file6 天使の誘惑
だいたい1500~2000文字くらいになりそうですね。
放課後。
結局今日は愛川先輩の事で頭が一杯で、ろくに授業も受けられなかった。実際に今でも、先輩にデートを誘ってもらえたことに確信が持てない。
よく考えたら携帯の番号も知らないんだからまず連絡手段がない。そしてここは1500人の生徒が集うマンモス学校。友達の少ない俺には愛川先輩のクラスなんざ到底わからないし、探しに行くのには時間がなさすぎた。
愛川先輩の下駄箱の中に入れておく事も考えたが、そうすると今朝みたいに先輩が困ってしまうのは目に見えている。俺はそんなに非情な男ではないのでこの案はすぐに却下した。
そのまま10分程下駄箱で待ち続けたが、いっこうに先輩が来る気配は無かった。
やはり今朝の話は嘘だったのだろうか。
もはや先輩はこの学校のアイドル。それなりに忙しいのかもしれない、と自分に言い聞かせ校門へと向かうと……
「あ、勇吏君!今日会うのは2回目だねぇ!」
帰ろうとした自分を後ろから引き留めたのは他でもない、愛川先輩だった。
「今から帰り?一緒に帰ろうよぅ!」
「愛川先輩……待ってたんですよ、どこに行ってたんですか?」
「ちょっと保険委員会がね……ていうか待っててくれたの!?ありがとう、勇吏君は男らしくて素敵だねぇ!」
「えっ……いやそんな、自分なんて……」
今まで男らしいとストレートに言われたことは無かったので、羞恥心から何も言えなくなってしまった。
ただのぼっち、とは言いたくない。
「勇吏君は男らしいよ。初めて角でぶつかった時も、私に優しく手をさしのべてくれたもんねぇ。いままで人はいろんな目的で私に近づいてきたけど、勇吏君みたいな人は初めてだよ」
「はぁ……まぁ、ありがとうございます?」
「なんで疑問文なのよぉ~!まぁいいや。要するに君はかっこいい!正直惚れちゃった♪」
「ぅあぃえ!?」
惚れた、愛川先輩のその一言で俺は激しく動揺した。
学校のアイドルに告白染みたことを言われて、さすがに動揺を隠せる奴はなかなか居ないだろうが……
「だから~、今日のお礼と私の個人的な願望も混ぜて………今朝言ったこと覚えてる?」
ドキン、と先程よりももっと大きく心臓が跳ねた。
やはり今朝言ったことは本当だったのだと改めて気づく。
先輩はこちらをイタズラな眼差しで見上げて来る。向こうからこちらへ一歩、また一歩と踏み出す度に俺は後ろへ移動せざるをえなくなる。
どんな空間にも必ず終わりはあるようで、すぐに俺は壁際へとおいやられた。
そして先輩は俺に顔を一気に近づけ……………
「ンンゥ………」
一枚の小さな紙を間に挟んで唇と唇を重ねた。
時間にして2秒ほど。しかし俺には2時間以上の時間が流れたように感じた。
「ン………今はまだそういう関係じゃないから直接は無理だよ。でもすぐにこっち向かせてあげるからねぇ!紅さんには負けないよぉ!」
「え……あ……」
激しく動揺しすぎてろくに声も発せられない。こんなにも愛川美優という人は刺激的で、蟲惑的なのか。
鈍く光る瞳に見つめられ、胸の鼓動が速まる。
紅さんがどうこうと行っていた気がするが、はたして紅がどうしたのか。今はそこまで考える余裕などなかった。
しばらくして、ウフフと笑いながら踵を返し、先輩は1人で帰って行く。自分はまだ足に力が入らず、一緒に帰ることは出来ないと悟ったのだろう。
すると、先程キスの時に使われた小さな紙切れが地面に落ちていることに気付いた。
苦労して拾うと、そこには愛川先輩のものと思われる携帯の番号とメールアドレスが書き記してあった。
ー【愛川美優】についてわかったことー
:以外と攻撃的で危険人物かもしれない
△▼△▼△▼△
夕食前。
あのあとなんとかして帰宅した俺は、先輩の携帯番号の書かれた紙と自分の携帯を交互に見つめ、悩んでいた。
「まぁ………かけるべきかな……?」
意を決して携帯にその番号を打ち込み、かけた。
先輩は、3コール目くらいで電話に出た。
『はい、愛川です』
「………岸谷ですが」
『勇吏君!?よかった~かけてくれたんだねありがとう!』
「あの、デ、デートの事についてなんですが……………まぁ1度くらいならいいかなと思いまして。場所はどこにします?」
『デートいいの?やったー!そうだね、やっぱり隣町かな?映画館とか自然公園とか行きたいし!』
「わかりました。日時は?」
『じゃあ次の日曜日は空いてる?』
「大丈夫です」
『じゃあ次の日曜の、午前10時に駅の改札口でどうかな?』
「全然OKです。じゃあ学校では会える確率低いから当日に。失礼しました…」
『うんっ、まったねー!!』
携帯の通話を切る。
部屋の外からは、夕食の香りが漂って来ていた。
こんなもので皆さんが楽しめたのなら幸いです。