窓の外
雪が降り、溶けて固まり氷となり、そのうえにまた雪が降る。
それを繰り返し、町全体が凍りついていた。
すくなくともあと二か月程度、この町は凍ったままだろう。
いまも粉雪が風に舞っている。
そんな外の気温がウソじゃないかと思えるほどに教室のなかはあたたかかった。
加えて、昼食を食べたばかりであるということもあり、異常なまでの眠気に襲われていた。
私だけでなく、室内にいる全員に言えることのようだ。
すでに四分の三以上の人間が眠りについてしまっている。
生徒の様子を気にもせず、簿記の教師がお礼状の文面を読み上げながら黒板へ書き写している。
教師の声は、外から響く風の音を伴奏にした歌のようにも聞こえた。
その風の音が突然やんだ。
教師の歌だけが響きつづける。
やんだ理由など気にもならなかったが、なんとなしに窓の外を見る。
窓の外には砂浜が広がっていた。
一点の曇りもないシアンのみで塗り上げられた空。
真一文字の水平線。
透明、エメラルドグリーン、インディゴ、とグラデーションをする海。
白さのなかにすこしだけピンクを含んだパステルカラーの砂浜。
白い幹から緑と黄色の葉を八方に茂らせるヤシの木。
太陽は見えないがきっとまぶしいほどに輝いているだろう。
窓枠をフレームとした一枚の絵に見えた。
この風景には見覚えがあった。
なんだったろう…………そうだ、思い出した。ノートを買ったときにいっしょに袋にいれられていたチラシの絵だ。
どこか外国のあたたかいところにある砂浜だったはずだ。
いや、この教室もあたたかいのだからここにあっても間違いはないか。
風景を見ながら、教師の声を子守唄代わりに、机に頬杖をついてまどろんでいた。
ふと、ヤシの木の陰からカニが横歩きで現われる。
一見してカニだが、足がとても長い。
カラダの二倍か三倍くらいありそうだ。
たしか、そう、タカアシガニだ。
だが、タカアシガニが砂浜にいるのだろうか?
教師が歌うのをやめこちらを向いた。
「タカアシガニは深海に生息する生き物です」
そうかいないのか。ありがとう簿記の教師。
私が心のなかで感謝をすると、教師は、中断してしまった貸借対照表の書き方についてのつづきを唱え始める。
タカアシガニも恥ずかしそうに顔を隠しヤシの木の陰に戻っていった。
直後にそのヤシの木から何かが落ちた。
毛むくじゃらの丸い物体、ココナッツだ。
あの果実にストローを刺せばココナッツジュースが飲めるのだろう。
クチのなかにすこしだけ、トロピカルな味が想像される。
あれ? ココナッツの中身はココナッツミルクか?
考えながら落ちたココナッツを見ていると、隣の男子が手紙を投げ渡してくる。
『未熟果の中身がココナッツジュースだよ』と丸文字で書かれている。
『美味しいよ』というセリフがついたかわいい女の子のイラスト付きだ。
『しらなかった。ありがとう名もなき隣の男子』、そう書いて投げ返した。
名もなき隣の男子は、手紙を受け取りながらココナッツにストローを刺して飲んでいた。
表情から察してそれほどおいしくはなさそうだ。
いつのまにか、落ちたココナッツは砂のお城に埋もれていた。
名前は……思い出せない。『天空』とか『雲の上』とかで流行っていた城だ。
見事だとは思うが、場の雰囲気にそぐわない。
私は、消しゴムを千切って指をあて狙いを定める。
指ではじいた消しゴムが命中し、砂のお城は壊れて消えた。
心のなかで小さく笑うと、ふたたび、覚醒と睡眠のあいだをいったり来たりをし始める。
ピンポンパンポーン
まの抜けた音とともに校内放送が流れる。
「これからスキーの授業をおこないます。ただちに外の風景を戻してください。もう一度繰り返します。ただちに外の風景を―」
目を閉じ、ふたたび目を開ける。
窓の絵は、鋭角に吹きすさぶ雪に満たされる。
白一色に染まり外は何も見えなくなっていた。
それにつられて私の意識もホワイトアウトした。