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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
★ おまけのおはなし  「それは腹立ちとショックで始まった。」
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(5) サプライズでサプライズ


それ以来、俺と芳原の関係は変化した。

顔を合わせるのは今までと同じように俺が葵ちゃんのところに行ったときくらいだ。

でも、芳原がコメントをつぶやくだけじゃなく、直接俺の顔を見て話しかけて来るようになったのだ。

自分で決めたとおり、俺のことを「ショウタロウ」と呼んで。


話の内容はやっぱり辛口だし、俺が言い返せないことも多い。

なにしろ芳原は、俺に対して本当に遠慮がないから。

だけど、ちゃんと会話として成立している今は、以前ほど悔しい思いをしなくなった。

あとから思い出して笑ってしまうことさえある。


それに、芳原は遠慮がない分、悪気もないし、言い過ぎだと抗議すれば謝ってもくれる。

そういうさっぱりしたところが、一緒にいて気持ちが良かった。


俺は、芳原が笑ったり不機嫌な顔をしたりするのを見るのが好きだ。

女っぽく振る舞おうとしない潔さがいい。

でももっと大きな理由は、この前まで興味のない顔ばかりされていたからだと思う。

俺の言葉にちゃんと反応してくれる芳原を見ると、「やったぜ!」という気分になる。


こんなふうに過ごしているうちに、いつの間にか、俺はお調子者の皮を脱ぎ棄てていた。

芳原と葵ちゃんの前ではそんなものを被っている必要はなかったから。

二人にとっては、俺がどんな姿かたちをしていようが関係がないと分かっていたから。


それはとても気楽なことだったから、だんだんとそういう時間が長くなった。

冬休みに入る前には、クラスの友人に「お前、最近なんとなく落ち着いたな。」なんて言われた。

女子からの告白は1月中にも3回ほどあったけど、少し開き直った気分になって、それほど深刻に悩まなくて済んだ。





(上手く会えるかな。)


2月3日の朝、家を出ながら思う。

いつもよりも早い時間。

電車で芳原をつかまえるために。


(怒るかな? 笑うかな?)


バッグの中には鬼のお面がおまけについた福豆が、少し綺麗な紙袋に入れて入っている。


(それにしても、節分だなんて。)


歩きながら笑いそうになって、慌てて顔を引き締めた。

渡すときも真面目な顔でいられるといいけど。


先週の部活帰りのことだ。

いつものように俺と宇喜多と話していた葵ちゃんが言った。


「そういえば、来週、由衣ちゃんのお誕生日なんだよね。」


って。

俺が「へえ。」と言うと、


「2月3日なんだよ。節分だから、お誕生日のケーキと一緒に恵方巻きも食べるんだって。お腹がいっぱいになるって言ってたよ。」


と笑いながら教えてくれた。

それから葵ちゃんは、自分が考えているプレゼントのことをあれこれ話していた。


せっかく聞いたからには俺も何かやろうと思い付いた。

俺が何かをあげるなんて思っていないだろうから、驚く芳原を見るのも面白い。


けれど、どんなものがいいのか、俺にはさっぱり分からない。

そもそも芳原がもらって喜ぶものなんて、まったく想像ができないのだ。


俺と芳原の関係を考えたら、そんなに大層なものは必要ない。

できれば冗談で済ませることができそうなもの ―― 笑ったり怒ったりして終わるものがいい。

そのときの芳原の反応を見るだけでも面白い。

それを想像してみることも。


だから、節分の豆にした。

日にちだってちょうどいい。


やってきた電車に芳原を見付けた。

上手い具合に一人だ。

けれど、通学時間の電車はそれなりに混んでいるから、椿ヶ丘で降りるときを狙うことにする。


近くのドアから乗ったとき、不意に彼女が目を上げた。

乗客の隙間から視線がぶつかって、お互いに無言で合図する。

離れた場所に立ちながら、なんだか楽しくなった。

そして、またあの袋を渡すときのことを考えてみる。


(芳原のことだから、信じないかも知れないな。)


眉を寄せて、疑いの目で俺を見るかも知れない。

それをどうやって説き伏せて受け取らせるかがポイントだ。


セリフや表情を考えてときどき笑いそうになりながら電車に揺られて行く。

椿ヶ丘に着くと、先にホームに降りた彼女が、一二歩進んで振り向いた。


「おはよう、ショウタロウ。今日は早いんだね。」


「まあな。」


並んで歩きながら、バッグのファスナーを開ける。

周りにはうちの学校の生徒がパラパラといるから、渡すなら早い方がいい。

誰かが一緒になったりしたら楽しみが半減する。


「はいこれ。誕生日なんだろ?」


改札口への上り階段まであと5メートルくらいのところで袋を差し出した。

心の中で笑いつつ、顔はあくまでもさり気なく。


「え?」


階段下の少し混み合っている場所で歩く速度をゆるめながら、芳原が驚いた顔で俺を見た。


(やった!)


いつも冷静な芳原を驚かせることができた。

まずは、成功一つ。


「葵ちゃんが言ってたから。」


「あ、ああ、そう……。」


納得したように、でも少しぼんやりと俺と差し出された袋を見ながら芳原はつぶやいた。

それから。


「ええと……、ありがとう。」


そう言われた瞬間、今度は俺の方がびっくりした。

なぜなら、芳原がはにかんだような顔をしたから。

そしてそれを見た俺の胸が、きゅーん、と反応したから。


思わず、俺は袋を引っ込めた。


「あれ?」


受け取ろうとしていた芳原は、また驚いて俺を見た。


「あ、こ、え、その、これ、ちょっと、その、間違えたみたい。」


「え?」


「これ、その、家で使うヤツだった。ええと、その、明日また出直す。じゃ。」


急いでそこまで言い、うちの生徒の間を縫うように改札口への階段を上る。

福豆をバッグに戻しながら、心臓が大きく打っているのを信じられない思いで確認する。


(なんであんな顔するんだよ!)


改札を抜けながら、心の中で叫んだ。

その間も、さっきの芳原の顔が目の前にちらつく。

そのたびに心臓がキュッとつかまれたようになる。


(いきなりだぞ! 何の前触れもなく!)


大股で歩く速度に合わせて、頭の中で「ずるい、ずるい、ずるい…… 」と繰り返す声が聞こえる。

あの性格で、あんな顔をするとは思わなかった。

俺にあんな顔を見せるとは……。


(俺はそんなつもりじゃなかったのに。いつもみたいに、俺を斜め上から見てくれればよかったのに。)


そんなふうに芳原を責めながら、一方で、自分のとった行動が間違っていたんじゃないかとも思う。

あそこで引っ込めなくても良かったんじゃないか。

あのまま渡して、期待して袋を開けた芳原をからかってしまえば簡単だったんじゃないか……って。


(だけど。)


あんな顔されたら、からかうなんてできない。

そうされたときに、あいつがどんな気持ちになるかを考えると。


怒った顔はするだろう。

はっきりと俺に文句を言うだろう。


……でも、やっぱり傷付くだろう。


さっきの芳原を傷付けるのは嫌だ。

俺の言葉を素直に信じてあんな顔をした芳原を。


(そうだ。出直さなきゃ。)


「明日」って言ったんだから、急いで何か考えないと ――― って!?


(今日、金曜じゃん!)


カレンダーを思い出して焦る。

明日は土曜だ。授業は無い。

部活はあるけど……剣道部の予定は分からない。


(どうしよう……?)


月曜にするか?

でも「明日」って言っちゃったし、誕生日のプレゼントなのに3日後っていうのはちょっと…。


かと言って、明日渡そうとしても、会えるかどうか分からない。

剣道部のヤツから予定を訊き出すことはできるかも知れないけど、うちの部とタイミングが合わなければ意味がない。


(本人と相談しないとダメか……?)


そう思った途端、またあの顔を思い出して胸がキュンとした。


(なんでこんなにいつまでも!)


腹が立つけど、実のところ、この “キュン” は、慣れてくると癖になる心地良さがあると認めざるを得ない。

その心地良さに身を委ねてしまいたくなるような。


(どうしようかな……。)


本題に立ち帰って考える。


一番手っ取り早いのは、あとで芳原のところに行って、明日の予定を決めてしまうことだ。

でも、今日は芳原と顔を合わせづらい。

あんなことがあった後では。


だとすると、次は葵ちゃんに芳原の連絡先を教えてもらうのが簡単かも知れない……けど。

それはためらう。


素直な葵ちゃんなら、俺を信じて教えてくれるだろうと思う。

けれど、俺が芳原の連絡先を知りたいという、そのこと自体を知られたくない。

なんていうか……、バツが悪い。


(いっそのこと、このままとぼけてやめちゃおうかな。)


どうせ明日は会わないんだし。

月曜じゃ遅過ぎだし。


(だけどなー…。)


さっきの芳原の反応を思い出すと、やっぱり何か渡したい。

渡したあとにどんな顔をするのか見たい。

喜んでくれるのか。

笑ってくれるのか。

今のままじゃ、中途半端で落ち着かない。


(そうだよな! 「出直す」って言ったんだし!)


それに、「明日」って言ったんだし。

自分で言ったことの始末をつけなくちゃ。


(あとで芳原のところに行こう。)


理由があるんだから、訊きに行ったって当たり前だ。

明日の予定を聞いて、ついでに連絡先も交換しよう。


……葵ちゃんには内緒で。







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