、これ以上気まずい雰囲気にならずに済んだことに安堵した。それを見て、ミレイは俺に手を差し出しながらこう言った。


「でも、ちゃんと友達としては好きだからね」

「はぁ……俺もだよ」


『友達としては』がなければ、どれだけの男子生徒を歓喜の渦に落とせるか分からないような台詞に、俺は同意を示す。そして、今澤先生たちを探しに行こうとした、が、その時にまたあの少女の声が響いてきた。


『さてさて皆さん。毎度お馴染み神様だよー!どうやら一回目の具現化が終わったみたいだから、ちょっとしたお知らせをするねー!まず、具現化が原因で起きた破壊、殺傷行為は、事件が終われば元通りになります!そして、具現化はランダムで、皆の黒歴史から選ばれるから、そこら辺を把握しておいてねー!じゃ、バイバーイ!』


 何ともフレンドリーな神様に呆れながら、俺はミレイの手を引いて歩き始めた。


 ---------------


 ───黒歴史。

 それは『恥ずかしい思い出』のことだ。だが、それがあるからこそ、今の自分が居るのかもしれない。実際、俺がアレクズを作らなければ、今回のアレクズ具現化は起こらずに、別の出来事が起きていたのかもしれない。黒歴史がなければ、俺が物語と出会っていなければ、ミレイやコウキと出会うことも無かっただろう。そう言う意味では、黒歴史は必要なものだ。少なくとも、俺はそう思う。だって、黒歴史がなければ、こんなに面白い出来事は起こらないのだから。

 さて、そろそろ俺が何故黒歴史について対して良くもない語りをしたのか話すべきだろう。端的に言ってしまえば、コウキが練習していた技を小規模ながらも使えるようになった。ただし、人には全く効かない見かけ倒しだが。まぁ、本人は「リアルか○はめ波やで!」と喜んでいるようなので、良いだろう。


 ふと、ミレイを見る。彼女の黒歴史は、『王子様を信じていたこと』だった。いつかこれも具現化する日がやってくるのだろうか?だったら、そのときミレイの『王子様』になるのは、誰なのだろうか?アレクズのように召喚されるのかも知れないし、現実世界の奴かもしれない。そこまで考えていて、ミレイから声がかけられた。


「ひ、光谷君!早走君が…!」

「うぇあ!?え、コウキがどうしたって……」

「やったるでー!リアルばく○つけんやったるでー!」


 そう言って、コウキが別の生徒に向けて構えを取っていた。俺はそれに気づくと、溜め息を吐いてから走り出す。


「コウキ!お前黒歴史が増えるぞー!?」

「上等やで!レンもやるかー?」


 その言葉に、俺は何となくアレクズを思い出しながら、叫んだ。


「誰がやるか馬鹿野郎!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白い短編ありがとうございます!! 黒歴史の具現化。 そんなものが起これば世界が崩壊してしまう気が…… そこで質問です。 世界が崩壊しても元通りになるのですか? もう1つ この作…
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