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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
★ おまけのおはなし  「それは腹立ちとショックで始まった。」
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(8) 予想外の…。


『もしもし?』


「あ、芳原?」


『うん。ショウタロウ……、どうしたの?』


穏やかに尋ねられて、気持ちがすーっと静まった。


電話を通してつながっている芳原と俺。

離れているけど二人だけの場所。


「ああ、その…、チョコ、ありがとう。」


話題なんか何でもいい。

二人で話していられるのなら……なんて、気障かな。


『ああ、あれのこと? ふふ、開けてみた?』


芳原が笑ってる。

見えないけれど、声でどんなふうに笑っているか思い浮かぶ。


「うん。今、目の前に置いてある。手が込んでるなって感心してた。」


『あ、分かってくれた? そうなんだよ。絵を描くだけだけど、意外に大変なんだよね。』


「うん、そうだよな。……ありがとう。」


『良かった! 頑張った甲斐があったよ。あれ3枚目なんだもん。』


「3枚目?」


『そう。あれの前に2枚失敗したんだよ。固まる前に手で触っちゃったりしてさ。もうべとべと。「いや〜!」って。あははは!』


「そう…なんだ。悪かったな、なんか……俺のために。」


がっかりしたり、不満に思ったりしちゃいけなかったんだ。

手間も時間もかけてくれたんだから。


『いいんだよ、気にしないで。ねえ、それよりさ、何個もらったの?』


「え?」


『バレンタインのチョコ。あたしだけじゃないんでしょ?』


遠慮のない質問に思わず笑ってしまう。

そう。

これこそ芳原だ。


「全部で11個。義理の分も入れて。」


『義理って、葵以外には誰がくれるの?』


(え?)


頬が熱くなった。

鼓動も速くなって。


(芳原の分は “義理” に数えなくていいのか……?)


最初から自分を抜かしているのかも知れない。

でも、今のはもしかしたら告白かも知れないじゃないか!


「クラスの女子かな?」


胸がドキドキして、声が震えそうになる。

頭の中で期待が渦を巻き、耳は芳原の言葉を漏らさず聞こうと身構える。


『「かな」って。』


半分呆れて、半分笑った声がした。


「だって……、仲良くしてる女子なんていないし。」


言外に「芳原は特別」だとにじませてみる。

分かってくれないだろうか?


『じゃあ、全部本命チョコってことじゃない?』


「え、あ、ああ……、そうなのかな?」


(だから! 芳原はどうなんだよ!?)


俺の心の叫びは通じないらしい。


『ねえ、そういうのってどうするの?』


「え? 食べる……けど。」


『そうじゃなくて、返事。』


「あ、ああ、ええと、なんか……ほっとく。」


『えー、ひどい。』


「あ、いや、ああ、その場で待ってるとか知り合いならちゃんと言うけど、こういうのって、誰だか分からない方が多いから。」


『え、そうなの?』


「うん。直接渡されても、だいたいその場で走って行っちゃうし……。」


『告白じゃなくて、渡すことがメインになってるってこと?』


「まあ……、たぶん、そうなんじゃないか?」


『へえ……。』


(「へえ。」って……。)


「芳原はあげたことないのかよ?」


『え?』


「本命に。本気のやつを。」


からかうふりをしながら緊張してる自分に気付いている。

本当は「今朝」って言ってほしいんだ。


『あはは、ないよ。』


「ないのか……。」


予想以上の落胆。

そりゃあ、くれるときに「お返し」ってはっきり言われたけれど。

全身の力が抜けて、思わず床に寝転がってしまった。


『今まで友だちと部活仲間にしかあげたことないもん。』


「ふうん。」


なんだかかったるい。

もうどうでもいい。

どうせ俺なんか眼中にないんだから。


『だからショウタロウが初めてだよ。』


「……え?」


聞こえて来た自分の名前に意識が覚醒した。

ぱっちりと目を開けて起き上がる。

芳原の説明を聞くために姿勢をあらためて。


『特別に作ったのは初めて。やだー。そう思ったら、なんか急に恥ずかしくなっちゃったじゃん。』


「あ、あの、芳原。」


呼びかけたけど、思考がまとまらない。

心拍数がMAXまで上がってる。

スマホを持つ手が震えてきた。


『あー、もう、気にしないでね。そんなに深い意味はないんだから。まあ、イベントだしさ。この前のお礼だし。』


聞こえてくる芳原の声は、耳から耳へと抜けて行く。

心臓が胸を破るほどの勢いで打っている。

そして何かが、「今がチャンスだ!」と叫んでる。


『あ、気にしないよね? ショウタロウはチョコなんて珍しくないもんね。すごく美味しいのとかいろいろ ――― 』


「芳原。」


落ち着くために大きく息を吸い込んで、はっきりと名前を呼んだ。

芳原の声が止まったことを確認し、震えそうになる声を抑えて、少しゆっくり言葉をつむぐ。

言わなくちゃ、と思う言葉を。


「俺、芳原からもらえたことが、一番嬉しかった。」


電話の向こうで息をのむ気配がした。


「朝、駅で待っててくれたことも。2回も失敗して、やり直してくれたことも。あと……俺だけ特別……ってことも。」


『あ、あの……。』


何か言いかけた芳原の次の言葉を待ってみる。

けれど、それ以上は何も聞こえなかった。

だから今は俺が。


「俺……、その、期待してもいいかな?」


頬に血が上る。

深呼吸しても息が震える。


「あ…、今、じゃなくても…いいんだけど、いつか…その、芳原が………。」


それ以上は言えなかった。

急に自信がなくなって。

あまりにも都合のいい、自分勝手な期待のような気がして。


『あ、あのさ、ショウタロウは葵のことが好きなんじゃ……。』


早口で芳原が言った。

少し動揺しているのかも知れない。


葵ちゃんの名前が出て、俺は不思議と落ち着いた。

彼女のことを思い出として整理できた証拠なのかも知れない。

何のためらいもなく言葉が出て来た。


「葵ちゃんのことは好きだったよ。すごく。だけど、普段と違うことをやろうと思ったのは、芳原のためだった。芳原に認められたかったから。」


言いながら気付いた。

あの頃から芳原は、俺にとって特別だったんだと。

それとも本当は、もっと前からだろうか……。


「テストを頑張ろうとか、性格を偽るのをやめようとか、葵ちゃんを好きだったときには考えなかった。俺、友だちから『最近、落ち着いたな』って言われたんだぜ。それも芳原と話すようになって、俺が変われたからなんだ。芳原が俺を前に進ませてくれた。芳原が俺の特別なんだよ。」


一気に言って、大きく息をつく。

興奮している頭の隅で、こんな告白するつもりじゃなかったのに……と笑っている俺もいる。


『あの……、じゃあ、葵のことはもう……?』


ぽつんと聞こえて来た言葉。

そこに込められているのは驚き? 疑い?

それとももっとほかのもの?


「いいって言うか……、葵ちゃんと芳原のことは……別の問題って言うか……。」


自分の心の中を正確に伝える言葉が見つからない。

いくら考えても、自分にすら上手く説明できないような気がする。

でも、葵ちゃんと芳原を比較するとか、同じ基準で考えるのは無理だ。

葵ちゃんは葵ちゃん、芳原は芳原なんだから。


『葵がダメだったからあたしっていうのは……、体育祭のときみたいに……。』


(体育祭?)


一瞬の戸惑いのあと芳原と体育祭が結びついて、『借り人パン食い競争』を思い出した。

俺が葵ちゃんに断られて、芳原を呼んだことを。


「そんな。違うよ。絶対違う。葵ちゃんの代わりなんかじゃない。二番目なんかじゃないよ。今は、葵ちゃんよりも芳原のことを考えてる。芳原のことを一番たくさん。」


深呼吸 ――― 吸って。吐いて。

さあ、頑張れ。

逃げるな。


「だから、期待してもいいかな? いつか芳原が俺のことを想ってくれるかも知れないって。期待して……そばにいてもいいかな?」


沈黙 ――― 。


耳に自分の心臓の音が響く。

5秒、6秒、7秒……。


『………いいよ。』


聞こえて来た声に驚いた。

願っていたとおりの答えだったのに。

どうしてだろう?


『あたし、もしかしたら……あれ?』


もしかしたら ――― ?


その先が聞きたい。

なのに、彼女はそれ以上言ってくれなかった。


『ご、ごめん、なんか……涙が。やだ、もう、なんで? ちょっと待って、ティッシュ。ああ、ごめん、ぐすっ。』


(芳原が……泣いてる?)


俺の言葉で?

あの芳原が?


『だめだ、どうして? ひっく。ああ、もう。ショウタロウが悪いんだよ、急に驚かせるから。ぐすっ。やだもう、みっともない。』


なんだかひどく感動した。

俺も泣きたくなるくらいに。


『あのね、うっ、嬉し泣きじゃないからね。くすん。なんか、感動して。あのショウタロウが、あんな…こと、言うなんて。ひぃっく。』


「うん。うん……、分かった。」


芳原は、俺が芳原のことを想っていても嫌じゃないんだ。

そういう気持ちで俺がそばにいてもいいんだ。

そう思ったら胸がいっぱいになった。


思わず視界がにじんできて、下まぶたにたまった涙を慌てて手でゴシゴシと拭う。

たまには俺がしっかりしたところを見せなくちゃ。


「なあ? そっちの部活の休みはいつ?」


明るく、軽い調子を出して訊いてみる。

何事もなかったように。

なんでもないことのように。


『え?』


「どこか行こうぜ。映画とか……買い物とか。」


『え? 二人…で?』


泣くのは止まったようだけど、驚かれてしまった。

そういうのはまだ早かった?


「ええと、葵ちゃんと相河を誘ってもいいけど……。」


『え………。』


沈黙。


そんなにダメなのか?

そこまでは想われてないってことか……?


『……なんか、葵たちと一緒は恥ずかしいや。』


「え?」


芳原の答は、俺が考えていたのとはちょっと違っていた。


『誰かと一緒よりも二人だけの方がいいな。ショウタロウとなら気楽だし。』


俺と一緒は恥ずかしくないらしい。

でも、それを見られるのは恥ずかしいなんて……。


(可愛いとこあるじゃん。)


思わずニヤニヤしてしまう。

俺に対しては何も感じないというのが少し気にはなるけれど。


でも、俺と芳原はこれでいいんだろう。

俺たちの関係は、俺たちが居心地が良ければいいんだから。








次回、最終話です。

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