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ヤミアカリ  作者: れみ
2/3

中編

 いつからだっただろう。

 ケン君はミウに意地悪をするようになった。


 最初は、ペンケースを取って逃げたり、髪飾りを引っ張ったり、そんなたわいのないいたずらだった。


 それが次第に、顔に雑巾を投げつけたり、机にマジックで落書きをしたり、三角定規の角で腕を突いたりと、エスカレートしていった。

 足をかけて転ばせ、ブタが転んだ、と笑うケン君は、まるで別人のようだった。でも、心底楽しそうでもあった。


 普段は、これまでと同じように気さくで優しいケン君だ。何かの折に、スイッチが入って意地悪になる。それはいつも、ミウと二人でいる時だ。休み時間、校舎の片隅、空き教室、放課後の裏庭。そして次の日には、何もなかったように笑顔で話しかけてくる。

 クラスの子たちは気づいていない。仲の良い子に話しても、痴話喧嘩、と笑われる。親や先生も、難しい年頃だからね、と言うだけだ。


 秘密の逢引をするように、ケン君はミウにだけ残酷な顔を見せる。


 自分だけが知っている。そう思いながら、ミウはケン君の冷たい目を見上げる。


「何見てんだよ。死ね」

「あの、ヤミ……ヤミアカリ、もらっていいんだよね?」

「うるせえ、消えろ。息すんな」


 赤い実は、体の下でいくつか潰れてしまっていた。いもはどれも大きくて立派で、げんこつ二つ分くらいある。ミウは腕に抱えきれるだけ拾い集めた。


「死ねっつってんだろ、ブタ」


 ケン君がミウの尻を蹴飛ばす。持っていた実といもがこぼれ、転がっていく。拾おうとすると、背中に靴が飛んでくる。


「痛い!」

「黙れ、死ね。死ね死ね死ね死ね」


 ミウはうなだれたまま、かすかに微笑む。この程度だ。傷やアザが残るようなことはない。だから誰も知らない。自分だけが知っている。

 急いで拾い直したので、赤い実ばかり手提げに入れてしまった。大きないもに後ろ髪を引かれたが、ケン君が帰れと言うので帰った。


「これも干したほうがいいのかなあ」


 トマトにしか見えないが、中身はじゃがいもだ。ミウは家に着くと、古新聞を出してきて広げ、実を並べておいた。これでポテトサラダ作って、と言ったら、親はどんな顔をするだろう。

 真っ赤なポテトサラダを思い浮かべ、ミウは眠りについた。いつもよりも深く眠れたようだ。


 ケン君は次の日も欠席だった。

 ぶり返したんだ、とミウは思う。病み上がりで、ヤミアカリを干していたから。


 心配だね、と前の席のユリが振り返り、小声で言った。ミウは黙ってうなずく。その日の授業はほとんど頭に入らなかった。まるで、空っぽの机と椅子に恋をしているようだった。


 届けるものは何もないけれど、ケン君の家に行ってみよう。

 こんなことを思うのは初めてだ。どうしてだかわからない。でも、心がざわついて止められなかった。


 放課後、クラブを休んで帰ろうとすると、校門の前に誰かが立っていた。赤いジャージを着た、見たことのない少年だ。


 あれは確か、隣市の縞猫中学のジャージだ。そう思った時、少年が動いた。


「ここじゃ何だから」


 低い声でそう言うと、近寄ってきて腕をつかんだ。ミウは小さく叫び、振り払おうとした。少年は人差し指を立て、騒がないで、と言った。


「ミウちゃんだよね。ケンから話は聞いてる」

「えっ」

「俺、あいつの従兄」


 濃い髪と眉に、くっきりした目鼻立ちをしている。ケン君には少しも似ていない。こんなところで待ち伏せて、声をかけてくるなんて、どう考えても怪しい。それでも、尋ねずにいられなかった。


「ケン君に何かあったんですか?」


 少年はうなずき、来て、と言った。ミウは迷ったが、後に続いた。


 校舎沿いの道を歩き、下校する生徒たちの笑い声から遠ざかっていく。裏門のほうへ回ると、人の気配もほとんどない。ミウは不安になってきた。


「あの、どこ行くんですか」

「じゃがいも食べた?」


 少年は唐突に言った。ミウは驚き、首を横に振った。


「良かった」


 学校を離れ、木立に挟まれた細い道に出る。少年は迷いのない足取りで進んでいく。

 道は、森の中へ続いていた。背の高い枝が風に揺れ、急かされているような気持ちになる。木の根っこや石をよけながら、ミウは少年についていった。


 辺りは次第に暗く、道は複雑になっていく。やっぱり引き返そうか、でもなんと言って切り出そう、と思っているうちに、開けた場所に出た。


 陽の光が差し、緑の葉と赤い実がきらきらと輝いている。ミウは目をしばたたいた。森の中に隠された、幻の宝石を見ているようだ。

 一面に広がる、トマト畑。

 いや、トマトのように見えるけれど、あれはおそらく……。


「ヤミアカリですね。おじいさんの」


 少年はかぶりを振った。


「祖父は死んだ」

「え?」

「このヤミアカリは、ケンが密培している」


 何を言っているのだろう。

 赤い実の群れと、思い詰めたような少年の顔を交互に見る。


 何かが起きている。

 たかがトマトで、いや、じゃがいもで、何かとんでもない事が起きている。


 風が森を吹き抜けていく。少年の目が、いっそう険しくなる。

 続けてください、とミウは言った。

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