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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
★ おまけのおはなし  「それは腹立ちとショックで始まった。」
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(6) いつもと違う俺


結局、芳原と話ができたのは放課後になってからだった。

休み時間に何度か6組に行こうとしながら決心がつかなくて。

考えるたびに、心臓が不穏な動きを始めるから。


6時間目が終わったときに、もうこれ以上はチャンスがないんだからと自分に言い聞かせて段取りを決めた。

相河たちのところに行くふりをして、廊下でさり気なく、出て来る芳原を待つ。

剣道部の芳原は、部活がある日には葵ちゃんと一緒には教室を出ないから。


「あ、芳原。」


偶然会ったように装って呼び止めた。

俺を見た芳原に、一瞬、迷いが見えたように感じたのは気のせいか?


明日の都合を訊くと、やっぱり迷う様子を見せた。

そんな芳原に、


「だって、明日出直すって言っただろ?」


と気軽な調子で説明する。


「でも、月曜日でもいいよ。」


「なんで?」


芳原の返事に、自分でも予想外なほど不機嫌な声が出た。

そんな俺を見て、芳原が少し慌てた。


「だって、悪いもん。」


少し自信なさそうに微笑んで、ちょっと首を傾げて俺を見る。

いつもの強気とは違うその様子に、またしても胸がきゅーんと……。


(なんだよ、もう!)


腹立たしいのとくすぐったいので、どうしたらいいのか分からなくなる。

だから余計ぶっきらぼうに、


「いいんだよ、誕生日なんだから。」


なんて言ってみる。

芳原は「うん……。」と曖昧に頷くと、明日は午後から練習だと教えてくれた。


「午後か……。」


俺たちの練習は午前中だ。

昼に会えるかも知れないけど、確実ではない。


(あれ?)


しかも、よく考えたら、俺は何も用意していない。

出直して福豆を渡すわけにはいかないのに!


「え、と、ごめん。夜に連絡する。電話番号教えて。」


早口に言い切ると、芳原はまた迷ってから教えてくれた。

そして、「サンキュ。じゃあ夜にな。」と決めた俺に、やっぱり迷いながら頷いて去って行った。


芳原が見えなくなってからも、相河と藁谷が教室から出て来るまでそのまま立っていた。

芳原との会話の余韻に浸っていた……なんて、二人には口が裂けても言えないけど。


練習中も帰り道も、今夜の電話と明日の計画ばかり考えていた。

だから注意が足りなくて、何度も失敗しそうになった。

藁谷に「何やってんだよ?」と呆れられながら、やたらと気分が浮き立っている自分に、自分でも呆れてしまった。




そして……翌土曜日の午後5時40分。

約束よりも20分ばかり早く着いた倉ノ口駅。

腹が減っていたので、改札前のハンバーガー屋で待つことにした。

メールで知らせておけば、店の中にいても大丈夫だろう。


今日は午前中の練習の後、そのまま買い物に行って来た。

いつもの下り電車には乗らず、藁谷と宇喜多と同じ上り電車で横崎駅まで行って。

横崎駅で乗り換える宇喜多と一緒に昼メシを食べてから、一人であっちこっちぶらぶらとまわった。


見て回っても、やっぱり芳原に何をあげたらいいのかさっぱり分からなかった。

というか、値段を見て迷ったというのが本当のところ。

俺の財布の中身があまり多くないということもある。

けれどそれよりも、芳原がもらって気を使うような値段ではダメだからだ。

せっかく選んでも、「もらえないよ。」なんて言われたらつまらない。

そもそも、だから福豆にしたのだ。


最初は文房具の店から始めて、雑貨屋も何軒かまわった。

珍しいものがいろいろあって、結構面白かった。

けれど、どうしても「これだ!」というものがなくて、決められなかった。


3時間くらい歩きまわって、疲れてしまったところで通りかかったのがゲーセンの前。

賑やかで楽しげな音に誘われて、缶ジュースでも飲みながら休もうと思って中に入った。

そこで目に留まったのがひよこのぬいぐるみだった。


丸いチェーンでぶら下げられるようになっている雪だるまみたいな黄色いひよこは、小型のクレーンゲームの景品だった。

芳原のイメージとはまったく相容れないけれど、彼女がそれを見て笑う姿が想像できた。

だから迷わず機械にコインを入れた。


一度失敗し、二度目。

狙ったひよこのほかに、もう一つくっついて来た。同じひよこが。


ベンチで缶ジュースを飲みながら、二つのひよこを見比べた。

少し目付きが違う二羽のひよこ。

二羽ともあげてもいい。使ったお金はたいしたことないし。

だけど……。


雑貨屋で手提げの紙袋を売っていたのを思い出して、それを買ってひよこを入れた。一羽だけ。

歩きながら袋を覗いてみて、淋しいような気がしたからもう一羽も入れた。

二羽並んで入っている様子はちょっと面白くて、これで決まり、と思った。


なのに、電車の中で袋を覗いて、また迷った。

結局、倉ノ口で降りたとき、一羽出して自分のバッグに入れた。


そして今、ハンバーガー屋で芳原を待ちながら、また迷い始めている。


(やっぱり一羽じゃセコいかな……。)


ひよこの大きさは10cmくらい。

使ったお金は二羽で400円。

二羽ともあげても、惜しくも何ともない。

だけど……。


(欲しくないかも知れないし。)


同じものを二つもいらないかも知れない。

役に立つようなものでもないんだから。

だったら俺が持っていても……。


ドアが開いた音がして、顔を上げたら芳原がいた。

俺を見付けて頷くと、カウンターで飲み物だけ買ってやって来た。


「待たせてごめん。制服のまま?」


向かいの椅子に腰掛けながら、芳原が言った。


「うん。…横崎でちょっと買いたいものがあったから。」


プレゼントを探しに行ったことを言ってはいけないと、ギリギリで思い出した。

きのうは間違えて持って来たことにしたんだから。


「ふうん。」と言った芳原が、なんとなくそわそわしている。

それは俺が原因か?

それともただ早く帰りたいだけ?


「これ。一日遅れたけど、誕生日のプレゼント。」


バッグの上に乗せておいた小さな手提げ袋をテーブルの上に置き、芳原の方に押す。

芳原は一旦それに視線を落としてから、「わざわざありがとう。」と俺を見た。

あの少しはにかんだ笑顔で。


(あー、やっぱりダメだ……。)


体の力が抜けそうになった。


少し身を乗り出すようにして、芳原が袋を上から覗く。


「え? なにこれ? 出していい?」


「うん。」


楽しそうにくすくす笑いながら袋に手を入れる芳原。

両手で優しく包み込むように抱かれたひよこが袋から現れる。

それを顔の前まで持ち上げて「やだ、可愛い。」と笑う。

そんな芳原の一連の動きをじっと見つめていた。


「ショウタロウ、ありがとう。」


笑顔のまま礼を言われて心臓がどっきん! と跳ねた。

何でもないふりをしながら、「そういうの、好き?」なんて訊いてみる。

視線を合わせにくくて、氷ばかりになった飲み物を飲んでみたりして。


「うん。」


頷いてまたにこにことひよこを眺める芳原を、まぶしいような気持ちで見ている自分。

そんな自分をもうひとりの自分が分析する。

けれど、最終的な答えは保留だ。


「ピヨタロウにしよう。」


「え?」と視線を合わせると、芳原が楽しそうに微笑んでいた。


「この子の名前。ぴよ太郎。」


「なんか……俺と似てる。」


「そう? そうだね。あはは、 “タロウ” が好きなのかも。」


その言葉にまた心臓が跳ねた。

一瞬、告白されたみたいな気がして。


(落ち着けよ。)


頭の中の声がたしなめる。


(芳原は「ショウタロウが」って言ったわけじゃないんだぞ!)


けれど、そう考えただけでまたドキリとした。

もしかしたらそういう意味も込めて言ったんじゃないだろうかと、胸が騒ぎはじめるのを止められない。


(ぬいぐるみと自分を同列に考えてどうするんだ! だいたい、「好き」の意味も違うだろうが!)


「バスの時間、大丈夫か?」


心の中を悟られないように、口ではそう言った。

これ以上一緒にいたら、自分がおかしな失敗をしそうで不安だ。


それまで楽しそうにひよこを調べていた芳原が慌てて腕時計を見ると、「あ、そろそろ行かなくちゃ。」と残っていた飲み物を一気に飲んだ。

それを確認して同時に立ち上がる。


「ショウタロウ、わざわざありがとね。」


店を出ながら芳原が爽やかに笑う。


「ちゃんとお返しするからね。ショウタロウの誕生日はいつ?」


「え、し、7月1日。」


芳原にプレゼントを渡される場面が頭に浮かんできて、またしても心臓がドキンと跳ねる。


「7月かー。まだちょっと先だね。」


そう言った芳原の横顔をちらりと盗み見。

本当に誕生日にプレゼントをくれる気なのか、それがどの程度の気持ちなのか、その横顔からは分からない。


「あ、じゃあ行くね。どうもありがとう。」


「おう。じゃあな。」


バス乗り場へと歩いて行く後ろ姿を見ながらなんとなくほっとした。

一緒にいると自分が普通でいられなくなって困ってしまう。


でももう一方で、芳原を近くで見ていたい、話をしたい、とも思う。

俺がこう言ったら芳原はこんな顔をするだろうな、とか、こんなふうに言い返すんだろうな、なんて考えたり。


(葵ちゃんのときはこんなふうに迷わなかったのに……。)


やってきた電車で座りながら思った。

その考えにドキッとした。


(なんで俺、葵ちゃんのときと比べてるんだ!?)


芳原は葵ちゃんのおまけだったはずだ。

なのに。

なのに……。


いつの間にか、葵ちゃんよりも芳原のことを考えている時間の方が長くなっていた。




家に着いてバッグを開けたら、すぐ中にひよこがいた。


(う。)


思わずうろたえてしまう。

自分の気持ちを目の前に突き付けられたような気がして。


(どうしよう、これ……?)


渡せなかった一羽。

いや。

“渡せなかった” んじゃない。

“渡さなかった” んだ。


「は ―――――― 。」


ため息は、はっきりしない自分にがっかりしているからだ。


ひよこをそっと取り出して手に乗せてみる。


(おそろい……か。)


渡すのをためらったのは、本当はそんな気持ちがあったからだ。

そして最後まで、もう一羽いることを言い出せなかった。


(あーあ。)


ひよこに向かって、もう一度ため息をついた。


はっきりしなくてがっかりな俺だけど、ひよこの存在は楽しくて、見ているだけで気分が浮き立ってきた。

机の上に乗せながら、芳原もこれを見ているかな……なんて思った。







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