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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
★ おまけのおはなし  「それは腹立ちとショックで始まった。」
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(1) 見たくないのに。


おまけのお話はこのひとです。



(また見ちゃったよ……。)


背筋を伸ばして馬上の人となっている芳原が目に入り、景色を眺めるふりをしながら視線をそらした。


高2の秋の北海道への修学旅行。

4日目に組まれた体験プログラムの乗馬のためにやって来た牧場は、青空の下に広々とした丘が連なり気持ちが良い。

けれど、朝の集合から何度も芳原が目に付いてしまい、その度に俺は胸の痛みを感じている。


(でかすぎるんだよ。それに、あのメガネ。)


女子で固まっていると、芳原がそこにいれば必ず分かる。

べつに声が大きいとか、特別におしゃべりだとかいうわけじゃなく、彼女の背の高さで。

女子の集団の中では、ショートカットの頭がぴょこんと飛び出してしまうのだ。

そこに赤い縁のメガネだし。


(見たくないのにな……。)


春から想い続けてきた葵ちゃんのことを思い出すから。


(あーあ。)


俺が葵ちゃんに会いに6組に行くと、たいてい芳原が一緒にいた。

部活の無い日には3人で帰ったこともある。

まるで葵ちゃんの附属品だ。

俺には決して笑顔を向けず、ときどき厳しいツッコミをする附属品。


(葵ちゃん、どうしてるかな……。)


彼女は3週間ちょっと前に、相河を相手にと決めてしまった。

俺の気持ちは知っていたはずなのに、最後まで本気にはしてもらえなかった。

そして今は、相河と同じ沖縄への修学旅行中だ。


「尾野、呼ばれてるぞ。」


「あ、ああ、はい。」


牧場の人に手伝ってもらいながら馬にまたがると、思っていたよりも高くて驚いた。

一瞬、どこかにしがみつきたくなったけれど、言われたことを思い出して姿勢を整える。

すると、順番待ちの女子の集団が、こちらをちらちらと見上げながら囁き交わすのが見えた。


(ふん。だから嫌なんだ。)


馬に乗ることに集中できることにほっとしながら、女子たちの視線には気付かないふりをする。


自分の外見が女子に人気があると気付いたのは6年生のときだった。

バレンタインチョコが急にたくさん来た。

そのときは単に嬉しいだけだったけれど、中学では女子の本気度が増し、友だちだと思っていた女子に詰め寄られたこともあった。

それほど親しくなかった女子から、思いつめたような手紙をもらったりすると怖くなった。


断ることも、俺にとっては重荷だった。

それは単に見かけで気に入られただけだと分かっていても同じこと。

相手がどんな想いで告白することを決心したのだろうと考えてしまうから。


断りの言葉を口にしながら、いつも胸が痛い。

そんな立場じゃないはずなのに。相手の方が、もっと辛いはずなのに。

そう思っても辛かった。


なのに、男の友人たちは羨ましいと笑うだけで、誰も俺の気持ちを分かってくれなかった。


そんな体験を通して、俺は女子に本気になられないために性格を装うことにした。

なんとなく信用できないようなタイプに。

もともと明るい性格だったせいか、それはそれほど無理なことではなかった。

それで平穏な日々を過ごせるのであれば、自分の信用なんてどうでもよかった。


(だけど、葵ちゃんには本気だったのに。)


バレー部のマネージャーに誘ったときからずっと。


初めて会ったあの日、彼女は俺を見ておびえた顔をした。

けれど、名前を言ったらすっかり警戒を解いて嬉しそうに言ったのだった。

「ペガサスですね! 素敵な名前。」と……。


あの素直な性格にやられた。

それに、俺の外見に見惚れなかったことにも。

彼女が縞田先輩の知り合いで、先輩を好きになってしまったのは想定外だったけど。


俺のことを、優しくていい人だと、何度も言ってくれた。

外見を褒めてくれたこともあったけど、それは、彼女が男を判断する基準ではなかった。

そんな彼女は、俺にとっては特別だった。


(でも……。)


彼女は相河を選んだ。


本当は、夏休みのあと、ダメかも知れないと感じ始めていた。

そういうことは、なんとなく分かるものだ。

彼女が選ぶ相手が相河なのか、宇喜多なのかは分からなかったけど。


けれど、そんな弱気を相河や宇喜多の前では見せるのは嫌だ。

だから最後まで強気に振る舞ったし、今でもそうしている。

修学旅行に来てからも、葵ちゃんに電話をかけている。

おとといはちょうど相河と一緒にいたところで、あいつに切られてしまったけど、すぐにかけ直してやった。


未練がましいって言われようが、笑われようが、そんなことはどうでもいい。

俺が初めて本気で好きになった相手なんだから。


けれど……。




『じゃあね、おやすみなさい、尾野くん。』


「うん、またな。」


修学旅行中の日課にしている、葵ちゃんへの夕食後の電話。

切ったあと、なんとなくため息が出てしまった。

この空しさはなんだろう?


(話している間は楽しいのにな……。)


やっぱり、どんなに楽しくても、彼女が俺のことを友だちだとしか思ってくれないと分かっているからだろうか。


(でも、俺だけじゃないんだから。)


葵ちゃんは、宇喜多からもメールが届いていると言っていた。

宇喜多だって俺と同じ立場で、俺と同じようなことをやっている。


「ふ………。」


なのに、またため息だ。


立っていたロビーの隅っこからぼんやりと周囲を見回すと、向こう向きのソファーで電話中の芳原が見えた。


(え? 芳原って、彼氏いたっけ……?)


思わずじっと様子を見てしまう。

ソファーに深く座った芳原は、特に嬉しそうには見えない。

だらりと背もたれに頭を預けた姿は、どちらかというと面倒くさそう。


と思っていたら、電話を切った。

そのまま脱力状態で座っている。


(なんだよ。)


気付いたら歩き出していた。

そして、顔を見ないままドサリと隣に座った。


「……なに?」


芳原はちらっとこっちを見て、不機嫌な声。


「……べつに。」


そちらは向かずに答える。


そう。

話すことなんかない。

同じクラスだった去年だってなかったんだから。


「じゃあ、なんで来るのよ?」


迷惑そうな声。


「いいじゃん。」


俺だって、理由なんか分からない。

仕方がないから、なんとなく「あーあ。」とため息をついてみせた。


「……なによ?」


芳原が面倒くさそうに尋ねる。


「葵ちゃん……、なんで相河を選んだのかなあ……。」


俺と芳原に共通する話題は葵ちゃんしかない。

そして、口に出してみると、自分が失恋した話をできる相手は芳原しかいないのだと気付いた。


ちらりと隣を窺うと、芳原はやっぱり迷惑そうな顔をしていた。


「もしかして、慰めてほしいわけ?」


「いや、そんなことは……。」


予想しなかった質問に否定の言葉を発しつつ、心の中では「そうなのか?」と自問する。

ここに座ったのは、そういう気持ちがあったからなんだろうか。


「花火大会の日の借りは、体育祭で返したでしょ。」


「……分かってるよ。」


芳原が “借り” だと言ったのは、花火大会で付き添って帰ったことだ。

葵ちゃんたちが電車から降りたあと、同じ車両に乗っていた酔っ払いが、芳原に話しかけてきたから。


いつもなら、葵ちゃんがいなければ俺と芳原はほとんど話をしない。

でも、さすがにしつこい酔っ払いに絡まれている芳原を放っておくことはできなかった。

だからその酔っ払いの相手を俺が引き受けて、そのまま芳原が降りる駅まで一緒に行き、迎えの車を見付けたところで別れた。

複雑な顔で礼を言う芳原に、「絶対に誰にも言うな」と約束させて。


それについては、俺は “貸し” だとは思っていなかった。

だって宇喜多の相手にどうかと思って、芳原を誘う提案をしたのは俺なんだから。


けれど、それを知らない芳原は、自分が借りを作ったと思っていて、体育祭の『借り人パン食い競争』で俺が指名したときに一緒に走って一等になったとき、「これで貸し借りなしだからね。」と宣言した。

あの種目は、もともと指名されたら断らないのがルールなのに。


「……電話、誰と?」


なんとなく口にした質問。

でも、(本当はどうなんだよ?)と心の中で声がした。


「え? ああ、お母さん。」


相変わらず面倒くさそうな返事。


「へえ。」


自分の胸がくすくす笑ったのを感じた。


「カニが食べたいんだってさ。」


「カニ?」


「買えって言うんだよ。嫌だから、『お金が足りない』って言ったら、配送で代金引換ができるはずだからって。修学旅行でカニを買う高校生なんていると思う? 食べたければ、自分で注文すればいいのに。ああ、もう。」


そう言って背もたれに頭を乗せ、天井を見上げてため息をついた。


「そうだよな。」


胸の中のくすくす笑いが口までのぼって来た。

芳原の真剣な悩みの前で懸命にそれをこらえながら、今までで一番長い言葉を聞いたなあ、と思った。







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