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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第一章 二人のアイカワ
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9  女子マネージャーって


「「「お疲れさまでした!」」」


藍川葵がマネージャーとしてうちの部に来始めて、二日目が終わった。

勝手が分からない中、彼女はかなりよくやっていると思う。


初日に大丈夫かと尋ねたら、


「とにかく邪魔にならないようにします。」


と、悲壮感さえ漂うような表情で答えていた。

俺はそれを見てまた責任を感じてしまった。

部活中は、緊張した様子で熱心に仕事を覚えようとしている彼女を見て、手伝えるものなら手伝いたいと思った。



初日から、彼女は自分もジャージに着替えてきた。

うちの部の赤いジャージではなく学校指定の水色のジャージ。

小さい姿がちょこちょこと走りまわって、結構目立っていた。

その姿で準備や片付け、終了後のモップかけなんかも、俺たちに混じって頑張ってやっている。


中でも、今日のモップかけは面白かった。


幅の広いモップが何本かあって、拭くときは、壁際から隙間ができないように並んで順に出発する。

見よう見まねでモップを持って来た彼女は俺の前にいた。


体の小さい彼女は歩幅がせまくて、俺たちにペースを合わせるにはちょっとだけ走らなくちゃならない。

斜め後ろにいた俺はその様子が可笑しくて、わざと速足で進んでみた。


彼女は俺が追い抜きそうになっていることに気付いて、慌てて自分も足を速めた。

でも、途中でわざとやられていると気付いたらしい。彼女が前にいる尾野に追い付いついても、俺が速度を緩めなかったから。

彼女は困ったような、抗議するような顔で、ちょっと振り向いた。

俺が知らん顔をしていると、彼女は俺に怒った顔をしてみせたあと走り出した。尾野を追い越して。


追い越された尾野が慌てて走り出し、俺も後を追った。

尾野の前にいた藁谷も、わけが分からないまま走った。

端まで行くとUターンをして、また走る。


もちろん、俺たちは本気で競争しようと思っていたわけじゃなかった。

でも、彼女は最後まで行くと、本当の競争に勝ったみたいに得意気な顔をした。

意外と負けん気が強いところがあるらしい。



昨日は縞田先輩から部費や名簿などの事務仕事の引き継ぎがあって、熱心に説明を聞いていた。

部費は前年度の決算期に当たっているそうで、今日は教室で季坂に教わりながら帳簿の集計をしていた。

仕分けをしていた領収書が一枚足りなくなって、俺も一緒に探すというアクシデントもあったけど。


今日からは仮入部の一年生が来始めた。

尾野が目論んだ部員獲得作戦がどのくらいの成果を収めるのか楽しみだ。


…なんて言ってるけど、本当のことを言うと、効果があるらしいのは新入部員だけに限ったことじゃない。

俺たちもだ。


男子のバレーボールを近くで見たことがなかった彼女には、俺たちの練習そのものが驚きだったらしい。

きのうの終わりのミーティングで感想を訊かれると、目をキラキラさせて、


「こんなに迫力があるなんて知りませんでした! アタックとかすごい音で、もう、なんか感動してしまって……。」


なんて言ってくれた。

そんなことを言われたら、頑張りたくなるのは当然だ。


それに俺は教室でも、彼女が芳原 ――― メガネ女子 ――― に


「ボールを打ったときにね、『ボーン』じゃなくて、『バン!』とか『ドン!』とか、そういう音がするんだよ。ホントにすごいの!」


と嬉しそうに話しているのを聞いた。

そんな言葉を聞いたら………もっと格好いいところを見せたいと思うのは当然じゃないか。


本当に、女子マネージャーは貴重品らしい。



でも、そう思っていないヤツが一人いる。

4人目の2年生、宇喜多(うきた)雷斗(らいと)だ。


始業式の日の部活で、縞田先輩が女子のマネージャーが入ることになったと発表すると、一人だけ嫌な顔をした。

帰りに尾野が浮かれた調子でその話を出したときも。

普段、宇喜多はあまり感情を表に出さないのに。


「気に入らないのか?」


と尋ねると、宇喜多は無表情に答えた。


「女子だからな。」


女嫌いなのか、藍川の動機を誤解しているのかよく分からない。

宇喜多はバレーと勉強だけにしか興味がないような真面目人間なのだ。

そのときは、俺が黙っていると、


「もう決まったんなら仕方ないけどさ。」


と肩をすくめた。

そして昨日今日と、彼女が来てからずっと無視し続けている。




「あ、菜月ちゃんだ。」


藍川の声に顔を上げると、体育館の角で季坂が手を振っている。


帰りはうちの部の2年生に季坂が加わって一緒に帰っている。

それは去年からの習慣だ。

季坂と藁谷は、集団でいるときにはその中に溶け込んでいて、二人で浮いたりしないところがいい。

と言っても、二人は必ず並んで歩く。

まあ、椿ヶ丘の駅までしか一緒にいられないんだから、そこは大目にみてやらなくちゃ。


椿ヶ丘駅で上りと下りに別れたあとは、季坂と藍川、尾野、俺の4人になる。

尾野以外の三人は5つめの丸宮台駅下車。季坂は北口、藍川と俺は南口。

南口の階段を降りたところで、藍川と俺は「さようなら」。


「ねえ葵、お腹空かない? 鯛焼き食べたくない?」


季坂が合流するなり尋ねた。

鯛焼き屋は学校から駅までの道から少し逸れたところにある、住宅街の中でひっそりとやっている店だ。

あんこがたっぷり入っているのが人気で、遠回りになっても、部活の帰りに寄る生徒は多い。


「あ〜、いいなあ。俺、3つくらい食えそう。」


藍川より先に尾野が答えた。

俺たちは、当然、この時間になると腹は減っている。


「うん、行ってみたい。」


藍川も頷いて、決定。

宇喜多はどうするのかと思ったけど、ちゃんと一緒に来た。

女子マネージャーは嫌いでも、空腹の方が優先らしい。


「あ! 相河くん!」


学校を出るところで呼ばれて振り向くと、榎元美加が走って来る。

いつも変わらない爽やかな笑顔と長い脚。

俺の隣に並びながら、季坂とも笑顔を交わす。

季坂と榎元は以前から気が合っていて、お互いに「美加」「菜月」と呼び合う仲だ。


「今日は鯛焼き屋さんに寄るんだけど、美加も行く?」


「あ〜、行く行く! もうお腹ペコペコ!」


そう答えてから藍川に気付いたらしい。

「あれ? ええと…?」と言いながら俺の顔を見て、藍川に目配せをした。


「うちのマネージャーで、同じクラスの…藍川。」


頭で呼んでいても、口に出すと変な感じで言いにくい。


「マネージャー? え? アイカワ?」


「あの、藍川葵です。よろしくお願いします。」


彼女が自己紹介をすると、榎元は俺と彼女の顔を見比べた。

こういう反応ももう慣れた。

榎元を見て尾野が笑う。


「ははは! 同じアイカワでも全然違うだろ? こっちは『葵ちゃん』だから!」


それを受けて、季坂が付け加える。


「彼女、転校してきたばっかりなの。相河くんとクラスも一緒だから、混乱しないように『葵』って呼んでるの。」


「ああ、転校生なんだ?」


「はい。」


緊張気味の藍川に榎元がにっこり笑いかけると、藍川も微笑みを返した。

これでまた、彼女の友達が増えたってわけだ。


「あたし、榎元美加。『美加』でいいよ。2年1組でテニス部なの。去年は相河くんと同じクラスで仲良くしてたから。」


賑やかに鯛焼き屋に向かいながら、榎元も楽しそうでよかった、と思った。







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