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ヤミアカリ  作者: れみ
1/3

前編

 同じクラスのケン君が、風邪で学校を休んだ。

 ミウは算数のプリントと給食のはちみつパンを持って、ケン君の家に向かった。


 学校からの帰り道、狭い路地にそれて進むとケン君の家がある。同じ班だから、なんとなく自分が届けると言ってしまったけれど、少し緊張していた。六年生にもなると、男子の家に行くことなんてほとんどない。


 ケン君とは、この頃よく話すようになった。最初は漫画やゲームの話で盛り上がった。図書室で会ったら、偶然同じ本を借りていた。日食が見たいと言ったら、雑誌の付録のフィルターを貸してくれた。雪が降った日、通学路で盛大に転んだら、ちょうど後ろにケン君がいた。大笑いするケン君を追いかけているうちに、服はすっかり乾いてしまった。


 ケン君はふっくらと丸く、いつも笑顔だ。ケン君といると、胸の奥がざわざわと波打つ。好きなんじゃないの、と仲良しグループの女子に言われた。そうかもしれない。でも、それだけではない。絶対にそれだけではない。


 家まで行く前に、ケン君の姿を見つけた。路地の真ん中に新聞紙を敷き、せっせと何かを並べている。地べたにひざをついて座り、上着も羽織っていない。


「何してるの」

「あ、ミウ」


 ケン君は顔を上げ、嬉しそうに笑った。


「ちょうど良かった。おれも今、ミウのとこ行こうと思ってたんだ」

「え、何で?」


 寝てなきゃだめじゃん、と言うつもりが、思わず聞き返した。

 ケン君は新聞紙の上を指さし、ほら、と言った。ごろごろと大きなじゃがいもがたくさん、その隣には赤い宝石のようなミニトマトが並んでいる。


「じいちゃん家から届いてさ。食ってみる?」


 ケン君はぷっくりした手にトマトを一つ乗せ、差し出した。


「えー。私、トマト嫌い」

「そう言うなって」


 ミウはしぶしぶ指でつまみ、へたを取って食べた。ぷちゅっという歯ごたえの後に、青くさくて酸っぱい汁が広がってくるかと思ったら、全然違った。


「何これ」


 ほくほくとした食感に、ほの甘い香りと粘り気。ミウは頬に手を当てた。

 じゃがいもだ。茹でたじゃがいもの味がする。


「すごいだろ? じいちゃんに聞いたら、ヤミアカリっていう珍しいじゃがいもなんだってさ」

「これ、トマトじゃないの?」

「土の中にいもができて、地上に実ができる。両方じゃがいもだよ」


 ミウは新聞紙の上に目をやった。何度見ても、じゃがいもの横にトマトが並んでいるようにしか見えない。これが同じものだなんて、夢か魔法のようだ。


「どうしてこんなところに並べてるの?」

「いやー、それが」


 ケン君は頭をかいて笑った。


「ミウに持ってってやろうと思ったんだけど、干したほうがおいしいってじいちゃんが言ってたの思い出してさ」

「ケン君、風邪ひいてるのに」

「大したことない。頭が痛いって言ったら、親が休めってうるさいんだ」


 ミウはしゃがみ、じゃがいもに見えるほうを一つ、トマトに見えるほうを一つ手に取った。顔を近づけ、香りをかいでみる。どちらも甘い、でんぷんの香りだ。


「好きなだけ持ってけよ。まだまだあるから」


 ケン君がそばに立つ。ミウの胸は高鳴る。手提げに入れたプリントとパンのことを思い出す。でももう、そんなことはどうでもいい。

 ケン君の影が動く。また、あれが来てしまう。


 ミウは目を閉じる。じゃがいもとトマト、二つは一つ。

 ヤミアカリ。病み上がり。


 ケン君の気配が動く。ぷっくりとした手をミウの肩にかけ、ものすごい力で突き飛ばす。じゃがいもの山の上に倒れたミウを、尖った氷のような目で見下ろす。


「ああ、お前か。どこのブタかと思った」


 あれが来てしまった。

 ミウは胸を押さえる。ドキドキするのは、いつ来るか、いつ来るかと思うからだ。来てしまったらそれは終わる。

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