『幸せですか…』
「この作品は『方言企画』参加作品です。分かりにくい方言についてはあとがきに訳をつけています。『方言』で検索しますと他の作者さんの作品もご覧になれます」
「ゴメン…。ほん…ッとにゴメン」
…………
……イヤイヤ
だからねぇ、あんた…ゴメンで済めば警察なんていらんねか!!
銀座の街を一望できるレストランで、私はワインを傾けながら、向かいでただひたすら頭を下げとる情けない男に、月並みなつっこみをしてみた。
「…でなに!? 結局あんたは今夜を最後の晩餐にして欲しいって事ながでしょ。」
私は目の前にある、サーモンのマリネを思いっきりナイフで切り刻みながら、ぶっきらぼうに男に答えた。
「…イヤ……最後だなんて…俺は今でもお前の事愛しているし…結婚したいとも思っている…」
あんただらか!?
どこの世界に愛しとる女に別れ話を切り出す奇特な男がいるんやちゃ!!
男なら、ちゃんと別れたいなら別れたいってはっきり言えばいいねか!!
私の手はサーモンだけでは飽き足らず、気がつけばヒレ肉の赤ワイン煮も粉々にしはじめていた。
サーモンさん、ヒレ肉さんゴメンなさい。
悪いのはすべて、目の前におるこの情けない男なんやちゃ…
「別れたいがでしょ…。私と…。」
「………」
「いいちゃ!!別れてあげるねか。今夜限りあんたとは、ひっとつもォ何の関係もない赤の他人なんだから!!『他人』って意味分かる…!? 他の人って書いて『他人』なんやぜ!! だからあんたとは今夜で何があっても他の人!! あんたが泣こうが、わめこうが今夜でもう他の人やちゃ!!」
意味不明な強がりを言うてみても…
やっぱり涙がちょこっと頬に伝う。
ゆうても、大学を卒業して高岡から東京にでてきて3年。
右も左も分からない私を、ずっと支えてくれたのも彼やったちゃ…
仕事で落ち込んどるときも
急に風邪引いて熱出しとるときも
会社の忘年会でべろんべろんに酔っ払って銀座で何度も吐いたりした時も
……ずっと支えてくれたんが彼やったんやし
私の東京での生活の全てやったちゃとしか言うてようがない。
だけどね…
私にもプライドってもんがあるっちゃ。
泣きすがる女にはなりたくはないがいぜ!!
大好きやった分…
…ちゃんと別れてあげるちゃ。
大好きやけど…
大好きやけど…
……ちゃんと別れてあげる。
―――大好きやから!!
この3年間、あんたってホントに頼りない、甲斐性なんてまるでない男やったちゃけど、今夜はこんな素敵なお店に連れて来てくれてありがとう。
今まで、ラーメン屋や定食屋ばっかやったけど、今夜はきっとあんたの最後の優しさやちゃね。
……ありがとう
そして……大好きやったちゃよ!!
私は粉々になったサーモンとヒレ肉を口に運びながら、懸命に笑った。
目の前で頭をずっと下げとる彼が、一瞬…上目に私を見たとき、二人の目が合った。
彼も私とすんなり別れられたようで、さっきまでとは違い少しほっとした表情をしとった。
「……ン…ゴホッ!! まぁ…あんたがどんな心の変化をしたか知らんがやけど、あんたは私が東京で初めて愛した男やし、これからの人生誰にも負けるんじゃないがいぜ!!」
私は、少しおどけて彼に言った。
……私もあんたなんかに負けないイイ男を絶対見つけてやるっちゃ!!
そんな時だった!!
―――!!
「お待たせぇ〜!! あ〜ッ!! 綾香のリクエストしたこの店、ちゃんと予約してくれてたんだね!!」
急に、どこから声をだしとるのか分からないくらいの猫なで声をした、今にも宙に浮いて宇宙の果てまで飛んでいきそうなくらい尻が軽そう女が現れた。
そして、かなり明るめな色でグルングルンにまいた髪をなびかせながら、その頭の悪そうな派手な女は、彼に背中から抱きついてきた。
「ダレ…コイツ…!?」
「あんたこそ誰やちゃ!!」
私と、尻軽女の声がダブった。
「きゃはっ!!『〜ちゃ』だって、ダサ〜イ!! あなた一体どこの星の人!? ラムちゃんだっちゃ〜!!」
尻軽女が、私のしゃべり方をだらにする甲高い笑い声がレストランに響いた。
そして彼はそれを見て…
「………あっ…赤の他人だから気にしないで。」
ボソッと呟いた。
「……って事でごめんな…3年前から通い続けてたクラブの綾香ちゃんにさぁ…やっとオレの気持ちが通じたみたいで、付き合うことになった。」
彼は、そう言うて放つと、レストランの奥のほうにあるラウンジへと彼女と仲睦まじく腕を組み消えて行った。
クラブの綾香ちゃん〜???
ふざけんじゃないねか!!
このだら男!!
金ねぇ金ねぇって私をラーメン屋か定食屋にしか連れてかなっかたがは、そのだらな女に貢いでたからやの!?
それでナニ!?
このレストランも、私との最後の晩餐のためやなく、そのだら女との待ち合わせのためねか!?
結局のところ、私って…3年間あんたの都合のいい女やったって事!?
だら女との叶わぬ恋の寂しさを紛らわす、都合のいい女やったちゃって事ね!!
はらわたが煮えくり返っておさまらない私は、ワインボトルを両手で掴み、大股開きでカツカツとヒールを鳴らしラウンジの方へ歩いて行った。
……そして
彼の頭とだら女の頭に、思いっきりワインをかけてやった!!
「な〜にが何処の星の人やちゃ!? ふざけんじゃないがいぜ!! あんたの方が遥かに宇宙人ねか!! 頭悪そうな格好とだらなしゃべり方してェ!! 私のこのしゃべり方はねぇ……私の故郷なんやちゃ!! 私の全てなんやちゃ!! あんたらみたいになァ…大切なものの意味なんて分からず、ただへらへらして生きてる人間たちには分からんがやろうけどね!!」
「富山の人間をなめるんじゃないがいぜ!!」
胸いっぱいの怒りを声にして、胸いっぱいの悲しみを声にして、胸いっぱいの気持ちを声にした。
そう、私は私やちゃ。
東京に憧れて…
東京でオシャレなオフィイスで働いて…
東京でドラマのような恋をして…
3年前上京した時は東京に色んな憧れ持ってたやけど、やっぱり大切なのは自分自身やちゃ!!
だって、私は……
父さんと母さんの娘として、高岡で生まれた事がずっと誇りやちゃ!!
私はレストランを一人あとにして、怒りなのか悲しみなのか分からない涙をいっぱいこぼしながら、並木通りをブラブラしていた。
気が付けば、三越のライオン像の前に来ていた。
そうゆうたら3年前…
東京での生活を心配して見にきてくれた父さんと母さんと3人で三越で買い物したがやなぁ。
『あなたはなぁ、これから東京で夢が掴むんやじ、誰よりも立派な靴を履かんといかんちゃ。この靴はなぁ、父さんと母さんからの贈り物やちゃ。きっとこの靴があなたを夢へ続く道へ導いてくれるちゃ…』
………私
東京でなにやってたんやろう!?
涙が溢れて止まらなくなった。
さっきまでの涙とは違う…
あったかい涙…
会社ではお茶くみとコピーと雑用ばかり、挙句の果てにくだらない男に振り回され……
……そだね…。
もっと頑張らんといけないねか!!
ごめんね…。父さん、母さん。
私…、この靴で無駄な道ばかり歩いてた。
私は、ライオン像にもたれてそっと夜空を見上げた。
富山はそろそろ雪が降る頃なんかなぁ…
その夜、私は長い間電話しておらんかった実家に、久しぶりに電話をした。
そして、父さんと母さんと富山弁で思いっきり話をした。
……朝が来るまで
ずっと…
ずっと…
こんばんわ☆
あいぽです。
『ネット女』に続く
とある女の子の日常シリーズ第2弾
いかがでしたでしょうか?
故郷ってかけがえのないものですよね。
高岡はあいぽが生まれた故郷です。
綺麗な海と万葉の歴史の情緒漂う大好きな街です。
今回の「方言企画」のおかげで、自分にとって故郷は何よりも変えがたい大切な宝物なんだと、改めて思い返すことができました。
このような、素晴らしい企画を提案して下さった、北加チヤ先生に、この場を借りてお礼申し上げます。
注釈)
本文中によく出てきた
【だら】
とは
【バカ】
という意味です




