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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
★ おまけのおはなし  「それは腹立ちとショックで始まった。」
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(7) その意味は?


(あれ?)


2月の半ばの朝。

駅のホームに降りてすぐに目に入った姿を、思わずまじまじと見直した。


背の高いショートカットに赤いフレームのメガネの横顔。

紺色の制服のスカートの上に紺色のPコートを着て、白っぽいマフラーと手袋、赤いリュック。

マフラーにあごをうずめるように軽く下を向いて、膝の前に大小二つの紙袋を提げている。


(芳原……に、似てるけど……?)


ここは彼女の使う駅じゃない。

それに、この前までは普通の通学カバンを持っていた。


そう思っても気になってしまう。

気付かれないようにちらちら見ながらその方向へ進む。

椿ヶ丘の改札口に近いのはそっちだから。


……と、彼女がこちらを向いた。

そして、俺を見付けて笑顔になった。


「おはよう、ショウタロウ。」


(どうして……?)


胸の中に、さまざまな感情と言葉が渦巻く。


何のために彼女はここにいるんだ?

いやいや、期待なんかしちゃダメだ。

でも、あんなふうに笑顔で。

なんでこんなに嬉しいんだろう?

俺を待ってたんじゃないかも知れないのに。

どうしてこんなに感動してるんだろう?


「うん…、おはよう。」


近付きながらあいさつを返す。

動揺を悟られないように気を付けて。


「リュックが違うから分からなかった。」


「ああこれ?」


芳原が自分の背中を振り返る。


「誕生日にお母さんに買ってもらったの。」


笑顔で答えて、「ほら。」と、体をひねって反対側を俺に見せた。

するとそこにはピヨ太郎が揺れていた。


「この子も付けたの。」


「………。」


すごく嬉しい。


それを口に出せないまま、ただ微笑んでしまった。

そんな自分が照れくさくなって、急いで次の話題に移る。


「今日はどうしたんだよ?」


彼女がここにいる理由は俺のためじゃないだろうか?

それとも何かほかの目的が?

いや、でも、俺以外にこの駅に用事なんか……。


「うん……。」


彼女の視線がちょっと泳いだ。

けれどすぐにまた俺に戻って、微笑んで。


「これ、あげようと思って。」


そう言って差し出された小さい方の紙袋。

よく見たら、この前ひよこを入れて渡した袋だった。


「お、俺に?」


(やっぱり俺だった!)


笑い出しそうになるのを必死で抑える。

あんまり喜んだりしたらみっともないし。


「うん。」


芳原はコクンと頷いて、もう一度笑顔を作って、「どうぞ」と言うように袋を持ち上げてみせた。

その笑顔から目が離せないまま紙袋を受け取る。


「今日、バレンタインでしょ? ショウタロウの誕生日はまだ先だから、とりあえずお返し、と思って。」


「あ、ああ、そうか。サンキュ。」


お返しか、と、がっかりしつつ納得する。

でも、納得して礼を言っているのに、どうしても「バレンタイン」という言葉にこだわりたくなる。

いくら余計なことを考えないようにと思っても、胸の中がそわそわして、考えずにはいられない。


(確かめたい。)


本当に「お返し」の意味しかないのか。

今日を選んだのはどうしてなのか。

わざわざ途中で降りて待っていてくれたことには意味はないのか。


「これ……チョコレート?」


やっと訊けたのはこれだけ。

本当に知りたいことからは、だいぶ離れた質問だ。


「そうだよ。友チョコをたくさん作ったから、ショウタロウにもおすそ分け。」


そう言って芳原は、大きいほうの紙袋を掲げて見せた。


「ああ、ついでか。」


思わず憎まれ口が出る。

だってバレンタインなのに、女子の友だちが先だなんて……。


「ふふ、そう、ついでだよ。だけど、ちょっとだけ特別。」


その「特別」が気になって、ちらりと芳原を見る。

目が合った芳原がくすくす笑った。


「ショウタロウ、一応男の子だからね。特別仕様。」


「ふうん。」


胸の中に、最近お馴染みになったくすくす笑いが忍び込む。


「期待していいのか?」


“期待” という言葉に二重の意味を込めて尋ねてみる。

チョコの味と、芳原の気持ちと。


「まあ、ちょっとだけね。」


芳原はニヤリと笑って短く答えた。


質問の二重の意味には気付かなかったんだろうか?

それとも分かっていて、そんな返事をしたんだろうか?


一緒に電車に乗っている間、もうそれ以上のことは聞けなかった。

なんとなくその話題を避けてしまったから。

椿ヶ丘で友だちを見付けた芳原は「じゃあね。」と行ってしまった。

そして俺は教室に着いたとき、小さな紙袋を6つ手に提げていた。




(芳原が雑な性格で良かった……。)


夜、自分の部屋で、もらったチョコレートを並べてみて思った。

今日もらったチョコは、全部で11個。

その中には葵ちゃんからの義理チョコもある。


もらったチョコのうち8個は、みんな似たような袋に入れてあった。

初対面の相手もいたし、はっきり言って、誰がどれをくれたのか分からない。


でも、芳原のだけはちゃんと見分けが付く。

なにしろ、俺が自分で買った袋に入っているんだから。


(さすがに「お返し」って言うだけあるな。)


なんて変なシャレを考えて自分でニヤニヤする。

本当に気になっているのは袋なんかじゃなく、中身の方なのに。


(まあ、やっぱり一番最初にもらったんだし♪)


開ける順番にも言い訳なんかしてみたりする。

誰が見ているわけでもない、俺一人しかいない部屋で。


紙袋の中身には、キラキラしたラッピング袋に水色のリボンが掛けてあった。

一応、それなりには気を使ってくれたらしい。

手に取ってみると、1cm弱くらいの厚みの板状のものの感触。


リボンを解いたところで、思い出して床の上にレポート用紙を2枚ずらして敷いた。

チョコレートは結構かけらが落ちるし、ケーキ仕様だとボロボロと崩れたりするのだ。

それからやっと、芳原のチョコレートを取り出す。


(これは……。)


出て来たチョコレートをレポート用紙の上に置いてじっくりと見る。


スマホより一回りくらい大きい長方形。

その表面を縁取るように、黄色やピンク、グリーンで、流れ星や花が綺麗に描いてある。

手が込んでいて華やかだ。

そして、その中には白できちんとした文字が。


『しょうたろうの』


(うん。俺のなんだな。)


見ながら一人で頷いてしまう。

これならたくさん作っても、俺の分だって間違いなく分かるだろう。

俺だって、これを芳原が俺のために作ってくれたんだと分かる。

それなりに手が掛かっているということも。

だけど……。


(何て言うか……。)


どこかに芳原のメッセージか気持ちが見当たらないかと、模様を隅々まで観察する。

けれど、見えるのは自然界に存在するものばかり。

「LOVE」の文字もハートマークも無い。


(うーーーん……。)


少しばかりがっかりしている自分に、「だから言ったのに。」と心の声がする。

期待するなんて、お前は間抜けだ、って。

芳原はお前のことなんか、何とも思ってないんだぞ、って。


(そうなのか?)


机の上のひよこに向かって問いかけてみる。

でも、ひよこは何も答えてくれない。


(ああ、もう! 落ち着かないな!)


イライラしてスマホを手に取った。

アドレス帳から芳原の名前を選ぶ。

そして……手が止まった。


「……ふん。」


ベッドにスマホを投げ捨てる。


レポート用紙をもう3枚敷き、その上に次々と、もらったチョコレートを出して並べてみる。

ハート形。ハートの模様。メッセージカードに描かれたハート。

葵ちゃんの義理チョコだって、小さいけどハート形だった。


(ほら見ろ。ハートの形はバレンタインには必須なんだぞ。)


胸の中で芳原に説教をした。

そんなことも知らないのか ――― 。


(………。)


ベッドの上のスマホが気になる。

落ち着かないから手に取ってみた。

そしてまた芳原の名前を選ぶ。


(まあ……一応、お礼とか。)


自分に言い訳をしながら芳原の電話番号に触れた。

コール音を聞きながら、初めて葵ちゃんに電話をかけたときよりも緊張している自分に気付いた。







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