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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第七章 彼女の瞳に映るのは
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86  思わぬ忠告


(葵、なんだか変だった……。)


愛想が悪かったわけじゃない。

無理して笑ってる感じでもなかった。

ほかの女子と同じように楽しそうにしていた。


(でも。)


どこか違っていた。

何て言うか……。


(近寄り難い……?)


そう……かも。

それが一番近い表現かも知れない。


べつに俺を避けている様子があったわけじゃない。

話しかければ笑顔で応えてくれた。

一緒に笑った。


だけど、それだけ。


何かが足りない。

いつもと違う。

近くにいるのに、遠い感じがした。


(なんでだ?)


昼までは普通だった気がする。

おかしくなったのは、午後の途中からだ……と思う。

みんなで遊んでいたとき。


(水着姿が恥ずかしかったのかなあ……。)


それにしては堂々と脱いでいたけど。


目の前でTシャツを脱ぎ始めたときは、本当に驚いた。

Tシャツがきつかったのか、時間はかかるし、体の動きが妙に色っぽいし。

うっかり手伝って、間違えて水着がはずれたりしたら困ると思うと手が出せないし。

かと言って、見てるのも恥ずかしくて、無遠慮に見ているヤツを警戒するふりをしながら、よそ見をしていることしかできなかった……。


Tシャツを置きに行って、ショートパンツまで脱いだときには心臓が止まるかと思った。

あそこに向かってる間にだって結構注目を集めてたのに、いきなりあんなことをするなんて。

何人の男が見てたと思ってるんだろう?


(ああいう純心…っていうか、気付いてないところが、また葵らしいんだけど……。)


俺はハラハラしどおしだった。


あの可愛いめの水着が葵の雰囲気にぴったりだったし。

どこか二人だけの場所に行きたいと、どれほど思ったことか!


(なのに。)


いつの間にか、何となく変な感じで。


(嫌われちゃったかな?)


笑い飛ばそうと思った言葉がグサッと胸を刺した。


「ふう。」


ごろりとベッドに転がって天井を見上げても、白い天井は何も解決してくれない。

隣の二つのベッドでは、木村と藁谷が気持ちよさそうに眠っている。


(メールでもしてみようかな。)


自信がなくなって、電話をする勇気が出ない。

夕暮れの散歩に誘うという計画があるのに。


(まあ、メールでもいいよな?)


枕元のスマホを手に取って指を近付けた途端、画面が明るく変わった。

そして振動。

そこに表示された名前は ――― 。


「はあ!?」


思わず叫んで起き上がる。

だって、あまりにも予想外だ。


<宇喜多 雷斗>


なんで今、宇喜多から電話が来るのか、まったく分からない!

それだけじゃない。

葵と宇喜多の仲の良さを思い出すと、今の自分の立場が危うい気がして不安になる。


「……もしもし?」


警戒心でいっぱいの応答。


『ああ、相河?』


聞き慣れた、落ち着いた声。

緊急の要件ではないらしい。


『お前、葵と何かあった?』


「なっ!?」


(なんで知ってる!?)


しかも、あいさつもなく、単刀直入すぎると思う!


「な、なんで?」


動揺してることを悟られたくない。

でも、のどに引っ掛かったような声しか出なかった。


『いや、葵のメールがちょっとね。』


「め」


(メール!)


二人でやり取りしてることは知ってたけど、当然のように言われると、やっぱり動揺する。


「『ちょっと』って…どんな?」


興味がないように装いたいけど、不安で声が小さくなった。


『どんなって……愚痴?』


「え?」


『まあ……お前への不満を。』


「不満……。」


(俺への不満を、宇喜多に……?)


葵と宇喜多の絆の大きさに、今さらながら、嫉妬がふくらんだ。


「……なんでだよ?」


声に脅すような調子が混じるのを、止めることはできなかった。


『え?』


「なんでお前に言うんだよ?」


訊き直しながら、藁谷と木村を確認する。

二人とも眠っているようだけど、話しているうちに起きるかも知れない。

それに、俺が怒鳴ってしまう可能性もある。


手頃な場所を探している間、宇喜多からの言葉はなかった。

きっと、例の真面目な顔で首を傾げて、何か考えているんだろう。


『………もしかして、お前、妬いてんのか?』


ちょうどバルコニーが目に入ったとき、宇喜多の声が聞こえた。

その質問に、移動しながら答える。


「だったら?」


バルコニーに出て椅子に座ると、少しだけ落ち着いた。

広々とした空は、俺の嫉妬や不安なんかに関係なく、どこまでもどこまでも続いている。


また少しの沈黙のあと、聞こえてきたのは落ち着いた、こだわりのない声だった。


『葵から聞いてないのか?』


(葵から?)


「何を?」


訊き返しながら、やっぱり二人の間に秘密があるのだと、苦い気持ちになった。

葵が話してくれない何か。

俺の知らない何かがある。


何か重いものを飲み込んだような気分だ。


『そうか……。』


今度の沈黙は短かった。


『俺からは言いたくないけど、お前が焼きもちやいて、葵をいじめたら可哀想だから話しとく。』


「おう。」


話すのはあくまでも葵のため。

俺と葵のことを考えて、じゃない。


(二人の絆。)


何もかもが、俺を傷付けるような気がする。

どうせ宇喜多の話だって ――― 。


『俺、葵にふられてるから。』


「……え?」


予想外の言葉に混乱した。


『告って、断られた。』


「は!? いつ!?」


『ええと…、俺の誕生日のころ。』


「はあ!?」


(そんなこと、知らなかったけど!?)


宇喜多の誕生日って言ったら9月だ。

そうだ、葵と一緒にプレゼントを買いに行ったじゃないか。

あのあと、宇喜多と葵が急に仲良くなったと思ってたのに……。


(葵が宇喜多をふったあとだったってことか!?)


「なんだよ、それ………。」


ますます混乱する。


「断られて……って、だって今、仲いいよな?」


俺への不満をぶちまけるくらいに。


『うん。気兼ねしないで済むから。』


「……あ?」


『何だろう? よく分からないけど、遠慮しないで何でも言えるんだよ。』


(「何でも」って……。)


断られたから?

すぐに気持ちを切り替えられたってことなのか?


「……そうやって、俺の後釜を狙おうっていうわけじゃ……?」


『何言ってんだよ。』


宇喜多が呆れたように言った。


『だったらこんな電話なんかするか。お前たちが別れるのを黙って見てるに決まってるだろ?』


「あ、ああ、そう…だな……。」


『俺は、相河と葵は、結構いい組み合わせだと思ってるよ。』


「え、あ、そ、そうか?」


『ああ。世話焼きの相河とそそっかしい葵で、ちょうど良さそうだぞ。』


「そ、そうか。サンキュ。」


ほかの誰からも言われたことがなかった評価に、気持ちが舞い上がってしまう。


(なんか……、宇喜多って、すげぇいいヤツじゃん!)


今までの不信感は、急にどこかに消えてしまった。


「え、で、葵はそっちに何て言ってきてるんだ?」


『それは……』


(それは?)


『俺からは言わない方がいいかな。』


「え?」


(ここまで来て “おあずけ” かよ!?)


『それは相河が、自分で葵に聞いた方がいいんじゃないかと思うけど。』


「う……。」


(それはそうかも知れないけど!)


『ははっ、訊きにくいんだ?』


「う、まあ、ちょっと……。」


何秒かの間のあとに聞こえた声は、からかう調子を含んでいながらなんとなく優しかった。


『相河が、葵のことが可愛くてしょうがないのは分かってるよ。』


「お、おう。」


そんなことを、真面目にはっきり言われたら恥ずかしい。

でも、こういうところこそが宇喜多なんだ。


『だけど、葵がそれをどう感じてるか、考えたことはあるか?』


「……え?」


『今日じゃないけど、葵は、お前が自分を子ども扱いするって言って、ふくれてたよ。』


「えぇ!?」


『ははは、まあ、俺はなんとなく状況は想像できるけど、葵にはお前の気持ちが上手く伝わってないんだよ。』


(上手く伝わってない……。)


『それに、たぶん、葵は自信がないんだよ。』


「自信……?」


『だからさ、全部じゃなくていいから、なるべく言葉で伝えてやれよ。そそっかしい葵が勘違いしないように。』


「あ、ああ……。」


宇喜多の言葉が身に沁みた。


葵に対しては、いつも言葉が足りない俺。

ほかの女子とは気安く話しているのに、葵にはなかなか大切なことを言えなくて。


「なんか……ありがとう。」


ちょっと照れくさいけど、素直な気分で感謝の言葉を言うことができた。

葵にも、こんなふうに言えればいいのに。


『ははっ、いいよ、そんなの。じゃあな。』


「うん。」


(ちゃんと言葉で……か。)


電話を切ったあと、ぼんやり空を見ながら、今までのことを思い出してみた。

葵と出会ってから、友人たちにいろいろと世話になった気がする。

俺のことを、あいつらなりに心配してくれて。


榎元とのことで、尾野に注意されたこともあった。

告白できたのは、藁谷が背中を押してくれたからだった。

そして今は、宇喜多がアドバイスを ――― 。


(宇喜多がアドバイス!?)


急に、事の意外さに気付いた。


(あの恋愛天然だった宇喜多が! 彼女との付き合い方のアドバイスを!)


これが一番の奇跡かも知れない。

葵のことを想うようになって、あいつも変わったのかも知れないけど……。


(俺も、前に進まなくちゃ。)


葵にちゃんと気持ちを伝えられるようになろう。

彼女が不安になったりしないように。


立ち上がると、だいぶ傾いた太陽の下に穏やかな海が見えた。

バルコニーの端まで行って、柵にもたれかかって海と空をながめてみる。


(ん?)


視界の隅で、ちらりと何かが動いた。

つられて右下に目を向けると。


(葵……か?)


斜め下のバルコニーで柵につかまって、景色を見ている女子。

あのふわふわの髪は間違いなく ――― 。


「葵!」


乗り出して名前を呼ぶと、きょろきょろと左右を見た。


「こっち! 上!」


彼女が気付くように、身を乗り出して手を振る。

手を振りながら、自然に言葉が出た。


「散歩に行こう! ロビーで待ってるから!」


のけぞるように上を向いて目を丸くしている葵にもう一度手を振って、急いで部屋に戻る。

なんだか何もかも上手く行きそうで、とても楽しい気分だった。







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