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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第七章 彼女の瞳に映るのは
85/97

85  *** 葵 : なんだか納得いかない!


(相河くん、脱がない方がいいって……。)


足首まで波に浸りながら、すぐ前を歩く黒いタンクトップの背中に向かって小さくため息をつく。


(わたしの水着なんかどうでもいいんだ。)


思い切って、Tシャツを脱いでみようと思ったのに。

みんな水着姿になってるのに。


(そりゃあ、こんな体型じゃ、見たいとは思わないかも知れないけど……。)


真子ちゃんみたいにグラマーじゃない。

運動部の女の子たちみたいにすらりと引き締まってもいない。

そんなことは、すでに普段の体操着姿で十分に分かってるはずだから、興味も湧かないのかも知れない。


(でも、水着姿はちょっと特別だと思ったのに……。)


彼氏に水着姿を拒否られるわたしって、いったい何だろう?


「葵、覚悟!」


「え!?」


誰かに名前を呼ばれたと思ったら、右からどばん! と、水が飛んできた!


「きゃ! 冷た……しょっぱい!」


「あははははは! やった〜!」


(木村くん……。)


さっきからバケツで海水をかけまわっていた木村くんが、少し離れたところで笑ってる。

と思ったら、すぐにほかの女の子にターゲットを移してバケツを海に浸けている。

それを見て、笑っていた女の子たちが逃げ出した。


(濡れちゃった……。)


目立たないわたしが狙われるとは思わなかった。

それに、相河くんの反応にがっかりしていたせいで、まったく警戒していなかった。

お陰で避ける間もなくかけられた海水は、肩に当たって顔と髪から脚まで広がり、全身がびしょ濡れだ。

体に張り付いたTシャツが気持ち悪い。


「大丈夫か?」


相河くんがじゃぶじゃぶと戻って来る。

少し心配そうに。

でも、半分は可笑しそうに。


(笑われてる……。)


またがっかり。

体に張り付いたTシャツは、ちょっとだけ透けている。

これなら少しは色気も出るんじゃないかと思ったけど、相河くんには効き目はないらしい。


(やっぱり子どもっぽいだけなのかな……。)


なんだか情けなくなる。


「大丈夫。」


情けないだけじゃなくて、悔しい。

わたしの気持ちだけが空回りして。

相河くんは、いつも変わりなくて。


相河くんの向こうに、はしゃいでいる真子ちゃんと田鍋くんが目に入った。

パーカーを脱いでビキニ姿になった真子ちゃんが、田鍋くんの腕につかまって波で遊んでる。


(わ、わたしだって……あんなふうに遊んでみたい。)


……まあ、あそこまでやるのは恥ずかしいけど。

でも、もう一度挑戦してみてもいい……かな。


(うん。そうだよね。)


水着姿を見たら、少しは見直してくれるかも知れない。

それなら、今しかチャンスがない気がする!


「え、と、なんだかTシャツが張り付いて気持ち悪いから、脱いじゃうね。」


(よしっ!)


決意が崩れないように、相河くんの顔を見ないまま、急いでお腹の方からTシャツを持ち上げる。


(あれ?)


濡れたTシャツは体に引っ掛かって、予想以上に脱ぎにくい。

わりとフィットするタイプだから、余計にそうなのかも。

あっちを引っ張ったりこっちを引っ張ったりしながら焦ってしまう。

Tシャツを脱ぐことすら格好良くできない自分に、また情けなくなる。


「……ふぅ。」


ようやく頭が抜けた。

残る両腕を抜きながら、そっと相河くんを窺うと。


(見てないし!)


足はこっちを向いているけど、上半身はみんなが騒いでいる方を振り返っている。


(自分も早く遊びたいと思ってるんだ。きっとそうだ!)


でなければ、ほかの女の子に見惚れているのかも。

“情けない” と “がっかり” を通り越して、なんだか腹が立って来た。


(わたしの気持ちも知らないで!)


「相河くん。」


内心の怒りを隠して笑顔を作る。


「え?」


向き直った相河くんは、いつもの親切そうな微笑み。

目の前の水着姿には、何の反応もなし。


「わたし、あっちにTシャツを置いて来るから、先に遊んでて。」


「え、あ、でも。」


「大丈夫。すぐに戻るから。」


返事を待たずに背を向けて歩き出す。

途中で振り返ったりしないで、まっすぐに。


みんなのタオルや脱いだものを置いた場所にTシャツを広げているときも、イライラした気分がおさまらない。

そこからビーチ全体を見回して、女の子たちが楽しそうに声を上げている姿を確認する。


(半分以上いるよね? っていうか、着てる方が少ないし。)


心の中で「よし!」と気合を入れる。

その勢いでショートパンツも脱いだ。

これで完璧な水着姿だ!


(ん?)


両手でショートパンツを持ちながら、そういえば外だっけ、と気付いた。

焦ってササッと左右を見回したら、5メートルくらいの場所で椅子に座っていた男の子が慌てて目を逸らしたのが見えた。


(うわ……。)


あまりにも堂々としていた自分が恥ずかしい。

けれど同時に、あれこそが普通の反応なのではないかとも思えてくる。


(そうだよね?)


またあらためて、相河くんに腹が立って来た。

まあ、これからの態度によっては許してあげないでもないけど。


(よし、じゃあ、行こう!)


もう一度心の中で気合いを入れる。

そうでもしないと、恥ずかしいのを吹っ切れない。

どんなことも、勢いって大切だと思う。


走って行くと、女の子たちがすぐに気付いて迎えてくれた。


(相河くんは……?)


目が合うと、ちょっと微笑んでくれた。……だけ。


(そういうことですか。)


心が固くなる。


「葵〜、こっちこっち。」


「うん!」


笑顔ではしゃぎながら、心の中は荒れている。

相河くんを見ていないときも、どこにいるのかずっと肌が感じてる。

そして……、自分が空しいことをやっていると、心の中では分かっていた。






「ああ、葵、さっぱりした?」


「お疲れさまー。」


「うん。」


部屋のシャワーから出ると、先にシャワーを浴びた菜月ちゃんと沙希ちゃんがベッドでごろごろしていた。

わたしは髪をタオルで拭きながら、一番手前の自分のベッドに腰を下ろす。


「鏡で見たら、思ったよりも日焼けしててびっくりしちゃった。」


「ああ、あたしも。」


「日焼け止め、塗ったのにねえ。」


菜月ちゃんと沙希ちゃんは、男の子たちのことを話していたらしい。

普段は制服か体操着姿しか見ていなかった服装のことや、教室での態度と違うはしゃぎ具合とか。

わたしも適当に相槌や笑いを入れながら、胸の中では相河くんのことを考える。

相河くんの態度のことを。


(いつものとおりだった…。)


恥ずかしがる様子もなく。

褒めてくれるでもなく。

制服を着ているときと同じ。


「ふ………。」


こっそりとため息をついた。


(期待したわたしが悪いんだけど。)


お風呂場の鏡に映った自分を思い出してみる。

特にどこもどうということもなく、注目すべきところはなかった。

見たからって嬉しくなるようなものではない。


(やっぱり、水着なんて着なければよかったかな……。)


着なければ、あんなに気にしないで済んだ。

こんなにがっかりしないでいられた。

みんなに言われたからって着てみたりして、本当に、身の程知らずだった。

馬鹿みたい。


(あーあ。)


ベッドサイドの時計は4時半。

夕食までまだ2時間もある。

菜月ちゃんたちみたいにベッドでごろごろしたいけど、濡れた髪のままではダメだ。

でも、今はドライヤーをかけるのも面倒くさい。


(そうか。バルコニーがあったっけ。)


リゾートホテルらしく、海に向かってついている広いバルコニー。

青い布を編んだ座席と背もたれがついている椅子が2つと白い丸テーブルが置いてある。


(1年生にメールでも書こう。)


どうせ暇だし ――― と思ったところで、皮肉な笑いが出てしまった。

きのう、菜月ちゃんが藁谷くんとお散歩に出たことを思い出して。


(わたしの相手は1年生か。)


きのう、誘ったのは菜月ちゃんの方だった。

羨ましければ、わたしも自分で誘えばいいだけ。


でも、なんとなくそれは嫌だった。

だって、この前のお出かけだって、わたしから誘ったのに……って。

それに、藁谷くんと相河くんは同じ部屋。

藁谷くんが菜月ちゃんとお散歩に出たのを見て、気付いてほしかったんだもの。


何度目かのため息をついて、ポーチに入れていたスマートフォンを取り出す。


(メールが来てる……?)


もしかして、相河くん?

お散歩のお誘い?

それとも、直接は言ってくれなかったけど、水着を褒めてくれるとか?


(……違った。宇喜多さんだ。)


少し残念に思いながらメールを開いてみたら、今日の農業体験のことだった。

失敗や驚いたことが、宇喜多さんらしい生真面目な文章で書いてある。


「ふふっ。」


思わず笑うと、気分が軽くなった。


せっかくの楽しい気分を逃がしたくなくて、一人でバルコニーに出る。

夕方の風と海の音が気持ちいい。

傾き始めた太陽が目に入るけれど、日差しはもうそれほど強くない。


椅子に深く腰掛けて、宇喜多さんのメールをゆっくりと味わった。

……最後の一文を読むまでは。


『今日は水着の日だったんだよな? 相河のにやけた顔が見られなくて残念!』


(うーーーーーー……。)


やっぱりそういうのが普通なんだ。

なのに!


落ち着いたつもりだったのに、またしても腹が立って来た。

夕ご飯のときも、顔を見たらイライラしちゃうかも!







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