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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第七章 彼女の瞳に映るのは
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88  俺たちの付き合い方


そのまま俺たちは、手をつないで夕焼けの下を歩きながら、いろんな話をした。

いろんな……というか、今までの自分たちのことを。


こんなふうに、俺たちの関係について話し合うのは初めてだった。

俺たちは二人とも恥ずかしがり屋で、口に出せないことが多かったから。

話してみたら、お互いに驚くことばっかりだった。


俺は、自分の態度や行動が葵の目には全然違う意味に映っていたことに驚いた。

中でも、俺のささやかな愛情表現を「子ども扱い」だと思われていたことにはがっかりした。

どうりでときどき、何か言いたそうな顔をしていたわけだ。


宇喜多のアドバイスはまさに的を射ていた。

これからは、もっと言葉で伝えてあげないと。


彼女の方では、俺のことを照れ屋だとは思っていなかったらしい。

確かに初対面の葵に気安く話しかけたし、榎元や女子たちとふざけあっている姿も見せていた。

だから余計に、俺が葵の服装やあれこれを褒めなかったことが気になっていたんだ。


でも、「好きな相手には言いにくいんだよ。」と言ったら分かってくれた。

分かってくれたけど、俺は、これからはたくさん褒めるつもりでいる。

葵が喜んでくれるし、嬉しそうな顔を見るのは俺も嬉しいから。


俺が一番びっくりしたのは、「几帳面な人」と言われたときだ。

自慢じゃないけど、俺は今まで一度もそんなことを言われたことはない。


原因は、俺がよく部室の整理をしているからだった。


俺がそれをやっていたのは、葵の周囲を見張るため。

尾野や宇喜多や1年生が葵にちょっかいをだすのを牽制するために、部室でぐずぐずする理由を作っていただけだ。

要するに、焼きもち焼きの習い性のようなもの。

それを、そんなに好意的に解釈してもらえていたとは驚きだ。


その部分は軽くごまかしつつ、「少しでも葵と一緒にいたかったから。」と説明した。

彼女は驚きながらも、恥ずかしそうな、嬉しそうな表情を浮かべた。


「本当はね」と、彼女が白状したのは、ダンスの練習に行った日のことだった。

二人だけという状況に動じない俺に腹が立って、少し意地悪をしたと言う。

俺だってものすごく緊張していたのに。


言われてみると、あの日の葵はいつもとちがって、何て言うか……積極的だった。

でも、怒った状態があれなら、俺はいつでも大歓迎だ。

今では葵は俺の彼女なわけだし、そうなると俺の出方も変わってくる。

ちょっと、いや、かなり楽しみだ。


意外だったのは、葵が地葉と田鍋のカップルを羨ましいと思ったと言ったこと。

午後のビーチでの二人のいちゃいちゃぶりはすさまじく、気にしないようにするのが結構大変だったのだ。

それを葵が羨ましがっているということは……。


「俺はちょっと……あんなふうには無理だけど。」


そう言うと、葵が慌てた。


「わ、わたしだって無理だよ! あそこまでは!」


それを聞いてほっとした。

いくら本音を明かしたと言っても、二人だけのときと、他人の見ている場所では状況が違う。


「でもね……、仲良しでいいな、って思ったの。」


ふと、心にひらめくものがあった。

だから、素早く周囲を見回してそれに従った。


こめかみのあたりに軽く唇で触れると、葵が驚いた顔で俺を見上げた。


「こんな感じでいい?」


葵は頬を染めて下を向き、小さく「うん。」と言った。

でもすぐに、はにかんだ顔で背伸びして、


「絶対に、誰もいないときだけだよ。」


と囁いた。


こんなに可愛い女の子、ほかに絶対いるわけない!




修学旅行のあと、俺たちはますます仲良くなった。

でも、それは二人だけのときのこと。

教室や部活では、今までと変わらず友人優先だ。


それは分かっているのに、俺はよく焼きもちを焼いて、葵に笑われている。

焼きもちと言っても、たいていは、ただ拗ねてみせる程度だけど。

でも、宇喜多と葵の関係だけはどうしても不安になることがあって、かなり迷ったあとに、弱気になりながら言ってみた。

俺も宇喜多のことは以前よりもずっと好きになっていたから、そんなことを尋ねるのは気が引けたけど。


すると、葵は笑って言った。


「宇喜多さんが人気があること、知らないの?」


と。


九重祭以来、宇喜多の周りには女子の姿が絶えないそうだ。

葵のところに彼女の有無を訊きに来た生徒もいたという。

ランニング中や外練習の日に、何かと理由をつけて接触してくる女子もいるらしい。


そういうことに慣れない宇喜多の相談や愚痴を、葵はいつも聞いているそうだ。


言われてみると、最近、よくサッカーボールが転がって来ていた気がする。

それをサッカー部のマネージャーが追いかけて来るのもよく見かける。

一度、部室の前で宇喜多と話しているのも見た。

もしかしたら、藁谷の野望が実現するかも知れない。





「まだ決まらないの?」


12月に入ってまもなくの放課後。

みんな着替え終わって走りに行ったあと、荷物をカゴに詰めながら葵が言った。


「うーーーん……。」


飲み物や靴を手に、言葉を濁す俺。


葵が訊いているのは、俺の誕生日プレゼントの希望。

簡単に済ませるなら、「葵が選んでくれる物ならなんでも。」と言ってしまえばいい。

でも、それを言えずにいるのは希望があるからだ。


「思い付かないなら、わたしが選んで ――― 」


「あ、いや、その、ないわけじゃなくて……。」


「え? あるの?」


葵がカゴを置いて近付いてきた。

バレー部のおそろいの赤いジャージ姿で俺の前に立つ。


「あるなら教えて?」


にこにこと見上げられて、鼓動が乱れてしまう。


(うーーーーー、どうしよう?)


部活の時間だし、と思うと、余計に焦る。


(でも、この状況って申し分ない感じかも……。)


二人だけの場所。

そんなに時間がかかるわけじゃない。


「ええと、あのさ、 “物” じゃないんだけど。」


「うん。なあに?」


(うわ。いいんだろうか、こんなこと言っても?)


大きな瞳で見上げる葵が、あまりにも純粋無垢な存在に思えてしまう。

それに、葵だと、何を頼んでも断らないような気がするし。


(でも。お互いに好きなんだし。)


「あ、あの。」


「うん。」


「………甘えてもらいたいんだけど。」


恥ずかしくて早口になってしまった。


「え?」


(聞こえなかったのか?)


恥ずかしいのにもう一度言わなくちゃならないのか、と焦る。

でもそのとき。


「ええと……どうやって?」


困ったような、恥ずかしそうな、でも、面白がっている表情で、彼女がそっと尋ねた。


その姿に少し勇気が出た。

俺が心に描いていた彼女に甘えてもらう場面を実現させようと決心する。

急いでそこにあるベンチに腰掛けて。


「ここに座ってくれればいいや。」


そう言って、膝の上をたたいてみせた。

まるで俺が妥協したような言い方になっているけど、本当はそうじゃない。


「そこに……?」


葵が目を丸くする。

当然だ。


……と思ったら、次の瞬間にはちょこちょこっと来て、ぽんと座っていた。


「これでいいのかな?」


俺の脚の上に横向きにちょこんと姿勢良く座り、両手を膝の上に重ねて俺を見つめる。

それは初めて会った日の彼女の姿そのまま。

礼儀正しくて、控え目で。


(なんか……予想と違う。)


俺の想像では、もうちょっと甘い雰囲気になるはずだった。

でも、どうやら現実の俺と葵ではそうはいかないらしい。


「ふっ……。」


なんだか可笑しくなって笑ってしまった。

そんな俺を見て、葵がからかうような顔をする。


(まあいいか。でも、せっかくだからもうちょっと近くに……。)


「急げ〜。」


「ほらー、前、早く行けよ。」


突然、ガヤガヤと声がした。

葵がパッと立ち上がる。

俺の腕は空を切った。


窓のカーテン越しに、外の廊下をどこかの部員たちが通って行く影が見える。


「相河くんも行かないとね。」


葵がにこにこしながら言った。

純心そのものの笑顔。

でも本当は、俺の企みに気付いていたのかも。


部室に鍵をかけた彼女と一緒に歩きながら、プレゼントの頼み直しをした。

あれを言い出せない場合にと考えていた、二番目の希望。


「俺に頼みごとをしてほしんだけど。」


「え? わたしが頼むの?」


またもや驚く葵。


「うん。だって、葵ってあんまり俺に “こうしてほしい” とか言わないだろ? 俺、たまには葵の願いを叶えたいんだよ。」


本当にそうなのだ。

彼女は、俺が何か言ったりやったりすると、どんなことでも嬉しそうに「ありがとう。」と言う。

だけど、自分から何かをしてほしいと言ったことはほとんどない。

そこから、さっきの「甘えてほしい。」も出てきたわけなんだけど……あれはちょっと違った。


「ええと、あるよ、1つ。」


少し考えてから、彼女が言った。

一瞬視線が合ったのに、すぐに下を向いてしまって……。


「え、なに?」


彼女の態度に期待が高まる。

この恥ずかしげな態度からすると……?


「あのねえ、プリクラ。」


「え? プリクラ?」


「うん。」


ちょっと頬を染めてうなずく彼女。


「あのね、菜月ちゃんがよく撮るんだって。」


「……え? 藁谷と?」


「そう。」


あの藁谷が!

プリクラ!


「見せてもらったのか?」


「うん。……でも、見せてくれないのもある。」


(見せてくれない……。)


頭の中で、ピタリと嵌まるものがあった。


(そうか! 了解した! 葵はそういう写真が撮りたいってことだな!)


「わかった。今度、撮りに行こう。」


「あ、いいの?」


葵の顔が花が咲いたように明るくなる。


「もちろん♪」


(何枚でも撮ってやるぜ! 他人に見せられない仲良し写真を!)


葵に手を振って外周ランニングに向かいながら、頭の中には二人の決めポーズが次々と浮かんでくる。


(来年も、再来年も、その次も?)


俺の誕生日はプリクラの日にしてもいいな。

二人で一緒に過ごす証として。


(そのうち、ウェディングドレスとタキシードで、とか?)


うん。

そうなるといいな。


そうなるように、葵の優しさと誠実さを裏切らないようにしよう。

俺たちのことだから、誤解や勘違いも起きるかも知れない。

でも、その都度ちゃんと話をして解決していこう。


これからもずっと、彼女の瞳にはいつまでも俺だけが映っていたい。

信頼して、愛情を注ぐ相手としての俺が。

格好良く!


(しっかりしなくちゃ。)


足りないところはいっぱいあるけど。

失敗もいろいろすると思うけど。


(ずっと一緒に進んで行こう。そして、毎年一緒にプリクラを撮ろうな、葵!)


叫びたい気持ちを抑えて、最初の角までダッシュした。

12月の空気は冷たかったけど、さっきの葵の表情とプリクラのことを考えたら、あっという間に体が温まった。


俺の前にも後ろにも、同じ方向にランニング中の生徒たち。

その中に混じっていたら、いつもの見慣れた道が、今日は未来に続いているような気がした。




          ------ おしまい。 ------




最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

読みに来てくださるみなさまに支えられて、無事に本編を書き上げることができました。

本当に、心から、感謝しております。


ストーリーも言葉遣いも、反省や後悔はたくさんありますが、お客さまが増えるとほっとしました。

また、ご感想や評価、お気に入りの登録などをいただくたびに、勇気が出ました。

本当にありがとうございました。


このあとに、あまり活躍の場面がなかったキャラクターを主人公にしたおまけのおはなしを加えました。

どうぞそちらもお楽しみください。


虹色

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― 新着の感想 ―
[一言] 俺が真面目だとみんなは言うけれど を先に読んでしまっていたので、結果はわかっていましたが、それ故になんだかハラハラしながら読むことになりました。近くの友人とくっついた告白相手と、仲良く一緒に…
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