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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
★ おまけのおはなし  「それは腹立ちとショックで始まった。」
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(3) 認めさせてやる!


あれからなんとなく、芳原にどう思われているのか気になっている。


今までと同じように葵ちゃんのところに行っても、芳原が俺に何て言うかが気になって、つい様子を窺ってしまう。

俺は葵ちゃんの笑顔を見に行ってるのに。

まったく面白くない。

困る。


芳原はちっとも気付かずに、相変わらず、ほんのたまに気乗りのしない様子で厳しいコメントをつぶやくだけ。

でなければ、ほかの女子としゃべったまま、こっちを見もしなかったり。


悔しくなって、葵ちゃんとの会話に少し嫌味をはさむと、ちらりと俺を見るだけで乗って来ない。

俺だけが空回りしていて、ますます悔しくなる。




(絶対に俺の存在を認めさせてやる!)


そう心に決めたのは、12月に入ってから。

2週間近く、落ち着かない気分を味わったあとだった。


けれど、口で何を言ったって、意味がないことは分かっている。

向こうが認めざるを得ないような何かを突き付けるしかないのだ。


“認めざるを得ないような何か” 。

つまり、俺の頑張りや努力を証明するもの。

俺だってやるときはやるのだと、認めさせるだけの力があるもの。


あれこれ考えた挙げ句、俺はもうすぐやって来る後期の中間テストに目を付けた。


定期テストなら客観的に結果が出る。

個人用の成績表がもらえるから、前回の結果と見比べれば、頑張ったかどうかは一目瞭然だ。


(俺だって、やるときはやるんだ。そして、俺の存在を認めろと要求する。)


そんな証拠があれば、もう芳原は、俺のことを「逃げてばっかりいる」とは言えないはずだ。

まあ、多少、芳原が言う頑張りの場面が違うような気がするが、嫌なテストから逃げなかったということは確かだ。


(よし! 待ってろよ、芳原!)


名前を呼ばれないくらいのことで、こんなに闘志が湧くとは思わなかった。

でも、悔しいのはホントのことなんだから。




いつもなら直前までやらないテスト勉強を、今回はすぐに始めた。

教科書とノートの見直し、問題集に暗記。

朝の電車で参考書を読んだり。


けれど、葵ちゃんや芳原の前では、そんな行動は見せないように気を付けた。

あんまり必死な姿を見せるのは照れくさいということもあるし、驚く顔を見たいという気持ちもある。

朝は二人とも俺よりも早い電車を使っているから、見られる心配はない。

部活休止期間に葵ちゃんと一緒に帰りながら、隣で俺に興味のない顔をしている芳原に、心の中で「今に見ていろ!」と何度も挑んでいた。


テストが始まる3日前の夕方。

電車を降りて改札を出ようとしたら、「あの。」と声が聞こえた。

立ち止まると、女子が小走りにやって来る。

制服はうちの学校のじゃないし、顔にも見覚えがない。


(あれ?)


落としたものを拾ってくれたのかと思って、ポケットに手をやったところで気付いた。

気付きながら、覚悟した。


「あ、あの、九重高校の、オノ…くん、ですよね?」


「うん、そうだけど。」


仕方なく答えながら、通行の邪魔にならない場所に寄る。

名前を知られていたのはバレー部のバッグのせいだと分かっていたから驚かなかった。


目の前の女子は真っ赤な頬に目を潤ませて、必死な顔をしていた。

少しクセのある髪が肩にかかっていて、葵ちゃんを思い出して胸がちくりと痛んだ。

これが葵ちゃんだったら ―― 。


「あの、わたしっ、三咲学園2年のカンダヒロコと言います。あの、お、お、お友達に、なってもらえませんかっ。」


そう言って、お願いするように差し出された小さなカード。

細かい字で書いてあるのは、メールアドレスと電話番号だろう。


(ああ……。)


予想通りの展開に気持ちが沈む。


「ごめん。そういうの、ダメなんだ。」


静かに答えると、カンダヒロコさんが顔を上げた。

その悲しそうな目を見たら、ますます辛くなった。

辛いけど、言わなくちゃならなかった。


「初対面で友だちにとか……苦手なんだ。だから…ごめん。」


ゆっくりと引っ込められたカードが、カンダさんの制服の胸元に当てられる。

一旦下を向いた彼女が、無理に作った笑顔を俺に向けた。

その笑顔が俺の心に突き刺さる。


「い、いいです。わたしこそ、ごめんなさい。あの、ありがとう…ございました。」


無理な笑顔でそこまで言って、彼女はホームへの階段を駆け下りて行った。

その後ろ姿が目に入らないように、急いで改札口へと向き直る。

自分の胸の痛みと向き合わないように、大股で勢い良く歩き出しながら。


(失敗した。失敗した。失敗した。)


うっかり忘れていた自分を責める。

こういうことになるから気を付けていたのに。


勉強しようと決めてからおよそ10日。

2、3日なら平気だったかもしれないけど、10日も続けていたら……。


(ああ……もう! だから嫌なんだ!)


自分の見た目が恨めしい。

他人は羨ましがるけれど、俺は恨めしいだけだ。

特に今みたいなことが起きたあとは。


(ああもう!)


こういうことがあると、俺はかなり長い間、胸の痛みを引きずってしまう。

断った相手に申し訳なくて。


さっきのように必死な気持ちが伝わってくると、そのあともずっと落ち込む。

たいした人間じゃない俺に一生懸命になってくれたことに。

そういう相手に辛い思いをさせなくちゃならないことに。

“俺なんかのために” って。


でも、こんな気持ちを誰かに話しても「贅沢な悩みだ」とか「自慢か」とか言われるだけだ。


だから、誰にも話せない。

だから、こんなことが起きないように、いつも気を付けていた。

どことなく信用できないような雰囲気を身にまとうようにして。

なのに、ここのところ芳原のことばっかり考えていて、うっかり電車の中で勉強なんかしていたから……。


(それもこれも芳原のせいだ。)


そう考えたら、落ち込んだ気持ちが芳原への恨みに変わった。

八つ当たりじゃないかと、ちらりと思うけれど。


(あいつが俺の存在を認めないから。)


そうだ。

芳原がちゃんと俺を名前で呼んで、普通に話してくれていれば何も問題はなかったんだ。

それなのに……。


(この責任は取ってもらうからな。)


芳原が文句をつけられないくらい成績を上げて、絶対に俺の要求を受け入れてもらう!




女子からの告白は、さらに3件続いた。

駅で1人、学校で2人。


その度に俺は芳原への恨みをつのらせた。

そしてテスト勉強に励んだ。


その結果 ――― 。


(やったぜ……。)


中間テストから3日後の夜。

担任から配られた個人成績表をベッドの上でじっくり見ながら満足感に浸った。


成績表には一年分のテストの結果が記載されるようになっている。

今の時点で埋まっているのは、年度初めの実力テスト、前期の中間テスト、期末テスト、そして今回の後期中間テストの4回分。

それぞれ科目ごとの点数と学年全体での順位だ。

試験のたびに新しく付け加えて配られるこの紙を見れば、自分が校内でどのくらいの出来なのかはっきりと分かる。


今までの俺の成績は、得意な数学以外はだいたい真ん中だった。

250人中100〜150位くらいの間。数学は70位前後。

それが今回は、一番悪くて111位だし、数学Aでは46位を取った。

しかも、これはあの連続告白攻撃のショックに耐えながら取った成績なのだ!


(これなら芳原だって文句を言えないはずだ。)


俺だって、これが自慢できるほどの成績じゃないことは分かっている。

でも、もともとうちの学校はこのあたりでは一番の成績優秀校なのだ。

“勉強するのが当たり前” の生徒が揃うこの学校で順位を上げるのは簡単なことじゃないと、芳原だって知っているはずだ。


(俺だってやるときはやるんだ。それを認めろ、芳原!)


この紙を見せたときに芳原がどんな顔をするのか、今から楽しみだ。


感心した顔をするだろうか?

それとも悔しそうな顔?

あいつのことだから葵ちゃんみたいには褒めてくれないだろうけど、「頑張ったじゃん。」くらいは言ってくれるかも知れない。


そんな芳原の反応を見ながら、俺は “こんなことくらい何でもないけどな” みたいな顔をする。

一応、そこは俺にもプライドというものがある。

でも、キッパリ言う。

「もう、俺が逃げてばっかりだなんて言わせないからな。」って。

そして、俺のことをちゃんと名前で呼べと要求するのだ!


(待ってろよ、芳原!)


思わず手に力が入り、個人成績表の端が皺になってしまって慌てた。







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